▼ Notes 2000.12

12/28 【読書メモ】
■本はそこそこ読んでいるのになかなか書く時間がとれないので、とりあえず最近出た新刊の分くらいでも軽く感想を記しておきます。

■『フロリダ殺人紀行』ティム・ドーシー/扶桑社ミステリー文庫
タランティーノ風のカール・ハイアセン、といったおもむきのオフビートなフロリダ産クライム・コメディ。登場人物たちの行動はえらい酷薄で容赦ない。愉しく読めたけど翻訳がやや不安。(★★★★)

■『私家版』ジャン=ジャック・フィシュテル/創元推理文庫
出版界を舞台にした倒叙サスペンスで、題材はなかなかユニーク。ただ意外な展開がほとんどないため印象はあっさりめ。まあ佳作ではある。(★★★)

■『穢れしものに祝福を』デニス・レヘイン/角川文庫
『スコッチに涙を託して』『闇よ、我が手を取りたまえ』の続編だけどぜんぜん駄目。前二作の、社会にも個人にも動機を還元できない複雑な世界描写はみじんもなく、ただ安易なプロットをたれ流しているだけ。軽薄な会話も鼻につく。落ちるにしてもここまで急激とはさすがに思わなかった。(★★)

■『祈りの海』グレッグ・イーガン/ハヤカワSF文庫
粒揃いの短編集だけど、あえていえば『宇宙消失』ほどの爆発力やねじくれた論理世界の魅力はあまりなかったかな。収録作がどれも一人称語りなのは「自分」の認識をつねに疑うイーガンらしい。はじめて読む人に薦めるのには適していると思う。未読の『順列都市』も読んでみるつもり。(★★★★)


12/23 【ノワール派宣言】
■もうすでに話題になっているけれど、『ユリイカ』12月臨時増刊号の「総特集ジェイムズ・エルロイ/ノワールの世界」はなかなか充実した内容。随所でかなり意図的に「ノワール」をジャンル的に規定するような言及がなされているのも興味深い。特集本来の主旨からすると、エルロイ本人のインタヴュー記事とか、各作品解題なんかが載っていてもいいような気もするけれど。
■いいかげん読まないといかんかな、と思った本。

  • ウィリアム・フォークナー『サンクチュアリ』
  • ライオネル・ホワイト『逃走と死と』
  • デイヴィッド・グーディス『深夜特捜隊』
  • ジャン=パトリック・マンシェット『地下組織ナーダ』『殺戮の天使』
  • A・D・G『病める巨犬たちの夜』

    ■ちなみに、なぜか法月綸太郎のロス・マクドナルド試論というのも収録されている。若島正の「明るい館の秘密」を意識したとおぼしき伏線フェアプレイ検証もの。例によって固有名やアイデンティティの問題にこだわった、法月らしい評論だった。
    ■ところで、僕がこれらの系統の小説に惹かれるポイントは、暴力や悪徳の疾走感だとかではあまりなくて、既成のモラルを超越した世界観を垣間みられるところにある気がする。それはSFでいう「宇宙人の視点」の興趣に近いのかもしれない。もちろん、宇宙人ではない生身の人間を描いているからこそおもしろいのだけど。


    12/17 【バトル・ロワイアル】
    ■文部省の宣伝にうかうかと乗せられて、映画版『バトル・ロワイアル』を観てきました。このくらいちゃんとした映画にできるとは思っていなかったので、だいたい満足。ただし良くも悪くも『新世紀エヴァンゲリオン』や『リング』の映画化のときみたいなイベント映画のおもむきが強いので、ちょっと単体では評価しづらい。たぶん原作を読んでいないと「同級生どうしが殺しあう」状況の閉塞感をさほど感じとれないんじゃないかな。まあほかにも、やっぱり若い俳優を多数出しているので台詞が苦しいとか、いくら様式美にしても「末期の台詞が済んでからがくりと力尽きる」死にかたが多すぎるとか、いろいろ気になった点は少なくないけど。
    ■奇遇にもNHKの番組で教育改革がうんたらと討議しているのを見た直後だったせいか、「新教育改革法」という冒頭のぶちあげがあんまり洒落になっていないところにやられてしまった。原作から「金八パロディ」と「青春ロックンロール」を抜いて(これはどちらも正解だと思う)、北野映画と『新世紀エヴァンゲリオン』の風味を足し、全体的に虚無感が増しているようなかんじ。特に「宮村優子」「G線上のアリア」「縦書きの字幕」など『エヴァンゲリオン』要素の盛り込みは確信犯的。現代の若者を巻き込めるよう歩み寄ってみたということなんだろうけど、「エヴァンゲリオン」「ドラゴンアッシュ」「渋谷」で現代風、というのも何だかわかりやすいなあ。
    ■スタッフロールで、教師「キタノ」の娘の声を誰がやってたかに気づいて苦笑。


