2005-01-31

山田宏一のなんでも映画誌: 第23回

冒頭で『スクール・オブ・ロック』が絶賛されているのがちょっと意外。好きな映画なので嬉しいけれど。紀伊國屋書店のDVDシリーズを紹介して、

ジャック・リヴェットが「まるでジャン・ルノワールの映画みたいだ」と称賛したフィリップ・ド・ブロカ監督の『まぼろしの市街戦』(1967)のすばらしさについては、いまさら言うまでもないだろう。

という記述があった。『まぼろしの市街戦』[amazon]はいわゆるヌーヴェルバーグの流れから無視された作品なのかと何となく思っていたのだけど、そうでもないのか。

2005-01-31 22:42 [topic] | Permanent link | Comments (21)

日陰者のOpera

Operaは、ある意味その名前にふさわしい壮大な悲喜劇の中で、『インターネット・エクスプローラ』(IE)の代役という日陰の存在としてほぼ10年を費やし、時折、場面転換のつなぎ程度にメディアから注目され、お世辞を言われる程度だったが、最近はその注目さえ新人スターのFirefoxに奪われている。

このあたり、いかにも欧米メディアの記事らしい遠慮のない嫌味でおかしい。

僕は数年来Opera一筋でやってきたので今のところ使いつづけるつもりだけど、たしかに最近Firefoxの話題ばかり見かけるので寂しいですね。

Operaに慣れきってしまったせいか、たまに他のブラウザを試してみると、リンクからタブを開く基本的な操作が微妙に違ったり遅かったりして、使いづらく感じる。まあ、他のブラウザに乗り換えないのは、以前ライセンス料金(無料版の広告が出ないようにする)を払ってしまったからというのもあるけれど。

ところで、Opera8.0のベータ版が出ているのでさっそく導入しているけれど、これだとなぜかbk1で買い物ができなくなってしまった。

2005-01-31 22:08 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-30

『エヴァとステファンとすてきな家族』

amazon: エヴァとステファンとすてきな家族

Tillsammans / 2000年 / スウェーデン / 監督・脚本: ルーカス・ムーディソン

『ショー・ミー・ラヴ』のルーカス・ムーディソン監督の第2作。今回は過去の1975年を舞台にして、ヒッピー・コミューンに集った人々を描く群像劇で、実はこの監督、「スウェーデンのケン・ローチ」みたいな人なのかもしれない。ただしケン・ローチと違うのは、結末がどんよりしたものではなくて明るく前向きになっているのと、コミューン生活の描写にいつもちょっと呆れたような醒めたユーモアが漂っているところ。『長靴下のピッピ』をめぐる政治的論争が始まるくだりなどは笑った。そのあたりの細かい会話がそれぞれ作劇上の意味を持ちながら気の利いたものになっていて、巧いなと思う。前作『ショー・ミー・ラヴ』と同じく、社会に溶け込めない人が仲間や居場所を見つけるにはどうするか、というようなテーマ設定があるようだ。

主人公格の姉と弟のうち、姉のエヴァ(エマ・サミュエルソン)は分厚い眼鏡をかけた少女で、個人的に好きな眼鏡ヒロインのひとり、『インテリア』(ウディ・アレン監督)のメアリ・ベス・ハートを少し思い出させる。近所に住むこちらも分厚い眼鏡をかけた少年と出会って、「僕、視力障害だから眼鏡の度数が4.5もあるんだ」「私も同じ」「同じ度数の子なんて初めて会ったよ」と心が通じ合うくだりは、眼鏡映画史に残る名場面だろう。[★★★★]

2005-01-30 23:33 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-29

『ショー・ミー・ラヴ』

amazon: ショー・ミー・ラヴ

Fucking Amal / 1998年 / スウェーデン・デンマーク / 監督・脚本: ルーカス・ムーディソン

スウェーデンの映画だけれど、どちらかといえば「ドグマ」風に撮られたアメリカ・インディーズ系青春映画という感じ。アイスホッケー部員の男子をまるきり愚鈍に描いていたり(米国ならアメフト部員か)、父親が「高校の同窓会に行ったら、当時の人気者たちはすっかり冴えなくなっていてね……」と主人公に慰めの言葉をかけるところなど、この監督はティム・バートンの弟子筋なのだろうか、などと思ってしまった。

同性愛者で根暗の主人公アグネス(レベッカ・リリエベリ)をめぐる孤独な高校生活の描写が痛々しく、トッド・ソロンズの『ウェルカム・ドールハウス』を思い出した(あそこまで悲惨ではないけれど)。対して人気者である金髪少女エリン(アレクサンドラ・ダールストレム)は、年齢設定の割に外見が派手めな気もするけれどまあ可愛い。

