2005-05-01

『バッド・エデュケーション』

La mala educacion / 2004年 / スペイン / 監督・脚本: ペドロ・アルモドバル

メキシコの新星、ガエル・ガルシア・ベルナルを謎めいたファム・ファタル的な存在に仕立て上げる、つまり男色版フィルム・ノワールみたいなのを狙った映画。劇中の映画館でフィルム・ノワールの特集上映が催されているのがこれ見よがしに映されたりもする。

ガエル・ガルシア・ベルナルの肉体に注がれる熱い眼差しは徹底していて(いわゆる「ウホ!いい男」的というか……)、プールで泳ぐときに股間が見えそうで見えない、とかの際どい描写がこれでもかと繰り出される。女優に対する似たような演出は伝統的に許容されてきたのだから、男優のそれも受け容れなければならないのだろう……と頭では考えながらも、実感としてはやはり普段見慣れないものなので違和感を抑えるのがなかなか難しい。という、結構政治的な論点をはらんだ映画といえるかもしれない。(本当か?)

筋立てはメタフィクション的な仕掛けを入れているものの、結局過去の出来事を徐々に明かしていくミステリーの体裁を取っているので、特に後半は登場人物のわかりきったような回想を平板に再現するだけの説明的なものになってしまう。ショウビズ界の裏側を描いていて、フィルム・ノワールの枠組みを借りている……ということで思い出すデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』などを通過してきた身からすると、だいぶ物足りなく感じる。

物語の導入部は1980年で、そこからやがて事件の発端になる少年時代の記憶に遡ることになる。この寄宿学校時代は時期からするとフランコ政権下の話で、それ以降の物語は1975年のフランコ政権崩壊以降の出来事ということになる。フランコ政権時代の抑圧の反動として性的解放を描く、というのが根本にある作家なんだろうと思った。[★★★]

2005-05-01 23:22 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-28

荒木先生も公認の関係

『続・夕陽のガンマン』の感想で書き忘れたのだけれど、あの映画に出てくる人物の漫画的なキャラの立ち具合はどこか『ジョジョの奇妙な冒険』を思い出させる。イーストウッドの無愛想さと要領の良さは第三部の主人公「空条承太郎」のようだし、承太郎の周りにはだいたいイーライ・ウォラックのようにひたすら小細工を弄して損な目を見る道化者キャラが出てくる。

週刊少年「荒木飛呂彦」 100の質問の記事によると、

Q77: 空条承太郎を演じるとすれば誰?

A: イメージで描いたのはクリント・イーストウッド、走ったりしないところが

なのだそうで、イーストウッド=空条承太郎というのは荒木飛呂彦自身がもともと念頭に置いていたのか。その他にも場面ごとの強烈なはったり感覚や台詞回しに通じるものを感じるので、『ジョジョ』好きな人は気に入りやすいのではないかと思う。

2005-04-28 22:24 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-27

『続・夕陽のガンマン』

amazon: 続 夕陽のガンマン

The Good, the Bad and the Ugly / 1966年 / イタリア / 監督: セルジオ・レオーネ / 音楽: エンニオ・モリコーネ

マカロニ・ウェスタン初心者なので、墓場で決闘が始まったと思ったらいつのまにか周りが円形闘技場のように丸く開けていて、モリコーネの音楽が猛烈に場面を盛り上げる、といった感じのイタリア的はったりにしびれる。

原題は「善い奴、悪い奴、狡い奴」なのだけど、イーストウッドとイーライ・ウォラックとリー・バン・クリーフの三人とも金目当てで動いていて誰も正義の味方に見えないので、どちらかというと「悪党たちのジャムセッション」という感じのような……。

個々の場面ごとに見るとたいへん見事で、大仰な演出のなかにユーモアもあって素晴らしいのだけれど、話のつなぎがぎこちないので3時間は多少長く感じるのも否めない。物語が偶然の出来事で次の段階へ進むことが多いし、場面が転換するたびに、ある見せ場に向かって登場人物がそれぞれ段取りをこなしていく……という展開が繰り返されて、TVゲームのRPGみたいに思える(これは宝探しの話だからある程度仕方ない面もあるのだろうけど)。例えば『ワイルドバンチ』でも同じような「橋の大爆破」が描かれていたけれど、それはストーリーラインの流れに沿ったもので、この映画ほど「寄り道」の感じを与えるものではなかったと思う。そんなわけで留保したい点もあるけれど、出てくるキャラクターが漫画的に立ちまくっていて堪能できる。[★★★★]

2005-04-27 23:45 [movie] | Permanent link | Comments (31)

