2005-06-21

『チャレンジ・キッズ 未来に架ける子どもたち』

Spellbound / 2002年 / アメリカ / 監督: ジェフリー・ブリッツ

全米スペル暗記大会(Spelling Bee)」に参加する子供たちを描いたドキュメンタリー映画。柳下毅一郎氏の日記(3月8日)で紹介されていて知ったのだけど、なるほどこれは面白い。

アメリカでスペリング大会なんてのが行われていること自体知らなかったのだけど、国内では有名な大会で、毎年の全国大会はESPNで放映されているらしい。大会の様子を見ていると、そんなの知るわけないような難解な単語や外国語由来の言葉(日本語の"zaibatsu"なんてのもあった)が次々と出題されて、もはや英語を覚えるという趣旨からは外れて奇形的に発展している印象を受ける。その一方で、学校生活では仲間外れにされやすいいわゆる"geek"な子供たちが注目を浴びてヒーローになれる企画でもある。登場する子供たちにメキシコ系やインド系など、移民出身の出自を持つ人物が多いのが印象的だった。一見奇妙な大会だけれど、移民でも誰でも、言葉という共通のルールを覚えればアメリカの一員として認められ、努力すれば成功できるかもしれない、というアメリカの側面を示した大会でもあるのがだんだん見えてくる。

それはともかく、登場する子供たちがそれぞれ漫画みたいに個性的で面白い(辞書がぼろぼろになるまで毎日勉強している少女もいる)。そのなかに何人か眼鏡娘(意外に可愛い)がいて、彼女たちがちゃんと大会で勝ち残っていくのは「さすがわかってるな」と思った。

『論座』の最新号(2005年7月号)に監督のジェフリー・ブリッツによる記事が掲載されていて、スペリング大会を取り上げることで「アメリカ」の縮図を描けるのではないかと考えた、というような意図を語っている(監督自身もアルゼンチンから来た移民の家系なのだそう)。その記事で、スペリング大会の「一発アウトで参加者の数が減っていく」という趣向には『そして誰もいなくなった』のようなスリルがある、と書いているのが面白い。(したがって、この映画には登場人物がだんだん消えていく『金田一少年』みたいな演出がある)

2005-06-21 23:27 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-06-20

『バットマン ビギンズ』

Batman Begins / 2005年 / 米国 / 監督: クリストファー・ノーラン

『アメリカン・サイコ』でチェンソー殺戮、『リベリオン』で「ガン=カタ」、そして『マシニスト』で激痩せ術を身につけたクリスチャン・ベール、今回の彼が習得するのは何と「忍術」なのだった……。渡辺謙は単にこの「東洋の神秘」の顔見せのために呼ばれたみたいだ。監督のクリストファー・ノーランは隠れタランティーノ・フォロワーらしいので、『キル・ビル Vol.1』を見て「俺もタラさんに続いて『影の軍団』リスペクト映画を作ってみせる」と意気込んだのかもしれないと勝手に想像する。忍術修行の舞台は日本ではなくなぜか「ヒマラヤの奥地」(チベットあたり?)なのだけど。

という前置きはともかく、今更『バットマン』で何をやるのかと半信半疑で見に行ったら、蓋を開けてみるとリアリズム方向に舵を切ったアメコミ映画として思いのほか楽しめた。話を盛り込みすぎで上映時間が長めになってはいるけれど、クリストファー・ノーランは結構やるじゃないかと感心する。

ゴシックとファンタジーの面を強調したティム・バートン版の「どこでもない」架空の世界とは違って、この映画のゴッサム・シティは現実社会に近い設定のもとで動いていて、主人公のブルース・ウェインも超人ではなく普通人として出発する。漫画のヒーロー物語をできるだけ現実社会に即した解釈で読み替えていく感じがあって面白い。クリストファー・ノーランはもともとミステリ映画(『フォロウィング』『メメント』)で出てきた人なので、ロジカルな手続きで物語の隙間を埋めていく作風なのだろうと思う(その過程で「東洋の神秘=忍術」も援用されるわけだけれど)。主人公のバットマンは法の外で勝手に正義を実行する、観客が肩入れしにくい人物なので、その周りにヒロインの検察官(法の範囲内での「正義の実行」を代表する)や穏健派の「執事」を配して、主人公の行動を批判しないまでも相対化するようになっているのも抜かりない。