この少女ふたりの関係はたしかに魅力的に描かれているけれど、それ以外の田舎町の住人たちがあまりにも一面的に醜く描かれているのが気になった。これは枝葉末節の話ではなくて、ドキュメンタリー風の画面と人物造型の戯画化の程度が合っていないように思えるのと、エリンが主人公を相手に選ぶのが、熟慮の末の志向として決意したものというより、他に適当な相手がいなくて仕方なくそうしたふうに見えてしまう、という問題を生んでいると思う。[★★★]

2005-01-29 23:04 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『プリティ・イン・ピンク 恋人たちの街角』

amazon: プリティ・イン・ピンク

Pretty in Pink / 1986年 / 米国 / 監督: ハワード・ドイッチ / 脚本: ジョン・ヒューズ

モリー・リングウォルドが貧乏に負けない創意工夫のある服装で時代の寵児になったという映画。映像が意外にシャープで綺麗だと思ったら、撮影がタク・フジモト(『羊たちの沈黙』『シックス・センス』)だった。

地味で頑張り屋の主人公(モリー・リングウォルド)のもとに恋の相手として金持ちでハンサムな同級生(アンドリュー・マッカーシー)が現れるという、典型的な「白馬の王子様」少女漫画の話で、さすがに男の観客には愉しむ余地が少ない。脇役のダッキーが素晴らしくいい奴だというくらいか。ジョン・ヒューズ作品だと『ブレックファスト・クラブ』はいま見ても面白い名作といえるけれど、これは歴史の遺産という以上のものではないと思う。

それにしても、米国の高校はこんなに金持ちと貧乏人の経済格差による階級制度みたいなものがあるんだろうか。そのあたりもあまりぴんとこない。『ベイビー・イッツ・ユー』のジョン・セイルズ監督は「高校生活は民主主義の最後の砦だ」と発言していたそうだけれど、どちらが正しいんだろう。

モリー・リングウォルドは特に可愛いとは思えないけれど、赤毛と緑の瞳の取り合わせが『赤毛のアン』以来の少女小説の伝統に則っているのでヒロインとしては良いのだろう。

父親役のハリー・ディーン・スタントンが、出てきただけで生活能力のない駄目男だとわかるのでおかしかった。もちろん奥さんにはすでに逃げられている。『パリ、テキサス』と同じだ。[★★★]

2005-01-29 07:32 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『サード』

amazon: サード

1978年 / 日本 / 監督: 東陽一 / 脚本: 寺山修司

少年院と少女売春の閉塞した青春映画。「援助交際」ブームを20年先取りした作品?

冒頭の「番号で点呼するのを拒む」場面から始まって、少年院とそこに投げ込まれた主人公の描写は細かい積み重ねに説得力がある。ただし回想される「少女売春」の描写になると、主人公が道行く人に片端から「兄さん、女子高生どうですか?」みたいに声をかけたりと、そんなので成功するのだろうかという怪しげなものになって、緊張感が薄れてしまう。この当時は題材だけでも衝撃的だったということなのかな。あと森下愛子の台詞棒読みぶりにびっくりした。[★★★]

2005-01-29 06:29 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-28

『みなさん、さようなら。』

amazon: みなさん、さようなら

Les Invasions Barbares / 2003年 / カナダ・フランス/ 監督: ドゥニ・アルカン

昨年なぜか多かった、老いた親の死に目を子供が看取る映画のひとつ。かつてはマルクス主義者として鳴らしたらしいもと大学教授の父親が、これまで疎遠にしていた資本主義の申し子たる金満息子の手配で安楽な死を迎える。TVでは9.11の映像が時代の転換を告げている。つまり社会主義者の緩慢な死を描いた映画ということなんだろうけど、世代的な思い入れのある人ならともかく僕にはどうでもいい感傷としか思えず、ちっとも面白い題材には感じられない。唯一良いのは麻薬中毒の女を演じるマリ=ジョゼ・クローズが綺麗に撮られていることくらいだろう。この人ははじめて見た『渦』でもクローズアップされていたけれど、青い瞳が美しい。しかしどの映画でも、綺麗なんだけど生活が荒れていて付けいる隙があるという、似たような役を振られている気がする。[★★]

2005-01-28 22:36 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-27

読書関連メモ

SUBCONSCIOUS TUNNELS by JOHN UPDIKE(The New Yorker) ジョン・アップダイクによる村上春樹『海辺のカフカ』英訳版の書評(Vrai-Faux Passeport経由)。知られている日本作家の数が少ないせいもあるだろうけど、安部公房が引き合いに出されている。そう言われると意外と外れていないかも。

『ミステリマガジン』2005年3月号の年間回顧特集を拾い読み。早速『パズル』を挙げている物好きの人は福井健太、法月綸太郎両氏あたりか。法月氏の言及しているシオドア・スタージョンの「隔壁」が気になった(『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』創元SF文庫の上巻に収録)。

2005-01-27 00:31 [topic] | Permanent link | Comments (2)

