▼Notes 2000.2
 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_02.html#26
2/26 【どこまでも北村薫】
■遂に専用
リンク集(期間限定)までできてしまった北村薫の話題だけど、そんなにいろいろ飛び火するとは予期してなかったなあ。すでに書いたこととほぼ変わらない気もするけど僕の立場は、風野春樹さん(2/25)の「ロジック萌え」とかだいすけさん(2/25)の「さすが上手くまとめるなあ」てのとだいたい同じで、作者の技巧を楽しむ一種の実験小説として読んでいるようなふしがあります。あるいは実践的なミステリ論とか。評論家肌の作家と感じるのはそういうところで、あと山口雅也とか法月綸太郎の著作なんかもそんな読みかたを求められるような気がする。まあ実は、そのへんの作風を積極的に擁護する意欲はあんまりないのだけど。
■で、僕の場合人物描写とかはある程度「なかったこと」にして読んでしまったりもするし、あの夢想的というか記号的な人物設定はそういう読みかたを可能にしていると思う。『覆面作家』の連作なんかは特にその傾向が顕著で、登場人物たちの逸話とミステリ的展開とがほとんど分離しているような観もあった。ただし「私」のありえざる潔癖さとかの個性は、(それ自体は結構つまらない)事件を物語的に意味づけるための「装置」としてそれなりの機能を果たしていたと思うので、あれはあれで必要悪なんじゃないかな、というかんじ。
■といっても「私」をキャラとして肯定する読者は結構いるようだし、北村薫のその後の展開を見ていると、そういった物語的なところを前面に出そうとする傾向にあるのかもしれない。そっちのほうは本領でない気がして個人的にはあんまり興味ないので(一応読んではいるけど)、『空飛ぶ馬』と『冬のオペラ』くらい読んどけばいい作家のような気が最近はしています。短編向きだと思う。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_02.html#24
2/24 【パーフェクト・インサイダー】
■とにかく寒いらしい、と噂の『人格転移の殺人』(西澤保彦)講談社文 庫版の森博嗣解説をついチェックしてしまった(あ、念のため言っとくと『人格転移』自体はかなりおもしろい作品でべつに寒くはありませんので)。で、たしかにこれはひどいな……あんまり偉そうなこと言うのもなんだけど、自分のウェブ日記とパブリックな言論空間との区別がついてないんだろうかね。あふれんばかりの独りつっこみとかの外しぶりはいわずもがなだけど、内容もほとんどないに等しいのがいちばん悲しい。西澤作品においてSF的設定はファンタジーに近いってのを言えばすむことでしょう(超能力ものと分ける必要はとくにない)。ひとことで終わるような内容だし、そもそももったいぶって語るような新しい論点じゃないと思うのだけど。
■意味のとりにくい文章のなかに、どうやら作品への「愛」が込められているらしいのはぎりぎり読みとれなくもないのだけど、やっぱりそれだけじゃねえ。この解説を読んで購入する気になる人ってどれだけいるんだろう。ノベルズ版の大森望解説(こちらはなかなかの力作だった)をそのまま収録しておけばよかったのに。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_02.html#11
2/11 【謎物語】
■なんとなく、北村薫のミステリ系エッセイ集『謎物語』(中公文庫)を改めてぱらぱらと読みかえしてみた。文庫版では引用文が色ちがいの青になっているので、見たかんじはwebの日記(ならぬエッセイ)を思わせる。それだけ引用が多いのだけど、ゆえに北村の例示の巧みさを再確認することもできた。結論そのものはえらく「普通」だったりするのだけれども、引用される文章がそれぞれ例として的確で、巧みに説得力を演出できている。
■僕が何度かしつこく書いてきた「トリック/物語」論にも実はきちんとふれてい て、とくに「第6回」の叙述トリックと物語性をめぐる論議は、引かれる例文も良くて そのまま引用したいくらいの内容。感心しました。

いってみれば巧みに巧んだ文章である。それなのに、少しも嫌みではない。仕掛けが単に読者を驚かせるためのものではないからだ。(P83)

と、部分的に抜き書きしても仕方ない文章なのだけど、だいたいそんな論調。語 りたい「物語」があってそのための必然として「トリック」が使われる、その幸福な 結婚が大きな感銘を与えるのだと。
■さかのぼって「第2回」にも次のようなくだりがある。

解明があり、トリックの正体が明かされたとき、それが状況や人物を、 より深く説明するのは当然である。(P31)

