2005-02-28

第77回アカデミー賞発表

『ミリオンダラー・ベイビー』が作品・監督など4部門を受賞。有名人の伝記やノスタルジーの映画はもういいよと思っていたから、そうでなさそうな作品が獲ってくれて良かったかな。『許されざる者』は良かったのでこの作品の公開も楽しみ。(追記: と思ったら公開予定は6月らしい……)

それにしても編集や撮影など、周りのスタッフが次々と受賞して壇上で「マーティのおかげです」と感謝を捧げるなか、ひとり取り残され続けるスコセッシ監督の姿は気の毒すぎる。

2005-02-28 22:27 [topic] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-27

『ユリイカ』2004年12月臨時増刊号 総特集: 多和田葉子

ちょうど多和田葉子特集の号が出ていたので手に取る。実を言うと『ユリイカ』のこの手の特集は、作者インタビューの他はあまり面白い記事が見あたらないということが多い気がする。

この号も多和田葉子・管敬次郎・野崎歓の対談(「言葉を愉しむ悪魔」)は面白かった。特に多和田が、『旅をする裸の眼』はドイツ語版と日本語版を並行して書いたと明かしているのに驚く。

これは初めて並行して書いたんです。普通、並行して書くことはありえないでしょう。そうすると絶え間ない翻訳になるんです。(中略)ドイツ語で書いたことと同じことを日本語で書いてみると、どうもちょっとおかしい。それを直すと、ドイツ語と離れてしまうんで、ドイツ語の方を変えてみる。すると、そのすぐ前にあった文章との間に矛盾が出てくるので直す。元のテキストというものがないので、変化にきりがないんです。(p.143)

読んでいて、これはどの言語で書かれたものなんだろうと不思議な感じがして訝しんでいたのだけれど、そういうことだったのか。『旅をする裸の眼』の語り手はドイツ語も日本語もわからない人物だから、その言葉を日本語で読んでいるのはもともと「翻訳」を通しているという設定になる。それだけでなく、どこの言語にも属さない言葉をたまたま日本語で読んでいるかのような感じもあった。この小説で取り上げられるような映画が、台詞は別として「映像」そのものは翻訳がなくても国境を越えて通じてしまうのと似ている。

他の記事では、やはり多和田の発言(講演録)で、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を読み返してみたら、主人公のナオミへの執着に強烈な西洋コンプレックスがつきまとっているのが切なくて印象に残ったという話が面白かった。

2005-02-27 23:58 [topic] | Permanent link | Comments (32)

新世紀の『ある愛の詩』

関係ないけど、『くたばれ!ハリウッド』(文春文庫)[amazon]に書かれた『ある愛の詩』映画化の経緯を読んでいると、「歴史は繰り返す……」という言葉が頭に浮かんできて面白い。(むろん「セカチュー」のことです)

2005-02-27 22:06 [topic] | Permanent link | Comments (0)

ご批判について……

『ミステリマガジン』2005年4月号を拾い読みしていて驚いたのですが、「隔離戦線」の池上冬樹氏のコラムで、映画の話を書くなら原作くらい目を通しておきなさい、と名指しではないけれどこのウェブ日記の記述にお叱りを受けてしまったようです。

自分が物知らずなのを開き直るつもりはないですし、批判は真摯に受け止めたいのですが、今回指摘された論点そのものはちょっと首を傾げるものがあります。

まず、一般論から言って映画は映画で独立したものなので、映画作品を論じるのに原作を読んでいないといけないということはないでしょう(まして個人のウェブ日記においてをや、という話もあります)。もちろん、原作を知っていると新たな見方が生まれたりすることはあると思いますけれど。

また、問題の『くたばれ!ハリウッド』『ゴッドファーザー』に関して、実は私は特に記していませんがふたつの文章を書いたあいだに『くたばれ!ハリウッド』の原作本には目を通しているので、その内容と矛盾したことは書いていないはずです。

ちなみに、池上氏の記述では、

エヴァンズが芸術家かぶれのコッポラの映画に怒り、プロデューサー権限でばっさりと鋏を入れて短くした。その生々しい対決が本には書かれてある。

とありますが、『くたばれ!ハリウッド』(文春文庫)でのロバート・エヴァンズの言い分によると経緯は逆で、コッポラが最初に出してきた『ゴッドファーザー』は2時間程度に短く編集されたバージョンで、それに不満だったエヴァンズがこれは大河ドラマのダイジェストにすぎないからもっと長くしろと主張して、失われたシーンをつなぎ直して現在の3時間バージョンができたようです(文春文庫版: p.343-347)。つまりエヴァンズは映画を短くするのではなく「長くする」という異例の措置をしたわけです。

2005-02-27 21:54 [topic] | Permanent link | Comments (4)

2005-02-26

『太陽の中の対決』

amazon: 太陽の中の対決

Hombre / 1965年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

『ハッド』に続き、ポール・ニューマン演じる主人公の名前がそのまま題名(原題"Hombre")になっている西部劇。原作はエルモア・レナードの作品らしい。

主人公はインディアンに育てられた白人という設定で、つまりインディアン側の視点から西部劇、あるいはそれを支持してきたアメリカを問い直そうという問題作だと思う。左翼系の映画監督が西部劇を撮るとたしかにこうなるのだろう。ウェスタンの世界でのモラルや暴力をめぐるディスカッション映画というおもむきもあって、結構面白い。たださすがに主人公のポール・ニューマンを格好良く描きすぎていて、他の登場人物がどうでもいい駒のように見えてしまう。[★★★]

