▼ Notes 2001.1

1/31 【マトリックス】
■『マトリックス』(The Matrix)をいまさら観てみたけれど、世界設定もアクションも中途半端ぎみで、どのあたりが好評だったのかよくわからずじまい。闘うはめになる事情もなんだかマッチポンプ的でいまいちぱっとしなかった。いきなり別世界へ連れてこられて「伝説の勇者」とか持ち上げられるのがいかにもTVゲーム的な展開だというのは、どうせもう語りつくされた話題だろうから繰り返さない。でもこれじゃ現代版「スーパーマン」をやりたかっただけみたいな。
■監督のウォシャウスキー兄弟は前作『バウンド』(これはコーエン兄弟みたいな低予算フィルム・ノワールの秀作)で女ふたりを主役にした犯罪劇を撮っていたけれど、、この『マトリックス』で暴れまわるのも、細身でゲイ疑惑がお約束のキアヌ・リーヴスと、クール・ビューティのキャリー=アン・モス(魅力的)だから、ずいぶんあからさまな非マッチョ的人選。このあたりはたぶん、アクションとかタフガイとかいっても撮ってるおれたちはどうせひ弱なオタクじゃん?みたいな気分があるんではなかろうか。
■『ファイト・クラブ』に関して『マトリックス』と同じ話と評していた人がいたけれど、これはだいぶ違うだろう。少なくとも『マトリックス』には、「現実」や「自分」の認識を本気で疑ってみるような態度はほとんど感じられなかった。(★★)


1/27 【スウィート・ヒアアフター】
■アトム・エゴヤン監督『スウィート・ヒアアフター』(Sweet Hereafter/1997)。カナダの映画。スクールバスの転落事故に見舞われた雪の田舎町を静かに描写する群像劇。息を呑むような美しい映像と、バス事故の喪失感を軸に時系列を交錯させたカットバック構成の完成度が素晴らしい。ひとつ間違えると露悪的になりそうなところをあくまで繊細に切り抜ける人物描写、判りやすく感情移入のしやすい「正義」の登場人物をひとりも登場させない静謐なリアリズムも好み。
■映画全体が好意的に描いているせいもあるけれど、事故の生き残りの少女を演じているサラ・ポリーがわりと印象に残った。ユマ・サーマン似の金髪美少女で、挿入歌も自分で唄っているみたい。この人はちょっと注目してみてもいいかも。(★★★★★)


1/24 【クライム・ノヴェル作家事典】
吉野仁さんの労作クライム・ノヴェル作家事典は注目してよさそう。いまのところ資料集というかんじだけど、ぼんやり眺めていても、ふむジェイムズ・M・ケインとジム・トンプスンは同じ年に亡くなってるのね(ちなみに私の生年だ)、とかいろいろ発見があります。ちなみに近頃流行りの「ノワール」という呼称をあえて使っていないのは、やっぱりちょっと違和感があるんでしょうね。最近何でもノワール呼ばわりされがちな気配がなきにしもあらずだし。実は僕の場合「エルロイ=ノワール」という言いかたもいまひとつぴんとこなかったりしているのだけど。
■『ポップ1280』に(作者トンプスン自身の)父親の影を感じるという指摘には同感。トンプスンは『ポップ1280』(1964)のあとはどうやら読むに足る作品を書いていないようで、あれがいわば消えゆくろうそくの最後の燃えあがりにあたるらしい。出世作の『内なる殺人者』とその『ポップ1280』、つまり事実上キャリアの最初と最後を飾るのがいずれも(父親と同じ職業の)保安官を主役にすえた物語で、しかもどちらも最悪の性格破綻者として描かれている、というのはいったい何と言っていいものやら。
■ジム・トンプスンといえば英国のサイト Crime Time に、なかなか良さそうな彼の評伝 Cigarettes and Alcohol が掲載されている。これは暇なとき邦訳でもつくろうかなとか思っていたのだけど、結局ぜんぜん手をつけておりません。


1/21 【チェイシング・エイミー】
■ケヴィン・スミス監督・脚本『チェイシング・エイミー』(Chasing Amy/1997)。これは良かった。ポップ・カルチャー世代のリアリズムを体現するマルチ・セクシャリティものであり、漫画家のおたく青年がこれまで避けてきた恋愛とセックスの問題にきちんとむきあえるのかを問いかける「痛い」話でもある。それでいてしつこい痴話喧嘩で泥沼化させたりはせず、適度にさっぱりした描きかたでまとめているのが好感を与える。
■ヒロインのアリッサ役を演じているジョーイ・ローレン・アダムズがばっちりの適役で素敵。なんかいろいろ苦労した人みたいなので(薬物中毒とか)それも道理だろうか。かすれた声がファニーでセクシーだ。(★★★★)


