2005-12-31

映画感想(2005年12月)

ようやく今月分までたどり着いた。

■『ある子供』 L' Enfant (2005)

ダルデンヌ兄弟の新作はカンヌ映画祭で賞を獲ったそうだけれど、これまでの作品よりは落ちると思う。

彼らの映画では最初にモラルの荒廃した状況があって、そこからモラルの回復と和解の予兆が示されるまでを描く、というのがパターンになっている(『イゴールの約束』『ロゼッタ』『息子のまなざし』と、どの作品もそう)。今回の『ある子供』でも主人公が不道徳な行いに手を染めるのだけれど、それが単なる軽率さによるもので、やむにやまれぬ必然性のようなものがないし、モラルを取り戻すのに何らかの現実的な障害があるわけでもない。結果として、作中でモラルが回復されるのかどうかという点にスリルが生じていなくて、どうせ主人公が懺悔して終わるんだろう、という結末がはじめから想像できてしまう。ドキュメンタリー的な撮り方をしている映画は、こういう甘さや作為が透けて見えると一気に醒めてしまうところがある。[★★]

■『ロード・オブ・ドッグタウン』 Lords of Dogtown (2005)

1970年代、スケートボード流行の発信源となった若者たちを描く青春映画。スケボー乗りの場面がきちんと撮られていて見ごたえがあり、スケボーをめぐるアメリカの社会環境がある程度わかるようになっているのも興味深かった。

例えば、アメリカの郊外住宅には決まって庭にプールがあるけれど(『泳ぐ人』を参照)、主人公たちは無断でそこに侵入して、水の入っていないプールでスケボーの曲芸乗りを練習しはじめる(またその前に、もともと彼らは海岸を締め出されてサーフィンからスケボーに転向した経緯がある)。プール付きの家の住人は当然それなりの金持ち階級で、対してスケボーをやるようなストリートの若者はほとんどが貧しい家庭の出身。つまりスケボーの曲芸乗りはゲリラ的な階級闘争でもあったのだ、とまで言えるかどうかは知らないけれど、そういった周辺の社会状況も読み取れる。監督のキャサリン・ハードウィックは『サーティーン』の人で、若者の家庭環境、特に荒れた家庭を描くのが得意な人のようでもある(そうした社会的な問題を背景にとどめて主張しすぎないのも良かった)。

というわけで面白かったけど、僕は運動神経が悪くてこういう遊びに乗れなかったくちなので、見ていると若干の疎外感をおぼえるのも否めない。

映画館を出るとき、可愛い男の子の裸がいっぱい見られて良かったねえ、と満足げに語り合うお姉さんたちの声が聞こえてきた。なるほど、そういう需要にも応えているのか……。[★★★]

■『ロード・オブ・ウォー』 Lord of War (2005)

ナレーションの多い映画はすなわち駄目な映画である、という法則をそのまま実証する映画。要するに、映像で表現できていない(もしくは製作者が表現できた自信がない)からナレーションでくどくど説明しようとするわけでね……。

現代アメリカの影の部分として、冷戦後の第三世界で暗躍する武器商人を取り上げるという着眼点は面白いのだけど、主人公が平板で悪の魅力のようなものがないし、映画の終盤になってから弟が「目の前の人殺しに荷担するなんて耐えられないよ!」みたいな青年の主張をしはじめるのは突っ込みがぬるすぎる。いままでの2時間何をやってきたのかと思った。

思えばアンドリュー・ニコルの関わった映画はどれも、着想は面白いのにそれを薄っぺらい教訓話でまとめてつまらなくなっている気がする(『トゥルーマン・ショー』『シモーヌ』『ターミナル』など)。

イアン・ホルムの演じる冷戦時代の武器商人は政治的な目論見があって相手を選んでいたけれど、冷戦が崩壊してニコラス・ケイジの時代になったら儲かれば何でもいいということになってしまったという切り口は、現在の世界情勢と重ね合わせられそうで面白い。[★★]

■『キング・コング』 King Kong (2005)

久しぶりに映画らしい映画を観た充実感を味わった。今年映画館で観た作品では5本の指に入りそう。ピーター・ジャクソン監督はオリジナル版を9歳の時に見て感銘を受けたそうだけれど、観客側も少年の心に戻ったつもりで愉しむのが吉だと思う。コング対恐竜のバトルがすげえ、みたいな。

『指輪』は正直言うとモンスターとの追いかけっこが必要以上にくどかった気がして苦手なのだけれど、今回はそれ自体が主題なのでストレートに面白い。CGとわかっていても思わずねじ伏せられてしまう映像の迫力は何なのだろう(もちろん、いかにもCGに見えてしまう場面も多少あるけれど)。特にエンパイアステートビル頂上の決戦でいまさら手に汗握ることになるとは思わなかった。ナオミ・ワッツの背後から恐竜が忍び寄ってきて観客席が微妙にざわつくという「志村、後ろ後ろ」体験だとか、そういった見世物小屋みたいな演出も含めて、映画館へ見に行く甲斐のあった映画。

ただ、この内容で3時間を超えてしまうのは長すぎると言われても仕方ない。これは個々の場面にかける時間が長くなっている積み重ねで、例えば船が島に接近して岩にぶつかりそうになる場面とか、恐竜にひたすら追いかけられる場面とか、あんなに長く繰り返す必要があったんだろうか。たぶんこれが監督のリズムなんだろうけど、どうもしつこすぎるように感じてしまう。

ところで元恐竜好き少年としては、大猿一匹よりも恐竜があれだけうようよ生息していることのほうが「世界の驚異」に違いないと思う。なぜ恐竜に見向きもしないで帰るのかと小一時間(略)。

あとは1933年の『キング・コング』オリジナル版(近所の本屋で500円のDVDが売っていた)と比較して、気がついたことを。それにしてもピーター・ジャクソン版の後に見ると話がやたらさくさく進む。

  • 旧版では島の原住民が文明人として描かれていることに驚愕した(対話・交渉している)。新しいピーター・ジャクソン版では話も通じそうになく、むしろ退化している。

  • 旧版は女優の内面描写がない。対してピーター・ジャクソン版ではそこをじっくり見せて、観客の視点をナオミ・ワッツに合わせるようにしている。

  • 旧版の映画監督カール・デナムは目的のためなら手段を選ばないあくどさ、非情さを感じさせるのだれど、ジャック・ブラックは基本的に三枚目のコメディアンであり、その種の悪徳は感じられない。ミスキャストだったのではないか?とも思うけれど、ジャクソン監督自身に体型が似ていてある程度名前の売れている俳優が他に見つからなかったんだろうな……。

  • 美女が野獣に襲われる話なので、旧版には当然見世物小屋的なエロティシズムがある。女優はコングに服を脱がされそうになるところを救助される(そもそもコングの顔がエロオヤジにしか見えない)。ピーター・ジャクソン版ではこの要素が排除されて、ふたり(?)の関係はあくまでプラトニックな心の結びつきということになった。

個人的には最後に書いた「エロ要素の排除」という点がいちばん大きな改変ではないかという気がしている。オリジナル版を見てから考えると、わざわざ女を野獣の島へ連れて行くのにお色気がないのはちょっと不自然ではある。そうすると、元々あったコングが男の性欲(=野獣)を体現した存在であるという意味付けも変わってくる。

ちなみに、ナオミ・ワッツがコングに恋愛感情を抱いている、と要約した感想をいくつか見かけたけれど、あれは対等な関係ではなくて、『風の谷のナウシカ』でいえばナウシカが王蟲(オーム)に注ぐ親愛の情みたいなものではないだろうか。髑髏島で怪しげな巨大昆虫がわらわら出てくるのは『ナウシカ』へのオマージュに違いない、という説を提唱してみたい。[★★★★]

■『秘密のかけら』 Where the Truth Lies (2005)

アトム・エゴヤンの新作に「ナレーションの多い映画は(以下略)」という法則を適用することになるとは思わなかった。まあ、贔屓目に見てもあまり面白いとはいえない映画で、回想場面の入れ方のつまらなさなど、ロマン・ポランスキーの『赤い航路』の駄目さにきわめて近い。

1950年代に一世を風靡したコメディアンの凋落、そして女子大生の謎の死と、そもそも追及される事件が単なるスキャンダリズムの産物にしか見えなくて興味を抱けない。主演のアリソン・ローマンは綺麗に見える場面もあったけれど、全体的に化粧の濃すぎる役柄で何だか気の毒だった。[★★]

■『七人のマッハ!!!!!!!』 Born to Fight (2004)

どう見ても死人が出ているとしか思えないスタントです。本当にありがとうございました。

テロリストが村を占拠、そこに警察官が巻き込まれるという設定なので「タイ版『ダイ・ハード』」をやるのかと思いきや、各種スポーツ選手+警察官+村人たちが徒手空拳で特攻をかけるというバトルロイヤル状態になってしまう。やっていることは確かに過激なんだけれど、スローモーションの多用がいくぶん興を削いでいた。それにしてもアクションを延々と見せるためだけに話があるということを隠そうともしないのは、ポルノビデオと似た構造のような気がする(こういうのを見ると『ダイ・ハード』はやはり名作なんだと思う)。テロリストの軍装がポル・ポト派みたいに見えたのは気のせいか。[★★★]

■『ブレイキング・ニュース』 大事件 (2004)

『七人のマッハ!』と同じ映画館でやっていたので続けて見た。こちらもビルに立てこもった強盗団にヒーロー警察官が戦いを挑むという状況が『ダイ・ハード』を連想させる。とてもタイトなアクション映画。全篇の半分以上が銃撃戦のような感じで、特に冒頭のカメラがなめ回すように動く長回しの場面がすごい。それ以外の場面もほとんど淀みなく語られて小気味良かった。

ビルに立てこもっているのに突然本格的な料理大会が始まる、などの意表を突いた展開がそこここに見られる。ジョニー・トー監督のそのあたりの物語に没入しない外した感じは、コーエン兄弟の犯罪ものに近い気がする。

人質になる小市民のコメディ・リリーフぶりが多少しつこくて余計か(デブが笑いを取らなければいけないのは香港映画の宿命なんだろうか?)。あとケリー・チャン(時代に逆行した眉毛が印象的)の司令官があまり好意をもって描かれていないのは『踊る大捜査線』の真矢みきのように見えてしまった。[★★★★]

■『ALWAYS 三丁目の夕日』 (2005)

まさかこんなあざとい映画にやられるわけはないだろうと高を括っていたら、目の前に展開される「昭和の日常風景」テーマパークの完成度の高さに目を見張り、危うく本気で感動してしまうところだった(個人的には「指輪」のくだりの演出が少しやりすぎに思えて、そこで目が醒めた)。新興宗教の手口なんてお見通しだと思いながら試しに勧誘に付き合ってみたら、うっかり入信しそうになってしまった、そんな気分だ。恐ろしい映画だと思う。

どこまでか実写なのかわからない精巧な画面作りもさることながら、この作品ですごいと思うのは、日本全国のあらゆる人にこの映画を届けようとする意志が見えるところだ。それでいて『踊る大捜査線』の映画版のように、観客の鑑賞能力を低く見積もって適当にごまかしているわけでもない。そういう映画を見たのは『千と千尋の神隠し』以来のことのような気がする。昔は良かったという単純なノスタルジーそのものは肯定する気にはなれないけれど、この映画が日本国内の「共同幻想」装置として観客に広く受け入れられたということも含めて、色々と考えさせられる余地がある。

アメリカの映画で言えば、ロバート・ゼメキスの手法(自国の歴史とノスタルジーを捏造する)でフランク・キャプラの人情劇を演出した作品というと近いだろうか。キャプラの『素晴らしき哉、人生!』がそうだったように、出てくるエピソードや小道具がそれぞれ時代を象徴するものでありながら、時代を超えた登場人物の普遍的な感情とも深く結びついている、という基本を押さえているのが勝因ではないかと思う。それによって、体験したこともない昔の時代の暮らしに郷愁を催させるという詐術が可能になるのだ。[★★★★]

2005-12-31 03:48 [topic] | Permanent link | Comments (19)

2005-12-29

映画感想(2005年11月)

■『ミリオンズ』 Millions (2004)

ダニー・ボイル監督の劇場第一作『シャロウ・グレイブ』は、拾った大金を奪い合うブラックなサスペンスだった(広い意味では『トレインスポッティング』もそうだろう)。『ミリオンズ』はその原点に戻ったファミリー映画版という感じで、子供が主人公だから話をある程度道徳的なところに収めないといけないのだけど、主人公の少年を単なるありがちな「良い子」ではなくて聖人オタクという設定にしているのが面白い。近い時期に公開された『チャーリーとチョコレート工場』の主人公よりずっと魅力的だろう。劇中の季節がクリスマスに近づくにつれて、少年の見る「聖人」はだんだん時代が下ってイエス・キリストに近づいていく。

画面がカラフルで心地良いし、悪くないクリスマス映画だと思うのだけれど、子供がニット帽の泥棒と追いかけっこをする話だとどうしても『ホーム・アローン』に見えてしまうのが難か。[★★★]

■『ブラザーズ・グリム』 The Brothers Grimm (2005)

グリム兄弟は実はいんちき詐欺師だった!という冒頭のつかみは抜群なのだけれど、その後は別に主人公がグリム兄弟でなくてもいいような活劇が続いて失速。グリム兄弟が「物語」の魅力に目覚めるというところまで話をうまくつなげられていない。

グリム弟であるヒース・レジャーの眼鏡の似合いっぷりと、ヒロインのレナ・ヘディあたりはなかなか良いのではないだろうか。[★★★]

■『親切なクムジャさん』 Chinjeolhan geumjassi (2005)

白と赤の映画。冒頭から豆腐やケーキといった白い、つまり「浄化」のモチーフが出てくる一方で、例によって凄惨な流血場面も描かれる。清純派女優として知られるイ・ヨンエが赤いアイシャドウをつけて復讐の鬼に変身するのは、彼女が「白と赤」、純白と鮮血に彩られた映画を象徴する存在だからだろう。そして幕切れの場面では『オールド・ボーイ』と同じく、白い雪がすべての罪悪と流血を浄化しようとする。

『オールド・ボーイ』はゲーム的な閉鎖空間の愛憎劇として見られたのだけれど、今回の『親切なクムジャさん』は舞台となる場所が海外のオーストラリアまで出てきて多岐にわたり、TVというメディアも登場する。つまり『オールド・ボーイ』とは違って劇の時間と空間が拡散している。これが悪い方に出ている気がして、もともと無理のある筋書きが飛び飛びに提示されるせいで、場面ごとのつながりを欠いたコント集のようになってしまった。ナレーションが多いのは話がつながらなくて後から慌てて入れたんじゃないかと勘繰ってしまう。

とはいえ、個々の場面では突然見応えのある奇怪な出来事が起こったりするので侮れないのだけれど。クライマックスの展開がアガサ・クリスティの某有名作を髣髴とさせるのには笑いそうになった。21世紀になってこんな光景を映画館で見ることになるとは誰が予想し得ただろう……。[★★]

■『ダーク・ウォーター』 Dark Water (2004)

オリジナルの『仄暗い水の底から』は未見。女性主人公が呪われた部屋を借りてしまうホラーというと、何をやっても『ローズマリーの赤ちゃん』のバリエーションに見えてしまうとは思いつつ、舞台設定の良さのせいか映画としてはそこそこまとまっている。不動産屋がジョン・C・ライリーという不吉さには震えそうになった。また、一部では「ダコタを超えた!」とも噂される天才美少女、アリエル・ゲイドちゃんは必見。[★★★]

■『イン・ハー・シューズ』 In Her Shoes (2005)