2005-01-26

アカデミー賞候補発表

同じ作品から主演の男女ノミネートって最近あまり見なかった気がする。賞の行方には正直あまり興味ないのだけれど、候補作では『サイドウェイ』の公開が楽しみ。アレクサンダー・ペインはいつのまにかアメリカ新世代監督の出世頭みたいになったなあ。

2005-01-26 23:28 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-25

本日のリンク記事

アントワーヌ・ベロ『パズル』(密室系blog?) おお、絶賛されてます(笑) お薦めの本なので大変嬉しい。レムの架空書評は確かに引き合いに出されてもおかしくないでしょうね。

阿部和重『グランド・フィナーレ』発売へ 帯によると「文学が、ようやく阿部和重に追いついた」だそうで……。

2005-01-25 21:52 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『三十九夜』

amazon: 三十九夜

The 39 Steps / 1935年 / 英国 / 監督: アルフレッド・ヒッチコック

ヒッチコック英国時代の作品。『プリーストリー氏の問題』の解説で類似が指摘されていたけれど、後半は本当に美女と手錠に繋がれて逃避行をする「手錠プレイ」の映画になる。靴下を脱ぐところをしつこく撮る場面など、いやらしい感じが出ていて良い。ただしこの映画の主人公は相当な色男なので、行く先々で女性に助けてもらえたり、「身を隠すため」と称していきなり通りすがりの女の唇を奪ったりするのだけれど。

主人公が無実の罪で追い回される典型的な巻き込まれ型スリラーで、列車が舞台になるところは『バルカン超特急』に通じる。この時期の作品はよく「国家機密」だとかが平気で題材になっていて、個人的にはいま見るとはったりにしてもちょっと大仰に感じてしまうところがある。場面ごとには面白いのだけれど、そのあたりの背景の古さがいくぶん乗りにくいのは否めない。第二次世界大戦の頃なので、当時はそれなりに説得力があったのかもしれないけれど。

劇場の見世物から始まって、また劇場で終わる。劇場は日常から非日常の世界への入口ということだろう。もちろん映画館も似たようなものだ。[★★★]

2005-01-25 20:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ブラフマンの埋葬』 小川洋子

bk1: ブラフマンの埋葬

講談社 / ISBN:4-06-212342-8 [amazon]

どことも知れない町の〈創作者の家〉で働いている「僕」はある日、森からやってきた「ブラフマン」と出会い、飼いはじめる。

例によって登場人物にも土地にも名前が付けられず、死と喪失の予感をたたえた閉じた世界が淡々とした語り口で描かれる。町には墓石を切り出す採石場があり、墓に銘文を刻む「碑文師」が住んでいて、題名にもあるように「ブラフマン」はやがて埋葬されるはずだ。

森の獣であるらしいこの「ブラフマン」がどんな動物なのかはっきりわからないまま進むのが特徴で(栗鼠の類のようにも思えるけれど、裏付けはない)、語り手がわざわざ観察記録のような記述を挟み込むにもかかわらず、その実体は一向に像を結ばない。ブラフマンは主人公の思い出のなかにのみ生きていて、我々にはその姿が見えない存在なのだ。ペットの思い出を語る話にもかかわらず、まったく感傷が入り込んでこないのはそのあたりのねじれた感じがあるからだと思う。

正体不明の動物を何事もなかったかのように描写していく語り口や、「僕」の受け答えの遣り取りなどが、いかにも村上春樹風に作っているようで今回はちょっと気になってしまった。まあ、小品としては面白いと思います。

2005-01-25 08:27 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-23

『パッチギ!』

2005年 / 日本 / 監督: 井筒和幸

井筒監督の作品はこれまで特に興味がなくて見ていないのだけど、この新作は予告編が良さそうだったので見に行ってみた。なかなか愉しめる娯楽映画で、前評判が良いらしいのも頷ける。

恋した娘が実は敵対する不良勢力を率いる番長の妹だったという、『ウエスト・サイド物語』の京都・在日朝鮮人版みたいな話で、時代設定を昔(1968年)にすることで堂々と古臭い青春メロドラマをやってしまおうという趣向。時宜を得た題材をあくまで泥臭くまとめて、間口の広い娯楽作品に仕立てていて良かった(学生運動時代を懐かしむ年配の観客から、不良漫画好きの中高生まで愉しめるのでは)。ところどころで「これはないだろう」というような綻びがあるのを、「イムジン河」の唄の力業で押し切った感じはあるけれど。終盤には複数のクライマックスが同時並行で描かれる『ゴッドファーザー』みたいな方式になって盛り上がる(もちろんスケールはずっと小さい)。多少むりやりにでも登場人物の「生死」をめぐる出来事が起こるのは、このあたりの感じを出すためもあるだろう。

出演者では、ヒロインの沢尻エリカが絵に描いたような美少女で可愛らしい(三つ編み姿が韓国映画『ラブストーリー』の主演女優に似ている気もする)。その他も主役級のキャラには無名の俳優がそれぞれはまっていて、映画の内容で勝負しようという感じなのが好感を持てた。[★★★★]