2005-02-26 00:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-25

『ハッド』

amazon: ハッド

Hud / 1963年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

狂牛病(ではないけど)に見舞われた酪農家一家の話。

物語の中心になる無軌道な息子(ポール・ニューマン)と謹厳な父親(メルヴィン・ダグラス)の不和というのが平板でぴんとこなかった。

白黒のシャープな画面が印象的(撮影: ジェームズ・ウォン・ハウ)。[★★★]

2005-02-25 23:36 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-24

『ユージニア』 恩田陸

bk1: ユージニア

角川書店 / ISBN:4-04-873573-X [amazon]

本を手に取ると一見して装丁と造本が凝っていて、今回の恩田陸は相当本気に違いない、という感じが伝わってくる(まあ、作者本人が装丁のデザインをするわけではないですが)。内容も期待に違わず、かなり良い出来だった。

恩田陸のデビュー作『六番目の小夜子』のクライマックスにあたる場面は、不在のヒロインの周りを多数の話者の声が取り巻いていくというものだったと記憶している。この作品にもやはりその構図は引き継がれていて、忘れかけられた昔の一家殺人事件と、その中心人物と目される「不在のヒロイン」をめぐって、複数の証言がばらばらに連ねられる。さらに、事件を取材して再構成した『忘れられた祝祭』という本がすでに書かれていて、その経緯を後から追う趣向が入ってくるのが面白い。読者は行く先々でこの幻の本の話を聞かされるにもかかわらず、内容を断片的にしか知ることができない。そうやって物語の「不在の中心」、そこにたどり着けそうでたどり着けないという地点が単純でなく幾重にも仕組まれていて、ミステリ的な緻密さとは別に、複数の証言が奥行きのある重なり方をするようになっている。

作中で映画『市民ケーン』への言及があるけれど、たしかに『市民ケーン』も不在の主人公(冒頭で死んでしまうので)を複数の証言で語っていく構成の物語だ。そこで「薔薇のつぼみ」にあたるのがこの本では巻頭の詩と「百日紅」といういうことになるのかな。

2005-02-24 01:05 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-22

『ザ・フロント』

The Front / 1976年 / 米国 / 監督: マーティン・リット / 脚本: ウォルター・バーンスタイン

1950年代の「赤狩り」でブラックリスト入りした監督・脚本家・俳優たちが集まり、ウディ・アレンを前面(フロント)に立てて当時の赤狩りの実態をコミカルに描く。映画の内容と製作の内幕が一致した作品。軽く見られて勉強にもなるけれど、さんざん引っ張ったはずの査問会の場面が全然盛り上がらないのは何をしたかったのか釈然としない。

ウディ・アレンはよく考えると、『ボギー!俺も男だ』とか『カメレオンマン』とか、他人の真似をしているだけの空っぽな人物というのを演じることが多い。その意味でこれもれっきとしたアレン映画という感じがする。[★★★]

2005-02-22 21:26 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-21

『マシニスト』

The Machinist / 2004年 / スペイン / 監督: ブラッド・アンダーソン

決して悪くない心理スリラーなのだけれど、宣伝でも引き合いに出されている『メメント』をはじめ、近頃似たパターンの作品が多かったので話の落としどころに既視感をおぼえてしまうのが惜しい。

最近見た同じ監督の『ハッピー・アクシデント』(2000年)とはやはり似たところがあって、明らかに頭のおかしな主人公の怪しい行動を綿密に描きながら、これをどうするのかと思ったらえらくありきたりな結末に収束してしまうので、すごく狭い世界の話だったように感じられる(結末に使われる題材が実はほとんど同じなのも気になった)。結局、物分かりの良すぎる『ロスト・ハイウェイ』みたいに見えてしまう。

ちなみに僕の場合は、主人公の読んでいる本の題名と、どう見ても『マトリックス』のモーフィアス氏のように見える登場人物が出てきた時点で、だいたいどんな話なのか見当がついた。

ただ、この映画はもともと結末で驚かせようと狙っているわけではなくて、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』や『テナント』のような「自分以外の周りの世界はすべて敵」という心理状態、憔悴した主人公が精神的に追い詰められていく過程を描きたいのだろう。主人公がいきなり仕事場で他人に怪我をさせてしまう展開なんかはあからさまに『反撥』を思わせる。そのあたりの演出は、最近流行りの詰まらないどんでん返し志向の映画とは一線を画していて好感を持てる。先に書いたように、それにしては物事が説明されすぎていて中途半端な感じではあるのだけれど。

クリスチャン・ベールは頑張っているけれど、この人はどうも作品の巡り合わせがいまひとつで入れ込んだ演技が報われていない。『アメリカン・サイコ』も見事な怪演ぶりだったのに「『ファイト・クラブ』の後にいまさらこれを映画化されても……」というのが否めなかったし、今回もちょっとそんな感じに見える。[★★★]

