短篇「カット・アウト」で見せた美術評論とミステリの重ね合わせに、ロス・マクドナルド作品でおなじみの家庭内の悲劇を足した感じの長篇作品。何もそこまでロスマクをやらないでも、と思うとともに、特に後半の訊き込み場面で『さむけ』あたりに通じる不気味なくだりがあって感心した。
前半は父親の法月警視が出てこないで法月綸太郎が単独で東京の街を巡って訊き込みをするので、ハードボイルド探偵ものの書法に近づいている。探偵が行動している間にも事件が進展していたり、探偵の立ち回り方しだいでは被害者を救えたのではないかという可能性が示されるところがそれっぽい。実際、例えば原りょうの沢崎シリーズ新作のプロットといっても通用するのではないだろうか。巻き込まれ型の探偵もので、芸術家をめぐる家庭内の秘密に踏み込んでいく、という筋書きは原の作品でも使われている。
美術とミステリを結びつけた題材の選び方はたいへん面白いし、訊き込みの過程で良い場面がいくつかあって感心した。ということで全体的には堪能したのだけれど、最終的な解決にいくらか無理を感じるのと、その提示が後からの説明口調になっていて劇的な効果が弱いのが惜しい。探偵がどのように事件を解決するか、という点で迷いがあるような気がする。
気の利いたパロディの連続で愉しく読めた。この分量で、ミステリ批評、ファンタジーとジョン・ディクスン・カー、さらにドン・キホーテごっこを詰め込んで、それを有機的につなげてみせる器用さはすごい(しかもハリー・ポッターと六本木ヒルズという流行りものにも適当に言及しているし)。特にちょうど『ドン・キホーテ』本編を読んでいたせいか、「ドン・キホーテごっこ」の部分が案外きちんと書かれているふうで良かった。現実と幻想が両立する展開はカーの作品にもつながる。
もはや「軽いふりをした問題作」という段階も通り越して、単なる軽みの境地に至ったというか。このレベルの作品を毎年ペースで出してもらえるのなら、それはそれで結構なことかもしれない。
マイケル・ムアコックは全く読んでいないので何か読み逃している可能性もあるけれど、たぶんおまけの遊びで大した問題はなさそうな気もする。
PARADISE STREETで、夏目房之介の新刊『マンガの深読み、大人読み』[amazon] [bk1]評から、『ドラゴンボール』後半の空虚さを分析する話題が出ていて面白く読んだ。
夏目房之介氏の応答も誠実な文章で良い感じ。
改めて論じるほどの見識はないのだけれど、当時の読者(小中学生)の感想としてつい書いてしまうと、『ドラゴンボール』をはじめとするジャンプ格闘漫画の空虚な「強さのインフレ化」は、ファミコンのRPGの世界観と密接に呼応し合っていたという実感がある(もちろん鳥山明が『ドラゴンクエスト』のキャラクターデザインを手がけていたのもあるけれど)。次のステージへ行くごとに強い敵が出てきて、そのうち自分たちのレベルを上げることが自己目的化していく……という感じ。死んだはずの仲間があっさり生き返ったりするのも、RPGの約束事と共通している。
一応の幕切れだったピッコロ大魔王編の終了後にはじまったサイヤ人編で、戦闘力を数値で示す「スカウター」という、まさしくTVゲーム的な小道具が出てくるのは象徴的かもしれない。
連載時期の重なる『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部では、主人公たちが日常から離れて冒険の旅に出るのではなく、日常生活と戦闘を地続きに描くことで、RPG的な強さのインフレ化を回避する、という達成がある程度なされていて興味深く読める。(第3部や第5部もそれぞれ面白いけれど、プロットの大枠はRPG風のものを踏襲しているので、その面での興味は薄れる)
……と、話題になってもいないのにむりやり『ジョジョ』を引き合いに出してくるのが荒木信者の困ったところだ。