2005-01-23 23:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ジェイコブス・ラダー』

amazon: jacobs_ladder

Jacob's Ladder / 1990年 / 米国 / 監督: エイドリアン・ライン

印象としては『ジョニーは戦場へ行った』の「悲惨な兵士の夢想」に『ローズマリーの赤ちゃん』の陰謀論妄想を足したヴェトナム戦争版、という感じ。

物語の枠組みがどうこうよりも(題名からしてある程度結末の想像はつく)、悪夢と幻覚症状をいかに映像化するかということに焦点を絞った映画だろう。その意味では、地下鉄で亡霊を目にする場面なんかも不気味で迫力があるけれど、個人的にはダニー・アイエロの整体師の治療を受けていると光の加減で後光がかかって見えてしまう場面だとか、普通の日常生活に奇怪な違和感が忍び込んでくる、現実の足場がわからなくなる感じに独自性があると思った。幻覚症状をショック映像で描いた『レクイエム・フォー・ドリーム』あたりもこの映画の延長上にあると思う。

少し前の作品(1990年)のせいか、それ以降に作られた例えばデイヴィッド・リンチの諸作(『マルホランド・ドライブ』とか)に比べると説明がつきすぎているのが気になるけれど、なかなか先駆的な作品だったといえるんじゃないだろうか。『ジョニーは戦場へ行った』を見たとき、モノクロの現在パート(病室の場面)を抜いたらデイヴィッド・リンチの近作みたいになるんじゃないかと考えたことがあり、この作品はそれに近いことをやっている。[★★★★]

2005-01-23 09:44 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-22

ピーター・ウィアー DVD-BOX

ピーター・ウィアー監督のオーストラリア時代の初期4作品、『ピクニック at ハンギング・ロック』『キラーカーズ/パリを食べた車』『ザ・ラスト・ウェーブ』『ザ・プラマー/恐怖の訪問者』を収録。このなかでは唯一見たことのある『ピクニック at ハンギング・ロック』は、従来版より映像が綺麗になっているらしい。ちょっと気になるのだけれど、どのくらい需要があるんだろう……。個人的には『ザ・プラマー/恐怖の訪問者』[amazon]は前から探していた作品なので、見られるようになるのは嬉しい。

ピーター・ウィアー監督作品では、何度か書いているけどジェフ・ブリッジス主演の『フィアレス』[amazon]がとても好きです。主人公が最初から最後まで奇行を重ねて、それをひたすら淡々と撮りつづけるのでまったく感情移入できないという傑作。(褒めてます)

2005-01-22 19:11 [topic] | Permanent link | Comments (18)

「ブログ」の発音問題

NHKの番組は見逃してしまった。「ブログ」の発音の違いは「彼氏」と「カレシ」みたいなものですかね。リンク先の記事を見たらウェブでは「カレシ」発音が多数派のようで安心した。文字媒体で広まった言葉だから人によって読み方が違うかもしれない。

ところでこちらは多数派かどうか知らないけれど、昨今のブログ隆盛以前から個人ウェブサイトをやっていると、自分のウェブ日記を「ブログ」と自称するのには多少の抵抗を感じるものがあります(何かヒップホップ系の人が歌詞じゃなくて「リリック」と呼ぶような気恥ずかしさがある)。少なくとも「ブログ」と「エントリ」という言葉は自分のところではなるべく使いたくない。あくまで自分の範囲に限った話なので、他の人がそう自称したり呼び合ったりするのは別にかまわないけれど。

2005-01-22 13:15 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-21

『闘争領域の拡大』 ミシェル・ウエルベック

bk1: 闘争領域の拡大

Extension du domaine de la lutte (1994) / 中村佳子訳 / 角川書店 / ISBN:4-04-791487-8 [amazon]

「当代最強の鬱作家」((c)柳下毅一郎)ことウエルベックの第一作。何かものものしい題名だと思ったら、恋愛とセックスが自由市場になったいま、金銭の多寡とは別にそこでも勝者と敗者があらわれる、我々の「闘争領域」は広がっている、というようなことを示すらしい。

鬱気味プログラマの視点による身辺雑記の読み心地は悪くないけれど、社会や身の回りの出来事を厭世的に分析する、普段は包み隠すようなことでも容赦なく暴いてしまう、という種類のテキストはいまやウェブ上でよく目にするので、さほど新鮮味はないかなあ。

2005-01-21 20:29 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-20

本日のリンク記事

「萌える文学 Girl's Side」 福永武彦『草の花』の紹介がハイテンションで面白い。さらにAmazonの詳細ページを見たら、ユーズド価格「1円」で売られていたり(送料もかかります)、カスタマーレビューで「こんな不愉快な小説は見たことがない」とけなされていたりと、いろいろ大変。

