2005-06-20

Musical Baton

Musical Baton風野春樹さんatozさんから回ってきていた。音楽には全く疎いのでろくに語ることもないんですが、せっかくなので書いてみます。

1.Total volume of music files on my computer(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

800MB。PCであまり音楽を聴かないので少なめ。

2.Song playing right now(今聞いている曲)

Aimee Mann「The Forgotten Arm」収録曲のどれか。

3.The last CD I bought(最後に買ったCD)

Coldplay「X&Y」。たまたま今月発売の新譜を買っていた。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

特定の曲に思い入れがあるほうじゃないので迷うんですが、好きな曲でぱっと思い浮かんだのを挙げておきます。

  • スガシカオ「月とナイフ」 - この前『ハチクロ』アニメ版で使われていたので思い出した。「ひとりごと」でもいいな。
  • Cocco「Raining」 - 爽やかな曲にどす黒い歌詞を乗せる、という企みが何かのトリックのようで好き。
  • The Neville Brothers「Fearless」 - ジョン・セイルズの映画『希望の街』のエンディング曲。映画によく合っていた。
  • 「Eight Melodies」 - 驚くほど名曲揃いだったTVゲーム『MOTHER』のテーマ曲。少年時代の刷り込み。
  • J. S. Bach「ゴルトベルク変奏曲」 - 何も聴くものがないときはとりあえずこれをかけることが多い。

5.Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5名)

これを機にいつも読んでいるサイトに回して挨拶代わりにしようかと意気込んでみたら、どこを覗いてももうあらかた回答済みのようで、三人探すのがやっとだった……。以下の方はもしこの記事を読んでいて気が向いたらどうぞ。

しかしこのアンケートの設問、ニック・ホーンビィの『ハイ・フィデリティ』が提唱していた「音楽オタクはやたら"ベスト5"を作りたがる」という説を地で行っていますね。

2005-06-20 21:20 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-18

『輝く断片』 シオドア・スタージョン

輝く断片

Bright Segment and other stories / 大森望編 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-62186-4 [amazon]

表題作の「輝く断片」は以前に掲示板で薦めてもらったことがあり、読みたいと思っていた作品。この「輝く断片」を軸に、ミステリ・犯罪小説風味の作品を集めた短篇集ということで、僕自身はもともとスタージョンの短篇ではSFから離れた「ビアンカの手」や「もうひとりのシーリア」といった作品に惹かれるので個人的に嬉しい作品集になった。ちなみに、「マエストロを殺せ」(旧題「死ね、名演奏家、死ね」)は『一角獣・多角獣』で、「ニュースの時間です」は『SFマガジン』掲載時にそれぞれ既読。

やはり後半の「マエストロを殺せ」「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」が期待通り素晴らしかった。これらは要するに「ビアンカの手」と同じ系統の、奇怪な観念に取り憑かれた主人公を描いた作品で、その行動が一般的な人倫に反した、ヒューマニズムを否定するものであるために結果的には「犯罪小説」ということになる(殺人行為が完了してもまだ話が終わらない「マエストロを殺せ」が象徴的で、主人公の思考は「人間」を否定しているのだ)。この作品集の解題ともいえそうな短篇「君微笑めば」には次のような説明がある。

「この境界線の外側で生きてるやつは存在する。多くはないが、ある程度いる。円の中にいるやつを"人間"と呼ぶなら、必然的に、外にいるやつは−−なにかべつのものだってことになる」(p.160)

「ミュータント? 違う! いや、まあ、そうだと言ってもいいな。呼び名はなんだっていいんだから。しかし、お前が考えているような意味でじゃない。遺伝子だの宇宙線だの、そういうものはいっさい関係ない。ただのノーマルで日常的なバリエーションだ」(p.161)

彼らの「異常心理」はもはや自身の存在に根ざしたものなので治癒不能なのだけれど、それが決して我々に無縁のモンスターとして突き放されるのではなく、誰の中にでもあるような負の感情を増幅した、共感可能なものとして描かれる。読者は主人公の心理を内面から丹念に追っていき、最終的にその行為を肯定する、あるいは少なくとも必然の結末として受け容れる立場に置かれてしまう。これはとても居心地の悪いものなのだけれど、読み手をその地点まで連れて行って納得させてしまうスタージョンの手腕には感じ入らざるを得ない。

結局まだ長篇を読んでいないので偉そうなことを言えないのだけれど、僕にとってスタージョンは「ビアンカの手」の作家だなあ、と改めて感じた。犯罪者の内面を説得的に描いた「早すぎたサイコスリラー作家」という意味で、同時代のマーガレット・ミラーやジム・トンプスンに通じなくもない。それにしても「マエストロを殺せ」も「輝く断片」も超キモメン文学なんだな。

2005-06-18 07:11 [book] | Permanent link | Comments (2)

2005-06-17

『やさしくキスをして』

Ae Fond Kiss... / 2004年 / 監督: ケン・ローチ

しばらく前に見ていたのだけれど、感想を書かずにぼんやりしていたらもう上映が終わってしまいそうだ、ということで慌てて蔵出し。

ケン・ローチ監督の新作はパキスタン系の青年と音楽教師(アイルランド系の白人)を主人公にした異文化恋愛もので、男は家族がイスラム系、女はカトリック系の学校に勤めているという宗教的な背景の違いがあるために深刻な困難が生じる。愛し合う若い男女がただ一緒になろうとするだけで、なぜこれほどの犠牲が生じなければならないのだろうか……という現実に起こりそうな「不条理」に目を付けているところは、『レディバード・レディバード』あたりの作品と共通する。やはりコミュニティに宗教が絡んでいると妥協の余地がなくて面倒なものだなあと思う。

