中二階日誌: 2004年12月上旬

2004-12-02

■エドワード・ケアリー『アルヴァとイルヴァ』

アルヴァとイルヴァAlva & Ilva (2003) / 古屋美登里訳 / 文藝春秋 [amazon] [bk1]

『望楼館追想』の作者の第2作。どことも知れない町、エントラーラに住む双子「アルヴァとイルヴァ」の片割れによる自伝が、また別の人物アウグストゥス・ヒルクスによる註釈や町の観光案内を付けて英語に翻訳される、そして出来上がったのがこの本という趣向。この書物としての多重構造に、ナボコフの『青白い炎』やミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』を思い出しながら読んだ(追記: 架空の町について描くということで、カルヴィーノの『見えない都市』を引き合いに出すのが適当かもしれない)。架空の町エントラーラの実像は複数の語り手を介することで曖昧になっていくのだけれど、読んでいくうちに、逆にこの語り手たちこそが町を成り立たせているようにも見えてくる。

このあたりの趣向はミルハウザーが各作品で見せる手法と重なっていて、個人的には好みだけれどさほど目新しさは感じない。ただ、そことは違うエドワード・ケアリー独特の魅力も当然あって、そのひとつが、主人公をはじめとする見るからに風変わりな登場人物たちの造型。『望楼館追想』の主人公もそうだったけれど、今回の主人公たちも肉体的に特異な要素を帯びていて、それがきちんと登場人物の性格を表現している。また、主人公たちの表現活動は、ただ自分たちの内面から生み出される幻想を形にするものではなくて、外の世界と自分なりの関わりを持ちたいということの反映として描かれる。そして起こるエピソードがどれも奇妙なものでありながら幻想の領域には行かず、小道具だけ取り出すとあくまで現実に身の回りにありそうなものをもとにしているのが面白い。これは作者自身が粘土細工などを手がける造型作家でもある、つまり世界を言葉だけで紡ぎ出すのではなくて、目に見える形で作り上げようと考える人だということから来ているのではないかと思う。

2004-12-03

○「中二階」が流行語大賞でトップテン入り

「中二階」という単語でやたら検索が来るので(1日100件くらい)何事かと思ったら、今年の流行語大賞というのでトップテンに選ばれた言葉だったんですね。しかもGoogleで検索すると現在1位でヒットしてしまう。

そんな言葉が本当に流行していたのか、というか政治ニュースをほとんど見ないせいか全然聞いたこともなかったのだけど、ポスト小泉と「中二階」世代という文章によると、

「中二階、ってのはよく使われる言葉で、二階、つまりトップでもなければ、一階、つまりトップを支えて次のトップを狙う立場でもない、微妙な立場のことをいうわけさ」

とのことで、自民党のなかでそこそこキャリアを重ねているものの次代のトップとしては期待されていない中途半端な立場の議員、具体名では北朝鮮拉致問題でよく名前を見かける平沼赳夫氏あたりを指すらしい。

一階でも二階でもない、というやる気のない感じがわりと気に入っていた言葉なのだけど、自民党内の権力争いみたいなのに結びつけられるのはあまり良い感じがしない。もともとニコルソン・ベイカーの小説『中二階』[amazon] [bk1]から題名をそのまま借りてきただけという安易なものなので、別のを思いついたら変えようかな……。

2004-12-04

■岡野宏文・豊崎由美『百年の誤読』

百年の誤読ぴあ [amazon] [bk1]

1900年から現在まで、日本でベストセラーになった本100冊を読み直していく書評対談本。『ダ・ヴィンチ』連載時に拾い読みしたら、そのときは単に最近のベストセラー本を罵倒しているだけみたいで惹かれなかった。通読してみると特に前半の部分、昔の文芸小説に突っ込みを入れながら、いまの娯楽小説を読む水準で読み直しているところが面白くて参考になる。昔の日本文学に不案内なので、これは後で読んでおこうと思った本がいくつもあった。(泉鏡花、内田百間、あとそんなに古くないけど庄司薫など)

後半になって時代が現代に近づいていくと、当たり前の突っ込みや「こんなのに感動する読者は馬鹿だ」式の言説が増えてきて内容が薄くなる(それに『世界の中心で、愛をさけぶ』や『Deep Love』をいまさら激しく罵倒されても、いささか食傷気味)。これは単に取り上げる本自体が面白くないせいもあるのだろうけれど。

結論を急ぐ読者としては、とりあえずこれは読んでおけというベストテンなどが巻末にあれば便利だなと思ったら、エキサイト・ブックスの特集記事「名作は、あらすじだけじゃわからない」に、それに近い内容が出ていた。ついでに同じ記事内で、岡野氏がお薦めのブックガイドとして瀬戸川猛資の『夜明けの睡魔』と『夢想の研究』を挙げているのが嬉しい。