『ブリジット・ジョーンズの日記』の市場を狙った感じの作品とはいえ、監督がカーティス・ハンソンだからそれなりにまとめているだろう……という程度に構えていたら、これは思いのほか良かった。何かの欠落を抱えた登場人物たちがこれまでの自分を脱ぎ捨てて人生の次のステージへ踏み出していく、という筋書きは『ワンダー・ボーイズ』の女性版ともいえる。

何より、場面ごとに何か必ずくすりと笑えるところがあって、それが細波のように映画の幸福感を増幅させていく。『エリン・ブロコビッチ』の脚本家、スザンナ・グラントの功績が大ではないかと思う。

カーティス・ハンソン監督の画面作りは目立たないけれど的確で、特にトニ・コレットの住むフィラデルフィアの落ち着いた街並みと、キャメロン・ディアスの向かうフロリダの降り注ぐ陽光、並行して描かれるふたつの土地の空気感をうまく対比しているのに感心した。ちなみにフィラデルフィアは『シックス・センス』、フロリダは『メリーに首ったけ』の舞台でもあった。つまり主役の女優ふたりは、それぞれの出世作の舞台になった土地で「自分探し」をすることになるのだ。そのことでこの映画はいくぶん説得力を増していると思う。

トニ・コレットの演じる負け犬女(?)がオタクっぽい男と結ばれるという展開があるのは時節柄キャッチーかもしれない。ただ、男のほうが突然「君をずっと見ていたよ」と求愛してくるので、そのあたりはさすがに少女漫画みたいだとも思ってしまうけれど。

この作品と似た感じを受けた映画の題名を挙げていくと、『ミス・ファイヤクラッカー』『マグノリアの花たち』『パッション・フィッシュ』。なぜかどれもアメリカ南部を舞台にした作品だ。[★★★★★]

■『エリザベスタウン』 Elizabethtown (2005)

世間では逆の評価みたいだけれど、キャメロン・クロウ監督作のなかでは割と好きな作品。『あの頃ペニー・レインと』みたいに中途半端にリアルな設定で甘酸っぱい話よりは、この『エリザベスタウン』みたいにひたすら妄想の世界に突き進んで帰って来られないような作品のほうが清々しい。

仕事で大失敗をした男が自殺を試みるという導入部は、フランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』を下敷きにしたものだろう。都会の暮らしに疲れた彼がアメリカ南部に帰郷して、田舎の生活と風景に癒されて生きる力を取り戻していく、というのが基本構想なのだろうけど(これは9.11以降の米国で歓迎されそうな趣向ではある)、父親を追悼する話のはずなのにそもそも主人公が父親をどう考えているのかよくわからないし、ロマンスの相手になるキルステン・ダンストが主人公の帰郷と絡む必然性を見出せないしで、焦点の定まらない映画になってしまった。あとオーランド・ブルームは『キングダム・オブ・ヘブン』もそうだったけれど、主人公なのに何を考えているのかよくわからないことが多い気がする。

ただ、オーランド・ブルームとキルステン・ダンストが携帯電話で延々と長電話をする場面、スーザン・サランドンの演説とタップダンスなど、部分的に見ると面白いことをやっているので見た後の印象はそれほど悪くない。でも映画全体の縦糸みたいなものが足りないのは否めない。[★★★]

■『ランド・オブ・プレンティ』 Land of Plenty (2004)

ヴェンダースの新作は意外にも、劇中で殺人事件が起きて登場人物が犯人を突き止めようとするミステリー的な筋立てを持つ映画だった。とはいえ探偵役になるのが、街中で日々テロリストと戦争状態にあるという妄想に駆られたドン・キホーテ的な人物なので、当然事件の背後に彼の想像するような大きな陰謀などはなく、探偵行為そのものは空振りに終わる。

この図式はもちろんアメリカの9.11後のイラク戦争に対する批判を重ね合わせたものなのだろうけど、ここに出てくる人物はいかにも「ヴェトナム帰りの電波野郎ってこんな感じ?」と適当に造形したようで、少しも切実さを感じられない。居もしない類型的な愚者を勝手に作って見せられても退屈でしかない。

低予算で作られたのがわかる映画とはいえ映像の粗さもひどく、劇場で見るのがつらかった。良いのはミシェル・ウィリアムズが綺麗に撮られていることくらい。[★★]

2005-12-29 22:17 [topic] | Permanent link | Comments (3)

映画感想(2005年10月)

しばらく放っていたらもう年の瀬になってしまった。大掃除のつもりで、ここ数か月で観た新作映画の感想くらいは今年中に書き付けておきたい。

■『シン・シティ』 Sin City (2005)

賛否両論の作品だけど僕はまったく駄目だった。『スカイ・キャプテン〜』ばりの背景はめこみ合成の画面と、人物の心理を逐一説明するモノローグに、「これは果たして映画なんだろうか……」とひたすら違和感が募るばかり。

3つあるエピソードがどれも「女に手を上げる悪い奴がいた→ぶち殺した→終わり」という筋書きで、古臭いダンディズムと残虐スプラッタ描写が画面に溢れる。どちらも趣味じゃないので、一種のコスプレ映画としてしか愉しめなかった。汚れた街「シン・シティ」には表層しかなくて、その背後にある社会の成り立ちなどはいっさいわからない。これは日光江戸村のようなテーマパークの世界、いわば「ハードボイルド・ワンダーランド」だ。ここまで完璧に願望充足の世界を見せられると、逆にこれが誰かの妄想にすぎないことが気になってしまう。全篇CGで作られた映画は作者の意図を忠実に再現するだろうけど、意図した以外のものは写り込まない。それが悪い方に出た典型的な作品ではないかと思う。[★★]

■『そして、ひと粒のひかり』 Maria Full of Grace (2003)

これはふたつの「輸入」を描いた映画だ。運ばれるひとつはもちろん主人公が飲み込んで運ぶ麻薬で、もうひとつは体内に宿した新しい命。どちらも主人公の体を「容器」として、コロンビアから米国へ国境を越えて輸送されることになる。このふたつの要素が映画の中で交錯していくのが見ていてわくわくした。

多くの実話をもとに少女をめぐる「輸入」の実態を描いているという点で、こちらも今年見た映画『リリア 4-ever』と対になる作品だと思う(原題の"Maria Full of Grace"と"Lilja 4-ever"も似ている)。『リリア 4-ever』の救いのなさと較べるとずいぶん話が甘いように感じるのと、コロンビアの生活がいくら何でも悪く描かれすぎではないかというのが多少気になったけれど、主演のカタリナ・サンディーノ・モレノが文句なしに素晴らしい。[★★★★]

■『マカロニ・ウェスタン 800発の銃弾』 800 balas (2002)

『ドン・キホーテ』の国の人がマカロニ・ウェスタンのパロディを撮る、ということで期待したのだけれど、題材が絶妙すぎたせいか逆になかなか予想を裏切る展開にならないのが惜しい。終盤はなぜか擬似ドキュメンタリーみたいになっていた。[★★★]

■『真夜中のピアニスト』 De battre mon coeur s'est arrete (2005)

フランスでこういう青春ノワールっぽい話といえば、トニーノ・ベナキスタの『夜を喰らう』があったな……と思いながら観ていたら、そのベナキスタ(ブナキスタ)本人が脚本を書いている映画だったので驚いた(監督のジャック・オーディアールと共同名義)。

最近フランスのノワール系映画に結構当たりが多くて、『ブルー・レクイエム』に続いてこの作品も愉しめた(が、全然話題にならない……)。深刻な場面でも必ず醒めたユーモアが漂っているのが小気味良い。ルパン三世ことロマン・デュリスの「2.5枚目」な見た目もそれに合っていると思う。彼がやたら胸毛を見せながらピアノの練習に打ち込んでるのって、真剣な面差しでもどこか笑ってしまうような感じがある。自然光を使った室内場面の撮影も好みだった。

後でジャック・オーディアール監督の前作『リード・マイ・リップス』も見て、こちらも面白かった。昼の世界と夜の世界、本来出会わないはずのものが出会ってしまう、というずれを基調にするのは両作品とも同じ。

『スパニッシュ・アパートメント』でEU賛歌を体現していたロマン・デュリスが、今度は対中国親善大使の役回りを振られるというフランス政治映画としても見られるかもしれない(というのは無理筋か)。[★★★★]

■『ステルス』 Stealth (2005)

『ワイルド・スピード』『トリプルX』と、アメリカのDQN映画界の最前線をひた走るロブ・コーエン監督の新作。噂通り、どう見ても実写版『チーム・アメリカ』だった……という以外には感想がない。というかロブ・コーエンは『トップガン』を本気でリスペクトしているそうなので必然か。[★★]

■『亀も空を飛ぶ』(2004)

イラクのクルド地方、少年たちは競って地雷を拾い、さらに悲劇に見舞われた少女もいる。本当に救いのない状況を、悲惨さだけを強調しないで効果的に見せているので思わず惹きこまれる。ただし、いかにも岩波ホールでかかりそうな映画だ、と言ってしまうとそれまでのような気もしないではない。ちなみにこの映画の構成も『リリア 4-ever』を思い出させる。[★★★]

■『世界』 The World (2004/)

「世界公園」の内幕と閉塞感の映画。「北京から出ないで世界を見よう」という公園のキャッチフレーズは、「映画館から出ないで世界を見よう」としている我々観客と映画の関係を問い直しているかのようだった。それは「観光」としての映画を批評するだろう面白い着眼点なのだけれど、一方で生活に疲れた登場人物たちの描写を延々と見せられると、何でわざわざこんな冴えない人たちの暮らしを見ないといけないんだろう、とふと我に返る瞬間があるのは否めない。[★★★]

■『ティム・バートンのコープスブライド』 Tim Burton's Corpse Bride (2005)

昼に『チャーリーとチョコレート工場』、夜に『コープスブライド』を並行して作っていたというだけあって夜の雰囲気がよく出ている。死者の花嫁(コープス・ブライド)が地上に出て言う台詞、「月の光がこんなに美しかったなんて!」は、何気ない台詞だけれどこれが"陽の光"じゃないところがいかにもティム・バートンの世界だなあと思う。

バートン得意の「グロ可愛い」路線の集大成のような作品で、バートン自身の分身のような主人公は『ヴィンセント』、骨の犬は『フランケンウィニー』、死者の国が地上よりもカラフルで賑やかなのは『ビートルジュース』、といった過去の作品をそれぞれ思い出させる。ただし、主人公がそれでも灰色の現実世界の生活に留まる道を選ぶのがこれまでと違うところで、バートンが過去の自分の世界に別れを告げている作品のようにも見える。

ヘレナ・ボナム・カーターがコープス・ブライドに声を当てているのでわかりにくくなっているけれど、バートン(=主人公)からすると、小柄な英国娘のヴィクトリアが現在の妻のヘレナ・ボナム・カーターにあたるだろう。そうするとコープス・ブライドとは前妻のリサ・マリーのことではないだろうか……。なんて邪念が浮かんでしまって素直に愉しめなかった。その点は抜きにしても、絵本から出てきたようなキャラクターがあんなに滑らかに動くなんて、、というストップモーションに関する感動は以前の『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』ほどではなかった気がする。[★★★]

■『ドミノ』 Domino (2005)

画面の色調やエフェクトがせわしなく切り替わるMTV風の映像スタイルは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』を思い出させる(本作のトニー・スコット監督の『トゥルー・ロマンス』とはタランティーノ脚本つながり)。『ナチュラル・ボーン・キラーズ』は映像の切り替えに本当に脈絡がなくて苛々したものだけれど、この映画ではそれほど気にならなかった。ひとつはこの映画の前提として、実在の賞金稼ぎであるドミノをそのまま描くのではなく、どれだけ彼女の人生に装飾をつけて話を膨らませられるかを目指しているから、というのがあるかもしれない。(とはいえ、なぜそこまでして彼女を題材に選ぶのかは正直なところ最後までわからなかったのだけれど)

『ドニー・ダーコ』のリチャード・ケリーによる脚本は、TVがらみの味付けはアメリカのジャンクな文化の裾野を覗かせて面白いのだけれど、強盗をたくらむ連中が全員あっさり睡眠薬を盛られてしまうとかの子供っぽい展開は何とかならなかったのだろうか。[★★★]

2005-12-29 00:05 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-09-24

今月観た映画

■『ヴェラ・ドレイク』(監督: マイク・リー)

1950年代の英国ロンドンが舞台で、当時の階級社会における堕胎事情を描いているのが面白い。裕福な家の娘は医者に金のかかる手術を合法的に依頼できるけれども、貧乏な労働者階級の女はその対象外に置かれてしまう。そこで見た目は普通の地味なおばさん、実は闇の仕事人たるヴェラ・ドレイクが「貧者の救済者」として求められることになる。つまり社会の矛盾がヴェラ・ドレイクにすべての問題を押し付けている。

前半は時代背景と人物関係が要領良く紹介されて興味深かったのだけど、主人公の「仕事」が警察に露顕してからはひたすら俳優の重苦しい演技を見せるだけで話が進まなくなり、ちょっと退屈する。同じく妊娠中絶を扱った『サイダーハウス・ルール』もそうだけれど、キリスト教の文化圏とは堕胎に関するタブー意識に温度差があるのだろうかと感じる。

イメルダ・スタウントン演じる主人公は「today」を「トゥダイ」と発音するとか、ロンドンの下町のいわゆるコックニー訛りがすごくきつい。これは主人公がろくに教育を受けていないこと、にもかかわらず(あるいはだからこそ?)社会の決まりに縛られずに何が正しいかを見極めることができたということを示しているのだろうと思う。[★★★]

■『サマータイムマシンブルース』(監督: 本広克行)

一応2005年という設定なんだけれど、何年経っても鄙びた町並みとぼろい部室、まるで時間が止まっているかのように1980年代半ば以降の事物がいっさい登場しないというノスタルジー映画。下敷きになっている『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の公開年が1985年なのでこのあたりの時代が想定されていると思う。タイムトラベル映画でここまで「未来は今日より進歩する」という観念を信じていないのも極端だな、と思ったら、本広監督は学園祭前夜が繰り返されることでお馴染みの『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)を意識していたのだそうで納得した。1990年代以降、我々の社会から「未来は今日より進歩する」という期待がすでに失われてしまったという気分を示した映画だ……というと大袈裟か。個人的にはどこかで「叙述トリック」的な仕掛けを見たかった気もするけれど、筋立てはきちんとまとまっていて愉しい。あと、上野樹里がたいへん可愛かった。別世界の美少女というわけではなくて、SF研究会の部室にいても違和感のない感じが良い。[★★★]

■『チャーリーとチョコレート工場』(監督: ティム・バートン)

白塗りの怪人ジョニー・デップがネバーランド、じゃなくてチョコレート工場にお子様達を招待する。僕程度の知識でも「クイーン風」とか「ビートルズ風」などとわかるパロディ楽曲が次々と繰り出されて、さながら「ダニー・エルフマン歌謡ショー」の様相を呈するのが愉しい。『チーム★アメリカ/ワールドポリス』とともに、今年の馬鹿ミュージカル映画の収穫として讃えられて良いだろう。

ただ、元々の話が「家族を大事にする良い子が報われる」という説教臭いものなのと、さらにウィリー・ウォンカが不和だった父親を訪ねて和解を果たすという「突然『ビッグ・フィッシュ』」な展開になるのがどうも白々しくて乗りにくい。『ビッグ・フィッシュ』ならまだ許容範囲だったのだけれど、この作品ではチョコレート工場(=映画)よりも家庭の幸せのほうが大事、という結論になってしまうのでさすがに行き過ぎではないだろうか……。バートンとしては「いや、俺も子供できたしいつまでも馬鹿やってらんないすよ」という感じかもしれないけれど。バートンにはやはり「風変わりなファミリー映画」以上のものを期待してしまうから、そこはちょっと寂しい。

