▼ Book Review 2000.12

『私家版』 ジャン=ジャック・フィシュテル
『フロリダ殺人紀行』 ティム・ドーシー
『蜂工場』 イアン・バンクス
『ハドリアヌスの長城』 ロバート・ドレイパー
『DOMESDAY』 浦浜圭一郎
『神様がくれた指』 佐藤多佳子
『動機』 横山秀夫
『愛しすぎた男』 パトリシア・ハイスミス
『ダックスフントのワープ』 藤原伊織

※(ごく主観的な)評価は★5段階。

『私家版』 ★★★
ジャン=ジャック・フィシュテル/榊原晃三訳/創元推理文庫
Tire A Part/Jean-Jacques Fiechter(1993)

■フランスと英国の文芸出版界を舞台にした倒叙サスペンス。題材がなかなかユニークでそこそこ興味深く読めた。ただこちらの予想を裏切る意外な展開はほとんどないため、印象はずいぶんあっさりめ。文芸界のスキャンダルを描いているから本国では話題になったのかもしれないけれど、こちらで特に騒ぐほどのものではないだろう。でもまあ、コンパクトな紙数にまとまった佳作ではあると思う。
■主人公をはじめ登場人物がひとかけらも魅力的に描かれないのは、フランス人らしいひねくれた筆致でわりと好感。

(2000.12.30)


『フロリダ殺人紀行』 ★★★★
ティム・ドーシー/長野きよみ訳/扶桑社ミステリー文庫
Frolida Roadkill/Tim Dorsey(1999)

■タランティーノ風のカール・ハイアセン、といったおもむきのフロリダ産クライム・コメディ。おかしな登場人物たちが次々と入り乱れるオフビートな展開のもと、臨界点ぎりぎりの悪趣味なブラック・ジョークが連発される。主役級の小悪党たちの酷薄で容赦ないふるまいは『Mr.クイン』『バカなヤツらは皆殺し』にも劣らないくらいで、モラルの境界線を軽々と踏み越えてしまっている。変な人物の活かしかたに関してはまだ甘いような気もしたけれど、まずまず愉しめる出来だった。作中人物がいきなりカール・ハイアセンのサイン会に並んでみたり、トラヴィス・マッギーゆかりの地に巡礼したりと、先達への言及が妙に盛りだくさんなのも印象的。
■ただし翻訳はやや不安。ハイテンションなジョークを淡々と訳しすぎているのではないか、という疑問は原文にあたらなければ検証しようがないにしても、固有名詞の誤りも結構散見された。たとえばNBAのオーランド・マジックを平気で「野球チーム」と表記していたりとか。もうちょっと適した人選をしてもらいたいところでした。

(2000.12.30)


『蜂工場』 ★★★
イアン・バンクス/野村芳夫訳/集英社文庫
The Wasp Factory/Iain Banks(1984)

 おれが幼いエスメラルダを殺したのは、自分と世間一般に対して借りがあると考えたからだ。おれは数字上、二人の男の子を殺していた。だから、統計学的に女という人種にも同じ運命を与えなければならない。少しでも不均衡を正す必要があったのだ。いとこはいちばん手近で、もっとも目につく対象であったにすぎなかった。(p.121)

■孤島で暮らすサイコ未成年者の、動物・昆虫虐待に延々とあけくれる日常生活と、殺伐とした過去の回想を歪んだ一人称でつづる。『内なる殺人者』と『悪童日記』のあいだみたいな設定で興味をそそられたものの、全体的な構想はそれほどでもなかった。『共鳴』とこれを読んだかぎりでは、この作家はディテイルを書きたいタイプの人なんだろうなと思う。たしかに個々の場面はえらい変態的でおもしろかったりするのだけど、それは断片にとどまるだけで有機的に絡んでこない。精神病院から脱走した兄貴が帰ってくるという話も、冗談のような真相の暴露も、物語の流れのなかでほとんど活かされていない気がする。
■最後のオチにはまあ驚くべきなのだろうけど、ミステリ読みとしては予期できないわけじゃないし、演出の切れ味もいまひとつ。個人的には〈性別〉の逆転よりも、それがぜんぶただの〈実験〉だった、という徹底した無意味さかげんのほうが強烈だと思った。
■インモラルで露悪的な作風がイアン・マキューアンと比べられたらしいのもたしかに理解できる。ちなみに終盤で出てくる「ホルマリン漬けの男性器」のモチーフは、そのマキューアンの初期短編「立体幾何学」(『最初の恋、最後の儀式』収録)と共通している。