主演のクリスチャン・ベールと執事役のマイケル・ケインはどちらも英国出身の俳優で、監督のクリストファー・ノーランもロンドン生まれの英国人なのだそうだ。主人公のブルース・ウェインは街の有力者の息子、つまり作中でも言われるように「王子様」の役割で(王子なので乞食と服を交換したりもする)、マイケル・ケインはいかにも英国風の執事を演じている。ちょうどP. G. ウッドハウスの『ジーヴズの事件簿』を読んでいたせいか、これは『バットマン』の枠組みにウッドハウス的な「困ったお坊ちゃんとしっかり者の執事」という英国コメディの類型を投入した作品のようにも思えた。ちなみに、マイケル・ケインの演じる老執事はさすが白々しさとチャーミングさが絶妙で、これからは「執事」といえばこの映画のマイケル・ケインを思い出してしまいそうだ。

ついでに書くと、この主人公ブルース・ウェインは職場には親のコネで裏口入社、普段はろくに仕事もしていないようなのに体面だけ適当に繕い、夜な夜な仮面を付けて街の「浄化」に励む……と、これはよく考えるとクリスチャン・ベール自身が『アメリカン・サイコ』で演じた腐れヤッピーとそれほど変わらない。要するに、英国人がアメコミのヒーローに突っ込みを入れながら映像化するとこうなるのだろう。個人的には『バットマン』自体に特に思い入れがあるわけではないせいか、このくらいの突き放し方も面白いように感じた。

画面を見ればわかるけれど、ゴッサム・シティはニューヨーク・シティの陰画でもある。東方からテロリストがやってきてゴッサム・シティを危機に陥れるという展開は、ヒーローものにありがちな筋書きとはいえやはりある種の政治的な読みを思い浮かべないでもない。とりわけ、法の外の「復讐」は正当化されるだろうかということがひとつの主題になっているので……。[★★★★]

2005-06-20 23:57 [movie] | Permanent link | Comments (0)

Musical Baton

Musical Baton風野春樹さんatozさんから回ってきていた。音楽には全く疎いのでろくに語ることもないんですが、せっかくなので書いてみます。

1.Total volume of music files on my computer(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

800MB。PCであまり音楽を聴かないので少なめ。

2.Song playing right now(今聞いている曲)

Aimee Mann「The Forgotten Arm」収録曲のどれか。

3.The last CD I bought(最後に買ったCD)

Coldplay「X&Y」。たまたま今月発売の新譜を買っていた。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

特定の曲に思い入れがあるほうじゃないので迷うんですが、好きな曲でぱっと思い浮かんだのを挙げておきます。

  • スガシカオ「月とナイフ」 - この前『ハチクロ』アニメ版で使われていたので思い出した。「ひとりごと」でもいいな。
  • Cocco「Raining」 - 爽やかな曲にどす黒い歌詞を乗せる、という企みが何かのトリックのようで好き。
  • The Neville Brothers「Fearless」 - ジョン・セイルズの映画『希望の街』のエンディング曲。映画によく合っていた。
  • 「Eight Melodies」 - 驚くほど名曲揃いだったTVゲーム『MOTHER』のテーマ曲。少年時代の刷り込み。
  • J. S. Bach「ゴルトベルク変奏曲」 - 何も聴くものがないときはとりあえずこれをかけることが多い。

5.Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5名)

これを機にいつも読んでいるサイトに回して挨拶代わりにしようかと意気込んでみたら、どこを覗いてももうあらかた回答済みのようで、三人探すのがやっとだった……。以下の方はもしこの記事を読んでいて気が向いたらどうぞ。

しかしこのアンケートの設問、ニック・ホーンビィの『ハイ・フィデリティ』が提唱していた「音楽オタクはやたら"ベスト5"を作りたがる」という説を地で行っていますね。

2005-06-20 21:20 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-18

『輝く断片』 シオドア・スタージョン

輝く断片

Bright Segment and other stories / 大森望編 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-62186-4 [amazon]

表題作の「輝く断片」は以前に掲示板で薦めてもらったことがあり、読みたいと思っていた作品。この「輝く断片」を軸に、ミステリ・犯罪小説風味の作品を集めた短篇集ということで、僕自身はもともとスタージョンの短篇ではSFから離れた「ビアンカの手」や「もうひとりのシーリア」といった作品に惹かれるので個人的に嬉しい作品集になった。ちなみに、「マエストロを殺せ」(旧題「死ね、名演奏家、死ね」)は『一角獣・多角獣』で、「ニュースの時間です」は『SFマガジン』掲載時にそれぞれ既読。