手錠の鍵 〜「三十九夜」 「ヒッチコック + 手錠」で検索したら真っ先に出てきたページ。「私の興味は、手錠をかけられている状態からどのようなドラマが生まれるかということにあった。」って、いかにもアントニイ・バークリーの小説にでも出てきそうな台詞だ。『三十九夜』は1月24日にNHK-BS2で放送があるので見ておこうか。

池澤夏樹『世界文学を読みほどく』(読むまで死ねるかっ) 面白そうなんだけど、実は取り上げられている本をろくに読んでいないのが問題。『白鯨』はちょうど岩波文庫の新訳が出ているので、読み通そうかなあ。(というのが今年の読書の目標)

2005-01-20 22:41 [topic] | Permanent link | Comments (1)

2005-01-19

『博士の愛した数式』 小川洋子

bk1: 博士の愛した数式

新潮社 / ISBN:4-10-401303-X [amazon]

言うまでもなく大評判になった本ですが、いまさら読む。Amazonを見たらすごい数のカスタマーレビューが付いていて驚いた。(本日時点で153件)

話の骨組みは『沈黙博物館』とそう変わらない。主人公は現実離れした人物に雇われて、仕事をしながら何かを教えられていく。登場人物にはやはり名前が与えられず(母親が息子を呼ぶときも作中の綽名「ルート」を使うという徹底ぶり)、題名からして過去形の淡々とした語り口で、繰り返し失われていく「博士」の生の記憶と、数式の永遠の美しさが対比される。

この配置はたしかによくできているのだけれど、数学に関する「知識」の面白さに寄りかかった話なのが個人的にはいくぶん物足りなく感じるのと、先に書かれた北川歩実の『透明な一日』(1999年)と「記憶障害の元研究者」という設定が似通っているのが気になった(別に他意はなく、自分にとって題材の目新しさが薄れたということで)。『沈黙博物館』のゴシック的な不気味さのほうが好きではあった。その自閉的な感じがなくて、息子ルートの成長を配置して「開かれた」印象を与える作品になっているので、こちらのほうが一般受けするのは頷けるけれど。(誕生日を祝おうとしてトラブルが起こる場面などは、映画『ギルバート・グレイプ』みたいだ)

2005-01-19 22:52 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-18

『春、バーニーズで』 吉田修一

bk1

文藝春秋 / ISBN:4-16-323480-2 [amazon]

買い物の途中で昔の恋人と再会する。子供を連れた帰り道で若い女と知り合う。それだけだとよくある日常の風景のようなのだけれど、この作品では、その昔の恋人が「オカマ」である、子供は妻の連れ子である、といった設定でそれらが微妙にひねりのある場面になっていく。こういう「日常の亀裂」みたいな瞬間を描いて、人はそれぞれの役割を演じているにすぎない、という感じを浮かび上がらせるのはやはり吉田修一は巧いなあと思った。連作短篇集の形式が効いていて、後半の「夫婦の悪戯」「パーキングエリア」にある破局の予感のようなものが、前半の積み重ねによって面白くなるような構成になっているのもいい。

ただ、一冊の本としてはあまりに分量が少ない。新刊書店で見かけたときは、薄い本のうえに1ページあたりの文字数が極端に少ないので、正直なところ買うのを控えてしまった。(同じ文春から出ている『パーク・ライフ』もそういえばえらく中途半端な分量だった)

2005-01-18 23:10 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-16

『聖なる怪物』 ドナルド・E・ウェストレイク

bk1: 聖なる怪物Sacred Monster (1989) / 木村二郎訳 / 文春文庫 / ISBN:4-16-766188-8 [amazon]

『斧』『鉤』のダーク・サスペンス路線の作品をもうひとつということで、未訳だった1989年の旧作を掘り出してきたとのこと(訳者あとがきより)。老いた映画俳優の経歴をインタビューしていく話。残念ながらこれまで訳されていなかったのはそれなりの理由があったようで、さほど良い出来の作品には思えなかった。老優が来し方を振り返る物語と裏に何か仕掛けがあるという趣向が合っていなくて、結局後半の展開からすると物語の多くの部分が単なる回り道になっているように見える。

主人公の回想に出てくるある人物が妄想上の人格なのかと疑っていたらそうではなかったのが最大の驚き。

2005-01-16 23:11 [book] | Permanent link | Comments (0)

『文学の徴候』 斎藤環

bk1: 文学の徴候文藝春秋 / ISBN:4-16-366450-5 [amazon]

舞城王太郎・佐藤友哉など最近の作家から大江健三郎・石原慎太郎などの大家まで、文学作品にあらわれる「精神病理」的な事象を読み解いていく評論集。読みづらい本だった。まず作者はその作家に関する先行の批評に言及しながら論を進めていくのだけれど、その部分が長い上にほとんど読者がその言及先を把握している前提で書かれているので、文脈を拾いにくい。『文學界』連載時ならこれでも通じたのかもしれないけれど、単独の著書として出すのならもっと整理してくれてもいいのではないかと思う。