2004-12-06

◆『Mr.インクレディブル』

The Incredibles (2004) / 監督・脚本: ブラッド・バード

『ウォッチメン』のファミリー版という感じだろうか。社会の迷惑になるとされてヒーロー活動を禁じられ、保険会社の社員に身をやつしていた「元ヒーロー」の父さんが家族とともにふたたび悪役と戦うことになる。ひねくれた設定を誰でも愉しめるようにうまく落とし込んでいて感心した。

妻のイラスティ・ガールの変形能力(『ONE PIECE』+『バーバパパ』というか)、長男ダッシュ君の超速走りなど、家族それぞれの能力が3Dアニメならではの表現できちんと描かれていて、鳥山明の漫画みたいな丸みのあるメカ造型も懐かしい。いかにも漫画的な展開の合間に、車を運転しながら父親と母親が道順をめぐって言い争いをはじめたりと、誰でも思い当たるような家族の日常風景が挟み込まれるのが良かった。

2004-12-07

□年末ランキングの季節

『このミステリーがすごい! 2005年版』[amazon] [bk1]と、今年から別冊になった『SIGHT別冊 ブック・オブ・ザ・イヤー2005』[amazon] [bk1]を一応読もうと思ったものの、売っていそうな本屋には寄れず。ついオンライン書店に注文してしまったけれど、逆に遠回りになるような気もする。

2004-12-09

□『このミステリーがすごい! 2005年版』

このミステリーがすごい!2005年版宝島社 [amazon] [bk1]

ようやく確認。法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』が国内1位になったのは噂に聞いていたので驚かないけれど、昨年の『葉桜』と同じく、ミステリらしいミステリの趣向があって、かつハードボイルド読者にも読みやすいような作品だと票を集めやすいということなんだろうか。

霜月蒼氏の海外ノワール総括がよくまとまっていて参考になった。C. S. フォレスター『終わりなき負債』[amazon] [bk1]とジェイソン・スター『嘘つき男は地獄へ堕ちろ』[amazon] [bk1]は読んでおきたい。

『迷宮の暗殺者』と『イデアの洞窟』が当然のようにバカミス枠で取り上げられていて納得。シャマランの映画『ヴィレッジ』は、バカミス映画の金字塔『アンブレイカブル』に比べると弱いのでいまさら褒めなくてもという気もする。

■乾くるみ『イニシエーション・ラブ』

イニシエーション・ラブ原書房 [amazon] [bk1]

『電車男』ただし謎解きあり、といった感じで、同じ年に出たのは良かったのか悪かったのか……。

前半の「A面」では、非モテ系男のもとに運良く恋愛のチャンスが転がり込む、『電車男』的な話が順々に語られる。相手の女に何か裏があるだろうことは予期できる(何度か典型的な描写で示されてもいる)ので、後半はこの主人公が何らかの事件や陰謀に巻き込まれる展開になるのだろうかと思っていたら、そうはならなかった。ちょっと肩透かしにも感じたのだけれど、歌野晶午の『世界の終わり、あるいは始まり』などに連なる新手の日常系ミステリと考えればいいのかもしれない。いわゆる「モテ・非モテ」問題をミステリの手法に落とし込んでいるのは面白い着想だと思う。

ただ、僕は本の終わりまで来てようやく全体の仕掛けに気がついた、その意味ではわりと理想的な読者なのだけれど、それでもこの作品のメインの仕掛けは読者を引っ掛けようとする「作者の介入」が目立ってしまうものに思えていまひとつ乗れなかった。この仕掛けのために[前半と後半で文体を切り替える]ことも自然にできなくなっている。他の方法を何か考えつくかといったら難しいのだけれど。

◆『白いカラス』

The Human Stain (2003) / 監督: ロバート・ベントン

フィリップ・ロスの小説を映画化した文芸映画で、いかにも原作から場面を拾ってぎこちなくつないだダイジェスト感の目立つ構成なのは否めないのだけれど、個々の場面そのものは丁寧に撮られていて見ごたえがある。特に回想される昔のロマンス場面の美しさ、あるいはアンソニー・ホプキンズが唐突にゲイリー・シニーズを誘って踊り出す場面の訳のわからなさなど、何が起こるのかという緊張感があって目を離せない。安定した撮影(ジャン=イヴ・エスコフィエ)で底上げされている部分もあるのかもしれないけれど。

全体の構成はいまひとつ散漫で、特にアンソニー・ホプキンズの演じるもと文学教授とニコール・キッドマンとが惹かれ合う過程がよくわからないのと、さらにホプキンズ自身が過去を回想しているほかに、作家のゲイリー・シニーズが現在のホプキンズと出会って彼の物語を記述しようとするという枠組みもあって、語り手=視点人物がばらけているように見えるのが気になった。でも縦糸になるホプキンズの人生を振り返る範囲では少なくとも綺麗に撮れていて説得力がある。『見えない人間』なんて題名も思い出す。


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