2005-06-18

『輝く断片』 シオドア・スタージョン

輝く断片

Bright Segment and other stories / 大森望編 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-62186-4 [amazon]

表題作の「輝く断片」は以前に掲示板で薦めてもらったことがあり、読みたいと思っていた作品。この「輝く断片」を軸に、ミステリ・犯罪小説風味の作品を集めた短篇集ということで、僕自身はもともとスタージョンの短篇ではSFから離れた「ビアンカの手」や「もうひとりのシーリア」といった作品に惹かれるので個人的に嬉しい作品集になった。ちなみに、「マエストロを殺せ」(旧題「死ね、名演奏家、死ね」)は『一角獣・多角獣』で、「ニュースの時間です」は『SFマガジン』掲載時にそれぞれ既読。

やはり後半の「マエストロを殺せ」「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」が期待通り素晴らしかった。これらは要するに「ビアンカの手」と同じ系統の、奇怪な観念に取り憑かれた主人公を描いた作品で、その行動が一般的な人倫に反した、ヒューマニズムを否定するものであるために結果的には「犯罪小説」ということになる(殺人行為が完了してもまだ話が終わらない「マエストロを殺せ」が象徴的で、主人公の思考は「人間」を否定しているのだ)。この作品集の解題ともいえそうな短篇「君微笑めば」には次のような説明がある。

「この境界線の外側で生きてるやつは存在する。多くはないが、ある程度いる。円の中にいるやつを"人間"と呼ぶなら、必然的に、外にいるやつは−−なにかべつのものだってことになる」(p.160)

「ミュータント? 違う! いや、まあ、そうだと言ってもいいな。呼び名はなんだっていいんだから。しかし、お前が考えているような意味でじゃない。遺伝子だの宇宙線だの、そういうものはいっさい関係ない。ただのノーマルで日常的なバリエーションだ」(p.161)

彼らの「異常心理」はもはや自身の存在に根ざしたものなので治癒不能なのだけれど、それが決して我々に無縁のモンスターとして突き放されるのではなく、誰の中にでもあるような負の感情を増幅した、共感可能なものとして描かれる。読者は主人公の心理を内面から丹念に追っていき、最終的にその行為を肯定する、あるいは少なくとも必然の結末として受け容れる立場に置かれてしまう。これはとても居心地の悪いものなのだけれど、読み手をその地点まで連れて行って納得させてしまうスタージョンの手腕には感じ入らざるを得ない。

結局まだ長篇を読んでいないので偉そうなことを言えないのだけれど、僕にとってスタージョンは「ビアンカの手」の作家だなあ、と改めて感じた。犯罪者の内面を説得的に描いた「早すぎたサイコスリラー作家」という意味で、同時代のマーガレット・ミラーやジム・トンプスンに通じなくもない。それにしても「マエストロを殺せ」も「輝く断片」も超キモメン文学なんだな。

2005-06-18 07:11 [book] | Permanent link | Comments (2)

2005-05-23

『Q&A』 恩田陸

Q&A

幻冬舎 / ISBN:4344006232 [amazon]

事件の核心には誰もたどり着けないまま、その周りで関係者があれだこれだと証言を連ねて、我々読者はそれを間接的に伝え聞くことしかできない……つまり『エレファント』のガス・ヴァン・サント監督が言う「群盲象を撫でる」状態だ。恩田陸という人はこの状況が揃えば、きっとどこまでも話を書き継ぐことができるのではないだろうか。

似た趣向の『ユージニア』のほうが全体の構成が凝っていて個々のエピソードの密度も上回っているとは思うけれど、この作品の無個性な街中のスーパーマーケットという舞台設定の良さや、地下鉄サリン事件をそのままなぞったような展開が出てくる不敵さ(村上春樹の『アンダーグラウンド』を参考にしているんだろうか……)も捨てがたい。後半になるといつのまにか電波・陰謀論が繰り出されて話が拡散していくところなど、ひとりで書いたリレー小説を読んでいるような感じもある。

恩田陸の作品では評判の『夜のピクニック』よりも、どちらかといえばこの『Q&A』や『ユージニア』のほうが興味深く読めるのだけれど、それはこの2作品が恩田陸の小説作法そのものを作品の構造として取り入れているように見えるからだ。読者は物語の中心にいつまでも直接触れることはできず、その周りをぐるぐると巡り続けるしかない。舞台になるスーパーマーケットの建物は巨大なブラックボックスのように思えてくる。しかし、それをむりやり開けようとしても仕方ない。ヒッチコックのいわゆる「マクガフィン」みたいなもので、そもそもそこには最初から何も入っていなかったはずなのだ。

2005-05-23 22:52 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-11

『ミリオンダラー・ベイビー』 F. X. トゥール

amazon: ミリオンダラー・ベイビー

Million Dollar Baby: Stories From The Corner / 東理夫訳 / ハヤカワ文庫NV / ISBN:4-15-041082-8 [amazon]

F. X. トゥールの短篇集『テン・カウント』が映画公開に合わせて文庫化されたので読んでみる。

リングの周りにいる人物の視点からボクシングの過酷な世界を描いていく短篇集。1話目の「モンキー・ルック」でカットマン(リングサイドでボクサーの止血をする役目)の視点が示されるせいか、戦う人間を美化しないで即物的に「肉体」として描いていくのが印象に残る。意志(文章)と肉体がそのまま結びついている感じがする。もともとヘミングウェイの小説に言われた「ハードボイルド」というのはこんな感じを指していたのだろうか、と思った。