また、それぞれの作家に精神医学の用語を当てはめていくのはいいけれど、それが個別の作品を面白く読める切り口になっているようには思えない。思うに、精神医学というのは症例をある程度パターンに分類していくものだろうから、その作品固有の面白さを見出すこととは相反することになるんじゃないだろうか。

ただ、各作家論を見ていくと面白い指摘も結構あって、個人的には小川洋子論(村上春樹との比較)と笙野頼子論(徹底したひきこもりが可能なのは男性より女性ではないかという仮説)、あと島田雅彦論(「島田は細心の注意を払って、〈下手な小説〉を書き続ける」(p.167))なんかは興味深く読めた。でも全体としてはあまりコストパフォーマンスが良いとはいえないと思う。

滝本竜彦・佐藤友哉の章で風野春樹さんの名前が出てきてちょっと驚いた(p.27)。ひきこもり系作家の旗手として滝本竜彦の存在を斎藤氏に教えたのだそう。

2005-01-16 20:00 [book] | Permanent link | Comments (2)

『ネバーランド』

Finding Neverland / 2004年 / 英国・米国 / 監督: マーク・フォースター

子供の国、ネバーランドとピーター・パンの誕生秘話。これはジョニー・デップつながりでギリアムやバートンみたいな強烈な夢想家が撮れば面白い題材なのかもしれないけど、普通の監督が撮ってもありきたりな「いい話」になるだけなんじゃないか……と適当に予想していたら、本当にその通りの映画だったので、特に書くことがない。とりあえずケイト・ウィンスレットの役は要らないんじゃないだろうか。「ウェンディ」に重ねているのはわかるにしても、病弱なはずの役なのに全然そう見えないのが困る。周りの子役の演技もわざとらしくて見ているのがつらかった。台詞で全部説明してしまう脚本もあまり上出来とはいえない。ミラマックス製作映画によくある欧州趣味のコスプレ時代劇という以上のものではないと思う。

『ゴスフォード・パーク』の新米メイド役が印象的だったケリー・マクドナルドが作中劇のピーター・パン役で出ていた。[★★]

2005-01-16 18:01 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-15

ミルハウザーの短篇小説が映画化?

【映画】エドワード・ノートンが「The Illusionist」に出演(見てから読む?映画の原作)の記事によると、 スティーヴン・ミルハウザーの短篇代表作のひとつ「幻影師、アイゼンハイム」(『バーナム博物館』収録)がエドワード・ノートン主演で映画化されるらしい。ミルハウザーの小説に映画化なんて話を聞くとは思わなかった。上の記事でも書かれているけど、クリストファー・プリーストの『奇術師』の映画化とかぶらないんですかね。

ところでエドワード・ノートンといえば、みずから監督・脚本・主演でジョナサン・レセム原作の『マザーレス・ブルックリン』を映画化する話があったけれど、IMDbによるといつのまにか"in production"(撮影中)になっている。これも本当に公開されるなら楽しみ。(字幕つけられるんだろうか)

2005-01-15 20:21 [topic] | Permanent link | Comments (2)

本日のサイトいじり

本文の背景色が濃いめの色だと読みにくい気がしてきたので、配色を変えてみた。

あとRSSから個別記事へのリンクがおかしかったので、直しています。

2005-01-15 08:11 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-14

『ハウルの動く城』関連記事

宮崎駿監督の海外でのインタビュー記事の翻訳など。いまさら読んだのだけど、今回、宮崎駿は日本国内での発言を自粛する方針のようなので、貴重な記事じゃないだろうか。

面白くないからこれはやめた、やめたってやってくうちに自分のスタッフも「よく分からん」という作品になってしまって、私はとても困ってるんです(笑)

なんて、えらく正直そうな発言もあった。

ベネチア映画祭関連記事集では、『リベラシオン』紙の批評の以下のくだりが面白い。

これは驚異的な映画のほんの出だしに過ぎず、語りと時代と場所の一貫性の要素を崩していくことにかけて宮崎はデビッド・リンチの『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の七日間』に匹敵する。

もはや褒めているのか貶しているのかわからないというか……。実は僕も『ハウルの動く城』を見たとき、登場人物の形状が定まらないので、リンチの『ロスト・ハイウェイ』みたいな映画だと思ったことがある。

2005-01-14 21:38 [topic] | Permanent link | Comments (0)

本日のリンク記事

「○○族」から「○○系」へサイコドクターぶらり旅より) これだけ突っ込みどころだらけの記事は久しぶりに見た気がする。歴史改変系? そもそも「○○系」が「○○族」の言い換えなのだとしたら、かの「太陽族」は「太陽系」になってしまうじゃないですか。

大藪春彦『暴力租界』はすごいらしい (アヌトパンナ・アニルッダ) 登場人物じゃなくて作者が『メメント』状態なわけですね……。しかも繰り返されるのが誰が女を犯すかの争いだというのが哀しい。ミステリ板@2chのこのスレッドを思い出したよ。(探してみたらまだあったのか)