ケン・ローチの映画を見ていると、面白いというより前に「誠実」という言葉を使いたくなる。ケン・ローチ作品では、夢のような成功や絵空事の解決は決して描かれない。この映画でヒロインは、青年の家族に「いつまで彼を愛するのか」と何度も問い詰められる。そこで彼女は「永遠に」といった根拠のない保証を決して口にしないで、ただ「わからない」とだけ答える。映画の中でふたりの直面していた困難はほとんど何も解決しないまま終わり、ひとときの幸福がいつまで続くのかもわからない。その現実の不透明さを写し取ることにケン・ローチ流の「誠実」があるのだろう。

というわけでケン・ローチらしい秀作なのだけれど、主人公ふたりの周りで起こる騒動が映像で見せられるのではなく伝聞で示されることが多いせいかいまひとつ実感に乏しく、「個人の恋愛を宗教的コミュニティが圧迫する」という図式に沿って出来事が並べられているようにも見える。まあ、主人公の男女に寄り添った視点の映画なのである程度は仕方ないのか。[★★★★]

2005-06-17 00:24 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-12

『愛より速く』

Gegen die Wand / 2004年 / ドイツ / 監督: ファティ・アキン

ドイツ映画祭2005にて鑑賞。映画祭最後の上映作品だった。こちらは今年日本公開予定の作品らしい。

監督の名前からするとトルコ系の人のようで、ドイツ在住のトルコ系移民の男女が主人公になる。なので移民の生活の苦労や文化摩擦を描いた作品なのかと思ったのだけど、筋書きは自殺未遂者の駄目男と自傷癖のある女が出会い、ある事情から「偽装結婚」をしたもののやっぱり愛情が芽生えてきて……というもの。とにかく主人公ふたりが精神不安定で堪え性のない人なので、いきなりグラスを何度も割りまくり、えらく流血場面の多い映画になっているのが印象的。主人公たちに好意を抱く暇もないまま次々と常識外の言動が繰り広げられるので、正直なところこんな迷惑な人たちに何が起ころうと知ったことかと感じてしまった。こういう困った人たちをリアルに描きながらも、それでいて決して見放したい気分にはさせないケン・ローチ監督の偉大さを再認識する。

というわけで、「ドイツ映画祭」はたまたま見た2本のうちどちらも個人的には外れだった。もう1、2本見ていれば、当たりの作品もあったかもしれないけれど……。[★★]

2005-06-12 23:55 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-11

『おわらない物語 アビバの場合』

Palindromes / 2004年 / 米国 / 監督: トッド・ソロンズ

アメリカ社会のタブーと差別意識、そして偽善に挑み続ける男、トッド・ソロンズの新作。今回も『サウスパーク』ばりにアメリカの田舎の出口のなさを容赦なく諷刺していて面白く見られたのだけど、なかば露悪的な題材を選ぶこと自体が目的になってしまっているというか、こういう作家が「過激な問題作」を撮るのはもはや別段冒険ではないんじゃないか、というような限界を感じなくもない。とはいえ、これだけ盛りだくさんだとさすがに感心してしまうのはたしかで、特に障害を持つ子供たちを集めた「聖なる家」での音楽会を見せる場面は、さながら現代のトッド・ブラウニングかと思わせる嫌らしさがある。

この映画では主人公のアビバを演じる俳優がエピソードごとに次々と入れ替わり、何事もなかったかのように話が進む。その顔ぶれは容貌も年齢も人種も、そして性別さえも全くばらばらで、我々観客はそうした見た目の「属性」を括弧に入れたうえで主人公を見なければならない。つまり、あらゆる固定観念を排除したところで登場人物たちの行動を判断することはできるだろうか、とこの映画は問いかけているのだと思う。政治哲学で言う「無知のヴェール」(ある価値判断を下すときに、自分がどんな社会的身分・財産・能力などの条件を有しているかを知らない原初状態を仮定する考え方)を映画に表現すると例えばこうなるのではないだろうか。映画としては理に落ちすぎている気がするけれど、そのサンプルとしては悪くない。

CINEMA TOPICS ONLINEの記事によると、ソロンズ自身は次のように語っている。

「ある人物に対してどのくらい共感できるかに関して、その人物の性別や年齢、人種というものは関係がない。人々が外見によってもつイメージを崩したかった。そのためにアビバの外見にはできるだけバリエーションをもたらすようにした。サイズや見た目が変わろうとも、アビバの中身は同じ性質を持ち続けるのだ。」

ソロンズのこれまでの映画でも、露悪的な描写の裏に、外見や差別意識などの壁を越えて友愛の情が通い合うような瞬間がたいてい描かれていた。いわば彼の「シニカルなロマンティスト」としての面がそのまま構成に表れた作品ではないかと思う。[★★★★]

2005-06-11 08:20 [movie] | Permanent link | Comments (0)

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