2005-02-21 21:50 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-20

『旅をする裸の眼』 多和田葉子

bk1: 旅をする裸の眼

講談社 / ISBN:4-06-212533-1 [amazon]

『反撥』からはじまって『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で終わる小説。多和田葉子の作品ははじめて読んだのだけど、これは面白かった。

冷戦終結前の1988年、社会主義政権下のヴェトナムから連れてこられた少女が、西側資本主義社会のドイツやフランスの各地を成り行きで転々とする。ある文明の外から来た異邦人がその社会を観察して自分なりに読み直していくというのは『ハックルベリ・フィンの冒険』に通じるところがあり、行く先々で偽の名前を名乗るところ、語り手が自分からはほとんど何もしない「見る」だけの人物なのも似ている。(この主人公はハックのように自発的に旅に出ているわけではないから、その点は違うけれど)

主人公が熱心に見続けるフランスの有名女優の出演映画がそれぞれ章のタイトルになり、映画の内容が主人公の現実と混ざり合っていく。根無し草の主人公は、スクリーンの向こうの女優のように、章が変わるたびに役を演じるようでもある。このあたり、下手するととても作為的になりそうな設定なのだけれど、読んでいてほとんどそういう感じはしない。よくこれだけ無理なく重ねられるなとそれだけでも感心した。実を言うと出てくる映画のなかで僕が見ていたのは奇遇にも最初と最後の作品、『反撥』と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だけなのだけれど、どちらも重要な意味を持っていて、しかも作品の勘所と思える点がうまく取り入れられている(両方とも好きな映画なので単純に嬉しかった)。例えば『反撥』の目を見開いたヒロインを知っていると、主人公が自分からは何もしない受け身の人物で、ただしその眼だけは外界からの刺激を敏感に受け止める、という感じはすぐに納得できる。

西側社会と東側社会、スクリーンの向こうとこちら、虚構と現実、あなたとわたし、それらの境界をつなぐのは言葉よりも主人公の「眼」だ。その境界は物語が進むにつれて曖昧になっていき、ひとつに合わさったときに物語の幕が下りる。

ウェブ上ですでに良い書評が出ていたので、リンクしておきます。

上の記事の方が書かれているように、僕も文章中に「あなた」が出てくると文末が「です・ます」調に変わる、というのを気にしながら読んでいた。それだけ「あなた」は特別な存在なのだ。そして主人公の語りかける相手は、現実の女優カトリーヌ・ドヌーヴその人というよりも、スクリーンの向こうで役を演じ続けて「名前を呼ぶと遠ざかってしまうような気がする」誰かなのだろう。

2005-02-20 23:34 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-19

『ブラディ・サンデー』

amazon: ブラディ・サンデー

Bloody Sunday / 2002年 / 英国・アイルランド / 監督・脚本: ポール・グリーングラス

『ボーン・スプレマシー』のポール・グリーングラス監督の前作。ベルリン映画祭で『千と千尋の神隠し』と金熊賞を同時受賞した作品なので題名くらいは知っていたのだけれど、いつのまにかDVDになっていたので見てみた。1972年、北アイルランドの町で起きた市民のデモと英国軍の衝突による惨劇を再構成した映画。

まず、カメラが揺れるのかどうかという点に興味があったのだけれど、やはり揺れに揺れている。町の様子を遠景でとらえる場面でさえも画面がゆらめいていた。仮に映画館で見ていたら僕の場合は手ぶれ酔いしていたかもしれない。さらに、何でもない場面でたまに映像がぶつ切れになったり、『ボーン・スプレマシー』と同じく切迫した場面になると錯綜して何が起きているのか把握しづらくなったりする。

この終始安定しないカメラワークが、まるで戦場のただなかにいるような臨場感をもたらしていて、ただごとでない迫力がある。少なくとも歴史的事件の単なる「再現映像」のようにはまったく感じられない。視野を広げてみると、北アイルランドの政治的な不安定さを映像として伝えるための手法でもあるのだろうと思う。

ただ、北アイルランド問題を取り上げた映画というのはどうしてこう決まって、英国政府を糾弾して被害者側の証言を一方的に連ねたような政治的アジテーション映画になってしまうんだろうか、という不満は残る。実話の冤罪事件を描いたジム・シェリダン監督の『父の祈りを』でも似たことを感じた。まあ、現実が悲惨だからと言われたら仕方ないのだけれど……。この映画では、現場の小隊長と兵士たちが暴走して殺戮を繰り広げたように描かれていたけれど、どうしてそこに至ったのか見ていても彼らの心理がよくわからない。結果として、この迫力のある映画のどこまでが事実に即したものなんだろうか、という疑念を拭い去ることができなかった。

映画のエンディングでは、スタッフロールが終わった後の暗闇の中でU2の曲「ブラッディ・サンデー」が響きわたる。思わず聴き入ってしまった。

『ボーン・スプレマシー』のジェイソン・ボーンはCIAの生み出した鬼っ子のような存在で、いわばアメリカの世界戦略に逆らう反グローバリズム的なヒーローということになる。その監督に、このアイリッシュ魂炸裂の映画を撮ったポール・グリーングラスが起用されたのは納得できる気もする。[★★★★]