2005-01-14 21:07 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-13

『マインド・ゲーム』

amazon: マインド・ゲームMind Game / 2004年 / 日本 / 監督: 湯浅政明

昨年評判の良かったアニメ映画だけれど、どうも良さがよくわからない。

臨死体験を経て日常生活の素晴らしさを肯定するに至る話なのだけど(些細なことから運命が分岐していく『偶然』『スライディング・ドア』『ラン・ローラ・ラン』の系譜も入っている)、情けない主人公がいきなり前向きになっていく過程が唐突なので、薬をやってトリップしているか宗教に目覚めてしまったか、そんな感じにしか見えない。この主人公も単に冴えない男としてしか描かれていないので、観客がどうしてこの人物に肩入れしないといけないのかもわからない。原作は「ロビン西」という人の漫画なのだそうで、つまりこの同じ名前の情けない主人公は自分だということなのだろうか。そうだとしたら「裸の自分」を描いたことにすればそれだけで許容されるという、何だか安易な考えのように思える。

全篇、関西弁で通しているのは珍しい感じで、そこは良かった。[★★]

2005-01-13 23:21 [movie] | Permanent link | Comments (3)

芥川賞に阿部和重「グランド・フィナーレ」

第132回芥川賞は阿部和重が受賞 これで芥川賞への長い旅もめでたくグランド・フィナーレ、ということで……。受賞作を読んでいたのは久しぶりの気がする(→感想)。もっと長く書けそうな題材をさらっと梗概程度にまとめた感じの作品だったので、芥川賞の枚数規定にでも合わせていたんだろうか。

2005-01-13 21:29 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-12

『アジアの岸辺』 トマス・M・ディッシュ

bk1: アジアの岸辺

The Asian Shore / 若島正編 / 国書刊行会 / ISBN:4-336-04569-0 [amazon]

SF作家としてのディッシュがどういう存在なのかよく知らないのだけれど、この作品集は黒に統一された装丁からして、ブラック・ユーモア選集・異色作家短篇集の流れに通じる内容になっていて、切れ味良く愉しめる。例えば収録作の「争いのホネ」は、イヴリン・ウォーの『囁きの霊園』あたりの黒い笑いに近いと思う。

男女関係から創作活動まで、あらゆる切り口から米国社会を諷刺する作品集。SFというのは現在とは異なる別の文明や社会を描くものだろうから、その外部の視点から現代社会を描けば諷刺することになるのも当然なのかな。イスタンブールを訪れたアメリカ人作家が外の文明との狭間で自分を見失ってしまう表題作「アジアの岸辺」も、その流れで読める。

徹底して現代社会を諷刺した作品集という意味で、内容的に近いと思うのがパトリシア・ハイスミスの『世界の終わりの物語』なのだけど、ハイスミスの作品のように「なぜそこまで」という俗世間への猛烈な嫌悪感がにじみ出ているわけではなくて、理知的に制御されている作品という感じを受ける。どんな題材をとりあげても切れ味が鈍らない万能ナイフのような小気味良い作風で、その器用さに感心するけれども、作者自身が何を描きたいのかというこだわりや執着みたいなものが全然見えてこないのが奇妙な感じもした。

よくできた作品が多かったけれど、個人的には「話にならない男」が面白かった。ひとつ前の作品「犯ルの惑星」(これは原題が"Planet of Rapes"で、絶対題名から思いついた話に違いない)と似た内容で、人間関係のすべてが社会システムに還元されてしまう世界の話。主人公の男は、人と会話をするライセンスを手に入れるために上級者に対して何か気の利いた会話をしなければならない。これは滑稽な話のようなんだけれど、一面では実際の人間関係でこういう「ポイントを稼ぐ」ための打算で背伸びをして話をする羽目になることってあるんじゃないか、とも思って身につまされる。いまだったら主人公を「大手サイト入りを目指す初級テキストサイトの管理人」(別に書評サイトでもブログでもいいですが)とかに読み替えてみてもいいかもしれない。

2005-01-12 22:37 [book] | Permanent link | Comments (1)

韓流ブームを検証する番組

ウェブで情報を公開している報道機関のサイトのなかでも、朝鮮日報(日本語版)は妙に面白い記事が多くて近頃愛読している。

最近の記事では、韓流ブ−ムの裏側に迫る番組放送へというのがあった。

 東南アジアや中国、日本で巻き起こっている韓流ブームに果たして明るい未来はあるのか。「ヨン様」や『冬のソナタ』に代表される韓流ブームの裏側に迫る。

(中略)

 しかし、韓流ブームに対する逆風も吹いている。制作陣は「日本は韓国に負けない、おばさんたちがどうかしてる、恥ずかしい」と言う17歳の日本の女子高生とのインタビューを通じて韓流ブームに隠された日本のまた別の面も共に紹介する。