やはり後半の「マエストロを殺せ」「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」が期待通り素晴らしかった。これらは要するに「ビアンカの手」と同じ系統の、奇怪な観念に取り憑かれた主人公を描いた作品で、その行動が一般的な人倫に反した、ヒューマニズムを否定するものであるために結果的には「犯罪小説」ということになる(殺人行為が完了してもまだ話が終わらない「マエストロを殺せ」が象徴的で、主人公の思考は「人間」を否定しているのだ)。この作品集の解題ともいえそうな短篇「君微笑めば」には次のような説明がある。

「この境界線の外側で生きてるやつは存在する。多くはないが、ある程度いる。円の中にいるやつを"人間"と呼ぶなら、必然的に、外にいるやつは−−なにかべつのものだってことになる」(p.160)

「ミュータント? 違う! いや、まあ、そうだと言ってもいいな。呼び名はなんだっていいんだから。しかし、お前が考えているような意味でじゃない。遺伝子だの宇宙線だの、そういうものはいっさい関係ない。ただのノーマルで日常的なバリエーションだ」(p.161)

彼らの「異常心理」はもはや自身の存在に根ざしたものなので治癒不能なのだけれど、それが決して我々に無縁のモンスターとして突き放されるのではなく、誰の中にでもあるような負の感情を増幅した、共感可能なものとして描かれる。読者は主人公の心理を内面から丹念に追っていき、最終的にその行為を肯定する、あるいは少なくとも必然の結末として受け容れる立場に置かれてしまう。これはとても居心地の悪いものなのだけれど、読み手をその地点まで連れて行って納得させてしまうスタージョンの手腕には感じ入らざるを得ない。

結局まだ長篇を読んでいないので偉そうなことを言えないのだけれど、僕にとってスタージョンは「ビアンカの手」の作家だなあ、と改めて感じた。犯罪者の内面を説得的に描いた「早すぎたサイコスリラー作家」という意味で、同時代のマーガレット・ミラーやジム・トンプスンに通じなくもない。それにしても「マエストロを殺せ」も「輝く断片」も超キモメン文学なんだな。

2005-06-18 07:11 [book] | Permanent link | Comments (2)

2005-06-17

『やさしくキスをして』

Ae Fond Kiss... / 2004年 / 監督: ケン・ローチ

しばらく前に見ていたのだけれど、感想を書かずにぼんやりしていたらもう上映が終わってしまいそうだ、ということで慌てて蔵出し。

ケン・ローチ監督の新作はパキスタン系の青年と音楽教師(アイルランド系の白人)を主人公にした異文化恋愛もので、男は家族がイスラム系、女はカトリック系の学校に勤めているという宗教的な背景の違いがあるために深刻な困難が生じる。愛し合う若い男女がただ一緒になろうとするだけで、なぜこれほどの犠牲が生じなければならないのだろうか……という現実に起こりそうな「不条理」に目を付けているところは、『レディバード・レディバード』あたりの作品と共通する。やはりコミュニティに宗教が絡んでいると妥協の余地がなくて面倒なものだなあと思う。

ケン・ローチの映画を見ていると、面白いというより前に「誠実」という言葉を使いたくなる。ケン・ローチ作品では、夢のような成功や絵空事の解決は決して描かれない。この映画でヒロインは、青年の家族に「いつまで彼を愛するのか」と何度も問い詰められる。そこで彼女は「永遠に」といった根拠のない保証を決して口にしないで、ただ「わからない」とだけ答える。映画の中でふたりの直面していた困難はほとんど何も解決しないまま終わり、ひとときの幸福がいつまで続くのかもわからない。その現実の不透明さを写し取ることにケン・ローチ流の「誠実」があるのだろう。

というわけでケン・ローチらしい秀作なのだけれど、主人公ふたりの周りで起こる騒動が映像で見せられるのではなく伝聞で示されることが多いせいかいまひとつ実感に乏しく、「個人の恋愛を宗教的コミュニティが圧迫する」という図式に沿って出来事が並べられているようにも見える。まあ、主人公の男女に寄り添った視点の映画なのである程度は仕方ないのか。[★★★★]