原作者ロアルド・ダールが英国出身の作家のせいか、労働者階級と資本家の関係をお伽噺に乗せて描くという英国っぽい側面が透けて見える。[★★★★]

■『銀河ヒッチハイク・ガイド』(監督: ガース・ジェニングス)

『指輪物語』の成功でこういう企画がありになったのか、ナードに愛されるSFコメディ小説の映画化なのだそう。原作は読んでいないのだけど、『銀河ヒッチハイク・ガイド』という架空の書物を再現する趣向を始め、非常に馬鹿馬鹿しいものを手間かけて映像化している感じは伝わってきた。

世界の危機なのに主人公たちがとりあえずパブに行ったり、冒頭であっさりと地球が消滅してしまうところがいかにも英国な感じで、その後も英国コメディらしい、笑えるんだか笑えないんだか微妙なギャグが延々と続く。それにしても英国の人は官僚制を茶化すのが好きすぎると思う。宇宙に行っても官僚制ギャグをやるのか。

主人公がボンクラで従者のロボットが人間を馬鹿にしているところはP・G・ウッドハウスのジーヴズものに似ていなくもないかと思っていたら、原作者のダグラス・アダムズはウッドハウスを最も影響を受けた作家として挙げているのだそうだ。[★★★★]

2005-09-24 23:16 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-09-01

8月に観た映画

相変わらず半ば放置状態になってますが、先月観た新作映画の感想を細々と書いてみます。

■『Dearフランキー』(監督: ショーナ・オーバック)

英国スコットランドの港町に暮らす貧乏な母子家庭を描くという「ケン・ローチ派」の人情ものなのだけど、地味な画面のわりに、母親がわざわざ手紙で架空の父親を作り上げているとか、その微妙に野暮ったい母親の前に突然「幻の騎士」ジェラルド・バトラー様が現れるとか、生活感のない絵空事めいた筋書き(ハーレクイン・ロマンス的というか)になるのが合っていなくていまひとつ。こういう地味な映画は、本当にこんな生活をしている人がいるんだろうな、と感じさせる説得力がないとしょうがないと思うのだけれど。どうせなら母親の話よりも息子と同級生のバイオリン少女との「リトル・ロマンス」でも見せてくれたほうが良かった。最後にもうひと押しあっても良さそうなところを無視してあっさり幕切れになるのは英国映画らしい感じ。[★★★]

■『ランド・オブ・ザ・デッド』(監督: ジョージ・A・ロメロ)

ゾンビ映画の本家ロメロ監督の新作は、黒人リーダーに率いられて覚醒したゾンビたちが大行進を繰り広げて悪い資本家の体制を打倒するという左翼映画なのだった。これは特に裏目読みではなく、町山智浩アメリカ日記の記事によるとロメロ監督本人が

「私のゾンビ映画は『革命』についての映画だ」

と語っているのだそうだ。すなわち、万国のゾンビよ団結せよ! 革命は滅びぬ、ゾンビとともに何度でも甦るさ!という感じだろうか。(いや、ゾンビだからすでに死んでいるのか……?)

デニス・ホッパー演じる街のボスがありきたりな悪役にすぎなかったりとか、登場人物が入り乱れていて全員生かしきれていないように思えるとか、脚本には改善の余地がありそうなのがちょっと残念。見ているあいだ、何となく『ファイナルファンタジー』みたいな筋書きだなと思ったりもした。

ウェブを巡ってみたら「こんなのゾンビじゃない」みたいな感想(ゾンビ原理主義?)も結構出ているようだけれど、僕は最近WOWOWで放映していた1978年の『ゾンビ』(Dawn of the Dead)をいまさら見て感心した程度の薄い観客なので、こだわりなく普通に愉しめた。(ちなみに『ゾンビ』は素晴らしい傑作だった。これはみんな真似したくなるのも無理はない)[★★★★]

■『ハッカビーズ』(監督: デヴィッド・O・ラッセル)

これはもう、映画の作り手だけが「知的な諧謔」だと思い込んでいる寒いおふざけが延々と繰り広げられるというひたすら空疎な映画だった。コメディなのに2時間くすりとも笑えるところがない映画というのは何なのだろうか。ウディ・アレンの不肖の息子という感じ。[★]

2005-09-01 00:34 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-08-02

先月観た映画、その他

しばらく更新しないでいたら日誌じゃなくて月誌みたいになってしまった。先月観た新作映画の感想を書いてみる。移転の準備はまたいずれ……。

■『輝ける青春』(監督: マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ)

合計6時間を超える大長編。まあ、立派な大河ドラマではあるけれど、やっぱりこれだけ長いと映画のテーマがひとつに絞られないので、正直なところ劇場でじっと見るには少々きつかった。物語の始まる1966年の時点から、イタリア社会の不正に対して登場人物がそれぞれどんな道を選んでいくか……を見せていく前半部が面白くて、後半は社会との関わりが後退して、子供たちが育ってファミリーが継承されていく、という家庭内の満足に収束してしまうのが物足りない(子孫を残すこと=「幸せ」というのが絶対視されるので窮屈に感じられる)。イタリアの学生運動世代の人が自分たちの時代を振り返って満足げな思い出話をしている、という枠組みを超えるものではなかった。[★★★]

■『ライフ・イズ・ミラクル』(監督: エミール・クストリッツァ)

待望のクストリッツァ新作だけれど、この人の映画は外すと思いつきのようなメロドラマを散漫に連ねているだけに見えてしまうんだよね(『アリゾナ・ドリーム』とか)……というパターンに陥っていていまひとつ物足りない。残念ながら今回は『アンダーグラウンド』の破天荒さや『黒猫・白猫』の歓喜はなかった。あと、この映画の筋書きは「電車男」が戦時中にたまたま人質として押し付けられた運命のヒロインと結ばれるというものだけれど、それって「ストックホルム症候群」みたいなものじゃないの?[★★★]

■『運命じゃない人』(監督: 内田けんじ)

ある一晩に起きた出来事をそれぞれ別の人物の視点から語り直していく……というポスト『パルプ・フィクション』的な趣向は珍しくないものの、脚本が見事にまとまっていて堪能できた。きっとタイムテーブルを作って脚本を組み上げたんだろうなあ。パズル好きは必見。同じ場面の繰り返しがそれぞれ物語の意味の読み替えになっているし、作中の台詞がどこまで本気なのか裏付けられない構造になっているのも巧い。ビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』の本歌取りがあるのも、脚本に賭ける心意気を感じる(主人公はあの映画のジャック・レモンに似たお人好しだ)。ただ、いかんせん話が小粒すぎるような気もするけれど。[★★★★]

■『チーム★アメリカ/ワールドポリス』(監督: トレイ・パーカー)

素晴らしかった! 見境のない悪ふざけに当てられて、観た後は確実に頭が悪くなったような気がした。アメリカ帝国主義もリベラル俳優も金正日も、あらゆる権威といんちきな存在がこけにされているけれど(金正日はむしろ可愛らしいか?)、全体がブラッカイマー映画の手法を忠実になぞったパロディになっていて、ちゃんと背景に安っぽい音楽が流れるのが笑える。特にその手の映画にありがちな編集術そのものを茶化してみせる"Montage"の歌には吹き出しそうになった。時事ネタ満載なので、後世の人が観るとさっぱり意味がわからなかったりしそうなのが難か。[★★★★★]

■『アイランド』(監督: マイケル・ベイ)

その『チーム・アメリカ』で「奴がどうして映画を撮りつづけられるのか」と酷評されていたマイケル・ベイ監督の新作。『ガタカ』的なレトロSFにマイケル・ベイの大味アクションをぶち込むというよくわからない企画で、新味はないにしても、「MSN Searchを導入した電話ボックス」とか、たまに凝った小道具や場面が出てきて暇つぶしにはなる。スカーレット・ヨハンソンはあまり綺麗に撮られていなくて冴えない。しかし、ユアン・マクレガーとスティーヴ・ブシェミが便所で揉み合っているところをゲイの痴話喧嘩と勘違いされる、というギャグには「これは本当に21世紀の映画なのか……」と気が遠くなった。[★★★]

■『亡国のイージス』(監督: 阪本順治)

『ローレライ』があまりに酷かったせいか、相対的にこれは結構悪くないのではと思えてしまった。映画らしい大胆な「省略」に頭を使わせる箇所がいくつもあるし、登場人物も細かい仕草にそれぞれ存在感がある。ただ、福井晴敏原作の映画はどちらも筋書きが『沈黙の艦隊』と『パトレイバー2』の焼き直しにしか見えないのが気になるし(実際、原作に「弾頭は通常にあらず!」という『沈黙の艦隊』そのままの決め台詞が出てくるのを知って読むのをやめたことがある)、軍事もの映画の演出が決まって重厚な音楽を流して愛国心や自己犠牲を盛り上げようとするパターンになってしまうのはどうにかならないものかと思う。[★★★]

2005-08-02 22:49 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-07-09

blosxomの動作不良と『輝ける青春』

Xreaのレンタルスペースの広告免除が期限切れになったのだけど、そうしたら途端にblosxomがうまく動いてくれなくなってしまった。いまのところ、

  • トップページを一度リロードしないと見られない。(Operaでのみ確認)
  • 個別記事のリンク(permanent link)を開けない。
  • 次のページ(過去の記事)を開けない。

という現象を確認している。要するにトップページ以外は表示されないわけで、ほとんど壊滅的だ。動的生成方式のブログツールはこういうときに困るね。

広告免除を継続するか、たぶん調べれば何か解決策があるのだろうけど、このスペースはしばらく前からいわゆるGoogle八分に遭っていてそれが改善される見込みもなさそうなので、いずれ場所を変えたほうがいいだろうとは考えていた。Googleで検索されないウェブサイトは存在しないも同然だから……。その必要な時期が早まったということで、まあ仕方ないかな。というわけで、近日中に別の場所を取っておくつもりです。

話変わって、今日(7月9日)公開された映画は多いのだけれど、個人的に注目しているのがイタリアの大長編映画『輝ける青春』。合計6時間!1日1回だけ上映!(途中休憩あり)という観客の体力に挑戦するような破格の上映形態もさることながら、海外での評判も相当に良いみたいなので(例えばMetacriticの採点では平均90点)、期待している。この映画についてはこちらの記事が参考になる。(日本の公式サイトには後半の展開を割った記述があるので注意、とのこと)

2005-07-09 23:33 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-07-01

『宇宙戦争』

War of the Worlds / 2005年 / 米国 / 監督: スティーヴン・スピルバーグ

スピルバーグ監督作が日米同時公開、SF映画で「天才子役」が出演する……というとどうしても『A.I.』の悪夢を思い浮かべてしまうのだけれど、今回は題材が得意分野のモンスター・パニック映画で、小市民が日常生活を破壊されてひたすら逃げ回る『激突!』系の一本道スリラーなのできちんと面白い。『シンドラーのリスト』(ホロコースト)、『プライベート・ライアン』(地上戦)と続いた戦争・大量殺戮ものの光景を米国本土に持ち込んだ作品ともいえるし(いわゆる「見ろ、人がゴミのようだ」路線というか)、『A.I.』や『マイノリティ・リポート』で気になった意味不明の過剰な陰惨さも今回は物語内容と合っている。最近のスピルバーグ作品の例に漏れず、特に後半は突貫工事のやっつけ感が見られるのは否めないのだけれど……。

異星人侵略なんて古臭い題材の映画をいまさら撮るとどうしても『マーズ・アタック!』や『サイン』のようなネタ映画になりがちなので、たまにはこういう正面突破に近い作品を見るのも悪くない。

トム・クルーズの駄目中年ぶり(子供にもしじゅう侮られる)、やたら挙動不審で空回りする言動も結構はまっている。後半から出てくるティム・ロビンスはそれに輪をかけて怪しいので、まともな大人が出てこない。

あと、日本各地で様々な憶測を呼んでいる「大阪では何機か倒したらしい」という作中の発言だけれど、単なる風説だと解釈するのはつまらないので、ここは「"たこ消しマシーン"で撃退した」説を提唱してみたい。まじめに書くと、阪神大震災から「高速道路倒壊」のイメージを借りたので、オマージュとして地名を出したんじゃないだろうか(神戸だとそのまますぎるので、USJにちなんで大阪にしたとか)。[★★★★]

2005-07-01 23:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-21

『チャレンジ・キッズ 未来に架ける子どもたち』

Spellbound / 2002年 / アメリカ / 監督: ジェフリー・ブリッツ

全米スペル暗記大会(Spelling Bee)」に参加する子供たちを描いたドキュメンタリー映画。柳下毅一郎氏の日記(3月8日)で紹介されていて知ったのだけど、なるほどこれは面白い。

アメリカでスペリング大会なんてのが行われていること自体知らなかったのだけど、国内では有名な大会で、毎年の全国大会はESPNで放映されているらしい。大会の様子を見ていると、そんなの知るわけないような難解な単語や外国語由来の言葉(日本語の"zaibatsu"なんてのもあった)が次々と出題されて、もはや英語を覚えるという趣旨からは外れて奇形的に発展している印象を受ける。その一方で、学校生活では仲間外れにされやすいいわゆる"geek"な子供たちが注目を浴びてヒーローになれる企画でもある。登場する子供たちにメキシコ系やインド系など、移民出身の出自を持つ人物が多いのが印象的だった。一見奇妙な大会だけれど、移民でも誰でも、言葉という共通のルールを覚えればアメリカの一員として認められ、努力すれば成功できるかもしれない、というアメリカの側面を示した大会でもあるのがだんだん見えてくる。

それはともかく、登場する子供たちがそれぞれ漫画みたいに個性的で面白い(辞書がぼろぼろになるまで毎日勉強している少女もいる)。そのなかに何人か眼鏡娘(意外に可愛い)がいて、彼女たちがちゃんと大会で勝ち残っていくのは「さすがわかってるな」と思った。

『論座』の最新号(2005年7月号)に監督のジェフリー・ブリッツによる記事が掲載されていて、スペリング大会を取り上げることで「アメリカ」の縮図を描けるのではないかと考えた、というような意図を語っている(監督自身もアルゼンチンから来た移民の家系なのだそう)。その記事で、スペリング大会の「一発アウトで参加者の数が減っていく」という趣向には『そして誰もいなくなった』のようなスリルがある、と書いているのが面白い。(したがって、この映画には登場人物がだんだん消えていく『金田一少年』みたいな演出がある)

2005-06-21 23:27 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-06-20

『バットマン ビギンズ』

Batman Begins / 2005年 / 米国 / 監督: クリストファー・ノーラン

『アメリカン・サイコ』でチェンソー殺戮、『リベリオン』で「ガン=カタ」、そして『マシニスト』で激痩せ術を身につけたクリスチャン・ベール、今回の彼が習得するのは何と「忍術」なのだった……。渡辺謙は単にこの「東洋の神秘」の顔見せのために呼ばれたみたいだ。監督のクリストファー・ノーランは隠れタランティーノ・フォロワーらしいので、『キル・ビル Vol.1』を見て「俺もタラさんに続いて『影の軍団』リスペクト映画を作ってみせる」と意気込んだのかもしれないと勝手に想像する。忍術修行の舞台は日本ではなくなぜか「ヒマラヤの奥地」(チベットあたり?)なのだけど。

という前置きはともかく、今更『バットマン』で何をやるのかと半信半疑で見に行ったら、蓋を開けてみるとリアリズム方向に舵を切ったアメコミ映画として思いのほか楽しめた。話を盛り込みすぎで上映時間が長めになってはいるけれど、クリストファー・ノーランは結構やるじゃないかと感心する。