1/13 【ザ・ハリケーン】
■ノーマン・ジュイソン監督『ザ・ハリケーン』(The Hurricane/1999)。かつて社会現象を呼んだらしい黒人ボクサー"ハリケーン"ルービン・カーターの冤罪事件を描く、実話をもとにした映画化。「偏執的な刑事ひとりにつけ狙われる」「陪審員が全員白人」「積年の係争事件が素人の捜査で覆る」といった話はなんだか単純だなと思うけれど、実話と言われればまあしかたない。「ハリケーン」本人や協力者たちがやたら善良に描写されるばかりなのも、実話ものの限界があるのかな。ひとにぎりの悪く描かれる人物はきっと物故者とか架空の人物だったりするんだろう。協力者たちが劇中でいろいろと脅迫されるわりに大した妨害に遭わないのも、ちょっといかがなものかと思うし。
■そのあたりの物足りなさはやや否めないにしても、長丁場を飽きさせない力はたしかにあった。主演のデンゼル・ワシントンはボクシング場面の「本物」感が圧巻。どうも相当鍛えたらしい。刑務所で「俺は無実だから縦縞の服は着ない」と突っ張り続ける姿は妙に格好良かった。ワシントンの気高さや刑務所長の礼儀正しさなんかは『グリーン・マイル』にかぶらせたのかな?とも思う。(★★★)
■ちなみに脚本は共同名義で『死んだふり』の作者ダン・ゴードンが参加している。ミステリ的な演出がなくもなかったのはそのためかもしれないけど、この程度だと何ともいえないか。


1/8 【シン・レッド・ライン】
■テレンス・マリック監督『シン・レッド・ライン』(The Thin Red Line/1998)は、第二次大戦のガダルカナル攻防戦を題材にした戦争映画。なんというか「自然主義」的な実験作で興味深かった。
■この映画には、たとえば次のような特徴がある。
  • 明確な主人公が見あたらない。
  • 起承転結の作劇を無視している。
  • 兵士の達観したようなモノローグが延々と流れる。
  • (戦闘と関係のない)島の生活や自然描写がやたら印象的。
そういったアンチ・ドラマ的な写実主義のもとで、この映画からは勝利の達成感も暴力の高揚感も徹底して排除されている。とりわけ執拗に挿入される南の島の鮮やかな自然描写は、この戦闘が島を舞台にしているというより「島に見つめられている」ような印象を与える。戦闘の敵役になるのはむろん日本軍なのだけど、この監督は撮影に際しておそらく『平家物語』や松尾芭蕉の俳句の無常なる世界観を意識したのではなかろうか……いやぜんぜん知らないけれど、でもそんな感想を抱かせる映画なのだ。
■娯楽性が低いから評価は分かれるだろうけど、僕は支持する。(★★★★)


1/7 【アメリカン・ヒストリーX】
■トニー・ケイ監督『アメリカン・ヒストリーX』(American History X/1998)を観る。どうせ人種差別告発の啓蒙映画なんだろうなと思っていたら、なんだかほんとにそのとおりだった。まじめに撮られているけれど、物語の動機がそれぞれ典型的すぎてどれも弱いんじゃないかと思う。まあ実際はそんなものかもしれないけれど、せっかくならもう少し考えさせるような題材を盛り込んでもらいたかった。同じくエドワード・ノートン主演の『ファイト・クラブ』も、後半ネオナチ風の過激組織が暴走していく話になるけれど、あちらのほうが切実さも独創度も数段上だろう。(★★★)
■エドワード・ノートンの熱演はさすが。この作品でアカデミー賞候補に挙げられたらしいけれど、きっと『マザーレス・ブルックリン』あたりで受賞できるんじゃないだろうか。いってみれば障害者役だし。
■ちなみにノートンがバスケットボールをプレイする場面が何度かあるけれど、彼はLAレイカーズの試合を観戦に来ているのをよく見かけたので、たぶんバスケは結構好きなんだろう。ついでにいえば、劇中でボストン・セルティックスを支持する台詞があるのは、ラリー・バード率いる黄金時代のセルティックスに白人選手が多かったことを踏まえたものと思われる。


1/6 【映画回顧】
■ついでに昨年観た映画の回顧。といっても新作はろくに観ていないから、まったく個人的で薄い範囲になってしまうのだけど。
■これはまず観て損はないと思ったのが、以下の作品。

  • 『ロック、ストック&トゥ・スモーキング・バレルズ』(ガイ・リッチー)
  • 『ブラッドシンプル/ザ・スリラー』(ジョエル・コーエン)
  • 『アンダーグラウンド』(エミール・クストリッツァ)
  • 『レザボア・ドッグス』(クェンティン・タランティーノ)