古谷利裕氏の偽日記(10月4日)で、法月綸太郎『生首に聞いてみろ』評が上がっている。「和製シーガル」の代表作として「母子像」はふさわしくない、という美術分野の指摘もあって面白い。僕はまったくの美術音痴なので、面白い題材を持ってきたなという程度の読み方だったけれど。
ついでに、同じく美術界の内幕を描いたチャールズ・ウィルフォードの『炎に消えた名画』の感想も聞いてみたい気がする。
The Taste of Tea (2004) / 監督: 石井克人
これは良かった。田舎ホームドラマの枠組みに、漫画的な登場人物たちとオタク文化を組み入れて、仮想の「日本の風景」(=「茶の味」?)を作り出そうという試み。「ポップな小津」という感じの志向で、変人たちの群像劇が意外にしみじみとした人情ものになっていくところは、ウェス・アンダーソン監督の『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』に近い。
撮影は栃木県で行われているそうで、同じく北関東の田舎を舞台にした『下妻物語』とどちらが良いかという話になりそうだ。『下妻』も面白かったけれど結論が妙にモラトリアム肯定だったのがぴんとこなかったので、個人的には群像劇が好きなのもあってこちらの『茶の味』のほうが好み。登場人物それぞれのエピソードは連関していなくてばらばらだけれど、「長年の胸のつかえが取れる」という感じで緩くつながっているようにも見える。
たまたまBSアニメ夜話の『銀河鉄道999』の回で予習していたために、作中作のアニメが金田伊功の作風に似せてあることがわかった。妙なところで知識がつながるものだ。
Hellboy (2004) / 監督: ギレルモ・デル・トロ
『ロスト・チルドレン』で怪力の大男を演じていた、まさに容貌魁偉の俳優ロン・パールマンが主役のコミック活劇。彼の姿は実写なのに『美女と野獣』や『シュレック』といったアニメの世界から飛び出してきたかのようで、ヒロインのセルマ・ブレアと抱擁し合う場面はそのまま『美女と野獣』みたいだ。……と思っていたら、ロン・パールマンはTVシリーズ『美女と野獣』の野獣役でゴールデン・グローブ賞を受賞したこともあるそうで、納得。
特に後半は怪しいダンジョンに乗り込んでモンスターと戦ったりと、お話はRPGでよく見る感じなのであまり乗れなかったのだけど(別に映画でやらなくても……と思ってしまう)、戦闘以外の日常場面の会話やキャラクター造型が丁寧で、好感を持てる作りだった。ゴシック風味の画面も良い。
ジョン・ハートが出演しているつながりがあるせいか、敵側のモンスターの動きが『エイリアン』風に見える。
Crimson Tide (1995) / 監督: トニー・スコット
エリート軍人のデンゼル・ワシントンが任務を受けて、叩き上げの艦長ジーン・ハックマンと組むことになる。インテリの黒人と叩き上げの白人という顔合わせに、『夜の大捜査線』(1967年)のシドニー・ポワティエとロッド・スタイガーを思い出した。ハックマンが家族のいない孤独な中年だったり、ワシントンが正論を主張したために反感を買って捕らえられたりするのも似ている。ついでに、映画の舞台となる潜水艦は「アラバマ」と、南部の州の名前が付けられている。
核ミサイル発動の指令を推進するハックマン艦長と慎重派のワシントン副艦長が対立する展開になるのだけれど、仮に核ミサイルを発射したら『博士の異常な愛情』の終末世界になってしまうので、普通の映画で発射に至るわけがない。なので、核ミサイルが発射されるかどうかを話の柱にすると、作為的な状況で戦争ごっこをやっているだけなのが見えてしまって興醒めになる気がした。
というわけで話の根本に無理がある気はするのだけれど、名優ふたりの存在感はさすがだし、艦内でやけにオタク会話が交わされるところに(タランティーノが脚本に手を入れているらしい)、実戦経験がなくてゲーム感覚でやっている感じが出ていて面白い。