▼ Book Review 2001.4

『煙か土か食い物』 舞城王太郎
『密告』 ピエール・アスリーヌ
『放課後のギャング団』 クリス・ファーマン
『黒い時計の旅』 スティーヴ・エリクソン
『賢い血』 フラナリー・オコナー
『さらばその歩むところに心せよ』 エド・レイシイ
『イノセント』 イアン・マキューアン

※(ごく主観的な)評価は★5段階。

『煙か土か食い物』 ★★★★
舞城王太郎/講談社ノベルス(2001)

■毀誉褒貶のある作品みたいだけど個人的にはわりと支持。ネオ壊れ系(?)の書法で新本格をやってしまおうというような試みで、ほとんど勢いだけで突き進むような破れかぶれの文筆は、格はだいぶ違うけれどもスティーヴ・エリクソンの『黒い時計の旅』なんかに通じるところがなくもないか。構成的には、過去の回想語りと現在の事件の進展とがばらけて融合しきれていない印象を与えるけれど(そこらへんの組み立てはさすが整理されているなと思ったのが、馳星周の『不夜城』)、まあ文体と釣り合っているといえばそうかもしれない。とりあえず、内容よりも語り口で自分なりの新鮮味を出そうとする作風は、昨今の日本ミステリ界でほとんど見かけない態度で、それだけでも好感を抱く。あと、メタミステリ風の展開もいくつか盛り込んでいるもののあまり成功はしていないかな。
■しかしこういうのが賞を獲っちゃうと類似品が増殖して困りそうではある。

(2001.4.30)


『密告』 ★★★
ピエール・アスリーヌ/白井成雄訳/作品社
La Cliente by Pierre Assouline(1998)

■作者はフランスの高名な伝記作家で、本作は初めての創作になるらしい。といってもこれは、ドイツ占領下のヴィシー政権時代のユダヤ人「密告」を題材にした、作者の実体験にもとづく半ノンフィクション作品。まじめな問題提起小説みたいなのであまり文句をつけるつもりはないのだけれど、そのあたりのフィクション化の度合いが中途半端に思えて少し居心地が悪かった。ノンフィクション作家でユダヤ系の語り手は、作者の肩書きと酷似しているので、当初は作者の形式的な分身とみなして読み進めるのが自然だろうと思う。けれども、この語り手が物語の中盤以降にナチス占領時代の過去をほじくりかえして「密告者」を執拗に指弾する行動は、とうてい普通に支持できるようなものではなく、いわゆる「信頼できない語り手」の領域に肉薄している。それは作者にしてみれば織り込み済みの狙いかもしれないけれど、結果として読者が半ノンフィクション風の物語で進めるのかなと思い込んでいたところに、突如「信頼できない語り手」の文法が入りこんでしまうため、どうも騙し討ちのようで釈然としない感想が残った。

(2001.4.30)


『放課後のギャング団』 ★★★
クリス・ファーマン/川副智子訳/ハヤカワ文庫NV
The Dangerous Lives of Alter Boys by Chris Fuhrman(1994)

■米国南部のカトリック学校を舞台に少年たちの日々を描いた、『スタンド・バイ・ミー』系の懐かしい思春期回顧もの。悪ふざけの挿話を積み重ねていく構成は、ロレンゾ・カルカテラ『スリーパーズ』の前半なんかにも近いかな。決して悪くはないもののさほど独自性を感じたところはなかった。たぶん作者が夭折したせいもあって(作中の人物と重ね合わせて)話題になったのではないだろうか。主人公の純真な初恋の描写にかなりの枚数が割かれていて、それはたしかに胸ときめく場面ではあるんだけど、別にこの物語で読まなくてもいいんではないかという気もしなくはない。

(2001.4.14)


『黒い時計の旅』 ★★★★
スティーヴ・エリクソン/柴田元幸訳/福武書店
Tours of the Black Clock by Steve Erickson(1989)

「俺たちの世紀の中心は」とおれは答える。「ここだよ、ここ」。そう言っておれは自分の股間をつかむ。(p.130/HC)