ゴシックとファンタジーの面を強調したティム・バートン版の「どこでもない」架空の世界とは違って、この映画のゴッサム・シティは現実社会に近い設定のもとで動いていて、主人公のブルース・ウェインも超人ではなく普通人として出発する。漫画のヒーロー物語をできるだけ現実社会に即した解釈で読み替えていく感じがあって面白い。クリストファー・ノーランはもともとミステリ映画(『フォロウィング』『メメント』)で出てきた人なので、ロジカルな手続きで物語の隙間を埋めていく作風なのだろうと思う(その過程で「東洋の神秘=忍術」も援用されるわけだけれど)。主人公のバットマンは法の外で勝手に正義を実行する、観客が肩入れしにくい人物なので、その周りにヒロインの検察官(法の範囲内での「正義の実行」を代表する)や穏健派の「執事」を配して、主人公の行動を批判しないまでも相対化するようになっているのも抜かりない。

主演のクリスチャン・ベールと執事役のマイケル・ケインはどちらも英国出身の俳優で、監督のクリストファー・ノーランもロンドン生まれの英国人なのだそうだ。主人公のブルース・ウェインは街の有力者の息子、つまり作中でも言われるように「王子様」の役割で(王子なので乞食と服を交換したりもする)、マイケル・ケインはいかにも英国風の執事を演じている。ちょうどP. G. ウッドハウスの『ジーヴズの事件簿』を読んでいたせいか、これは『バットマン』の枠組みにウッドハウス的な「困ったお坊ちゃんとしっかり者の執事」という英国コメディの類型を投入した作品のようにも思えた。ちなみに、マイケル・ケインの演じる老執事はさすが白々しさとチャーミングさが絶妙で、これからは「執事」といえばこの映画のマイケル・ケインを思い出してしまいそうだ。

ついでに書くと、この主人公ブルース・ウェインは職場には親のコネで裏口入社、普段はろくに仕事もしていないようなのに体面だけ適当に繕い、夜な夜な仮面を付けて街の「浄化」に励む……と、これはよく考えるとクリスチャン・ベール自身が『アメリカン・サイコ』で演じた腐れヤッピーとそれほど変わらない。要するに、英国人がアメコミのヒーローに突っ込みを入れながら映像化するとこうなるのだろう。個人的には『バットマン』自体に特に思い入れがあるわけではないせいか、このくらいの突き放し方も面白いように感じた。

画面を見ればわかるけれど、ゴッサム・シティはニューヨーク・シティの陰画でもある。東方からテロリストがやってきてゴッサム・シティを危機に陥れるという展開は、ヒーローものにありがちな筋書きとはいえやはりある種の政治的な読みを思い浮かべないでもない。とりわけ、法の外の「復讐」は正当化されるだろうかということがひとつの主題になっているので……。[★★★★]

2005-06-20 23:57 [movie] | Permanent link | Comments (0)

Musical Baton

Musical Baton風野春樹さんatozさんから回ってきていた。音楽には全く疎いのでろくに語ることもないんですが、せっかくなので書いてみます。

1.Total volume of music files on my computer(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)

800MB。PCであまり音楽を聴かないので少なめ。

2.Song playing right now(今聞いている曲)

Aimee Mann「The Forgotten Arm」収録曲のどれか。

3.The last CD I bought(最後に買ったCD)

Coldplay「X&Y」。たまたま今月発売の新譜を買っていた。

4.Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)

特定の曲に思い入れがあるほうじゃないので迷うんですが、好きな曲でぱっと思い浮かんだのを挙げておきます。

  • スガシカオ「月とナイフ」 - この前『ハチクロ』アニメ版で使われていたので思い出した。「ひとりごと」でもいいな。
  • Cocco「Raining」 - 爽やかな曲にどす黒い歌詞を乗せる、という企みが何かのトリックのようで好き。
  • The Neville Brothers「Fearless」 - ジョン・セイルズの映画『希望の街』のエンディング曲。映画によく合っていた。
  • 「Eight Melodies」 - 驚くほど名曲揃いだったTVゲーム『MOTHER』のテーマ曲。少年時代の刷り込み。
  • J. S. Bach「ゴルトベルク変奏曲」 - 何も聴くものがないときはとりあえずこれをかけることが多い。

5.Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5名)

これを機にいつも読んでいるサイトに回して挨拶代わりにしようかと意気込んでみたら、どこを覗いてももうあらかた回答済みのようで、三人探すのがやっとだった……。以下の方はもしこの記事を読んでいて気が向いたらどうぞ。

しかしこのアンケートの設問、ニック・ホーンビィの『ハイ・フィデリティ』が提唱していた「音楽オタクはやたら"ベスト5"を作りたがる」という説を地で行っていますね。

2005-06-20 21:20 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-18

『輝く断片』 シオドア・スタージョン

輝く断片

Bright Segment and other stories / 大森望編 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-62186-4 [amazon]

表題作の「輝く断片」は以前に掲示板で薦めてもらったことがあり、読みたいと思っていた作品。この「輝く断片」を軸に、ミステリ・犯罪小説風味の作品を集めた短篇集ということで、僕自身はもともとスタージョンの短篇ではSFから離れた「ビアンカの手」や「もうひとりのシーリア」といった作品に惹かれるので個人的に嬉しい作品集になった。ちなみに、「マエストロを殺せ」(旧題「死ね、名演奏家、死ね」)は『一角獣・多角獣』で、「ニュースの時間です」は『SFマガジン』掲載時にそれぞれ既読。

やはり後半の「マエストロを殺せ」「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」が期待通り素晴らしかった。これらは要するに「ビアンカの手」と同じ系統の、奇怪な観念に取り憑かれた主人公を描いた作品で、その行動が一般的な人倫に反した、ヒューマニズムを否定するものであるために結果的には「犯罪小説」ということになる(殺人行為が完了してもまだ話が終わらない「マエストロを殺せ」が象徴的で、主人公の思考は「人間」を否定しているのだ)。この作品集の解題ともいえそうな短篇「君微笑めば」には次のような説明がある。

「この境界線の外側で生きてるやつは存在する。多くはないが、ある程度いる。円の中にいるやつを"人間"と呼ぶなら、必然的に、外にいるやつは−−なにかべつのものだってことになる」(p.160)

「ミュータント? 違う! いや、まあ、そうだと言ってもいいな。呼び名はなんだっていいんだから。しかし、お前が考えているような意味でじゃない。遺伝子だの宇宙線だの、そういうものはいっさい関係ない。ただのノーマルで日常的なバリエーションだ」(p.161)

彼らの「異常心理」はもはや自身の存在に根ざしたものなので治癒不能なのだけれど、それが決して我々に無縁のモンスターとして突き放されるのではなく、誰の中にでもあるような負の感情を増幅した、共感可能なものとして描かれる。読者は主人公の心理を内面から丹念に追っていき、最終的にその行為を肯定する、あるいは少なくとも必然の結末として受け容れる立場に置かれてしまう。これはとても居心地の悪いものなのだけれど、読み手をその地点まで連れて行って納得させてしまうスタージョンの手腕には感じ入らざるを得ない。

結局まだ長篇を読んでいないので偉そうなことを言えないのだけれど、僕にとってスタージョンは「ビアンカの手」の作家だなあ、と改めて感じた。犯罪者の内面を説得的に描いた「早すぎたサイコスリラー作家」という意味で、同時代のマーガレット・ミラーやジム・トンプスンに通じなくもない。それにしても「マエストロを殺せ」も「輝く断片」も超キモメン文学なんだな。

2005-06-18 07:11 [book] | Permanent link | Comments (2)

2005-06-17

『やさしくキスをして』

Ae Fond Kiss... / 2004年 / 監督: ケン・ローチ

しばらく前に見ていたのだけれど、感想を書かずにぼんやりしていたらもう上映が終わってしまいそうだ、ということで慌てて蔵出し。

ケン・ローチ監督の新作はパキスタン系の青年と音楽教師(アイルランド系の白人)を主人公にした異文化恋愛もので、男は家族がイスラム系、女はカトリック系の学校に勤めているという宗教的な背景の違いがあるために深刻な困難が生じる。愛し合う若い男女がただ一緒になろうとするだけで、なぜこれほどの犠牲が生じなければならないのだろうか……という現実に起こりそうな「不条理」に目を付けているところは、『レディバード・レディバード』あたりの作品と共通する。やはりコミュニティに宗教が絡んでいると妥協の余地がなくて面倒なものだなあと思う。

ケン・ローチの映画を見ていると、面白いというより前に「誠実」という言葉を使いたくなる。ケン・ローチ作品では、夢のような成功や絵空事の解決は決して描かれない。この映画でヒロインは、青年の家族に「いつまで彼を愛するのか」と何度も問い詰められる。そこで彼女は「永遠に」といった根拠のない保証を決して口にしないで、ただ「わからない」とだけ答える。映画の中でふたりの直面していた困難はほとんど何も解決しないまま終わり、ひとときの幸福がいつまで続くのかもわからない。その現実の不透明さを写し取ることにケン・ローチ流の「誠実」があるのだろう。

というわけでケン・ローチらしい秀作なのだけれど、主人公ふたりの周りで起こる騒動が映像で見せられるのではなく伝聞で示されることが多いせいかいまひとつ実感に乏しく、「個人の恋愛を宗教的コミュニティが圧迫する」という図式に沿って出来事が並べられているようにも見える。まあ、主人公の男女に寄り添った視点の映画なのである程度は仕方ないのか。[★★★★]

2005-06-17 00:24 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-12

『愛より速く』

Gegen die Wand / 2004年 / ドイツ / 監督: ファティ・アキン

ドイツ映画祭2005にて鑑賞。映画祭最後の上映作品だった。こちらは今年日本公開予定の作品らしい。

監督の名前からするとトルコ系の人のようで、ドイツ在住のトルコ系移民の男女が主人公になる。なので移民の生活の苦労や文化摩擦を描いた作品なのかと思ったのだけど、筋書きは自殺未遂者の駄目男と自傷癖のある女が出会い、ある事情から「偽装結婚」をしたもののやっぱり愛情が芽生えてきて……というもの。とにかく主人公ふたりが精神不安定で堪え性のない人なので、いきなりグラスを何度も割りまくり、えらく流血場面の多い映画になっているのが印象的。主人公たちに好意を抱く暇もないまま次々と常識外の言動が繰り広げられるので、正直なところこんな迷惑な人たちに何が起ころうと知ったことかと感じてしまった。こういう困った人たちをリアルに描きながらも、それでいて決して見放したい気分にはさせないケン・ローチ監督の偉大さを再認識する。

というわけで、「ドイツ映画祭」はたまたま見た2本のうちどちらも個人的には外れだった。もう1、2本見ていれば、当たりの作品もあったかもしれないけれど……。[★★]

2005-06-12 23:55 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-11

『おわらない物語 アビバの場合』

Palindromes / 2004年 / 米国 / 監督: トッド・ソロンズ

アメリカ社会のタブーと差別意識、そして偽善に挑み続ける男、トッド・ソロンズの新作。今回も『サウスパーク』ばりにアメリカの田舎の出口のなさを容赦なく諷刺していて面白く見られたのだけど、なかば露悪的な題材を選ぶこと自体が目的になってしまっているというか、こういう作家が「過激な問題作」を撮るのはもはや別段冒険ではないんじゃないか、というような限界を感じなくもない。とはいえ、これだけ盛りだくさんだとさすがに感心してしまうのはたしかで、特に障害を持つ子供たちを集めた「聖なる家」での音楽会を見せる場面は、さながら現代のトッド・ブラウニングかと思わせる嫌らしさがある。

この映画では主人公のアビバを演じる俳優がエピソードごとに次々と入れ替わり、何事もなかったかのように話が進む。その顔ぶれは容貌も年齢も人種も、そして性別さえも全くばらばらで、我々観客はそうした見た目の「属性」を括弧に入れたうえで主人公を見なければならない。つまり、あらゆる固定観念を排除したところで登場人物たちの行動を判断することはできるだろうか、とこの映画は問いかけているのだと思う。政治哲学で言う「無知のヴェール」(ある価値判断を下すときに、自分がどんな社会的身分・財産・能力などの条件を有しているかを知らない原初状態を仮定する考え方)を映画に表現すると例えばこうなるのではないだろうか。映画としては理に落ちすぎている気がするけれど、そのサンプルとしては悪くない。

CINEMA TOPICS ONLINEの記事によると、ソロンズ自身は次のように語っている。

「ある人物に対してどのくらい共感できるかに関して、その人物の性別や年齢、人種というものは関係がない。人々が外見によってもつイメージを崩したかった。そのためにアビバの外見にはできるだけバリエーションをもたらすようにした。サイズや見た目が変わろうとも、アビバの中身は同じ性質を持ち続けるのだ。」

ソロンズのこれまでの映画でも、露悪的な描写の裏に、外見や差別意識などの壁を越えて友愛の情が通い合うような瞬間がたいてい描かれていた。いわば彼の「シニカルなロマンティスト」としての面がそのまま構成に表れた作品ではないかと思う。[★★★★]

2005-06-11 08:20 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-08

『ミーン・ガールズ』

amazon: ミーン・ガールズ

Mean Girls / 2004年 / 米国 / 監督: マーク・ウォーターズ

今年のMTV Movie Awardsでも好評、ティーンズ映画としては評判の良い作品みたいなのだけれど、主人公のモノローグによる説明が多くて辟易してしまった。もうちょっと何とかならなかったんだろうか。

「アフリカ帰りの転校生」の視点から学校内の階級制度・権力闘争を茶化して描く諷刺コメディみたいな映画で、その体制を象徴するのが「プラスティックス」と呼ばれる意地悪三人娘なのは『ヘザース ベロニカの熱い日』(1989年)を思い出させる。監督のマーク・ウォーターズは『ヘザース』の脚本を書いたダニエル・ウォーターズの弟なのだそうで、ということはこれは「15年後の『ヘザース』」を目指した作品なんだろうか。ただしこの映画は『ヘザース』ほどハチャメチャな展開にはならなくて、比較的健全なところに収まる。(でも、この映画の設定なら学園版『赤い収穫』みたいなのもやれるかもしれない)

アメリカの学園に身を置いていない部外者からすると、この映画の程度だとちょっと諷刺が甘いように思える。例えば主人公の仕掛ける悪戯、「足用のクリームを顔に塗らせる」なんて面白いだろうか? そういう些細なところでの共感に引っ掛けようとするエピソードが多い。

主人公のリンジー・ローハンをはじめ、女の子は誰ひとり可愛く撮られていなくて、かわりに「眼鏡の美人教師」役のティナ・フェイ(本作の脚本も書いているらしい)がやけに目立って綺麗に見える。奇妙な映画だ。まあ、これは狙ってやっているんだろう。[★★]

2005-06-08 00:21 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-06-06

『心の鼓動』

Kammerflimmern / 2004年 / ドイツ / 監督: ヘンドリック・ヘルツェマン

いま開催中のドイツ映画祭2005(有楽町)で上映されていた日本未公開のドイツ映画。

心に傷を抱えた救急隊員の青年が、仕事で出会った臨月の妊婦に「あなたこそ運命の人」と求愛しはじめる映画。場面ごとに見ると悪くないのだけれど、全体を通して、自動車事故、救命行為、スケボー、出産といったモチーフが、作者の中では結びついているのだろうけれどこちらまでその関連性が伝わってこない。観念的な印象を受ける青春映画だった。ただし、臨月の妊婦との性行為を正面から描くというマニアックな領域に踏み込んでいるところは買える。