2005-02-19 20:07 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-17

『妊娠カレンダー』 小川洋子

文春文庫 / ISBN:4-16-755701-0 [amazon]

収録作: 妊娠カレンダー / ドミトリイ / 夕暮れの給食室と雨のプール

芥川賞の「妊娠カレンダー」を含む3篇を収録した短篇集。

2編めの「ドミトリイ」で、両手片足のない登場人物の口にする台詞が印象に残る。

「わたしは誰かと初めて会う時、その人の身なりや人柄には全然神経が行き届かないのです。わたしがただ一つ興味を持つのは、器官としての身体です。あくまでも、器官としての」(p.110)

これを言うのは作品の舞台となる奇妙な学生寮の経営をしている人で、つまり作品世界そのものを成り立たせている人物でもある(この学生寮はほとんど異世界のような"どこでもない場所"として描かれる)。人間を"器官としての身体"として観察する視点は、「ドミトリイ」以外の収録作品にも共通する。「妊娠カレンダー」と「夕暮れの給食室と雨のプール」で食事や妊娠という生きることにつながる行為が醜く誇張されて描かれたり、あるいは登場人物にいつも名前が与えられないのは、人間を"器官としての身体"として解体する視点のためにそうなるのではないかと思う。実はチェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルの作品も、僕の見た範囲だと「人間と生を解体する」ことと「食事をグロテスクに誇張する」ことが結びついているものが多くて、その点は似ている。

「ドミトリイ」はそれ以外にも物語の構造が『沈黙博物館』に似ていたり、『博士の愛した数式』の「博士」の原型のような数学科の学生の話が語られたりと、 小川洋子の後の作品のもとになっているように思えて興味深い作品だった。表題作の「妊娠カレンダー」も物語が異様で悪くない。

2005-02-17 23:51 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-16

『ガキ帝国』

amazon: ガキ帝国

1981年 / 日本 / 監督: 井筒和幸

『パッチギ!』が良かったので井筒監督の旧作を見てみた。何も情報を知らずに見たので、島田紳助が主演なのに驚く。

1967年の大阪を舞台に不良少年たちの抗争を描く青春映画ということで、『パッチギ!』と取り上げている世界はそう変わらない。やはり在日朝鮮人の若者が出てきて、脇役は同じように安っぽく命を落とす。ただし娯楽映画としてこなれていた『パッチギ!』を見た後だとずいぶん見せ方が拙く見える。登場人物たちの紹介が不充分なうえ演じている役者がみんな素人くさいので、喧嘩の場面がたくさんあるわりに誰が何のために戦っているのかよくわからないことが多い。あと、映画では素手の殴り合いで拳が当たらないので、殴り合いのふりをしているようにしか見えず、誰が強いのか判然としないのも気になった。やくざ映画のプロットを不良少年の縄張り争いに適用するというワンアイディアで作られた映画なんじゃないだろうか。[★★]

2005-02-16 20:55 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-14

『誘惑の接吻』

amazon: 誘惑の接吻

Skipped Parts / 2000年 / 米国 / 監督: タムラ・デイヴィス

ずぼらで生活力のない母親(ジェニファー・ジェイソン・リー)に連れられて南部からワイオミング州の田舎町へやって来た少年。こんな田舎はうんざりだと思っていたら、隣の家には美少女ミーシャ・バートンが住んでいて……という青春妄想エロコメディ。ジェニファー・ジェイソン・リーは製作にも名を連ねていて、いいかげんだけど憎めない母親を楽しそうに演じている。

時代設定は1960年代で、父権主義から解放された新しい家族像を描いてこの時代の大らかさを懐かしむという感じがあるのだと思う。ただ特にミーシャ・バートンの行動を縛っているのが「妊娠中絶=罪悪」とみなされるだろうこの時代の田舎町の価値観だったりもするので、釈然としない。これはハッピーエンドといえるんだろうか、と全然共感できなかった。

ただ、いくつか面白い場面もあり、軽く見られる映画なので悪い感じはしない。アメリカの田舎町を好意的に描いている映画というのも実は珍しい気がする。

ミーシャ・バートンは可愛いけれど、この人は『キャメロット・ガーデンの少女』といいこの作品といい、大人たちの性的ファンタジーを一身に集めて大変だなと思う。[★★★]

2005-02-14 21:52 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-13

『男の闘い』

amazon: 男の闘い

The Molly Maguires / 1970年 / 米国 / 監督: マーティン・リット / 脚本: ウォルター・バーンスタイン

何もこんな暑苦しい邦題を付けなくても……。舞台は1870年代の米国ペンシルヴァニア州の炭鉱町で、アイルランド系労働者の過激派組織「モリー・マガイアズ」を潰すために、警察から捜査官(リチャード・ハリス)が派遣されて潜入捜査をしていく話。秘密組織のリーダー格を演じているのがショーン・コネリー 。ミステリ読者的には、コナン・ドイルの『恐怖の谷』後半部がこのあたりの話を描いていたのでなじみがある。これは当然スパイものということになるので、監督のマーティン・リットがジョン・ル・カレ原作の『寒い国から帰ったスパイ』(1965年)を撮っている人なのは納得できる。さらに監督のマーティン・リットと脚本のウォルター・バーンスタインはともに1950年代の「赤狩り」でブラックリスト入りした映画人なので、アメリカは過去にこんなひどいことをしていたと暴く反骨精神の映画でもあるのだろう(ロバート・アルドリッチ監督の『特攻大作戦』なんかもそんな感じがあった)。ただし、単純な悪役を出してそれを糾弾するというような安易なことはしていなくて、どちらの側でも正義は達成されないという冷徹で暗い世界観が描かれる。非情な任務をこなしながら人間性との葛藤を迫られる主人公の造型が、定番ながら魅力的。

