中二階日誌: 2004年11月上旬

2004-11-01

□『ペンギンの憂鬱』が面白そう

新潮クレスト・ブックスから出ている、アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』[amazon] [bk1]の書評。村上春樹/ポール・オースター系の寓話ミステリらしい。

入手してあるので、グレッグ・イーガン『万物理論』[amazon] [bk1]の後にでも読むか。

2004-11-03

□『TITLE』2004年12月号: 特集「映画で世界は回ってる。」

映画特集だったので読んでみた。芝山幹郎・滝本誠・中原昌也による最近のアメリカ映画についての対談は、中原昌也の独壇場という感じ。アメリカ新世代監督の群像劇や偽ドキュメンタリーは結局ロバート・アルトマンが原型なんじゃないか、という指摘には納得した。ポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』は駄目だけど『パンチドランク・ラブ』は良いというのは同感。駆け足の言及なのでもうちょっと分量を読んでみたい。

別の記事で、カイエ・デュ・シネマ誌の編集長(ジャン=ミシェル・フルドン氏)が、次回作が楽しみな映画監督としてM・ナイト・シャマランの名前を挙げているのに驚いた。

◆『ソウ』

Saw (2004) / 監督: ジェームズ・ワン / 脚本: リー・ワネル

これは期待外れ。サイコな犯人によって何人かの人物が閉鎖空間に集められる……という、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』流のゲーム的なサスペンス映画なのだけど、映画内のすべての出来事が「犯人」によって仕組まれたものなら、それは「映画の作者」がいるのに等しいわけで、何が起きても(もちろん誰が犯人でも)どうでもいいように思えてくる。また、並行して挿入される回想場面が単に物語の説明になっていて、それ自体に面白さがないので退屈に感じる。

[以下、映画の結末に軽く触れます]映画の幕切れまで至ると、なるほどそういう仕掛けをやりたかったのかとある程度納得する(クリスティの有名作が似たことをやっているのも思い出す)。でもそれまでの退屈さを埋め合わせるほどではなく、『ユージュアル・サスペクツ』とか『セブン』とか、この手のあざとい仕掛けに重きを置いた映画はどうも好きになれない。

誰が作ったのかという無駄に凝った殺人機械が出てくるところは、マイケル・スレイドの『髑髏島の惨劇』みたいで、そういえばあれも『そして誰もいなくなった』を下敷きにしていた。

2004-11-05

■グレッグ・イーガン『万物理論』

万物理論Distress (1995) / 山岸真訳 / 創元SF文庫 [amazon] [bk1]

待望のイーガン長篇翻訳が出たのだけれど、いまひとつ楽しめなかった。冒頭の、殺人事件の被害者を強引に蘇生させてダイイング・メッセージを喋らせる、という話のほうが正直なところ本編より面白かった気がする。

イーガンの長篇作品は最初の『宇宙消失』から、客観的には何も起きていないはずのところに、壮大な空理空論を積み重ねることで何か大変なことが起きているかのように語っていくものだったけれど、今回はあまりその手続きがうまく行っている感じがしない。これだと、例えば佐藤哲也『熱帯』における「事象の地平」をめぐるナンセンスな謀略戦と大差ないんじゃないかと思ってしまった。元になる科学理論を知っていると多少面白いのかもしれないけれど。

『宇宙消失』はメインの着想が小説としての語りの構造と結びついていたので、ジャンル外の小説読みとしても面白く読めたのだけれど、以降の長篇ではその結びつきが弱くなっている気がする。

2004-11-07

◆『オールド・ボーイ』

Old Boy (2003) / 監督: パク・チャヌク

理由も分からず長年監禁されていた人物が繰り広げる、血まみれの復讐劇……と、そのまま『キル・ビル』みたいな話なので、なるほどタランティーノは絶賛するだろうと思う。『レザボア・ドッグス』の「耳切り」みたいに過剰な流血描写も盛りだくさんだった。

実はこの映画も『ソウ』と似て、ある黒幕の仕組んだ極限状況のもとで主人公が行動するミステリー映画になっている。その状況設定や種明かしを長々と台詞で説明していて、映画としての話法はあまり洗練されているとはいえない。しかも最後は「催眠術」まで飛び出してきてかなり強引な展開になる。でも一発ネタのミステリー映画としてはなかなか危ないことをやっていてびっくりした。

[以下、映画の結末に軽く触れます]この映画の筋書きを聞いたとき、時代に取り残されてしまった男を主人公にした、学生運動世代の作家によるハードボイルドみたいな話なんだろうと思っていた。その典型を挙げると藤原伊織の『テロリストのパラソル』がそうで、その手の話ではよく、中年の主人公をなぜか慕う若い女が登場して孤独を癒してくれる。つまり都合の良い親父ファンタジーみたいになってしまうのだけれど、この映画ではそのお約束を逆手に取ったような、悪意に満ちた展開が突きつけられる。原作の漫画は確認していないのだけれど、これが韓国映画版オリジナルの脚色だとしたら歪んでいて面白い(たぶんそうだろうと想像するのだけれど)。

事件の発端までさかのぼると、東野圭吾『放課後』の殺人動機ばりのしょうもないもので、その程度のことからここまで大仰に話が盛り上がってもおかしくないと思えるのは、儒教道徳と「恨」の精神が根強い(とされる)韓国ならではだろうか。

主人公役のチェ・ミンシクをはじめとする俳優陣には説得力があって、何といってもヒロインのカン・ヘジョンが可愛くて素晴らしい。

2004-11-08

■アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』

ペンギンの憂鬱沼野恭子訳 / 新潮社 [amazon] [bk1]

まだ生きている人物の追悼記事を書きためる、という奇妙な仕事を新聞社から請け負った主人公と、その日常生活に忍び寄る不穏な影。「異色作家短篇集」風の話を長篇にするとこんな感じかと思う。奇妙な仕事の依頼とのっぺりした日常生活を重ねた、マグナス・ミルズの『フェンス』なんかこれに近かった気がする。

主人公の身辺の怪しい出来事が不条理なままに終わるのかと思ったら、割にきちんと謎解きされるのが意外だった。

ペンギンを飼う、すなわち非日常の生物を日常生活に迎え入れることが補助線になって、すべての不思議な出来事が可能になる。ウクライナの小説なんてはじめて読むけれど、ソ連崩壊と市場経済の流入による社会の変動になんとなく馴染めない感じを描いているとも取れるし、別段そういう裏の意味を読み込まなくてもよさそうでもある。面白かったけれどそんな曖昧な感想くらいしか書けない。


Index ≫ 2004.11