主人公の友人役の顔に見覚えがあると思ったら、『グッバイ、レーニン!』でも「主人公の親友」の役を演じていたフロリアン・ルーカスという俳優だった。

会場には監督のヘンドリック・ヘルツェマンが舞台挨拶に来ていて、上映後にいくつか質疑応答にも応じていた。これが初監督作なのだそうで、若くてスマートな外見の人だった。作品自体には正直なところあまり感心しなかったけれど、この「ドイツ映画祭」はさほど混んでもいなくて気軽に映画祭気分を味わえるので、割とお薦め。他の作品も見てみたくなった。[★★]

2005-06-06 22:01 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『フォーガットン』

The Forgotten / 2004年 / 米国 / 監督: ジョゼフ・ルーベン

久しぶりに更新してこんな映画の話か、という感じだけれど、早く書いておかないと即刻記憶から消え去ってしまいそうなので仕方ない。

内容はさておき、ここまで堂々たるバカミス映画が平然と公開されたのか……という事実に呆然とする怪作で、やはりシャマランはアメリカ映画界における「バカミス映画の扉」を開けてしまったんだろうか。というか、「xxx」が出てきた時点で既にミステリとは言いにくいのだけれど。

どう見てもC級電波ストーリーの筋書きをあたかもシリアスドラマのように演出していく手法は、誰でも一連のM・ナイト・シャマラン監督作品を連想するだろう(窮地にある男がなぜか食糧として安いスナック菓子ばかり買い込んでくるのは、『サイン』の「チキン・テリヤキ」へのオマージュか?)。実際、都市の空撮や室内場面は悪くない、むしろそれなりに立派な出来映えに見える。ただし、映画全体がその「物語内容と演出の落差」の一点に依存しているので、ある時点を過ぎると一発ギャグの繰り返しを見ているような気分になってしだいに飽きてくる。要するに「狙いすぎ」ではないかと思う。シャマランの映画には、もしかするとここで何か深遠なことが起こっているのではないか、と錯覚させるだけの画面の強度と不可思議さがあると思うのだけれど、この映画はほとんど筋書きを説明しているだけで、そういった図式におさまらないような途中の厚みに欠けるのが物足りない。

舞台がニューヨークなのもあって『ローズマリーの赤ちゃん』を下敷きにしているように思えるけれど、あまり深く考えても仕方ない映画ではある。ジュリアン・ムーアとかゲイリー・シニーズが真面目な顔で演技をしているのは、よくやるよという感じ。[★★]

2005-06-06 07:49 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-24

米国TIME誌の選ぶ名作映画100本

選出作品リストを見ると、セルジオ・レオーネが2作入っていて(『続・夕陽のガンマン』と『ウエスタン』)人気あるんだなあと思う。意外にコーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』が選ばれていたりする。

2005-05-24 08:00 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-23

『Q&A』 恩田陸

Q&A

幻冬舎 / ISBN:4344006232 [amazon]

事件の核心には誰もたどり着けないまま、その周りで関係者があれだこれだと証言を連ねて、我々読者はそれを間接的に伝え聞くことしかできない……つまり『エレファント』のガス・ヴァン・サント監督が言う「群盲象を撫でる」状態だ。恩田陸という人はこの状況が揃えば、きっとどこまでも話を書き継ぐことができるのではないだろうか。

似た趣向の『ユージニア』のほうが全体の構成が凝っていて個々のエピソードの密度も上回っているとは思うけれど、この作品の無個性な街中のスーパーマーケットという舞台設定の良さや、地下鉄サリン事件をそのままなぞったような展開が出てくる不敵さ(村上春樹の『アンダーグラウンド』を参考にしているんだろうか……)も捨てがたい。後半になるといつのまにか電波・陰謀論が繰り出されて話が拡散していくところなど、ひとりで書いたリレー小説を読んでいるような感じもある。

恩田陸の作品では評判の『夜のピクニック』よりも、どちらかといえばこの『Q&A』や『ユージニア』のほうが興味深く読めるのだけれど、それはこの2作品が恩田陸の小説作法そのものを作品の構造として取り入れているように見えるからだ。読者は物語の中心にいつまでも直接触れることはできず、その周りをぐるぐると巡り続けるしかない。舞台になるスーパーマーケットの建物は巨大なブラックボックスのように思えてくる。しかし、それをむりやり開けようとしても仕方ない。ヒッチコックのいわゆる「マクガフィン」みたいなもので、そもそもそこには最初から何も入っていなかったはずなのだ。

2005-05-23 22:52 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-22

『バタフライ・エフェクト』

The Butterfly Effect / 2004年 / 監督: エリック・ブレス、J・マッキー・グルーバー

おお、これは意外に悪くないドラえもん映画。たぶん趣向を何も知らずに見たほうが楽しめるので、未見の人は以下の文章を読まないほうがいいかも。

.............................

内容はいわば「『リプレイ』もの」、過去のある時点を改変したことによる展開のバリエーションと試行錯誤を見せる話で、完全に脚本主導の映画。SFでよくある定型の話を地味な(荒唐無稽でない)道具立てと暗めのリアルな映像で語り直した作品という点で、今年見た映画では『エターナル・サンシャイン』がわりと近い。個人的にはこちらの『バタフライ・エフェクト』のほうが前知識がなかったせいか面白く見られた。ただ、前半はこれをどこまで続けられるんだろうと期待したのだけれど、ワンアイディアの話なので後半は多少もたついて長く感じるのと、結末も変に教条的で少々まとめかねた感じがあるのは否めない。

主人公が精神科の治療を受けているという設定なのがひとつ面白いところで、物語上の分岐点になるのがよく「少年時代のトラウマ」として描写されがちな事件なのもそれと適合している。『ミスティック・リバー』などに代表される、少年時代の悲劇が俺たち幼なじみの運命を決定付けてしまった……という重苦しい話のパターンを、もしその事件に介入できたら運命はどう変わるか、というSF的な「if」の視点を持ち込むことで解体していく感じがある。そうすると、やはりこの映画の結末は後ろ向きで弱い気もするのだけれど。

全体に陰影の濃い映像は好み(撮影: マシュー・F・レオネッティ)。

監督・脚本のエリック・ブレスとJ・マッキー・グルーバーは、次作にドン・ウィンズロウの『ストリート・キッズ』(A Cool Breeze on the Underground)の映画化(IMDb)を予定しているようだ。ついでに、『バタフライ・エフェクト』続編の"The Butterfly Effect 2"(IMDb)の製作も企画されているそうで、まだやるつもりなのか……。[★★★★]

2005-05-22 22:43 [movie] | Permanent link | Comments (2)

声の名優百選

YAMDAS現更新履歴 - 映画史上に残る「声」百選より。映画史上で声が印象に残る俳優100人を選出した企画。選出には当然異論も出るだろうけど、あまり他で見かけない切り口の気がするので面白い。1位クリント・イーストウッド、2位オーソン・ウェルズとのこと。ホリー・ハンターが9位(現役女優だけなら1位)に入っているのは「インクレディブル夫人」効果だろうか。

上の記事には選出されてないけれど、僕が現役の俳優で声の良い人といってまず思い浮かべるのはケヴィン・スペイシーで、彼の「語り」で成り立っている作品というのもいくつかあるし、『交渉人』なんかは内容がたいしたことなくてもケヴィン・スペイシーの声が全編を通じて響きわたるだけで満足だった。

ついでに現役の女優だと、あまり言われない気がするけれどキルステン・ダンストの声がいかにもアメリカン・ガールという感じで結構好き。この人は『魔女の宅急便』英語版でキキ役の声を吹き替えているらしい。

2005-05-22 00:29 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-21

『ザ・インタープリター』

The Interpreter / 2005年 / 米国 / 監督: シドニー・ポラック

脚本にスティーヴン・ザイリアン、撮影にダリウス・コンディが参加しているのでそれなりに期待していたのだけれど、いまひとつの内容。

国連本部に渦巻く謀略、という題材を絵空事のスリラーの設定としてだけではなく、ある程度真剣に取り上げようとしているのが中途半端で上滑りしている。ニコール・キッドマンが実はアフリカの某国出身で反政府テロ組織とつながりがあるらしい、なんて言われても「え、何の話ですか?」としか思えないし、ショーン・ペンの抱える喪失感はいかにも取って付けた設定のように見える。俳優が深刻ぶって演じれば演じるほど白々しく見えてしまうという点で、ショーン・ペンとナオミ・ワッツの共演した『21g』を思い出した。

共演といえば、この映画はニコール・キッドマンとショーン・ペンが会話する場面ではやたら小刻みの切り返しが続いて、ふたりの顔が同じ画面におさまったのをろくに見た記憶がない(鏡ごしにショーン・ペンの顔が画面に入っている場面はあったけれど)。いまや大物になった同士の共演ということで、『ヒート』みたいな方式なんだろうか。[★★★]

2005-05-21 23:54 [movie] | Permanent link | Comments (0)

今年のカンヌ映画祭出品作の評判

この星取表を信用すると、今のところコンペ部門ではガス・ヴァン・サントの"Last Days"とダルデンヌ兄弟の"L' Enfant"が軒並み高評価、あとクローネンバーグとハネケあたりも続いて好評という感じか。実は一番人気なのがコンペ外のウディ・アレンの新作"Match Point"(スカーレット・ヨハンソン主演)で、アレン久々の快作なのかもしれない(ウディ・アレンは作品に優劣をつける趣向が好きじゃないので、コンペ部門への出品は辞退しているらしい)。いずれにしても、評判の良さそうな作品がいくつもあるので日本公開されるのが楽しみ。

2005-05-21 08:14 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『キングダム・オブ・ヘブン』

Kingdom of Heaven / 2005年 / 米国 / 監督: リドリー・スコット

このご時世にわざわざ中世の十字軍を取り上げたうえで、イスラムの英雄サラディンを讃え、エルサレムの束の間の和平をキリスト教徒側の偏狭さが反故にしてしまったことを嘆く……という結構な野心作なのだけれど、どうも展開がぎこちないのが惜しい。主役のオーランド・ブルームが「平民(鍛冶屋)→騎士→英雄」という急展開の出世を遂げるにもかかわらず、転機となる場面が充分に示されないので「突然、英雄になった」ようにしか見えない。『ギャング・オブ・ニューヨーク』のレオナルド・ディカプリオのようだと思ってしまった。もともとエルサレム王とサラディンを賢君・英雄として見せるための狂言回しの役割なのだとしても、これでは性格付けが不充分だと思う。ヒロインのエヴァ・グリーンはさらに終始何を考えているのかわからず、主人公の中東旅行の「景品」の役割くらいしか果たしていない。

とはいえ、例えば『ラスト・サムライ』みたいな「いや、そんなものを賛美されても……」という困ったことはしていないので、そこは安心して見られる。騎馬戦と攻城戦(というか投石機合戦)はとにかく規模が大きくて壮観なので、一見の価値はあるかもしれない。実を言うとこういうのはつい「どこまでがCGなんだろう?」と終始疑うようになってしまったのだけれど。

仮面のエルサレム国王は風格があって、誰なのかと思っていたらエドワード・ノートンだったのか。この役で助演男優賞とか獲ったら格好良い。[★★★]

2005-05-21 00:18 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-19

『レディバード・レディバード』

Ladybird Ladybird / 1994年 / 英国 / 監督: ケン・ローチ

『誰も知らない』を見たらケン・ローチの映画を見たくなったので、ビデオを借りてきた。この日本版ビデオの発売元はシネカノンで、『誰も知らない』の配給会社もシネカノン。一貫している。どちらの作品にも共通する問題提起が、DQNな母親は子供を育てられるのだろうか?ということだったりする。

子供を産んでも産んでも官憲に取り上げられてしまう母親の話で、このジョージ・オーウェル的な状況がリアルに現出してしまうというだけでも驚く(実話に基づいているらしい)。やっぱり英国の人は行政組織の不気味さを切り取るのが巧い。犯罪者が更正できるとしたら、母親失格の烙印を押された人はどうすれば母親としての権利を回復できるのだろうか?

ただしこの映画は単に社会制度を糾弾するという図式には陥っていなくて、主人公の落ち着きのない言動、見境なく切れまくる様子はいっそ不快でさえある。これだけ気に障る人物を終始見せられながら、最後までこの主人公を心底嫌いになることはできない。[★★★★]

2005-05-19 23:19 [movie] | Permanent link | Comments (19)

2005-05-17

『ブルー・レクイエム』

Le Convoyeur / 2004年 / フランス / 監督: ニコラ・ブクリエフ

毎日大金を運びながら自分の将来の展望は暗く、運が悪ければ強盗に襲われる危険に晒されて命の保証もない、さらに不景気で会社が潰れて職を失いそう……という現金輸送車の警備員の日々をひたすら陰鬱に描いたフランスのスリラー映画。主役の親父が無口で、映画全体も必要最小限のことしか説明しない、というストイックな語り口が貫かれていて、なかなかの秀作だった。緑がかった薄暗い画面も内容の救いのなさに良く合っている。

強盗団が繰り返し同じ警備会社の現金輸送車を襲撃するに違いない、という無理めの前提に映画全体の筋書きが乗っかっているのと(一応作中で説明がついてはいるけれど)、フラッシュバックの入れ方が安易に感じられたのが多少気になるものの、作品全体の印象は悪くない。

冒頭にミュージシャンをめぐる軽口の会話が出てきて、現金強奪事件の後始末として内通者探しが進められる、という点はタランティーノの『レザボア・ドッグス』と共通するけれど、こちらはいわばプロレタリア的な視点から犯罪を描いたスリラー映画で、内容も暴力の描き方もまったく異なる。

監督・脚本のニコラ・ブクリエフはマチュー・カソヴィッツ監督の『アサシンズ』の脚本に参加していた人らしい。『アサシンズ』は未見だけれど、この作品の下層生活者の視点から社会を切り取って救いのない出来事を描くという指向は、カソヴィッツの『憎しみ』と通じなくもない。

シブヤ・シネマ・ソサエティで鑑賞。たまたま公開初日に見に行ったにもかかわらず、客席はまばらだった。[★★★★]

2005-05-17 21:43 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-16

『誰も知らない』

amazon: 誰も知らない

2004年 / 日本 / 監督: 是枝裕和

CSで放送されていたのをいまさら見たのだけれど、これは素晴らしかった。

「誰も知らない」……と言われると、「小さな国」と続けたくなる。秩序をもたらす大人のいなくなった世界で子供はどのように生きていくだろうか、という問題は『二年間の休暇』(『十五少年漂流記』)や『蝿の王』をはじめとした物語で古くから探求されてきたものだけれど、東京の片隅を舞台にしてそれをとことんリアルに再現するとこうなるのかと思う。それが全然嘘臭くならずに再現できてしまうのが驚き。東京のありふれた街並みが、「誰も知らない」子供たちの目線でサバイバルの場所として切り取られる。見慣れた世界を別の視点から見直していく、というのは映画の面白さのひとつだと改めて実感できる。主人公の少年はそのうち、文明社会から外れたハックルベリ・フィンのようにも見えてくる。

大人の支配が届かない子供だけの世界は、子供たちからするとただ悲惨なだけではなくモラルが消失した一種の「楽園」でもあるはずで(イアン・マキューアンの『セメント・ガーデン』ではそのあたりの感じが描かれていた)、この映画もその点を等分に目配りして描いている。そこに限らず、この映画では登場人物の行動を一切裁かないであるがままに見守る、という態度が徹底されている。

ちなみにこの映画がモデルにしたという巣鴨の子供置き去り事件は、「MURDER IN THE FAMILY」の紹介記事を読むかぎりではどちらかというと『蝿の王』に近い陰惨な世界だったようで……現実は厳しい。これを知らないで映画を見て良かった気がする。[★★★★★]

2005-05-16 22:40 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-12

『タイトロープ』の底知れぬ闇

『タイトロープ』のアリソン・イーストウッドがソンドラ・ロックに似ているのではないかという話は、探してみたら渡辺祥子と宇田川幸洋の対談「私たちが敬愛するクリント・イーストウッド!」でも話題に出ていた。

渡辺 宇田川さん、『タイトロープ』('84)を入れてよ! あの変態映画(笑)。

宇田川 あれはアブナイ(!?)映画ですよねぇ(笑)。製作と出演だけで、監督はしてないけど、彼のヘンな趣味がすごく出ている映画。シビれました。好きですよ。

渡辺 だって、娘のアリソン・イーストウッドが子役として出てるんだけど、あれを見ると誰だって自分の子供を偏愛してるアブナイ親だと思うわよね(笑)。あの娘、彼の恋人だったソンドラ・ロックにそっくり!