題材は興味深いのだけれど、『ノーマ・レイ』に較べると古い作品のせいか舞台がいかにも作り物のセット風で、また室内場面が多いので炭坑町を描いているわりに話が狭く見える。場面のつなぎがぎこちなく感じられるのも気になった。ただ、古いビデオで鑑賞したので綺麗な映像で見たら評価も変わるかもしれない。ジョン・セイルズ監督の『メイトワン1920』あたりはこの作品の影響があるんじゃないかという気がする。[★★★]

2005-02-13 20:49 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ノーマ・レイ』

amazon: ノーマ・レイ

Norma Rae / 1979年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

冒頭の場面で薄暗い工場の様子が映し出されるので、「これはプロレタリア映画ではないか」と気づく。その予想の通り、米国南部の紡績工場で働くシングル・マザー、ノーマ・レイ(サリー・フィールド)の前に労働組合の活動家が現れて、彼女は徐々に労働者の待遇改善運動に目覚めていく。最近これと似た映画を見た気がすると思ったら、「最後の左翼映画作家」ことケン・ローチ監督がヒスパニック系移民の労働運動を描いた『ブレッド&ローズ』(2000年)がそうだった。組合活動家がユダヤ系のインテリ青年という設定なのも同じ。

この筋書きだけ見ると、社会運動でウーマン・リブだという大して面白くなさそうな題材に思えるのだけれど、登場人物たちの造型と場面ごとの台詞が素晴らしくて、本当にこんな人たちが目の前にいるような気になる。例えば前半、男に殴られて怪我をしたヒロインが組合活動家に介抱されるときのやりとり、「南部の男はみんな(『風と共に去りぬ』の)アシュレーみたいな奴なのかと思ってた」「アシュレーはもういないのよ」。これは深刻な場面を気の利いたユーモアで和らげるだけでなく、映画の舞台設定やふたりの関係を少ない言葉で効率的に伝える台詞になっている。こんな感じの、なるほどこんなこと言うのかと唸らされる台詞がいくつも出てきて、良くできた脚本だと思う(脚本: アーヴィング・ラヴェッチ、ハリエット・フランクJr.)。

マーティン・リット監督は俳優出身で、経歴を調べるとアクターズ・スタジオで講師をしていたこともあるらしい。俳優の演出に長けているのだろう。この作品でも、主人公を演じるサリー・フィールド(アカデミー主演女優賞を獲得)をはじめ、俳優の演技が自然で説得力がある。他の作品も見てみようと思った。[★★★★]

2005-02-13 12:39 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-12

『ボーン・スプレマシー』

The Bourne Supremacy / 2004年 / 米国・ドイツ / 監督: ポール・グリーングラス

前作『ボーン・アイデンティティ』と同じく、『マトリックス』的なCG全開の荒唐無稽アクションを排して、ストイックで必然性のあるアクション描写が繰り広げられて好感を持てる。ただし今回はカメラを揺らしすぎるのが気になった。前半の静かな場面でも手持ちカメラ風の撮影で画面がかすかに揺れていて(ソダーバーグの『トラフィック』みたいな感じ)、アクションが発生すると画面が目まぐるしく切り換えられて何が起こっているのかわかりづらくなる。これは乱雑にやっているのではなく演出として計算されているのは見ればわかるのだけど、画面を揺らして観客を巻き込むよりもちゃんと格闘やカーチェイスなどの場面を見せてくれたほうが良いのにと思う。そこがちょっと物足りない。あと、記憶喪失の状態の「自分探し」から始まる前作と較べるとやはり物語の引きが弱い気がした。と、いくつか不満もあるけれど、地味系アクション映画の現在型として観て損はないと思う。

事件の背景にロシア・マフィアが絡んできて、モスクワが舞台になる。誰が見ても物騒で、いま悪役にしても政治的に問題がなさそうなのがロシア・マフィアということだろうか。政府と癒着して石油利権を手に入れるために反対派の議員を暗殺した話が出てきて、現在チェルシーのオーナーになっているロシアの大富豪、ロマン・アブラモヴィッチ氏の存在を思い浮かべたりした。[★★★★]

2005-02-12 22:17 [movie] | Permanent link | Comments (1)

2005-02-11

魅惑のウクライナ

ウクライナといえばサッカー選手のアンドリー・シェフチェンコ(ACミラン)くらいしか知らなかったのに、昨年から大統領選挙でのいんちき騒動、政敵に毒を盛った疑惑で世界の注視を浴びて、さらには史上初(?)の萌え首相が誕生。もはやウクライナは遅れているのか進みすぎているのかわからず、我々の想像を超えたワンダーランドに違いないという気がしてきた。

