2005-05-11

『タイトロープ』

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Tightrope / 1984年 / 米国 / 監督: リチャード・タグル

監督のリチャード・タグルは『アルカトラズからの脱出』の脚本を書いた人。実際には主演のクリント・イーストウッドが撮影現場を仕切ってほとんど実質監督したような作品らしい。

冒頭からものすごく陰影の濃い映画で驚いた。ここまで極端に映画全体が暗闇に覆われていて、人物の顔が影に隠れても平然と撮っている作品も珍しいんじゃないだろうか。夜の場面が色々なバリエーションで綺麗に撮られていて素晴らしかった(撮影: ブルース・サーティーズ)。

主人公のイーストウッドの周りはたいてい暗闇に包まれていて、彼が連続殺人の犯人と心理的に繋がっていることも暗示されるけれど、主人公の娘を演じるアリソン・イーストウッド(実の娘)が出てくる場面では必ず彼女に対して光が当たっている。つまり、暗闇の世界に惹かれる主人公を光の側に繋ぎ止めているのが娘の存在だということだろう。

話としてはイーストウッドがひたすら売春宿を訪ね歩いて犯人と追いかけっこをするというものなので、多少起伏には乏しいけれど、画面を見ているだけでも飽きなかった。まあ、俺の周りで必ず事件が起こり、女が次々と現れ、もちろん健気で可愛い娘も見せびらかす、というイーストウッドの俺様映画ではあるので、その前提を許容できないとつらいかもしれないけれど。

南部の夜の殺人事件と奇妙な住民たちという題材は『真夜中のサバナ』、捜査官がサイコキラーにつきまとわれるという筋書きは『ブラッド・ワーク』で、それぞれ語り直される。特に『ブラッド・ワーク』は本作の再話という感じがする。

アリソン・イーストウッドは心なしかソンドラ・ロックに感じが似ていて、結構可愛く撮られている(ソンドラ・ロックと血の繋がりはないらしいけれど)。[★★★★]

2005-05-11 23:48 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ミリオンダラー・ベイビー』 F. X. トゥール

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Million Dollar Baby: Stories From The Corner / 東理夫訳 / ハヤカワ文庫NV / ISBN:4-15-041082-8 [amazon]

F. X. トゥールの短篇集『テン・カウント』が映画公開に合わせて文庫化されたので読んでみる。

リングの周りにいる人物の視点からボクシングの過酷な世界を描いていく短篇集。1話目の「モンキー・ルック」でカットマン(リングサイドでボクサーの止血をする役目)の視点が示されるせいか、戦う人間を美化しないで即物的に「肉体」として描いていくのが印象に残る。意志(文章)と肉体がそのまま結びついている感じがする。もともとヘミングウェイの小説に言われた「ハードボイルド」というのはこんな感じを指していたのだろうか、と思った。

この世界では、自分の意志によってどこまで肉体を鍛えてコントロールできるかが誇りにつながる。「ミリオンダラー・ベイビー」の後半の展開は映画化されたとき一部で論議を呼んだそうだけれど、この主人公はその最大の誇りを失った自分を受け容れることができないと感じたということなんだろう。

この小説に描かれるボクシングの世界ではときに卑劣な不正が行われて、法を超えた個人の倫理によって結末がつけられる。これは自警団ハードボイルドの世界に通じる(いわゆる「裁くのは俺だ(I, The Jury)」というやつ)。この本の最後に収録されている中篇「ロープ・バーン」(著者のデビュー作になった作品とのこと)は、1992年のロドニー・キング事件と人種暴動で無法地帯になったLAを舞台にしていて、その点がわかりやすく出ている。そう考えると、この作品の映画化を手がけたのがクリント・イーストウッドだったのはまさに適役のように思えてくる。イーストウッドは『ダーティハリー』から『ミスティック・リバー』まで、法を超えた解決は肯定されるのか?という問題をよく描いてきた人なので。

ちなみに、短篇「ミリオンダラー・ベイビー」には映画版のモーガン・フリーマンにあたる人物が出てこない。映画版の脚本では本書収録の別の短篇から登場人物を引っ張ってきているらしい(主役がふたりともあまり喋らない人物なので、「語り部」が必要になったのではないかと思う)。面白い脚色をしているようで、まだ見ぬ映画版にも期待が高まる。

2005-05-11 00:37 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-09

『憎しみ』

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La Haine / 1995年 / フランス / 監督: マチュー・カソヴィッツ

冒頭の「50階から飛び降りた男の話」の語りかけを聞いて、この映画の作り手は本気だ、と直感したので襟を正して見る。その期待は最後まで裏切られなかった。

最近はもっぱら『アメリ』のビデオ店員として知られるマチュー・カソヴィッツだけど、これが評判を呼んで監督としての出世作になったというのも頷ける。

黒人音楽のリズムに乗せてストリートの若者たちの生活を描く、いわばフランス版のスパイク・リーのような印象の作品だけれど、単なる借り物ではなくて主人公たちの現実感を描くために手法を自在に使いこなしている感じがある。(他にもマーティン・スコセッシやジム・ジャームッシュなど、いわゆるニューヨーク派の映画の影響が見える)