との記述。でもそのあとに、トリックのためのトリックは「ミステリの中心に《いうまでもなく》あるもの」で「ただ、その骨に肉の付くこともある」ということなのだ、 と補足しているのが、本格原理主義者らしい北村薫の立場ということなのかな。
■で、個人的にはその骨付き肉のほう、なんらかの物語を表現するうえでミステリの構造を効果的に用いる、という姿勢のほうにこそ魅力を感じる。骨だけ、という意味では北村薫の師匠格ともいえる鮎川哲也の諸作なんてその好例だと思うけれど、あの人のミステリを読むと「おれって実は推理小説なんて好きじゃなかったのかも」という懐疑にとらわれてしまうのだった。なんとなくああいう「ミステリのためのミステリ」って、自分たちの共同幻想を確認しあってるだけのような感もあって、その幻想を共有しない者には興味が薄いのじゃないだろうか(本格主義者ってどうもみんなでかたまって昔話をしてるのをよく目にするような印象が強いし……て、これは単なる偏見ですが)。とにかく鮎川哲也はミステリ読みにとってある種の分水嶺なのではなかろうか、というのが僕の持論。
■そういえば妙にタイムリーな話題で目についてしまったのだけど、

残念ながら逆に、本格派以外の人が、謎物語を面白がることは少ないようである。(P19)

なんてことも書いてあった。これって「本格派」の人の共通した認識なのだろうか。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_02.html#09
2/9 【笑いとミステリ】
■「ダ・ヴィンチ」今月号の「笑い」のミステリ特集は小記事ながらなかなか充実していると思う。ミステリを徹底してひとつのキーワードから読む、というコーナーの趣旨からいえばこれまでで一番のヒットではないだろうか。「笑い」に焦点を絞っているブックガイドの切り口もユニークだし(少なくとも『くたばれ健康法!』『ウサギ料理は殺しの味』あたりは読んでおきたい気分。どっちも題名はわりと聞くけど本が見つからないんだよねえ)、米・英・仏文学の識者コメントも単なる権威づけでなくバランスがいい。ちなみに冒頭の京極夏彦インタビューはかつての中田英寿の記者会見を思わせるすれちがいぶりである意味おもしろい……というのは正しい読みかたなのかどうなのか。「京極堂」のあのそらぞらしい受け答えってやっぱり地なんですかね。
■イギリスの書評で「滑稽」は褒め言葉なんですよ、との宮脇孝雄の言葉が印象的だけれど、瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』の『矢の家』評(洒落を解さない江戸川乱歩のものさしの影響力を指摘)を持ち出すまでもなく、伝統的に日本のミステリ界でユーモアとか笑いの視点が欠けていたのは否定できないわけで、これはまだ有効なアピールになりうると思う。ご存じ「バカミス」特集もこのあたりを踏まえた、結構まじめな試みだったと思うのだ。新本格読者の傾向がどうのなんて視野の狭そうな分析よりも、個人的にはこういう汎用性のある切り口のほうが啓蒙的で好きですね。


 http://www.geocities.co.jp/Bookend/1079/note2000_02.html#03
2/3 【ジャンル論】
■アーヴィン・ウェルシュの作品集『エクスタシー』(角川文庫)の解説を読んでいたらちょっと気になる記述にぶつかった。ちなみに解説を書いているのは盛田隆二という作家。ウェルシュのデビュー作『トレインスポッティング』が本国で話題を呼んだ現代の傑作にもかかわらず、どうして日本の文芸評論ではほとんど黙殺されたのか、という話題で、

その答えは比較的容易に想像できる。現在の日本文学が相も変わらず、純文学とエンターテインメントに分断されているからだ。その垣根を無視、あるいは破壊しようと悪戦苦闘する作家は増えているが、批評家の方が完全な分業体制になってしまってい る。

との指摘。その分業体制からこぼれ落ちればあっさり無視されてしまう、と。まあ、おおむねそういう面もあるんだろうな。この問題は
最近書いた「群像」2月号の東浩紀×阿部和重対談の話題(特に『インディヴィジュアル・プロジェクション』関連)にも通じるものがあって、少々考えさせられた。
■読者のほうとしても、おいらは本格ミステリにしか興味がないもんね、なんて言いきれる幸せなひとはべつにして、少なくとも僕なんかはある程度ジャンル読みをしながらも実はジャンルをぶち破るような強烈な物語をこそ求めていたりもするわけで、あながち他人事ではないのかもしれないと思う。まあ何をできるというわけでもなくて、要はいろんな分野に知的好奇心のアンテナを張っておくよりほかないような気もするけれど。


【2000.01】(BR/北村薫談義/まとめ再読/群像対談/ハサミ男再び)
【1999.12】(投票と永遠の仔/トリック論/東野圭吾/モルグ街)
【1999.11】(周辺書3連発=名探偵の世紀/鳩よ/ユリイカ)
【1999.10】(このミス/星の数/日本人/停滞)