2005-06-17 00:24 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-12

『愛より速く』

Gegen die Wand / 2004年 / ドイツ / 監督: ファティ・アキン

ドイツ映画祭2005にて鑑賞。映画祭最後の上映作品だった。こちらは今年日本公開予定の作品らしい。

監督の名前からするとトルコ系の人のようで、ドイツ在住のトルコ系移民の男女が主人公になる。なので移民の生活の苦労や文化摩擦を描いた作品なのかと思ったのだけど、筋書きは自殺未遂者の駄目男と自傷癖のある女が出会い、ある事情から「偽装結婚」をしたもののやっぱり愛情が芽生えてきて……というもの。とにかく主人公ふたりが精神不安定で堪え性のない人なので、いきなりグラスを何度も割りまくり、えらく流血場面の多い映画になっているのが印象的。主人公たちに好意を抱く暇もないまま次々と常識外の言動が繰り広げられるので、正直なところこんな迷惑な人たちに何が起ころうと知ったことかと感じてしまった。こういう困った人たちをリアルに描きながらも、それでいて決して見放したい気分にはさせないケン・ローチ監督の偉大さを再認識する。

というわけで、「ドイツ映画祭」はたまたま見た2本のうちどちらも個人的には外れだった。もう1、2本見ていれば、当たりの作品もあったかもしれないけれど……。[★★]

2005-06-12 23:55 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-11

『おわらない物語 アビバの場合』

Palindromes / 2004年 / 米国 / 監督: トッド・ソロンズ

アメリカ社会のタブーと差別意識、そして偽善に挑み続ける男、トッド・ソロンズの新作。今回も『サウスパーク』ばりにアメリカの田舎の出口のなさを容赦なく諷刺していて面白く見られたのだけど、なかば露悪的な題材を選ぶこと自体が目的になってしまっているというか、こういう作家が「過激な問題作」を撮るのはもはや別段冒険ではないんじゃないか、というような限界を感じなくもない。とはいえ、これだけ盛りだくさんだとさすがに感心してしまうのはたしかで、特に障害を持つ子供たちを集めた「聖なる家」での音楽会を見せる場面は、さながら現代のトッド・ブラウニングかと思わせる嫌らしさがある。

この映画では主人公のアビバを演じる俳優がエピソードごとに次々と入れ替わり、何事もなかったかのように話が進む。その顔ぶれは容貌も年齢も人種も、そして性別さえも全くばらばらで、我々観客はそうした見た目の「属性」を括弧に入れたうえで主人公を見なければならない。つまり、あらゆる固定観念を排除したところで登場人物たちの行動を判断することはできるだろうか、とこの映画は問いかけているのだと思う。政治哲学で言う「無知のヴェール」(ある価値判断を下すときに、自分がどんな社会的身分・財産・能力などの条件を有しているかを知らない原初状態を仮定する考え方)を映画に表現すると例えばこうなるのではないだろうか。映画としては理に落ちすぎている気がするけれど、そのサンプルとしては悪くない。

CINEMA TOPICS ONLINEの記事によると、ソロンズ自身は次のように語っている。

「ある人物に対してどのくらい共感できるかに関して、その人物の性別や年齢、人種というものは関係がない。人々が外見によってもつイメージを崩したかった。そのためにアビバの外見にはできるだけバリエーションをもたらすようにした。サイズや見た目が変わろうとも、アビバの中身は同じ性質を持ち続けるのだ。」

ソロンズのこれまでの映画でも、露悪的な描写の裏に、外見や差別意識などの壁を越えて友愛の情が通い合うような瞬間がたいてい描かれていた。いわば彼の「シニカルなロマンティスト」としての面がそのまま構成に表れた作品ではないかと思う。[★★★★]

2005-06-11 08:20 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-08

『ミーン・ガールズ』

amazon: ミーン・ガールズ

Mean Girls / 2004年 / 米国 / 監督: マーク・ウォーターズ

今年のMTV Movie Awardsでも好評、ティーンズ映画としては評判の良い作品みたいなのだけれど、主人公のモノローグによる説明が多くて辟易してしまった。もうちょっと何とかならなかったんだろうか。