    ■『ロック、ストック〜』は若者系ファッション映画みたいに扱われがちだけど、これは脚本の冴えるパズル的クライム・コメディの秀作。『ブラッドシンプル』の切実な緊迫感は、終始醒めた態度の『ファーゴ』よりも好きだった。ちなみに、この二本は「すれ違いクライム・ストーリー」という意味で共通点があるのだけど、『ロック、ストック〜』は終始コメディ調で『ブラッドシンプル』は徹底してシリアス路線と、まったく逆の方向を行っている。
    ■『アンダーグラウンド』は歴史を舞台にして大法螺を吹く、という路線を極限まで突き抜けてしまった観のある壮絶な政治風刺ファンタジー。いまさら観た『レザボア・ドッグス』は、暴力描写よりも時間軸をひねった構成と無駄な会話の妙が印象的。『パルプ・フィクション』はどうも高慢なかんじで好感を持てなかったのだけれど、こちらはすなおに愉しめた。リアルタイムで観た人は鮮烈だったろうなあ。
    ■新作公開で観た作品では、特に「当たり」と思えるものとは出会えなかった気がする。『アメリカン・ビューティー』の風刺はたしかに良かったけれど、熱烈に支持したいほどでもないし。


    1/5 【昨年度総括】
    ■もう新世紀も明けてしまったけれど、いちおう去年の回顧特集をしておきます。
    ■ひとまず昨年度の新刊翻訳でもし『このミス』に投票するとしたらこんなかんじだったろうか、というのを挙げてみる。

    1. 『ポップ1280』 ジム・トンプスン
    2. 『死んだふり』 ダン・ゴードン
    3. 『囮弁護士』 スコット・トゥロー
    4. 『Mr.クイン』 シェイマス・スミス
    5. 『闇よ、我が手を取りたまえ』 デニス・レヘイン
    6. 『ガール・クレイジー』 ジェン・バンブリィ

    こんなところかな。特にひねりのない選出になってしまったけれど、まあしょうがない。
    ■『ポップ1280』は、ねじくれたトンプスン作品のなかでも抜群の秀作というだけでなく、アンチ・ヒーローものの到達点、もしくはろくでなし小説の最高峰と呼んでもよさそうな別格の傑作。ジャンル外の読者も愉しめるんじゃないかと思う。『死んだふり』はたいした話じゃないけれど、こういう「一人 称小説」の枠組みじたいをからかうようなくせ玉は好み。『囮弁護士』はいちおう推している作家なので。 4以下は、ヴィルジニ・デパント『バカなヤツらは皆殺し』、ニコラス・ブリンコウ『マンチェスター・フラッシュバック』あたりと差し替えてもかまわない。『Mr.クイン』はずいぶん評判になったようだけれど、どうも『ポップ1280』の洗練と比較してしまうせいかいまひとつ乗りきれなかった。歴史的な傑作が本になり、新鋭作家にもいろいろ出会えたこの年は、総括的にはやっぱりクライム・ノヴェル/ノワールの隆盛を感じさせる年だったというしかないでしょう。
    ■ちなみに読み残しで気になっているのは、何といってもローレンス・ノーフォーク『ジョン・ランプリエールの辞書』、あとはマイクル・コナリー『わが心臓の痛み』、リチャード・ノース・パタースン『子供の眼』、シリル・ヘアー『自殺じゃない!』、スティーヴンスン&オズボーン『箱ちがい』など。本格系は結局ほとんど読めなかったなあ。
    ■非ミステリもしくは旧作では、

  • イアン・マキューアン『セメント・ガーデン』
  • マーガレット・ミラー『まるで天使のような』
  • ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22』

    を読めたのが個人的な収穫。
    ■国産物では、こちらの不勉強もあるだろうけど倉知淳の『壺中の天国』くらいしか推したいような作品と出会えなかったので、論評は控えざるをえない。これはもちろん個人的な感想にすぎないけれど、国産ミステリ界の隆盛は京極夏彦の『魍魎の匣』(1995)で峠を越してしまったのではないかと思っている。


    1/2 【まあ、ネタなんだけど】
    ■映画版『バトル・ロワイアル』に関しては、everythingCOOLの文章がなかなかおもしろかった。
    >>特別講義『バトル・ロワイヤル』

    ■ちなみにうちの弟はまさに中学生なのだけど、公開直後に平然とみんなで観てきたらしい。まあ全国どこでもそんなものじゃないかな。宣伝の成功ですね。


    1/1 【新年おめでとうございます】
    ■せっかく元旦なので当方の展望や目標なんかを書こうと思ったんですが、結局まだ昨年の総括とかも書ききれていないのでした。いまのところの懸案事項としては、

  • 軒先の移転
  • レビュー文を日記文書に統一化

    なんてのが思いつくけれど、実施するかどうかは未定。ちなみに「移転」は自宅の加入しているケーブル局がなぜか合併騒動の渦中にあるため、現在むこうの処遇待ち状態。構成の変更(というか更新作業をもうちょい自動化したいだけの気もする)もそのときまで余裕があれば少し研究しておきたいところです。あとは、

  • 掲示板の設置

    というのもあるけどここまで掲示板なしできたので、いまさら面倒な気分のほうが強いですかね。
    ■いずれにしても中身はたいして変わらないでしょう。今年もよろしくおねがいします。