こうなるとほとんどパロディ番組みたいだな……。どんな感じなのかちょっと気になるので、NHKあたりで放送してくれないかな。

2005-01-12 00:23 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-11

『沈黙博物館』 小川洋子

bk1: 沈黙博物館

ちくま文庫 / ISBN:4-480-03963-5 [amazon]

小川洋子の作品ははじめて読んだのだけれど、これは好みの作風。他の作品も読んでおこうと思った。

村を訪れた博物館技師の「僕」が、死者の形見を収蔵する博物館を完成させるために雇われて、村に出た死者の形見を盗み集めていく。

どことも知れない場所で奇妙な仕事を遂行していく。村上春樹やポール・オースターの作品に通じる、ミステリ風の筋立てが入った寓話のような話で、題名を挙げると『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『ムーン・パレス』にそれぞれ近いところがある。実際、作者のインタビュー記事作家の読書道:第29回 小川洋子でも、両作家の名前が言及されていた。ただ、女性作家があえて男性一人称「僕」の文体を借りて語るという迂回があるためか、この主人公「僕」の周囲には性的なロマンスが発生しそうな気配がないのが新鮮だった。

この小説を読んですぐわかる特徴は、地名や人名などを示す固有名詞が一切出てこないこと、地の文の文末が過去形(〜だった)に統一されていること。このどちらの特徴も物語の内容と申し分なく合致している。名前のない世界だからこそある人物が生きていた証は「形見」しかないのだし、主人公たちはすでにこの世にない死者の人生を後から過去形で語り直すことしかできない(彼らは死者が出るのを押しとどめようともしない)。上記のインタビュー記事に「静謐」な世界という言葉が出ていて、たしかにその通りなのだけれど、その印象はこの淡々とした語り口によるものが大きいと思う。堀江敏幸の解説が言うように、「僕」はすでに死んでいてこれは幽霊の物語なのではないか、という不思議な感じもある。

この「博物館を作る」ことは小説(物語)を作ることに対応するのではないかと思いながら読んでいた(その人が生きていた証となる適切な「形見」を見つけることは、物語において人物を描くことにつながる)。なので、この博物館に対する登場人物それぞれの態度の違いが後でドラマを生むのではないかと予想していたのだけれど、あまりそういう展開にならなかった。個人的にはそこがちょっと物足りなくはあるものの、充分堪能できる小説だった。

ところでこの「博物館」のカタログを本当に描いてしまうと、エドワード・ケアリーの『望楼館追想』になるかもしれない。

2005-01-11 21:35 [book] | Permanent link | Comments (12)

2005-01-10

『世界の中心〜』と『ほしのこえ』の類似点

Beltorchicca(2005/01/03)で話題が出ているけれど、僕も『世界の中心で、愛をさけぶ』の映画版(→感想)を見たとき、『ほしのこえ』に似ていると感じた。

その印象が強かったのは、『ほしのこえ』では「携帯電話」、『世界の中心〜』では「ウォークマン」(カセットテープ)がそれぞれ交換日記ツールとして物語の前面に出てくるからだった(ヒロインからの「最後のメッセージ」が遅れて届くのも同じ)。ただ、『世界の中心で、愛をさけぶ』作品群の比較という記事を見ると、ウォークマンが物語の鍵になるのは映画オリジナルの脚色で(ドラマ版もこれを踏襲しているらしい)、小説版では普通の交換日記のようだけれど。でもウォークマンを登場させたのは昔の想い出との距離感を出していて、うまい脚色ではないかと思う。

このふたつの作品、全然マーケットが重なっていなそうなのに似通ってしまったようなのが面白いなと思った。片方を好きな人がもう片方の作品を見たらどう感じるんだろう。

2005-01-10 22:57 [topic] | Permanent link | Comments (0)

現時点での課題

試行錯誤の結果、とりあえず見られるようになったので公開してしまいますが、現時点でいくつか機能に不備があるのを確認しています。

  1. 右上"Search"ボックスのサイト内検索が、指定したキーワードによってはエラーになる。
  2. コメント投稿後、ブラウザをリロードすると二重投稿になる。

1.はblosxomのfindプラグインをそのまま使っているので、Shift_JISとの文字コード関係の問題かなあ?

2.はblosxomのwritebackプラグインの仕様のようで、対策を講じるのに手間がかかわりそうなのでしばらく放置しておきます。もし二重投稿のコメントを見つけたらこちらで削除しますので、特に告知しなくてもかまいません。

他にも直したほうが良さそうな点があるので、追い追い手をつけていきます。

2005-01-10 22:08 [topic] | Permanent link | Comments (0)

blosxomを導入しました

blosxomを導入して模様替えをしました。最新日記RSSのURLが変わります。今後はこちらで更新します。

過去日記はこのまま残しておきます→(旧)中二階日誌(2004年8月〜2005年1月)

2005-01-10 21:15 [topic] | Permanent link | Comments (0)