「アフリカ帰りの転校生」の視点から学校内の階級制度・権力闘争を茶化して描く諷刺コメディみたいな映画で、その体制を象徴するのが「プラスティックス」と呼ばれる意地悪三人娘なのは『ヘザース ベロニカの熱い日』(1989年)を思い出させる。監督のマーク・ウォーターズは『ヘザース』の脚本を書いたダニエル・ウォーターズの弟なのだそうで、ということはこれは「15年後の『ヘザース』」を目指した作品なんだろうか。ただしこの映画は『ヘザース』ほどハチャメチャな展開にはならなくて、比較的健全なところに収まる。(でも、この映画の設定なら学園版『赤い収穫』みたいなのもやれるかもしれない)

アメリカの学園に身を置いていない部外者からすると、この映画の程度だとちょっと諷刺が甘いように思える。例えば主人公の仕掛ける悪戯、「足用のクリームを顔に塗らせる」なんて面白いだろうか? そういう些細なところでの共感に引っ掛けようとするエピソードが多い。

主人公のリンジー・ローハンをはじめ、女の子は誰ひとり可愛く撮られていなくて、かわりに「眼鏡の美人教師」役のティナ・フェイ(本作の脚本も書いているらしい)がやけに目立って綺麗に見える。奇妙な映画だ。まあ、これは狙ってやっているんだろう。[★★]

2005-06-08 00:21 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-06

『心の鼓動』

Kammerflimmern / 2004年 / ドイツ / 監督: ヘンドリック・ヘルツェマン

いま開催中のドイツ映画祭2005(有楽町)で上映されていた日本未公開のドイツ映画。

心に傷を抱えた救急隊員の青年が、仕事で出会った臨月の妊婦に「あなたこそ運命の人」と求愛しはじめる映画。場面ごとに見ると悪くないのだけれど、全体を通して、自動車事故、救命行為、スケボー、出産といったモチーフが、作者の中では結びついているのだろうけれどこちらまでその関連性が伝わってこない。観念的な印象を受ける青春映画だった。ただし、臨月の妊婦との性行為を正面から描くというマニアックな領域に踏み込んでいるところは買える。

主人公の友人役の顔に見覚えがあると思ったら、『グッバイ、レーニン!』でも「主人公の親友」の役を演じていたフロリアン・ルーカスという俳優だった。

会場には監督のヘンドリック・ヘルツェマンが舞台挨拶に来ていて、上映後にいくつか質疑応答にも応じていた。これが初監督作なのだそうで、若くてスマートな外見の人だった。作品自体には正直なところあまり感心しなかったけれど、この「ドイツ映画祭」はさほど混んでもいなくて気軽に映画祭気分を味わえるので、割とお薦め。他の作品も見てみたくなった。[★★]

2005-06-06 22:01 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『フォーガットン』

The Forgotten / 2004年 / 米国 / 監督: ジョゼフ・ルーベン

久しぶりに更新してこんな映画の話か、という感じだけれど、早く書いておかないと即刻記憶から消え去ってしまいそうなので仕方ない。

内容はさておき、ここまで堂々たるバカミス映画が平然と公開されたのか……という事実に呆然とする怪作で、やはりシャマランはアメリカ映画界における「バカミス映画の扉」を開けてしまったんだろうか。というか、「xxx」が出てきた時点で既にミステリとは言いにくいのだけれど。

どう見てもC級電波ストーリーの筋書きをあたかもシリアスドラマのように演出していく手法は、誰でも一連のM・ナイト・シャマラン監督作品を連想するだろう(窮地にある男がなぜか食糧として安いスナック菓子ばかり買い込んでくるのは、『サイン』の「チキン・テリヤキ」へのオマージュか?)。実際、都市の空撮や室内場面は悪くない、むしろそれなりに立派な出来映えに見える。ただし、映画全体がその「物語内容と演出の落差」の一点に依存しているので、ある時点を過ぎると一発ギャグの繰り返しを見ているような気分になってしだいに飽きてくる。要するに「狙いすぎ」ではないかと思う。シャマランの映画には、もしかするとここで何か深遠なことが起こっているのではないか、と錯覚させるだけの画面の強度と不可思議さがあると思うのだけれど、この映画はほとんど筋書きを説明しているだけで、そういった図式におさまらないような途中の厚みに欠けるのが物足りない。

舞台がニューヨークなのもあって『ローズマリーの赤ちゃん』を下敷きにしているように思えるけれど、あまり深く考えても仕方ない映画ではある。ジュリアン・ムーアとかゲイリー・シニーズが真面目な顔で演技をしているのは、よくやるよという感じ。[★★]

2005-06-06 07:49 [movie] | Permanent link | Comments (0)