昨年訳されたウクライナの小説『ペンギンの憂鬱』[amazon]を読むと、「ウクライナではまだ生きている人の死亡記事を用意する」「マフィアの葬式にペンギンが雇われる」といった怪しい知識が得られるのでお薦め。でもああいった不条理な話が書かれる素地がきっとあるんだろうと思う。

2005-02-11 22:23 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『文學界』『群像』 阿部和重特集

『文學界』と『群像』の最新号はともに芥川賞受賞を記念して阿部和重特集。

『文學界』2005年3月号(特集: 阿部和重とこの時代)

蓮實重彦と阿部和重の対談「形式主義の強みと怖さをめぐって」は、何か親戚の叔父さんと甥が話しているような雰囲気。「グランド・フィナーレ」執筆中、『パンチドランク・ラブ』の色彩設計を取り入れようとしてDVDを流しながら書いていたらしい。たしかに『パンチドランク・ラブ』は色彩豊かな画面が良かった記憶がある。ただ「グランド・フィナーレ」を読んだとき、色彩のことは全然意識に浮かばなかったけれど。他の記事では、池上冬樹氏が阿部和重作品を「パルプ・ノワール」の文脈で評価する趣旨でかなり筆を割いているのが目に留まった。

新連載(というかこれまでの連載のリニューアル)として、阿部和重と中原昌也の対談映画評「シネマの記憶喪失」が始まっていた。初回のお題は青山真治監督の『レイクサイド・マーダーケース』などで、いきなり友達の映画かよ、という気もするけれど作品自体は良さそうに紹介されている。うまくいけば面白い企画かもしれないので注目したい。それにしても阿部和重は対談だと発言が優等生的でおとなしい気がする。

『群像』2005年3月号

佐々木敦氏による阿部和重インタビュー「ポスト・ネット時代の文学」が掲載。ネットは作品を書く調べものには不可欠になって、『ニッポニアニッポン』ではネットで調べた情報を写して作品に出してみたけれど、今回の「グランド・フィナーレ」ではもっとこなれた使い方をできるようになった、という発言があった。実は『ニッポニアニッポン』を気に入らなかったのはそのあたりもあったので、わりと頷ける。「グランド・フィナーレ」は、あえてオープン・エンディングにしてあるのに何か結末をどちらかに確定したがる批評が多いようで違和感があったのだけれど、そのあたりもフォローされていた。

2005-02-11 21:26 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-10

『世界文学を読みほどく』 池澤夏樹

bk1: 世界文学を読みほどく

新潮社 / ISBN:4-10-603544-8 [amazon]

2003年9月に行われた京都大学文学部での夏期講義録。実作者による文学講義というこの企画を進めたひとりは若島正氏(京大教授)なのだそうで、ナボコフの文学講義などを念頭に置いていたんだろうか。(と思ったら新潮社の『波』2005年2月号に若島正氏による「ライヴで聴いてみたかった」という書評が掲載されていて、やはりナボコフの名前が引き合いに出されていた)

副題に「スタンダールからピンチョンまで」とあるように、『カラマーゾフの兄弟』『白鯨』『ユリシーズ』『アブサロム、アブサロム!』『百年の孤独』など、19世紀・20世紀の名作とされる10の小説を実作者の視点から読み直していく。講義録なので話が脱線したりきれいにまとまらずに終わることもあるけれども、小説には世界を把握する/記述する方法が示される、という池澤氏の視点は一貫していて、その小説の読み方が自身の創作(長篇『静かな大地』)に適用されるところまで示される。実作者による文学講義・名作案内として面白く読めた。講義のなかに自身の海外体験などを織りまぜて、書物のなかで知っただけではない世界の見方が伝わってくるのも良い。もちろん、名作文学作品の読みどころが平易な言葉で解説されるので、原典を読まずに読んだ気になるツールとしても有用だろう。

スタンダールやトルストイの、作者が登場人物の内面まで把握できる「神の視点」からはじまって、鯨に関するあらゆる情報を詰め込んだ「データベース」を構築して世界を記述しようとした『白鯨』、逆にどこまで細かく多面的に描いても世界の全部をとらえきれないことを示した『ユリシーズ』など、小説がどのように世界を描こうとしてきたかの移り変わりが示される。一方で、小説は進化するのではなくその時代に合わせて「変化」してきただけだ、と語っているのもなるほどと思う。

この講義は最後にピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』を取り上げて終わる(日常世界の裏側にもうひとつのシステムがあるのではないかと疑うパラノイア的な志向は、現代アメリカの世界観を反映している、と論じられるのも興味深い)。それ以降に書かれた作品で、この講義の流れで論じると良さそうなのは何だろうかと考えたのだけれど、僕の読んでいる範囲でいえば、リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』とジェフリー・ユージェニデス『ミドルセックス』は取り上げると面白いかなと思った。パワーズはピンチョン、および池澤氏とも同じ理系学部出身で、やはり「世界を把握する/記述する方法」について書いている作家(だと思う)。ユージェニデスの『ミドルセックス』は主人公による「ホメロス風」の自在な語りで「神の視点」を新たに復活させた(個人の語りと「神の視点」を両立させた)作品なので。