    12/16 【このミス2001】
    ■『このミステリーがすごい!2001年版』は、なんだか結局購入してしまった。というわけで感想など。

  • 『ポップ1280』はたしかにぶっちぎりだった。2位の『Mr.クイン』(もろ同系統なんですけど)とは40点差。
  • その『ポップ』に関して(当然のごとく1位投票の)中条省平が、ハメットの『赤い収穫』を引き合いに出しているのはとてもよくわかる。
  • 法月綸太郎の1位はやっぱり『マザーレス・ブルックリン』。まあ、そうこなくちゃね。
  • 『世界ミステリ作家事典』はハードボイルド・警察小説・サスペンス版もどうやら出るみたい。てっきり本格編で打ち止めとばかりと思っていた。
  • 座談会は内輪話ばかりで、あいかわらずつまらないなあ。
  • 来年も翻訳クライム・ノヴェルでなかなか愉しめそう。


    12/11 【カルチョ談義】
    2002 CLUBの「イタリア特派員情報」より、

    >>セリエAのビッグクラブたちは個人頼みの戦術に退行している

    という指摘は、今季これまで観たかぎりだとたしかに当たっている印象。ユヴェントス×ラツィオとか、ビッグクラブ同士の直接対決が全然おもしろい試合にならないみたいだしねえ。


    12/10 【コーエン兄弟特集】
    『ブラッド・シンプル』(Blood Simple/1984)が良かったので、ジョエル&イーサン・コーエンの映画を最近まとめて観ている。

    ■『赤ちゃん泥棒』(Raising Arizona/1987)
    子どものできないカップルがほかの家の赤ん坊を誘拐したことからはじまる、どたばた調のクライム・コメディ。コミック的な人物が追いかけっこをするオフビートな展開は、ちょっとトニー・ケンリックの小説みたいだけれど、いくぶんこなれていない印象もあった。主演はニコラス・ケイジ&ホリー・ハンターと、低予算らしいわりにいまみると結構豪華な顔ぶれ。ホリー・ハンターの若妻は妙にかわいく見える。ラストはとってつけたような良心的展開になっているけれど、赤ん坊を出した以上はこうせざるをえないんだろう。まあ、わりと好感の持てる佳作。(★★★)

    ■『ミラーズ・クロッシング』(Miller's Crossing/1990)
    禁酒法時代を舞台にした懐古調のフィルム・ノワール。ダシール・ハメットやポール・ケインあたりの描いていそうな地方都市のギャング抗争を、隙のないスタイリッシュな映像で再現している。登場人物がみんな揃って黒い帽子をかぶっているのがこの時代らしくて格好いい。「ボスの愛人に手を出したために追放される」「二大勢力のぶつかり合いを裏で画策する」といった構図は良くも悪くも典型的で新味はないけれど、台詞を抑制して「映像で語る」作風がクールな物語にぴたりとはまっている。狡猾なのか意外に天然なのか、何を考えているのかわからないニヒルな主人公像も好ましい。(★★★★★)

    ■『バートン・フィンク』(Barton Fink/1991)
    1941年のLAが舞台。スランプに陥った新鋭脚本家がホテルの部屋にこもってタイプライターとにらめっこしているうち、徐々に不条理な悪夢にうずもれていく。少し『シャイニング』に似ていなくもない。凝った映像には隙がないし絶賛する向きが多いのはわかるけれども、文芸色が強くて動きが少ないせいか、いまひとつ好みではなかった。(★★★)