(2000.12.20)


『ハドリアヌスの長城』 ★★★
ロバート・ドレイパー/三川基好訳/文春文庫
Hadrian's Walls/Robert Draper(1999)

■惜しいなあ。過去/現在の交錯する重層的な語り(トマス・H・クックに近いかな)、やや粗いけれども力強い筆致、そして物語の舞台となる「刑務所の町」にしっかりと根づいた登場人物たち。いったいどんな傑作になるんだろうと途中まで期待していたのだけど、積みあげてきた物語は終盤の「謎解き」でほぼ台なしになってしまった。物語の解明が主人公の人生の意味を塗りかえる、という展開にしたかったのだろうけど、あえて説明をとばしたのかと思っていたところを突いているだけでただ興醒めでしかないし、これでは物語の解釈としてどうにも浅薄すぎる。それに、こういうことをわざわざ他人から指摘させるのでは、主人公がただの間抜けになってしまうだけだろう。
■刑務所産業で経済が成り立っている特異で保守的な町、テキサス州シェパーズヴィルの描写がとても印象深かった。登場人物たちは塀の中と外とにかかわらず、いつまでも刑務所から自由になれない。たとえば矯正施設の長官となったソニー・ホープは、この「刑務所の町」でだけ重要人物としてふるまうことができた。また主人公のほうは劇的な脱獄を果たしながらも決して自由を謳歌することはできず、結局なぜかこの町へ舞い戻ってくる。
■ちなみに訳者あとがきでは指摘されていないけれども、古代ローマのハドリアヌス帝は名君としてだけではなく、〈美少年愛好〉でも史上に知られる人物。本書の前半で語られる重要な場面の出来事は、そこからの暗示に対応してもいるのだろうと思う。
■作者は新人。ジャーナリスト出身らしい濃厚な社会・情景・自然描写には力量を感じる。

(2000.12.16)


『DOMESDAY』 ★★★
浦浜圭一郎/ハルキ・ノベルス(2000)

■東京のまんなかに謎のドーム球体が出現、その内部では死人が続々と復活させられ人を襲っているという、閉鎖空間ゾンビホラー・パニックもの。第一回小松左京賞佳作らしい。筋書きから『レフトハンド』みたいに突き抜けた話を期待していたのだけれど、あそこまで強烈な愉しさはなかったかな。文章は巧くないけれど映画のカット割りを意識したようなテンポのいい構成でそこそこ読ませた。
■ゾンビ物恒例のバッド・テイスト描写は、一応あるけれどもさほど力点を置かれてはいない。TVゲームの『バイオハザード』が売れて以降だろうか、この種の設定が誰からみてもある程度の定番物となってしまったこともあり、必要以上に先例フィクションを意識したパロディ風味の筆致になっているのがわりと印象的。若手映画監督、シナリオライター、SF作家、いんちき伝導師といった「語り部」的な職業の人物がやけに登場してくるのもそのためだろう。

(2000.12.16)


『神様がくれた指』 ★★★
佐藤多佳子/新潮社(2000)

■作者は児童文学出身の人。前作『しゃべれどもしゃべれども』では若い落語家を主人公にしていたけれど、こんどの主役はスリ師と占い師。およそ非日常的な職業に就いている人物を描きながら、むしろその等身大の日常生活や人生の迷いに焦点をあてる、というバランス感覚のもとで、ファンタジー的というか少女漫画的な筆致が活きている(ドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』なんかにも近い作風だろうか?)。さわやかで運動神経が良くて恋愛話に鈍い陽性の主役と、繊細で気配り型の中性的なインテリ、という男性コンビは良くも悪くも少女漫画の王道といってよさそう。そういう典型的な登場人物を巧妙にからみあわせているとは思うけれど、ただし「喘息持ちで虚弱体質の美少女」がヒロインというのはさすがに古風すぎて、そこで物語の流れがとまってしまいがちのように思えた。
■物語展開も後半ややごたごたしたので、どちらかというとシンプルな前作のほうが好みだったかな。