2005-02-10 23:49 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-09

『サラミス』 佐藤哲也

bk1: title

早川書房 / ISBN:4-15-208614-9 [amazon]

本の紹介文には、サラミスの海戦を写し取る「ディープな視覚小説」と書いてあって、どんな小説なのか見当がつかなかったのだけれど、読んでみたらギリシャ人たちが堂々巡りの議論を繰り広げて一向に埒が明かないという相変わらずの佐藤哲也ワールドだった。しかし「ギリシャ人が延々と議論する!」なんて書いても売れないか。

歴史上の有名な会戦を語り直すということで、佐藤哲也が得意とする「脱線」はほぼ禁じられる。指揮者として独自のアレンジを入れながらクラシックの名曲を演奏するとか、そんな感じに近いかな。もしくは有名な原作を請け負った映画監督か(ちょうど『トロイ』と『アレクサンダー』の間にあたる時代でもあるし)。まあ、あえてそうしたのはわかるのだけど、佐藤哲也の作品に強引な脱線や謎の概念(「意志の力」「民衆感覚」「不明省」など)が出てこないと、引き延ばされる会議のやりとりくらいしか愉しむところがなくなって、やはり物足りない。佐藤哲也の本のなかでは面白くない部類に入る。

ちなみに僕は佐藤哲也の最高傑作はいまだに『イラハイ』[amazon]だと思っている(これは『キャッチ=22』の出口のない循環問答を好きな者にはたまらない傑作)。『イラハイ』だとややふざけすぎで合わない人もいるだろうから、次点は『妻の帝国』[amazon]かな。

2005-02-09 22:36 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-07

『DEATH NOTE』(5) 大場つぐみ・小畑健

bk1: DEATH NOTE(5)

集英社 / ISBN:4-08-873774-1 [amazon]

実はもう前巻の展開を忘れかけていたのだけれど、要は夜神月と「L」の対決だけでは続かなくなってきたので、いったん設定をリセットしてしまうわけですね。まだ何とか読めるけれど、序盤の「倒叙」構成から離れたのでだんだん普通の推理もの少年漫画みたいになってきた。

ところでウェブのあちこちでは原作の「大場つぐみ=ガモウひろし」説というのが有力になっているようだ。その真偽は知らないけれど、仮に『DEATH NOTE』が小畑健の端正な絵でなく『ラッキーマン』のあの子供の落書きめいた絵柄で描かれていたとしたら、いい年した大人たちがまじめに読んで「これは新世紀の『罪と罰』だ!」とか騒ぐことはなかっただろう、などと考えると画力って偉大だなと思う。

2005-02-07 21:20 [comic] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-05

『夜のピクニック』 恩田陸

bk1: 夜のピクニック

新潮社 / ISBN:4-10-397105-3 [amazon]

高校生活の締めくくり、修学旅行のかわりに仲間たちとひたすら歩き続ける学校行事「歩行祭」、そのなかで描かれる青春群像劇……ということで、恩田版『スタンド・バイ・ミー』ですね(むしろ『死のロングウォーク』だという話もあるが)。恩田陸は人物の会話と状況設定だけで成立する、舞台劇やラジオドラマ向きの話をよく書く作家という印象があるのだけれど、これはその直球という感じの作品。実は登場人物はそれぞれ秘密を抱えていて、それが会話のなかで探求されてサスペンスを生んでいたり、また外部から別の事情で「探偵役」が介入してきて、玉突き的に何か新たな事実が明かされたりする。もっとも、みんな普通の高校生という設定なのでその秘密は「日常の謎」程度のものになる。そのあたり、ディスカッション・ミステリのような感じがあって面白い。

ただ、これが昨年度を代表するような傑作かと言われるとちょっと……。会話以外の地の文は人物の心理を説明しすぎていて面白味に欠けるし(脚本のト書きみたい?)、前半でサスペンスの柱のひとつになるかと思われた堕胎した女生徒の相手探しに決着がつけられないなど、話の運びに隙が多い。作者の代理人のような「便利な脇役」が介入してきて落ちをつけてしまうのも(前半から登場しているとはいえ)あまり巧い話のたたみかたとはいえないと思う。良くも悪くも、演劇のようなライブ感覚の進行を愉しむ話なんだろう。

NHK-FMの「青春アドベンチャー」にはうってつけの原作に思えるけれど、まだ取り上げられていないようだ。

2005-02-05 23:47 [book] | Permanent link | Comments (0)

『完璧な病室』 小川洋子

bk1: 完璧な病室

中公文庫 / ISBN: 4-12-204443-X [amazon]

収録作: 完璧な病室 / 揚羽蝶が壊れる時 / 冷めない紅茶 / ダイヴィング・プール

初期作品の4篇を収録して2004年11月に再刊された本。

どの作品も女性主人公の一人称語りで、食事や肉体、つまり生きること(あるいは「揚羽蝶が壊れる時」では妊娠も)の醜さと違和感が解剖的な細かさで描写される。そうした現実生活の汚らしさから離れた空間が、例えば死病に冒された弟を看護する"完璧な病室"であり、その生と死の狭間にある世界では、あれほど嫌悪された食事も「完璧な病室」で弟が口にする葡萄や「冷めない紅茶」の紅茶など、清潔で美しいものとして描かれることになる。