やっぱり誰でもそう思うのか。まあ、女の趣味が一貫しているということなんだろうね……。

デビュー作『愛すれど心さびしく』(というか『心は孤独な狩人』)のソンドラ・ロックはまだ女性として目覚める前のような中性的な魅力があるのだけれど、『タイトロープ』のアリソン・イーストウッドにも年齢(12歳)からしてそれに通じる感じがある。同じく南部を舞台にした映画でもあるし、『タイトロープ』は深い映画だなあ。

という下世話な点を除いても、『タイトロープ』は全編が闇に覆われた「暗闇のスリラー」という感じの良作だったのでお薦めできる。たしかイーストウッドの新作『ミリオンダラー・ベイビー』も、予告を見るかぎりでは似たような陰影の濃い映像で撮られていた。

2005-05-12 23:07 [topic] | Permanent link | Comments (1)

カンヌ映画祭開幕

日本時間では本日から開幕。第58回カンヌ国際映画祭 - FLiXムービーサイトでコンペティション部門の上映作の一覧を眺めると、常連監督の新作が並んで、あと賑やかし(?)の活劇がいくつか入っているなか、我らの『バッシング』が異彩を放っているような……。

アトム・エゴヤンの新作"Where the Truth Lies"は何となくミステリ風なので期待してみるか。

【追記】上のサイトはだいぶ抜けがあるみたいなので、Cannes 2005 Feature Films In Competition(公式)とか見てから読む?映画の原作の記事のほうが良いかも。

2005-05-12 21:26 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-11

『タイトロープ』

amazon: タイトロープ

Tightrope / 1984年 / 米国 / 監督: リチャード・タグル

監督のリチャード・タグルは『アルカトラズからの脱出』の脚本を書いた人。実際には主演のクリント・イーストウッドが撮影現場を仕切ってほとんど実質監督したような作品らしい。

冒頭からものすごく陰影の濃い映画で驚いた。ここまで極端に映画全体が暗闇に覆われていて、人物の顔が影に隠れても平然と撮っている作品も珍しいんじゃないだろうか。夜の場面が色々なバリエーションで綺麗に撮られていて素晴らしかった(撮影: ブルース・サーティーズ)。

主人公のイーストウッドの周りはたいてい暗闇に包まれていて、彼が連続殺人の犯人と心理的に繋がっていることも暗示されるけれど、主人公の娘を演じるアリソン・イーストウッド(実の娘)が出てくる場面では必ず彼女に対して光が当たっている。つまり、暗闇の世界に惹かれる主人公を光の側に繋ぎ止めているのが娘の存在だということだろう。

話としてはイーストウッドがひたすら売春宿を訪ね歩いて犯人と追いかけっこをするというものなので、多少起伏には乏しいけれど、画面を見ているだけでも飽きなかった。まあ、俺の周りで必ず事件が起こり、女が次々と現れ、もちろん健気で可愛い娘も見せびらかす、というイーストウッドの俺様映画ではあるので、その前提を許容できないとつらいかもしれないけれど。

南部の夜の殺人事件と奇妙な住民たちという題材は『真夜中のサバナ』、捜査官がサイコキラーにつきまとわれるという筋書きは『ブラッド・ワーク』で、それぞれ語り直される。特に『ブラッド・ワーク』は本作の再話という感じがする。

アリソン・イーストウッドは心なしかソンドラ・ロックに感じが似ていて、結構可愛く撮られている(ソンドラ・ロックと血の繋がりはないらしいけれど)。[★★★★]

2005-05-11 23:48 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ミリオンダラー・ベイビー』 F. X. トゥール

amazon: ミリオンダラー・ベイビー

Million Dollar Baby: Stories From The Corner / 東理夫訳 / ハヤカワ文庫NV / ISBN:4-15-041082-8 [amazon]

F. X. トゥールの短篇集『テン・カウント』が映画公開に合わせて文庫化されたので読んでみる。

リングの周りにいる人物の視点からボクシングの過酷な世界を描いていく短篇集。1話目の「モンキー・ルック」でカットマン(リングサイドでボクサーの止血をする役目)の視点が示されるせいか、戦う人間を美化しないで即物的に「肉体」として描いていくのが印象に残る。意志(文章)と肉体がそのまま結びついている感じがする。もともとヘミングウェイの小説に言われた「ハードボイルド」というのはこんな感じを指していたのだろうか、と思った。

この世界では、自分の意志によってどこまで肉体を鍛えてコントロールできるかが誇りにつながる。「ミリオンダラー・ベイビー」の後半の展開は映画化されたとき一部で論議を呼んだそうだけれど、この主人公はその最大の誇りを失った自分を受け容れることができないと感じたということなんだろう。

この小説に描かれるボクシングの世界ではときに卑劣な不正が行われて、法を超えた個人の倫理によって結末がつけられる。これは自警団ハードボイルドの世界に通じる(いわゆる「裁くのは俺だ(I, The Jury)」というやつ)。この本の最後に収録されている中篇「ロープ・バーン」(著者のデビュー作になった作品とのこと)は、1992年のロドニー・キング事件と人種暴動で無法地帯になったLAを舞台にしていて、その点がわかりやすく出ている。そう考えると、この作品の映画化を手がけたのがクリント・イーストウッドだったのはまさに適役のように思えてくる。イーストウッドは『ダーティハリー』から『ミスティック・リバー』まで、法を超えた解決は肯定されるのか?という問題をよく描いてきた人なので。

ちなみに、短篇「ミリオンダラー・ベイビー」には映画版のモーガン・フリーマンにあたる人物が出てこない。映画版の脚本では本書収録の別の短篇から登場人物を引っ張ってきているらしい(主役がふたりともあまり喋らない人物なので、「語り部」が必要になったのではないかと思う)。面白い脚色をしているようで、まだ見ぬ映画版にも期待が高まる。

2005-05-11 00:37 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-09

『憎しみ』

amazon: 憎しみ

La Haine / 1995年 / フランス / 監督: マチュー・カソヴィッツ

冒頭の「50階から飛び降りた男の話」の語りかけを聞いて、この映画の作り手は本気だ、と直感したので襟を正して見る。その期待は最後まで裏切られなかった。

最近はもっぱら『アメリ』のビデオ店員として知られるマチュー・カソヴィッツだけど、これが評判を呼んで監督としての出世作になったというのも頷ける。

黒人音楽のリズムに乗せてストリートの若者たちの生活を描く、いわばフランス版のスパイク・リーのような印象の作品だけれど、単なる借り物ではなくて主人公たちの現実感を描くために手法を自在に使いこなしている感じがある。(他にもマーティン・スコセッシやジム・ジャームッシュなど、いわゆるニューヨーク派の映画の影響が見える)

主人公たちはパリ郊外の低家賃住宅(団地)に住んでいるユダヤ系、アフリカ系、アラブ系の青年三人で、ここの様子はかつてジャン・ヴォートランの小説『パパはビリー・ズ・キックを捕まえられない』『鏡の中のブラッディ・マリー』で描かれていた。ヴォートランの小説でもそうだったように、ここの住民は誰も自分の現在の生活に満足していない。モノクロの映像が、華やかに見えるパリの裏側には彼らの抱えるくすぶった閉塞感があることを伝えていて説得力がある。

主人公のヴィンス(ヴァンサン・カッセル)が拾った拳銃を手放そうとしないのは、そうした退屈な日常生活を突き破る解放感を得たいからだろう。映画というのは非日常の可能性を描くものだと思うけれど、この銃はまさに日常から非日常の世界につながる鍵として映画を成り立たせている。逆にアフリカ系のユベールがあくまで銃に興味を示そうとしないのは、彼が音楽を操ることで自分なりに「非日常」の瞬間を得られる才能を持っているからに違いない。(部屋から飛び出した音楽が団地の壁に反響していく場面は美しい)

ただし、この映画で「団地」は単に荒廃した吹きだまりとして描かれるばかりではなくて、異なる人種がお互いの違いを認めながら分け隔てなく付き合える、そんな関係の発生する場所としても描写されている。

映画内で「憎しみは憎しみを呼ぶ」「大事なのは落下ではなく着地だ」といったメッセージがそのまま語られて劇中の出来事と結びつく、このあたりは生意気にも「青いな」と感じてしまうのだけれど、これを撮ったとき監督・脚本のマチュー・カソヴィッツは27歳だったそうで、それならわかる気もする(いまの自分と同年齢ですが……)。その年齢ゆえの切迫感が良い方に出た作品だと思う。[★★★★]

2005-05-09 07:53 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-07

『ライフ・アクアティック』

The Life Aquatic with Steve Zissou / 2004年 / 米国 / 監督: ウェス・アンダーソン

いんちきくさい「海洋ドキュメンタリー」を作る映画監督を主人公にして、その怪しげな映画製作の内幕を描く……つまり、フェイクにフェイクを積み重ねることで真実に迫ることができるのではないかという映画。いかにもアメリカの若手作家が頭の中でこねあげたような作品で、面白くなかった。僕はこの監督の作品では世評の高い『天才マックスの世界』よりもビル・マーレイが出ていない主役でない『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』のほうが愉しめたくちなので、ビル・マーレイを好きかどうかでも評価が分かれるのかもしれない。スパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンの『アダプテーション』もそうだけど、中身がないのに「外し」だけやってもしょうがない気がするんだけどなあ。

主役格のビル・マーレイやオーウェン・ウィルソンが「俺たちがこんなくだらないことをやるなんてクールでしょ?」というぬるい馴れ合い気分を振りまくなか、雑誌記者役のケイト・ブランシェットだけが良かった。ブランシェットは『アビエイター』のキャサリン・ヘップバーン役をそのまま持ち込んだかのような喋り方で、「チーム・ズィスー」のユニフォームなんて着なくても「底なしの虚構」みたいなのを余裕で体現できているのに空恐ろしさを感じた。ビル・マーレイとオーウェン・ウィルソンの半端な親子ごっこなんてどうでも良いので、ケイト・ブランシェットをもっと映してほしかった。

ところで、恵比寿ガーデンシネマでこの映画と同時上映されているのがウディ・アレンの『さよなら、さよならハリウッド』なのだけれど、どちらも「落ち目の映画監督」を主人公にしてその映画製作の内幕を描いた作品で、疎遠にしていた「息子」と和解したり、若い女性記者が取材に来る……など、妙に共通点が多い。

ちなみにこの映画を見て、ウィレム・デフォーはマーク・ウォルバーグを超えるチンパンジー顔であることに気がついた。[★★]

2005-05-07 21:12 [movie] | Permanent link | Comments (2)

『甘い人生』

Dalkomhan insaeng / 2005年 / 韓国 / 監督: キム・ジウン

近所の映画館では昨日まで1番大きなスクリーンにかかっていたので、駆け込みで見に行った。イ・ビョンホンが無愛想な主人公を演じるギャング映画で、夜の光景と飛び散る血しぶきが美しい。主人公が理不尽な虐待を受けてその理由を探そうとするところは『オールド・ボーイ』と似ていなくもない。

主人公がボスの愛人の監視を仰せつかる……という発端だけで大体の筋書きが読めてしまうし、そもそもその依頼がいかにも映画のためのようでわざとらしいとか、男たちの争いの元になるヒロインにあまり魅力を感じられないとか(何故にビョン様があんな女に情けをかけたために身を滅ぼさねばならんのか……)、いくらなんでもイ・ビョンホンが不死身すぎるとか、気になる点も多くて定型の域は出ていないように思うけれど、画面は綺麗に撮られているので見ていて心地良かった。シリアスな場面に微妙なずっこけ要素を入れているのが巧い配分で、感情過多にならずに引っ張られる。後半の凄惨な暴力描写もなかなか決まっている。[★★★]

2005-05-07 20:14 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-05

『エレニの旅』

Trilogy: The Weeping Meadow / 2004年 / ギリシャ・フランス・イタリア / 監督: テオ・アンゲロプロス

そろそろアンゲロプロス作品に入門でもしようかと思っていたところ、ちょうど新作が劇場にかかっていたので見に行ってみた。しかし、これは失敗作じゃないだろうか……。

両世界大戦前後のギリシャ現代史を背景に、歴史に翻弄されるヒロインの受難を描くという映画なのだけど、個々の場面は端正に造型されていていて見ごたえがあるにしても、物語の流れがないので悲劇が場当たり的に起きているようにしか見えない。さして生活を描かれていない村が突然水没してしまったり、ろくに出てこない双子の息子がいつのまにか戦死していたりしても、それは形だけの「悲劇」にしかならなくて、観客が作中人物の悲痛や喪失感を共有することはできないだろう(しかもどうして「双子」なのかと思ったら、ただ単に内戦で敵味方に分かれるという類型に当てはめたかっただけみたいで……)。そもそも同じ時代に似たような苦難を味わった人はたくさんいるだろうに、どうしてこの主人公たちが特別に取り上げられるのかわからない。

ただし、「地下音楽会に父親が侵入→里に戻って犠牲の羊を見る」までの一連の場面は見事な撮り方だった。このあたりの場面はカメラがゆったりと動いて、あくまで切り返しはしないので登場人物と観客の視野にずれが生じるのが面白くて、これがよく言われる長回しとワンシーン・ワンカットか……と感心した。たしかにすごいものを見たような気になる。画面の構図も絵画的で見惚れる。

画面を汽車が何度も横切る。平凡な解釈だけど、汽車は「抗えない運命」を象徴しているということだろうか。

ということで、見るべき点もあるとは思うのだけれど、後半は一本調子の「悲劇」が続いてあまりに苦痛だったということで。[★★★]

2005-05-05 20:11 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-04

『北国の帝王』

Emperor of the North / 1973年 / 米国 / 監督: ロバート・アルドリッチ

時は大恐慌時代、無賃乗車の常習犯リー・マーヴィンと鬼機関士アーネスト・ボーグナインが汽車の上で死闘を繰り広げる!……と、もはや史実に即しているのかも定かでない「男の対決」が過剰に自己目的化した映画。というか、あの汽車は誰が動かしているんだろう。

とても変な題材、かつ登場人物が皆狂っている映画で面白かったけれど、リー・マーヴィンに弟子入りしようとする若者の役割がいまひとつ生かされていないとか、大雑把で気になる点もある。どちらかというとビデオを探すよりテレビ東京の昼間に偶然やっているのを見て愉しむ映画のような気もする。[★★★★]

2005-05-04 21:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ウエスタン』

amazon: ウエスタン

Once Upon a Time in the West / 1968年 / イタリア・米国 / 監督: セルジオ・レオーネ

英語題にも示されているけれど、ここまで行くともう活劇というより叙事詩ですね。イタリアで西部劇を夢想しながら作るというのはもとから虚構をはらんだ枠組みなわけで、そこに失われた過去の時代をありありと再現するという趣旨が相乗効果になって、リアリティを超えた奇妙な感動をもたらしてくれる。エンニオ・モリコーネの音楽は、かつてありえたかもしれない、でも映画の中にしかない西部開拓時代の風景を追憶する気分に満ちている。