2005-04-26

『独立愚連隊』

amazon: 独立愚連隊

1959年 / 日本 / 監督・脚本: 岡本喜八

これは満州を「西部の荒野」に見立てた日本版ウェスタン活劇で、たいへん面白かった。何と言っても佐藤允の演じる主人公の陽気で軽やかな魅力が素晴らしい。こんなに曇りのないヒーローを見たのは久しぶりの気がする。

前半は部隊内で起きた変死事件の真相を主人公がかぎ回る「探偵小説ごっこ」を続けながら人物を紹介していって、終盤にようやく題名の「独立愚連隊」の活劇が出てくる。そのあたり何となく構成がぎこちない気もするけれど(ヒロインの雪村いづみも何のために出てきたのかという役回りだし)、個々の場面やキャラクター造型は面白いのでさほど気にならない。クライマックスでは『ワイルドバンチ』ばりの(というか10年早い)皆殺し銃撃場面まで出てきて、昔の日本映画ではこんな作品も作られていたのかと感心した。

この映画の設定だと中国人は西部劇における「インディアンまたはメキシコ人」にあたるわけで、従軍慰安婦の扱いも含めて、現代では政治的にきなくさすぎて到底製作不可能な題材だろう(その点は内田樹の「おとぼけ映画批評」でも詳しく指摘されている)。そういった規制のかかっていない大らかな心地良さも含めて、いま見ても貴重な歴史遺産として愉しめる。[★★★★]

2005-04-26 21:51 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-04-25

『海を飛ぶ夢』

Mar adentro / 2004年 / スペイン / 監督: アレハンドロ・アメナーバル

アレハンドロ・アメナーバル監督はこれまで無茶っぽいスリラー映画を作る若手監督という印象があったので、その新作が尊厳死をめぐるシリアスドラマというのは意外だったのだけれど、これは感傷や結論を押しつけない秀作になっていて良かった。主人公役のハビエル・バルデムはただならぬ気高さを漂わせていて、他の出演者も本当にこんな人がいそうだと思える説得力のある顔ぶれで隙がない。

よく考えると、過去の作品『オープン・ユア・アイズ』や『アザーズ』も生死の狭間にいる主人公を描いていることでは通じるので、監督自身のなかでは一貫した題材選びなのかもしれない。

この映画で立派だと感じるのは、自分よりも哀れな境遇の他人を見て同情するという、「感動作」にありがちな態度をいっさい取っていないところで、その考え方は主人公と甥が何度か交わす会話に端的に示されている。ここで主人公が伝えようとしているのは、もし自分が相手と立場を交換したらどう思うだろうか、と考える想像力を持ちなさいということだろう。それは相手に「共感する」ことと同じではないし、この映画は自死を願う主人公に共感できるような描き方は必ずしもしていない。そうした自分以外の他者の立場を想像する「反実仮想」を実践するということが、フィクションの映画(たとえ実話が元でも、俳優が演じるのならフィクションには違いない)をわざわざ作ることにどんな価値があるのかという問いへの監督なりの回答でもあるように感じられた。(まあ、そのあたりを台詞でじかに語ってしまうのは弱いかもしれないけれど)

頭部しか動かせない寝たきりの主人公が死を願う映画といえば『ジョニーは戦場へ行った』を連想する。この『海を飛ぶ夢』は『ジョニーは戦場へ行った』(これは四肢に加えて目・耳・喉を失った青年が「死なせてくれ!」と絶叫する、まさに極限の暗黒映画)のようにあざとく悲惨さを強調した映画ではないけれど、自ら死を選ぶことが願いを叶えるハッピーエンドになるというのはやはり居心地の悪い感じが残る。後半に描かれる「自殺の権利を認めさせようとする」裁判などは、例えばアントニイ・バークリー『試行錯誤』の「主人公が有罪(=絞首刑)になるために四苦八苦する」というブラック・コメディ裁判とそう変わらないだろう。ついでにいえばこのあたり、主人公の反キリスト教的な主張がカトリック社会の倫理を攪乱する『異邦人』な感じとか、自殺予告をした人が知らぬ間に支持運動を呼んでしまう『群衆』な感じもあって、それぞれ面白い。この難しそうな話を映画はさらりと当たり前のドラマとして(宗教的になることもなく)描いていて、共感のできる視点だと思った。ホラーやSF風の作品を手がけてきた監督ならではの醒めた見方なのかもしれない。[★★★★]

2005-04-25 23:37 [movie] | Permanent link | Comments (0)

Page 9/30: « 5 6 7 8 9 10 11 12 13