小川洋子は作家になる以前、医大秘書室に勤務していたそうで、もともとそういう志向があったのか勤務時代に培われたのかは知らないけれど(たぶん両方だろう)、病院を訪れたときに我々の受ける感覚を言語化しているという感じがする。病院はもちろん死と隣り合わせの場所だし、病院で診察を受けているとき、我々は自分を醜い肉の塊にすぎないと感じる瞬間があるのではないだろうか。

作品としては悪くはないのだけれど、神経質な女性の感覚を説明されているだけ、といった射程の狭い感じもある。なかでは一番物語の立ち上がる感じのある「冷めない紅茶」が良かった。"どこでもない場所"につながる図書館をめぐるエピソードの入れ方が面白く、後の作品の萌芽にもなっているのではないかと思う。また表題作の「完璧な病室」は、冒頭で弟がすでに亡くなっていることを宣言して死者の思い出を語るという、いかにもこの作家の原点のような作品。

2005-02-05 09:22 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-04

科学万博 / PLAYBOY

知ったかぶり週報(2月3日)で知った、『つくば科学万博クロニクル』(洋泉社)[amazon][bk1]。そう、我々R25世代(?)にとって、万博といえば大阪でなくつくばの科学万博なんですよね。しかし色々とパビリオンを見て回ったはずなのに、「コスモ星丸」の他には何も憶えていないのはなぜだろう。

『PLAYBOY』2005年3月号は韓国映画特集。さほど新しい切り口ではないだろうけどよくまとまっていて、他に姜尚中インタビューや、『パッチギ!』企画者のシネカノン李鳳宇氏のインタビュー記事など、読みでがあった。ただし、800円の値段のうち何割かを占めるだろう洋物グラビアの良さが僕にはよくわからんので、ちょっと高く思えるのは否めない。

2005-02-04 23:16 [topic] | Permanent link | Comments (1)

『赤い竪琴』 津原泰水

bk1: 赤い竪琴

集英社 / ISBN:4-08-774732-8 [amazon]

帯の文句を小川洋子が書いているのは伏線だったのだろうか……などと思いながら読了。普通に筋を追って読むと、題名の指す「赤い竪琴」と、ある登場人物の「病気」という、物語の鍵になりそうな要素がほとんど活用されないので、まとまりが悪いように感じる。何か読み逃しただろうか。主人公の淡々とした日常、特に仕事をこなしていく描写が細かくて良かった。

集英社の紹介ページ: 恋愛小説 『赤い竪琴』

2005-02-04 21:48 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-03

『ハッピー・アクシデント』

Happy Accidents / 2000年 / 米国 / 監督・脚本: ブラッド・アンダーソン

新作『マシニスト』が公開間近のブラッド・アンダーソン監督作品。日本未公開&DVD未発売ながら、NHK-BSで放送されたので観られた。

男運の悪いヒロイン(マリサ・トメイ)のもとに現れた新たな恋の相手、彼は優しいけれど時々おかしなことを口走る電波野郎だった……。という筋書きで、低予算のもと役者の演技だけで奇怪なラブストーリーを作り上げようとした感じの映画。相手役を演じるのは『フルメタル・ジャケット』の「微笑みデブ」でおなじみのヴィンセント・ドノフリオ(怪しすぎる)。ドノフリオがレストランで「時間理論」の講義をする場面などはあまりにも変で印象に残る。

冒頭からどこに向かうのかさっぱりわからない面白味はあるのだけど、終盤になるとどこかで見たようなありきたりの展開に収まってしまうのが残念。変な映画を作ろうとしているのが空回りしている感じがする。あと、主役ふたりの芝居が「カメラに映る自分」を意識したわざとらしいものに見えてしまう場面が多かった。途中、別の登場人物(ヒロインの両親など)が出てくる場面では劇中でもある程度芝居をしている設定になるので、そうすると気にならなくなるのだけれど。

主役がどちらも変人なので感情移入できない恋愛映画という点で、アンダーソンつながりじゃないけど『パンチドランク・ラブ』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)を思い出した。BGMも一部似ている箇所があった気がする。

ヒロインの周りで妄想のような話が本当に裏付けられてしまう展開は『ローズマリーの赤ちゃん』みたいで(あの人の正体が○○だった、とか)、これ以降、アンダーソン監督がラブコメからスリラーに作風を転換しているというのも納得、か?[★★★]

2005-02-03 20:52 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-01

現代作家ガイド

『サロン・ドット・コム 現代英語作家ガイド』[amazon]の日本版を目指すということですかね。こういうのは当たり障りのない紹介よりも独断と偏見を貫いたほうが面白いと思うので、桐生祐狩の項なんて良いなと思います。

たぶん「似た作家」のリンクからすぐその作家のページを辿れるのが売りのひとつだろうから、海外の作家を挙げてしまうとあまり意味がないような。

2005-02-01 22:26 [topic] | Permanent link | Comments (1)