今回はチャールズ・ブロンソンが「名前のないヒーロー」の座を与えられているけれど(IMDbによると役名が"Harmonica"だ……)、男たちの争いの中心にクラウディア・カルディナーレの演じるヒロインが登場してくる。この体格の良いヒロインの存在は、土地に根を下ろして将来を築いていく生き方を象徴していて(背後にある鉄道敷設の計画も同じ)、流れ者たちが争う血なまぐさい時代はもう終わりを迎えるだろうことが示される。

例によってレオーネ監督の演出は対決場面でゆったりと見栄を切るので長尺になっているけれど(あと個人的には、「滅びゆく男の美学」みたいなのにさほど興味が湧かないのも否めない)、絵になる場面がふんだんにあって退屈はしない。西部劇の枠組みを超えた名作といってもいいのではないかと思う。「『ウエスタン』の素晴らしき世界」の記事で指摘されている「西部劇版ビスコンティ」というのは、言われてみるとなるほどと思った。

シナリオの原案はセルジオ・レオーネ、ダリオ・アルジェント、ベルナルド・ベルトルッチの合作によるものらしい。いま見るとえらく豪華な顔ぶれなので驚く。[★★★★]

2005-05-04 21:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-03

『サーティーン あの頃欲しかった愛のこと』

Thirteen / 2003年 / 米国・英国 / 監督: キャサリン・ハードウィック

『ウィズ・ユー』『シモーヌ』で可愛かったエヴァン・レイチェル・ウッドが、濃いメイクをして舌やへそにピアスをつける反抗期の少女を演じる。「あの娘がこんなことに……」という映画。主人公を不良少女の道に誘い込む友人の役で出演しているニッキー・リード(1988年生まれ)の実体験をもとにした映画化なのだそうで、脚本はニッキー・リードと監督のキャサリン・ハードウィックの連名になっている。

思春期の少女の不安定さをリアルに再現した映画としては「まあ、こういうこともあるんだろうな……」という興味で見られるのだけど、逆に言えばどこにでもありそうな話で、この登場人物たちのどこに映画としてわざわざ描くような特別なところがあるのか、見ていてもわからない。十代の不安なんてのは多くの人が通過する時期で、当の本人にはそれぞれ深刻な事情があるのだろうけど、何か凡庸さを突き破るような要素がなければ「私はこうなって大変でした」という個人の体験記に終わってしまい、普遍的な共感を呼ぶような物語にはならないだろう。結局、この主人公の少女に何か特別な点があるとすれば、身近に映画関係者がいたので自分の実体験を映画として取り上げてもらえたということと、本人が女優として映画に出られるくらい見た目が良かったということだけなんじゃないだろうか。(ニッキー・リードの実の父親は『マイノリティ・リポート』などの映画の美術監督を務めているセス・リードで、そこから映画化の話が始まったようだ)

撮影監督は『アイ・アム・サム』『ホワイト・オランダー』などのエリオット・デイヴィスで、この2作品と似たような、全体に青みがかった手持ちカメラ風の粗い映像になっている(今回は母親役がミシェル・ファイファーでなくホリー・ハンターだけど)。これはいくらなんでも作為的な撮り方に感じるのと、被写体の俳優があまり綺麗に見えなくなるので、個人的には好みではない。ただ、思春期の不安な心理や家庭内の荒れた雰囲気を出すという意味で、この作品内での必然性はそれなりにあるとは思う。[★★★]

2005-05-03 08:21 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-05-02

『ウィスキー』

Whisky / 2004年 / ウルグアイ・アルゼンチン・ドイツ・スペイン / 監督: フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール

珍しやウルグアイの映画ということで、去年の東京国際映画祭でグランプリを獲ったときから気になっていた作品。映画自体の出来もなかなか良かった。

独身の男女が体面を繕うために夫婦を演じることになる……という、人情コメディの定番のような筋書きなのだけど、とにかくうらぶれた場所と冴えない顔の人物しか出てこないのがいかにもウルグアイの辺鄙さを表しているようで面白い。登場人物か寡黙なのもあって、「南米版カウリスマキ」という評があったらしいのもうなずける。画面に映る室内の隅々まで生活感があって、ほとんど説明がなくても見ているだけで登場人物がこれまで積み上げてきた暮らしや性格が伝わるようになっている。丁寧に作り込まれた作品だと思う。

あくまで小品なので特に騒ぐような映画ではないけれど、ふらりと入った映画館でこんな作品がかかっていたら拾い物だろうと思える秀作。

幕切れは手堅い人情コメディとして締めるのかと思っていたので肩透かしのようにも感じたのだけれど、後から振り返ってみるとあれもありだったかなという気もしてきた。[★★★★]

2005-05-02 06:44 [movie] | Permanent link | Comments (1)

2005-05-01

『バッド・エデュケーション』

La mala educacion / 2004年 / スペイン / 監督・脚本: ペドロ・アルモドバル

メキシコの新星、ガエル・ガルシア・ベルナルを謎めいたファム・ファタル的な存在に仕立て上げる、つまり男色版フィルム・ノワールみたいなのを狙った映画。劇中の映画館でフィルム・ノワールの特集上映が催されているのがこれ見よがしに映されたりもする。

ガエル・ガルシア・ベルナルの肉体に注がれる熱い眼差しは徹底していて(いわゆる「ウホ!いい男」的というか……)、プールで泳ぐときに股間が見えそうで見えない、とかの際どい描写がこれでもかと繰り出される。女優に対する似たような演出は伝統的に許容されてきたのだから、男優のそれも受け容れなければならないのだろう……と頭では考えながらも、実感としてはやはり普段見慣れないものなので違和感を抑えるのがなかなか難しい。という、結構政治的な論点をはらんだ映画といえるかもしれない。(本当か?)

筋立てはメタフィクション的な仕掛けを入れているものの、結局過去の出来事を徐々に明かしていくミステリーの体裁を取っているので、特に後半は登場人物のわかりきったような回想を平板に再現するだけの説明的なものになってしまう。ショウビズ界の裏側を描いていて、フィルム・ノワールの枠組みを借りている……ということで思い出すデヴィッド・リンチの『マルホランド・ドライブ』などを通過してきた身からすると、だいぶ物足りなく感じる。

物語の導入部は1980年で、そこからやがて事件の発端になる少年時代の記憶に遡ることになる。この寄宿学校時代は時期からするとフランコ政権下の話で、それ以降の物語は1975年のフランコ政権崩壊以降の出来事ということになる。フランコ政権時代の抑圧の反動として性的解放を描く、というのが根本にある作家なんだろうと思った。[★★★]

2005-05-01 23:22 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-28

荒木先生も公認の関係

『続・夕陽のガンマン』の感想で書き忘れたのだけれど、あの映画に出てくる人物の漫画的なキャラの立ち具合はどこか『ジョジョの奇妙な冒険』を思い出させる。イーストウッドの無愛想さと要領の良さは第三部の主人公「空条承太郎」のようだし、承太郎の周りにはだいたいイーライ・ウォラックのようにひたすら小細工を弄して損な目を見る道化者キャラが出てくる。

週刊少年「荒木飛呂彦」 100の質問の記事によると、

Q77: 空条承太郎を演じるとすれば誰?

A: イメージで描いたのはクリント・イーストウッド、走ったりしないところが

なのだそうで、イーストウッド=空条承太郎というのは荒木飛呂彦自身がもともと念頭に置いていたのか。その他にも場面ごとの強烈なはったり感覚や台詞回しに通じるものを感じるので、『ジョジョ』好きな人は気に入りやすいのではないかと思う。

2005-04-28 22:24 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-27

『続・夕陽のガンマン』

amazon: 続 夕陽のガンマン

The Good, the Bad and the Ugly / 1966年 / イタリア / 監督: セルジオ・レオーネ / 音楽: エンニオ・モリコーネ

マカロニ・ウェスタン初心者なので、墓場で決闘が始まったと思ったらいつのまにか周りが円形闘技場のように丸く開けていて、モリコーネの音楽が猛烈に場面を盛り上げる、といった感じのイタリア的はったりにしびれる。

原題は「善い奴、悪い奴、狡い奴」なのだけど、イーストウッドとイーライ・ウォラックとリー・バン・クリーフの三人とも金目当てで動いていて誰も正義の味方に見えないので、どちらかというと「悪党たちのジャムセッション」という感じのような……。

個々の場面ごとに見るとたいへん見事で、大仰な演出のなかにユーモアもあって素晴らしいのだけれど、話のつなぎがぎこちないので3時間は多少長く感じるのも否めない。物語が偶然の出来事で次の段階へ進むことが多いし、場面が転換するたびに、ある見せ場に向かって登場人物がそれぞれ段取りをこなしていく……という展開が繰り返されて、TVゲームのRPGみたいに思える(これは宝探しの話だからある程度仕方ない面もあるのだろうけど)。例えば『ワイルドバンチ』でも同じような「橋の大爆破」が描かれていたけれど、それはストーリーラインの流れに沿ったもので、この映画ほど「寄り道」の感じを与えるものではなかったと思う。そんなわけで留保したい点もあるけれど、出てくるキャラクターが漫画的に立ちまくっていて堪能できる。[★★★★]

2005-04-27 23:45 [movie] | Permanent link | Comments (32)

2005-04-26

『独立愚連隊』

amazon: 独立愚連隊

1959年 / 日本 / 監督・脚本: 岡本喜八

これは満州を「西部の荒野」に見立てた日本版ウェスタン活劇で、たいへん面白かった。何と言っても佐藤允の演じる主人公の陽気で軽やかな魅力が素晴らしい。こんなに曇りのないヒーローを見たのは久しぶりの気がする。

前半は部隊内で起きた変死事件の真相を主人公がかぎ回る「探偵小説ごっこ」を続けながら人物を紹介していって、終盤にようやく題名の「独立愚連隊」の活劇が出てくる。そのあたり何となく構成がぎこちない気もするけれど(ヒロインの雪村いづみも何のために出てきたのかという役回りだし)、個々の場面やキャラクター造型は面白いのでさほど気にならない。クライマックスでは『ワイルドバンチ』ばりの(というか10年早い)皆殺し銃撃場面まで出てきて、昔の日本映画ではこんな作品も作られていたのかと感心した。

この映画の設定だと中国人は西部劇における「インディアンまたはメキシコ人」にあたるわけで、従軍慰安婦の扱いも含めて、現代では政治的にきなくさすぎて到底製作不可能な題材だろう(その点は内田樹の「おとぼけ映画批評」でも詳しく指摘されている)。そういった規制のかかっていない大らかな心地良さも含めて、いま見ても貴重な歴史遺産として愉しめる。[★★★★]

2005-04-26 21:51 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-04-25

『海を飛ぶ夢』

Mar adentro / 2004年 / スペイン / 監督: アレハンドロ・アメナーバル

アレハンドロ・アメナーバル監督はこれまで無茶っぽいスリラー映画を作る若手監督という印象があったので、その新作が尊厳死をめぐるシリアスドラマというのは意外だったのだけれど、これは感傷や結論を押しつけない秀作になっていて良かった。主人公役のハビエル・バルデムはただならぬ気高さを漂わせていて、他の出演者も本当にこんな人がいそうだと思える説得力のある顔ぶれで隙がない。

よく考えると、過去の作品『オープン・ユア・アイズ』や『アザーズ』も生死の狭間にいる主人公を描いていることでは通じるので、監督自身のなかでは一貫した題材選びなのかもしれない。

この映画で立派だと感じるのは、自分よりも哀れな境遇の他人を見て同情するという、「感動作」にありがちな態度をいっさい取っていないところで、その考え方は主人公と甥が何度か交わす会話に端的に示されている。ここで主人公が伝えようとしているのは、もし自分が相手と立場を交換したらどう思うだろうか、と考える想像力を持ちなさいということだろう。それは相手に「共感する」ことと同じではないし、この映画は自死を願う主人公に共感できるような描き方は必ずしもしていない。そうした自分以外の他者の立場を想像する「反実仮想」を実践するということが、フィクションの映画(たとえ実話が元でも、俳優が演じるのならフィクションには違いない)をわざわざ作ることにどんな価値があるのかという問いへの監督なりの回答でもあるように感じられた。(まあ、そのあたりを台詞でじかに語ってしまうのは弱いかもしれないけれど)

頭部しか動かせない寝たきりの主人公が死を願う映画といえば『ジョニーは戦場へ行った』を連想する。この『海を飛ぶ夢』は『ジョニーは戦場へ行った』(これは四肢に加えて目・耳・喉を失った青年が「死なせてくれ!」と絶叫する、まさに極限の暗黒映画)のようにあざとく悲惨さを強調した映画ではないけれど、自ら死を選ぶことが願いを叶えるハッピーエンドになるというのはやはり居心地の悪い感じが残る。後半に描かれる「自殺の権利を認めさせようとする」裁判などは、例えばアントニイ・バークリー『試行錯誤』の「主人公が有罪(=絞首刑)になるために四苦八苦する」というブラック・コメディ裁判とそう変わらないだろう。ついでにいえばこのあたり、主人公の反キリスト教的な主張がカトリック社会の倫理を攪乱する『異邦人』な感じとか、自殺予告をした人が知らぬ間に支持運動を呼んでしまう『群衆』な感じもあって、それぞれ面白い。この難しそうな話を映画はさらりと当たり前のドラマとして(宗教的になることもなく)描いていて、共感のできる視点だと思った。ホラーやSF風の作品を手がけてきた監督ならではの醒めた見方なのかもしれない。[★★★★]

2005-04-25 23:37 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-24

岡本喜八オールナイト第3夜: 「お国のために」なんてクソくらえ!