    ■『未来は今』(The Hudsucker Proxy/1994)
    舞台は1950年代のNY。『フォレスト・ガンプ』みたいなアメリカン・ファンタジー路線の成功物語を、『キャッチ22』や『未来世紀ブラジル』風の歪んだブラック・ユーモア世界で展開している。「会社を救うためにとびきり間抜けな社長を選ぶ」「《折曲厳禁》の書類を曲げるくらいならむしろ捨ててしまう」といった文言先行・本末転倒の論理や、登場人物が間抜けであるという仮定が結果的に伏線を隠蔽しているところなんかは、『キャッチ22』を思い出させた。映像的にはいろんな場面で『未来世紀ブラジル』の影響が感じられる。特に会社内での「書類の配送手段」は本家そのまんまで、これは意図的なオマージュといっていいのだろう。そのあたりはかなり好みなのだけど、主人公とヒロインの人物像がさほどおもしろくないため、話がそこでもたついてしまうのは惜しい。(★★★★)

    ■『ビッグ・リボウスキ』(The Big Lebowski/1998)
    オフビートなクライム・コメディで、『赤ちゃん泥棒』にわりと近い路線かな。これもいちおう誘拐事件が中心で、そこにいろいろ変な人物がそれぞれの思惑で介入するため話がこんがらがっていく。映像も例のごとく凝っているし、全編にわたり余裕があって安心して見ていられる映画。舞台は湾岸戦争中のLAのようだけれど、主人公の相棒がやたらヴェトナムの話を持ち出したり、ボーリング場が「ホテル・カリフォルニア」で盛りあがったりと、1970年代を懐かしむ雰囲気が漂っている。ちなみにこの記事によると、作者はレイモンド・チャンドラーの探偵小説を意識していたらしい。たしかに富裕階級の欺瞞を暴いたりやけに淫蕩な女が出てきたりする筋書きは、言われてみるとそれっぽいかも。(★★★)

    ■おそらくいちばん有名だろう『ファーゴ』(Fargo/1996)はむかし観たことがあるのでスキップ。そのうち再見しようと思います。かれらの作品は全体的にクラシックな映画/時代への敬意を感じさせて、それはいささか懐古主義的な印象も与えるけれど、禁酒法時代までさかのぼった『ミラーズ・クロッシング』以降は時代設定が順々に現代へと近づいてきているようで、そのあたりもなかなか興味深いと思う。


    12/6 【年の瀬ですね】
    ■今年の『このミステリーがすごい!』のランキングがWebで先行発表されているもよう。

    >>海外編 >>国内編

    ■ベスト10は一応耳にしていたので特にそんな驚きはないんですけど(それにしても『ポップ1280』はぶっちぎりみたいですね)、おフランスのいけいけねえちゃんの殺戮行を活写して一部で話題を呼んだ『バカなヤツらは皆殺し』が、海外の20位に入っているではないですか。まあ票を入れそうな顔ぶれはだいたい思い浮かぶけど。
    ■今年は翻訳物がなかなか豊作だったいっぽう、国産物は(あまり読んでないから偉そうなこと言えないけど)あからさまにネタ切れ気味なのかな。


    12/1 【最大のハンディキャップ】
    ■法月綸太郎の『マザーレス・ブルックリン』評。(ちなみにこれはPな掲示板経由で知りました)

    >>『マザーレス・ブルックリン』/話は歩きながらしろ

    ■最終的にカート・ヴォネガットを引き合いに出してみたりと、なかなか興味深い評論だった。まあ明らかにハードボイルド探偵論として読める小説なので、この人みたいな論者の興味を惹くのはある意味で当然という気もする。
    『マザーレス・ブルックリン』を読んだときに探偵論の文脈でまず考えたのは、「まともにしゃべれない」のは私立探偵(にあこがれる青年)にとってまさに最大のハンディキャップではないだろうか、ということだった。たとえ極貧でもアル中でも身体不満足でも、物語の探偵たちは会話のなかで「気の利いた」皮肉や軽口をくりひろげることで、どんな相手とも対等以上の関係をたもったり、あるいは見返したりすることもできる。ところがこのトゥーレット症候群の青年ライオネル・エスログには、そのような権利さえもあらかじめ与えられていない。ハードボイルド探偵小説の暗黙の約束からもっとも疎外された、そんな主人公に導かれているからこそ、逆説的にこの小説は尖鋭的なハードボイルド探偵論にもなっているのだろう。