主人公たちはパリ郊外の低家賃住宅(団地)に住んでいるユダヤ系、アフリカ系、アラブ系の青年三人で、ここの様子はかつてジャン・ヴォートランの小説『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』『鏡の中のブラッディ・マリー』で描かれていた。ヴォートランの小説でもそうだったように、ここの住民は誰も自分の現在の生活に満足していない。モノクロの映像が、華やかに見えるパリの裏側には彼らの抱えるくすぶった閉塞感があることを伝えていて説得力がある。

主人公のヴィンス(ヴァンサン・カッセル)が拾った拳銃を手放そうとしないのは、そうした退屈な日常生活を突き破る解放感を得たいからだろう。映画というのは非日常の可能性を描くものだと思うけれど、この銃はまさに日常から非日常の世界につながる鍵として映画を成り立たせている。逆にアフリカ系のユベールがあくまで銃に興味を示そうとしないのは、彼が音楽を操ることで自分なりに「非日常」の瞬間を得られる才能を持っているからに違いない。(部屋から飛び出した音楽が団地の壁に反響していく場面は美しい)

ただし、この映画で「団地」は単に荒廃した吹きだまりとして描かれるばかりではなくて、異なる人種がお互いの違いを認めながら分け隔てなく付き合える、そんな関係の発生する場所としても描写されている。

映画内で「憎しみは憎しみを呼ぶ」「大事なのは落下ではなく着地だ」といったメッセージがそのまま語られて劇中の出来事と結びつく、このあたりは生意気にも「青いな」と感じてしまうのだけれど、これを撮ったとき監督・脚本のマチュー・カソヴィッツは27歳だったそうで、それならわかる気もする(いまの自分と同年齢ですが……)。その年齢ゆえの切迫感が良い方に出た作品だと思う。[★★★★]

2005-05-09 07:53 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-07

『ライフ・アクアティック』

The Life Aquatic with Steve Zissou / 2004年 / 米国 / 監督: ウェス・アンダーソン

いんちきくさい「海洋ドキュメンタリー」を作る映画監督を主人公にして、その怪しげな映画製作の内幕を描く……つまり、フェイクにフェイクを積み重ねることで真実に迫ることができるのではないかという映画。いかにもアメリカの若手作家が頭の中でこねあげたような作品で、面白くなかった。僕はこの監督の作品では世評の高い『天才マックスの世界』よりもビル・マーレイが出ていない主役でない『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のほうが愉しめたくちなので、ビル・マーレイを好きかどうかでも評価が分かれるのかもしれない。スパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンの『アダプテーション』もそうだけど、中身がないのに「外し」だけやってもしょうがない気がするんだけどなあ。

主役格のビル・マーレイやオーウェン・ウィルソンが「俺たちがこんなくだらないことをやるなんてクールでしょ?」というぬるい馴れ合い気分を振りまくなか、雑誌記者役のケイト・ブランシェットだけが良かった。ブランシェットは『アビエイター』のキャサリン・ヘップバーン役をそのまま持ち込んだかのような喋り方で、「チーム・ズィスー」のユニフォームなんて着なくても「底なしの虚構」みたいなのを余裕で体現できているのに空恐ろしさを感じた。ビル・マーレイとオーウェン・ウィルソンの半端な親子ごっこなんてどうでも良いので、ケイト・ブランシェットをもっと映してほしかった。

ところで、恵比寿ガーデンシネマでこの映画と同時上映されているのがウディ・アレンの『さよなら、さよならハリウッド』なのだけれど、どちらも「落ち目の映画監督」を主人公にしてその映画製作の内幕を描いた作品で、疎遠にしていた「息子」と和解したり、若い女性記者が取材に来る……など、妙に共通点が多い。

ちなみにこの映画を見て、ウィレム・デフォーはマーク・ウォルバーグを超えるチンパンジー顔であることに気がついた。[★★]

2005-05-07 21:12 [movie] | Permanent link | Comments (2)

『甘い人生』

Dalkomhan insaeng / 2005年 / 韓国 / 監督: キム・ジウン

近所の映画館では昨日まで1番大きなスクリーンにかかっていたので、駆け込みで見に行った。イ・ビョンホンが無愛想な主人公を演じるギャング映画で、夜の光景と飛び散る血しぶきが美しい。主人公が理不尽な虐待を受けてその理由を探そうとするところは『オールド・ボーイ』と似ていなくもない。

主人公がボスの愛人の監視を仰せつかる……という発端だけで大体の筋書きが読めてしまうし、そもそもその依頼がいかにも映画のためのようでわざとらしいとか、男たちの争いの元になるヒロインにあまり魅力を感じられないとか(何故にビョン様があんな女に情けをかけたために身を滅ぼさねばならんのか……)、いくらなんでもイ・ビョンホンが不死身すぎるとか、気になる点も多くて定型の域は出ていないように思うけれど、画面は綺麗に撮られているので見ていて心地良かった。シリアスな場面に微妙なずっこけ要素を入れているのが巧い配分で、感情過多にならずに引っ張られる。後半の凄惨な暴力描写もなかなか決まっている。[★★★]

2005-05-07 20:14 [movie] | Permanent link | Comments (0)

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