この世界では、自分の意志によってどこまで肉体を鍛えてコントロールできるかが誇りにつながる。「ミリオンダラー・ベイビー」の後半の展開は映画化されたとき一部で論議を呼んだそうだけれど、この主人公はその最大の誇りを失った自分を受け容れることができないと感じたということなんだろう。

この小説に描かれるボクシングの世界ではときに卑劣な不正が行われて、法を超えた個人の倫理によって結末がつけられる。これは自警団ハードボイルドの世界に通じる(いわゆる「裁くのは俺だ(I, The Jury)」というやつ)。この本の最後に収録されている中篇「ロープ・バーン」(著者のデビュー作になった作品とのこと)は、1992年のロドニー・キング事件と人種暴動で無法地帯になったLAを舞台にしていて、その点がわかりやすく出ている。そう考えると、この作品の映画化を手がけたのがクリント・イーストウッドだったのはまさに適役のように思えてくる。イーストウッドは『ダーティハリー』から『ミスティック・リバー』まで、法を超えた解決は肯定されるのか?という問題をよく描いてきた人なので。

ちなみに、短篇「ミリオンダラー・ベイビー」には映画版のモーガン・フリーマンにあたる人物が出てこない。映画版の脚本では本書収録の別の短篇から登場人物を引っ張ってきているらしい(主役がふたりともあまり喋らない人物なので、「語り部」が必要になったのではないかと思う)。面白い脚色をしているようで、まだ見ぬ映画版にも期待が高まる。

2005-05-11 00:37 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-25

『回転する世界の静止点』 パトリシア・ハイスミス

bk1: 回転する世界の静止点

Posthumous Short Stories Volume 1: Early Years 1938-1949 / 宮脇孝雄訳 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-20425-2 [amazon]

パトリシア・ハイスミスの死後に単行本未収録の短篇を集めた本が出版されたようで、これはその翻訳の一巻め。すでに続巻の『目には見えない何か』[amazon]の訳本も出ている。

未発表の作品も入っているとは思えない出来の良さで、なかなか堪能できた。なかには視点の取り方が読みにくいと感じる作品もあったけれど。(ハイスミスは登場人物に感情移入しない、客観的で突き放した書き方をするのでそうなりやすい)

ハイスミスはカミュの『異邦人』の視点を受け継いだ作家ではないかと僕は勝手に考えていて、実際に文字通りの「異邦人」を主人公にして、社会の風習に馴染めなかったり疎外されたりする様子を描いた作品が多い。この本では冒頭の作品、ニューヨークを離れて(逐われて?)田舎町で再出発しようとする男を描いた「素晴らしい朝」や、メキシコでの暮らしにどうしても馴染めない妻を描いた「自動車」など、その感じがわかりやすい。

ハイスミス自身はどうやら幼少期から家庭や土地を転々として、帰属する故郷や家を持たずに育った人らしいのだけれど(最終的には生まれた米国を離れてヨーロッパへ移住する)、作品にもそのあたりの経歴が反映されているのだろう。この短篇集の収録作の題名でいえば、おそらく「素晴らしい朝」や「ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所」がいつまでも続くことを信じられない作家なのだ。そうした「異邦人の視点」で社会や人間関係を描写することで、ハイスミスの作品では日常生活のありふれた場面を描いても必ずどこか破局の予感が漂い、自分の居場所はここではないかもしれないという不安感が生まれる。

異邦人がそこで暮らしていこうとするためには、社会に合わせて自分でない者を演じなければならない。例えばハイスミスの代表作『太陽がいっぱい』(『リプリー』)のトム・リプリーはアメリカからヨーロッパへ渡って来た「異邦人」であり、ヨーロッパ人の身元を奪い、その身替りを演じようとする。そうした「演技」「偽物」の延長上におそらく「贋作」という主題が出てくるのだけれど、贋作の絵画ばかりを集める奇怪な蒐集家を描いた「カードの館」ではそれが全開になっていて(贋作だけを集めることで真の「偽物」に達しようとする、という倒錯した思想が語られる)、このあたりも面白かった。

収録作では、上に挙げた「素晴らしい朝」と「カードの館」がシンプルで好み。他の作品も面白く読めるものが多かった。

2005-03-25 00:51 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-17

『最後の一壜』 スタンリイ・エリン

bk1: 最後の一壜

The Crime of Ezechiele Coen and other stories / 仁賀克雄・他訳 / 早川書房 / ISBN: 4-15-001765-4 [amazon]

スタンリイ・エリンの短篇集。少し前に文庫の出た『九時から五時までの男』[amazon]と比較すると内容の幅広さ・個々の短篇の切れ味ともに見劣りするのは否めないけれど、取り上げている題材と語り口はそれぞれ工夫されているので退屈はしない。ただ、結末から逆算してアイテムを配置しているのが途中で見えてしまう作品が多い気はした。

収録作のほとんどで殺人が遂行され、その犯人は捕まらずに終わる。つまり、作中でモラルと秩序が回復されない……というのが「奇妙な味」と言われる所以か。一見普通の人物が実は社会の良識から外れた価値観を持っていて、殺人を何のためらいもなく(大それたことではないかのように)あっさりと実行していくところが面白い。これは特に、隣人にどんな不気味な人物がいて、いつ敵になるかわからないという大都市ニューヨークの不安な生活感覚に根ざしているのではないかと思う。収録作では「天国の片隅で」がその感じを正面から描いていて気に入った。現役の作家でこの路線を受け継いでいるのが、同じくニューヨークを描く作家のローレンス・ブロックあたりだろう。

2005-03-17 21:15 [book] | Permanent link | Comments (0)

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