■現代アメリカ文学の有名作で、SF・ファンタジー風味の「歪んだ時空」ものとしても読めそうな作風。筋書きは整然と示されないままとびまくっているけれど、カオス的な奔流のような物語の迫力に圧倒される。なんだかよくわからんけどすごいのを読んでしまった、というかんじか。先頃訳出されたリチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』(みすず書房)がいくぶん英国風の知的な洗練で構成されていたのとくらべると、こちらはまさに米国的な、濃密で野卑な語りの熱気が時空を突き破っていく、というような印象を受ける。風間賢二氏がどこかでジェイムズ・エルロイの歪んだ歴史ものとの類縁を指摘していた記憶があるけれど、たしかにそういった趣きもあるかな。「片輪」「気違い」などのいわゆる差別用語を不敵に濫発しているのも特徴。 ちょっとこの作家はほかのも読んでみたいと思う。

(2001.4.8)


『賢い血』 ★★★
フラナリー・オコナー/須山静夫訳/ちくま文庫
Wise Blood by Flannary O'connor(1952)

特に女性たちは『賢い血』の始めの108ページを読んで、不快を感じたそうです(私はそれを聞いて、うれしく思いました)。(p.252/「訳者あとがき」で紹介されている作者の書簡)

■米国南部のいわゆる「バイブル・ベルト」を舞台にした小説。とにかくもう登場人物の言動がどれもすさまじく常軌を逸していて、ジム・トンプスンなんかにも通じるところがあると思う。きちがい小説の傑作とはいえそうだけど、キリスト教に興味のない僕には正直あまり切実さを感じられない題材なのは否めなかった。

(2001.4.8)


『さらばその歩むところに心せよ』 ★★★★
エド・レイシイ/野中重雄訳/ハヤカワ・ミステリ
Be Carefull How You Live by Ed Lacy(1958)

■これは悪徳警官ものの秀作。ハードボイルド的な人物造形・語り口とパズラー風の仕掛けとを融合させた作風で、たしかにその意味で評価に値するのだけど、ただしいまの眼から見ると筋運びはいくぶんぎこちないし、だいたい結末もふつうに読めてしまうのではないか。むしろ熱気あふれる野卑な語り口に惹かれた。やたら過剰な暴力衝動を抱えながらも一抹の純真さを残した主人公の人物造形が秀逸で、ジェイムズ・エルロイの小説を好きな人なんかも愉しめそう。比較的意志の弱い性格の語り手に、確立した濃い人格の相棒が配されて強い影響を与える、という物語構造の典型ともいえる。エルロイの『ブラック・ダリア』(語り手の名は同じ「バッキー」だ)や、最近の作品ではクレイグ・ホールデンの『夜が終わる場所』も、この人物配置に近い。
■スタンリイ・エリンの『第八の地獄』(1958)あたりもそうなのだけど、この時期の探偵/犯罪小説に感じるただごとでない熱気がどこから生まれているのかというと、人物がつねに「個人的」な動機のもとで動いているところにあるのではないだろうか。社会のなかで個人にできることは何なのか。そういう孤独な「自分探し」の切実さは、まだ色あせていないんだと思う。
■ただ翻訳が古くてあまり良くないのは残念。

(2001.4.7)


『イノセント』 ★★★
イアン・マキューアン/宮脇孝雄訳/ハヤカワ文庫NV
The Innocent by Ian McEwan(1990)

■冷戦時代のベルリンを舞台にしているけれど、スパイものとはいいがたいしまともな恋愛小説とも思えないし、例によって「マキューアンの小説」としかいいようのない、なんとも変な話になっている。次作の『黒い犬』(1992)でも「ベルリンの壁」をとりあげているので、そのあたりに興味があった時期なのかな。
■小説としての出来は正直さほど良くない。後半の執拗な悪趣味描写なんかの特筆すべき点もあるけれど、結局何をやりたいのか判然としない構成で、時系列の流れや視点の扱いにも工夫が見られなかった。特に三人称叙述はこの作家に向いていないのではないか。マキューアンの小説では、情けない男性主人公に対比して「理解の及ばない他者」としての女性像が提示されることが多いのだけど(『セメント・ガーデン』の姉貴、『アムステルダム』の不在のヒロインなど)、今回その役を担うべきヒロインに関して、本作の書法はたまに視点を割ってあっさり内面描写を挿入している。これは何らかの狙いがあったのかもしれないけれど、語りの緊張感を削いでいるだけであんまり成功していないといわざるをえない。やっぱり『最初の恋、最後の儀式』や『セメント・ガーデン』みたいな「歪んだ一人称叙述」がこの人の持ち味じゃないだろうかね。

(2001.4.1)


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