(2000.12.10)

>>役に立たないスペシャリスト(北上次郎と作者の対談)


『動機』 ★★★
横山秀夫/文芸春秋(2000)

■『陰の季節』で登場した新顔作家の第二作品集で、収録作は「動機」「逆転の夏」「ネタ元」「密室の人」。どの作品もだいたい、警察機構や新聞社や裁判所のような犯罪にかかわる職場を舞台にしながら、あえて人生の機微を描く「日常の謎」的な話を展開している。各話ともこちらの想像する結末で終わらずさらにもうひとひねり用意されていたりして(それはややむりやり気味にしても)、ミステリ的にもなかなか練られているけれど、文体がいささかウェットにすぎるのではないかと思う。北村薫はいわゆる「日常の謎」を物語にのせるため「世間知らずの女学生が人生の哀歓を学んでいく」という形式を採用したわけだけれども、この作者はそこで浅田次郎風の「中高年の感傷」を持ってきている。そのあたりの盛りあげかたには少し無理が出ているようで、わりとまともに犯罪を描いている「逆転の夏」が結局いちばん自然に読めてしまう、というあたりにこの作風の限界を感じなくもない。
■あとこれは新人賞作家の鉄則なのかもしれないけれど、業界内幕ものを書くさいの「こう書けば読者にわかりやすい」という叙述法を忠実になぞりすぎているようで気になった。

(2000.12.9)


『愛しすぎた男』 ★★★★
パトリシア・ハイスミス/岡田葉子訳/扶桑社ミステリー文庫
This Sweet Sickness/Patricia Highsmith(1960)

■恋する女を一方的かつ独善的に追い求める、いわゆる「ストーカー」男の行動を克明に描いた物語。作者はこの次作『ふくろうの叫び』(1962)でもストーカーみたいな話を書いているので、わりとそのあたりに興味が向いていた時期なんだろう。その『ふくろうの叫び』でもそうだったけれど、主人公のかなり常軌を逸した行動を、異常とか狂気だなんて騒がずに、終始あくまで淡々とした筆致で描いているのが好ましい。
■架空の人物になりすましたりもする主人公のあいまいで「透明」なふるまいは、有名な『リプリー』(『太陽がいっぱい』)に通じるものがあると思う。理知的な計画が破綻していくとか、緊迫のサスペンスが盛りあがるとかいった、たいていの犯罪小説に求められるような展開はまるでないのだけど、この主人公のぼやけた輪郭にふしぎと惹きつけられる。
■現世ではかなわないものを夢想して彼岸の世界へと逝ってしまう人物を描く、という意味ではマーガレット・ミラーの作品群とも共通するものがあるけれど、この小説の作者は最後まで三人称客観描写の距離を崩さない。自在な憑移をくりひろげるミラーの文体が最終的に対象者へのシンパシーや哀惜の情を感じさせるのにくらべると、かなり冷酷で突き放した態度に思える。

(2000.12.3)


『ダックスフントのワープ』 ★★
藤原伊織/文春文庫

■『テロリストのパラソル』の作者が、それ以前の1985年から1990年にかけて「すばる」等で発表していた純文学系の中短編をまとめたもの。収録作は「ダックスフントのワープ」「ネズミ焼きの贈りもの」「ノエル」「ユーレイ」。
■どれもだいたい村上春樹風の個人主義的な語り手を設けて、人間関係の局外にいることの厳しさ、といったかなり悲観的な世界観を描いている。やりたいことはわからなくもないんだけど、こういう方向に対して感傷をむけることには近頃興味が動きにくいこともあって、古びているような印象を抱かざるをえなかった。とくに「ネズミ焼きの贈りもの」に出てくる女の台詞などは、いま読むにはちょっときつい。禅問答めいた対話や哲学書の引用でもって思索的な雰囲気をかもしだそうとするのも、いかにも安易な演出に思える。
■表題作「ダックスフントのワープ」は真摯な伝達の厳しさを描いて悪くなかったけれども、結末はいくらなんでも唐突。ちなみに、本多孝好の第二作『ALONE TOGETHER』は、この表題作の路線をひきついでいると思う。

(2000.12.3)


Book Review 2000
Top