先の週末は浅草東宝オールナイト企画、岡本喜八監督特集の第3弾(上映作品: 『日本のいちばん長い日』『肉弾』『江分利満氏の優雅な生活』『大誘拐』)に行っていたので、いまさらながら感想でも。(今週は行かなかった)

■『日本のいちばん長い日』(1967年)

橋本忍脚本。劇場スタッフの解説によると、もともと別の監督(小林正樹)が手がける予定だったのが降板してお鉢が回ってきた企画らしい。オールスター大作のうえ実話再現ドラマという趣向なので窮屈そうな感じもあるけれど、飛行兵の出撃を見送る女声合唱が別の室内場面に重なる、といった音楽的な演出がいくつかあるのは面白い。ただ結局、僕がもともと愛国心に欠けるせいなのか、この題材(終戦放送の裏話)に歴史の勉強という以上の興味は湧かなかった。反乱将校の中心人物で、直情型の熱血陸軍将校という類型をひとりで背負って浮きまくっている黒沢年男の畑中少佐は実在の人物なのか気になった(後で調べたら名前は同じでも年齢や人物像はだいぶ変えてあるらしい)。[★★★]

■『肉弾』(1968年)

『日本のいちばん長い日』の日本政府上層部に対して、無名の一兵卒の視点から終戦を描いた映画。この日に見た作品ではこれが一番良かった。過酷な軍隊生活をユーモアでやり過ごそうとする前半部の軽やかさが特に素晴らしくて、少し見ているだけで主人公を好きにならずにいられなくなる。後半はその軽妙さを押しつぶして「戦中派」の叫びが声高に語られるようになり、心象風景もしつこくて正直なところ表現として古く見えるのは否めない。でも監督の心情としてはこれをやらずにはいられなかったんだろうから仕方ないか。

語り手が第三者として主人公(「あいつ」)の思い出を語るという構造なのだけれど、明らかに自分の「分身」としてその内面を代弁しはじめるねじれた感じもある。普通ならそれは破綻といえるのだけれど、この作品では当時の自分が同じ道をたどっていたかもしれない若者を描くという監督の切実な意志を感じられる。

「大したことはない。本当に大したことはない。」と言い聞かせるように繰り返すところが『スローターハウス5』の「そういうものだ。」を思い出させる。『ジョニーは戦場へ行った』や『スローターハウス5』のような「見捨てられた兵士の悲痛」の日本版にあたるのがこの作品ではないかという気がする(ちなみに、『スローターハウス5』作者のカート・ヴォネガットと映画版監督のジョージ・ロイ・ヒルは1922年、岡本喜八は1924年生まれなのでほぼ同世代)。[★★★★]

■『江分利満氏の優雅な生活』(1963年)

映画の後半、主人公の戦中派オヤジの演説に若手社員が朝まで延々と付き合わされる場面があるのだけれど、それはこのオールナイト上映企画のことでもあるのだろうか……。

戦後日本の平和は無数の戦死者たちの犠牲の上に築かれている、と主張する「戦中派」の岡本喜八監督の外部的な視点が入ることで、結果的に当時の日本の平均的な中流サラリーマン生活を描いた「歴史映画」としていまでも古びずに見られる。アメリカ人の同居人による異文化の視点が入るところなど、戦後社会の市民生活に外部から突っ込みを入れていこうという感じが計算されているのがわかる。

『肉弾』と続けて見ると、『肉弾』の主人公と同じような境遇でたまたま生き残ったのが江分利満氏なのかもしれない、と思う。

『江分利満氏の優雅な生活』と『肉弾』の主人公はどちらも眼鏡をかけていて、単にかけているだけではなく眼鏡がその人物像の一部を形成しているように見える(岡本喜八監督自身も眼鏡をかけていたようだから、監督の分身という意味もあるのだろう)。眼鏡は自分の内面を隠して、周りの世間との間に距離を置くようにする性格を表しているのだと思う。そうした一見シニカルな態度が映画のなかでは、自分を茶化すことのできる客観的なナレーションと、シリアスな現実を戯画化して伝えるアニメーションという手段で表現される。[★★★★]

■『大誘拐 Rainbow Kids』(1991年)

天藤真の原作の映画化なのでなじみのある題名だけれど、これだけ1990年代の作品で製作時期が後になるせいか、上の3作に較べると単にTV的な演出のサスペンスという印象で、だらだらとした説明が多いのもあって画面の強度は大幅に落ちる。

誘拐犯と被害者の立場が主客転倒するという基本構想は面白いものの、物語の中心人物になる老婆(北林谷栄)が作中の台詞でやたら大物扱いされて持ち上げられるわりに、実際の画面ではそれだけの存在感が出ていなくて弱い。誘拐犯の主犯格に風間トオルの顔を見つけて、かつての「トレンディドラマ」という言葉を思い出した。

今回の上映企画のテーマ(「お国のために」なんてクソくらえ!)とどのように結びつくのか、最後になってわかるという趣向は気が利いている。[★★★]

2005-04-24 07:35 [movie] | Permanent link | Comments (2)

『さよなら、さよならハリウッド』

Hollywood Ending / 2002年 / 米国 / 監督・脚本:ウディ・アレン

ウディ・アレンの3年前の作品がなぜか遅れて日本公開。今回は『ブロードウェイと銃弾』みたいな映画内幕ものということで期待できるかと思ったものの、近年の『おいしい生活』や『スコルピオンの恋まじない』と変わらず、ウディ・アレンの衰えぶりが目立つ出涸らしの自己パロディという感じだった。

「目が見えないのを隠し通そうとする」という単純なシチュエーション・コメディを演じるだけでいまのアレンが2時間を持たせるのは苦しいようで、「誰もいない方向に話しかける」というギャグをワンパターンに繰り返すだけでまったく笑えない。潔く開き直って「老人コメディ」という分野を開拓しようとしているようにも見えないし……。ヒロインのティア・レオーニをはじめとする脇役の造型も冴えなかった。

年上のクリント・イーストウッドがまだ現役ばりばりの活躍を見せているだけに、アレンにももうひと花くらい咲かせてほしいものだけれど、このぶんだと厳しいかなあ。[★★]

2005-04-24 00:17 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-23

『コンスタンティン』

Constantine / 2005年 / 米国 / 監督: フランシス・ローレンス

霊界探偵・キアヌ君が妖魔と戦い、窮地になると地獄から「ザ・ワールド」使いを召還する少年ジャンプ映画。というか主人公の名前が「J.C.(=救世主)」だとかのキリスト教要素を抜きにすると、日本の伝奇漫画では類似作品多数と思われる。アメコミの映画化らしいけど、どこも似たようなことをやっているんですね。

映画本編は、やりたいことはおおむね了解できるのだけどいまひとつ中途半端で締まりがない。まず導入部で描かれる双子の片割れ、イサベルの怪死事件の解決を引っ張りすぎていたりと、物語の流れが良くない。キアヌ・リーブスは「ニヒルなヒーロー」に必要な「苦虫を噛みつぶしたような表情」が似合っていないし、ヒロインのレイチェル・ワイズに惹かれているように微塵も見えないのが困る。他の候補者はいなかったんだろうか。レイチェル・ワイズは何度もずぶ濡れにされるわりにあまり色っぽく見えない。この人はわりと好きな女優なのだけれど、同じ映画内で綺麗に見えるときとどうでも良いときの振り幅が大きい気がする。

終盤15分でティルダ・スウィントンとピーター・ストーメアの扮する狂ったキャラがいきなり登場して暴れ出すところは怪作コスプレ映画みたいで面白いので、ここまでをもうちょっとテンポ良く見せてくれたらと思う。荒唐無稽なオカルト探偵ものでは『エンゼル・ハート』のほうが良かった。ちなみに、せっかくガブリエルとサタンが出てくるのに「神」は姿を現さないのだけれど、『ブルース・オールマイティ』によれば「神=モーガン・フリーマン」ということになるはずだ。

ところで、eiga.comのフランシス・ローレンス監督インタビューによると、今後の監督予定作としてはチャック・パラニュークの『サバイバー』を映画化する企画があるらしい。[★★★]

2005-04-23 13:06 [movie] | Permanent link | Comments (1)

2005-04-22

『リリア 4-ever』

Lilja 4-ever / 2002年 / スウェーデン・デンマーク / 監督・脚本: ルーカス・ムーディソン

『ボーン・スプレマシー』の終盤に登場して印象的だったロシアの少女、オクサナ・アキンシナの主演作品。日本では劇場未公開・DVD未発売ながら、CSのシネフィル・イマジカで放送していたので見られた。

冒頭の場面、身投げをしようとする少女の切迫した姿を映した後で、そこに至るまでの顛末が順々に語られていく。我々観客は主人公が母親に見捨てられ、さらに悲惨な目に遭っていくのをただ黙って見ていることしかできない(「そっちへ行っちゃいけない……」と思いながら)。観客にどれだけ衝撃を与えられるかを狙って作られている映画で、鑑賞後には『隣の家の少女』のような重苦しい気分が残る。ルーカス・ムーディソン監督がもともと手持ちカメラでの撮影など、ラース・フォン・トリアーに近い撮り方をしている監督なのを思い出した(製作国にデンマークも入っているし)。

ルーカス・ムーディソンは前2作の『ショー・ミー・ラヴ』『エヴァとステファンとすてきな家族』で、社会になじめず疎外された人々が仲間を見つけて救われるところを描いていたけれど、今度はそういうセーフティ・ネットの届かない過酷な現実がありうることを描きたくなったということだろうか。ここまで方向転換すると次はどこへ行くのか気になる。

作中、主人公に与えられる食事として見慣れたマクドナルドの商標が何度か出てくる。そのたびに、これは絵空事ではなく、現実に僕達の消費生活や経済とつながっている世界の話なんだと知ることになる。

ただ個人的には、この作品のように青少年が不幸な役柄を演じる映画を実写で見ると、本人はどう感じているのだろうかと気になってたまに物語から醒めてしまうことがある。この作品もいくらかそういうところがあって、例えばラース・フォン・トリアーみたいにどこまで本気かわからないような作劇をしていればそれでも気にならないのだろうけれど、これは基本的にリアリズム一本調子の映画なのでちょっと苦しい。あと、幻想シーンの入れ方がいかにもどこかで見たような感じでわざとらしいのが気になった。とはいえ、特に中盤あたりのいつ不幸に転調するのかわからない不安感は忘れられない。[★★★]

2005-04-22 00:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-15

『キートンのセブン・チャンス』

amazon: キートンのセブン・チャンス

Seven Chances / 1925年 / 米国 / 監督・主演: バスター・キートン

バスター・キートンの映画を見ていると、映画は追う者と追われる者、走る人物と目的地さえあればそれだけで成り立つんだなとひたすらそのシンプルな原理に感心する。『探偵学入門』に「探偵と犯人」が出てくるのはそのためだし、この『セブン・チャンス』の「愛し合うふたりが離れた場所にいる」という状況もまさにその通りだ。

『探偵学入門』は乗り物を使った追いかけっこの原点という感じがあったけれど、『セブン・チャンス』は話がどんどんふくらんで「やたら数が多くなる」こと自体で笑わせる、という手法を追究した開祖かもしれない。

バスター・キートンの現実離れした運動能力と無表情な外見、そして不死身ぶりは、いま見ると生身の人間というよりアニメの世界の人物のように見える。実際、僕が去年見た映画でバスター・キートンの作品にいちばん近いと思うのは、アニメ映画の『ベルヴィル・ランデブー』だった。(台詞のないサイレント風映画だからというのもあるけれど)[★★★★]

2005-04-15 01:25 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ああ爆弾』

1964年 / 日本 / 監督・脚本: 岡本喜八

CSの日本映画専門チャンネルで放映していたので視聴。爆弾騒ぎ(=戦争の名残り?)で戦後市民社会を攪乱する昭和ミュージカル・コメディ。冒頭の「能」パロディの馬鹿馬鹿しさに乗れるかどうかで評価が分かれるのではないだろうか。個人的にはそのあたりはちょっとついていけなかったのだけれど、銀行や選挙運動などのいかにも「昭和」な市民社会の風景が突如どたばたコメディやミュージカルの場として解体されていくところは、何か異様なものを目にしてしまったという感じで面白い。「万年筆」の騒動を「ゴルフボール」でもういちど繰り返す脚本の展開が、多少ひねりに欠けて弱いかもしれない。原作がなぜかコーネル・ウールリッチというのが意味なくて笑える。[★★★★]

2005-04-15 00:27 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-12

bk1リニューアルオープン

オンライン書店ビーケーワンがリニューアルオープン。試しに使ってみたら、常用しているブラウザのOpera 8(beta)でも買い物ができるようになっていたので安心した。(リニューアル前はなぜか相性が悪く、購入の操作ができなかった)

商品個別ページのURLがISBNベースになると便利そうな気がしたのだけど、さすがにそこまで全面的に改装するのは無理か。

オンライン書店ビーケーワン: ガイド&ヘルプ>ご利用ガイドによると、これまでの検索フォームは使えなくなるので、新しいのを準備中らしい。

2005-04-12 23:58 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『ガール・ネクスト・ドア』

amazon: ガール・ネクスト・ドア

The Girl Next Door / 2004年 / 米国 / 監督: ルーク・グリーンフィールド

あのジャック・ケッチャム先生の鬼畜小説[amazon]を遂に映画化……というわけでは無論なく、もし隣の家にエロいお姉さんが引っ越してきたら、という男子中高生の妄想を具現化したお気楽青春映画。連続TVドラマ『24』で主人公の娘を演じていたエリシャ・カスバートがヒロインのせいか、TSUTAYAでは大量入荷されているようだ。

そのエリシャ・カスバートは『24』に続いて安い色気を振りまいているのが役柄に合っていて良く(『ビデオドローム』のデボラ・ハリーに似ている気もする)、『スパイダーマン』のキルステン・ダンストではいまひとつ萌えられないという欲求不満の男子にお薦めできる。作品自体も意外にきちんと筋立てをまとめていて愉しめた。結末に向かう伏線もそれなりに張ってある。

主人公の男子高校生(エミール・ハーシュ)を単なるボンクラではなく生徒会長を務めるエリート志向の優等生という設定にしているのがこの種の青春映画では目新しい感じで、ちょっと漫画の『東京大学物語』を思い出した(主人公はもちろん妄想癖が激しい)。あと、たまたま最近読んだ漫画の安達哲『さくらの唄』と展開がいくらか重なる。『さくらの唄』では「文化祭で実録ボルノビデオを上映する」、『ガール・ネクスト・ドア』では「プロム(卒業パーティ)で実録風ボルノビデオを撮影する」というクライマックスを経て、それぞれ主人公が人生の次のステージへ踏み出すことになる。

ただ、もともと主人公が着替えを覗いて発情したというだけの話がいつのまにか「真実の愛」の美名にすり替わっていたりとか、ヒロインは元ポルノスターなんだから主人公が貯めた「基金」に相当する資金くらいはきっと持っているんじゃないかとか、ポルノ的な御都合主義から脱しきれていないのも否めないので、あまり胸を張って褒める気にはならないのだけれど。[★★★★]

2005-04-12 23:07 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-04-09

『キートンの探偵学入門』

amazon: キートンの探偵学入門

Sherlock Jr. / 1924年 / 米国 / 監督・主演: バスター・キートン

サイレント時代の名作とされる映画だけど、本当に映画の教科書のような作品で素晴らしかった。単純に「これはどうやって撮っているんだろう」と呆気に取られてしまうような活劇場面が次々と手品のごとく披露されて目を離せないし、列車・自転車・自動車という乗り物を登場させたうえでそれぞれ意表を突いた使い方をしているのも見事。さらに「映画=夢の世界」という視点を織り込んで、それを乗り越えた地点までを示す映画論にもなっている。

この名作の主人公(バスター・キートン)が「名探偵」に憧れる見習い探偵という設定になっているのを、いちミステリ読者としては素直に喜びたい(『探偵術教えます』を思い出した)。腕力がなくてもヒーローになれる存在が「名探偵」だからだろうか。

とにかくどこを見ても、映画の面白さとはこういうものなんだと納得させられる。至福の50分間でした。[★★★★★]

2005-04-09 23:22 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-05

2005年本屋大賞に『夜のピクニック』

それはともかく本屋大賞のサイト、写真がぼけぼけなのは何とかならないのだろうか……*1。作品の関連記事では、『波』掲載の著者インタビュー「書くべき時に書けた高校三部作の完結編: 恩田陸『夜のピクニック』」というのがあった。

『夜のピクニック』も悪くないけど個人的には近作の『ユージニア』のほうが面白かったかな。『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』や『エドウィン・マルハウス』など、幻の本の周りをぐるぐる回って結局その本は出てこない、という趣向の小説が好きなせいもあるかもしれないけれど。ついでに、長らく積読にしていた『三月は深き紅の淵を』をそろそろ読もうかと思ったものの、本を持っているはずなのに出てこない。

*1: 別の写真に替わったようです。(4/6 追記)

2005-04-05 22:20 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-03

『スウィングガールズ』

amazon: スウィングガールズ

2004年 / 日本 / 監督・脚本: 矢口史靖

オヤジ趣味(ジャズ)と女子高生を組み合わせれば受けるはず!という目論見がずばり的中した見事なマーケティング映画だけど、普通に愉しく見られた。舞台を東北の片田舎にしているのがうまい設定だなと思う。(都会の子はきっと忙しいのでそんなのやらないだろう)

基本的には最後の演奏会を見せるための映画で、それまではコント集みたいな展開をつないで登場人物たちのバックステージを紹介していく。この過程が「ジャズの面白さを初心者に紹介する」ことともっと結びついていると良かったのだけど、必ずしもそうなっていないのがちょっと物足りないところ(音楽と関係のないエピソードも多かったし……)。演奏会でいきなり堂々としているのが唐突に見えてしまうのはそのせいもあると思う。

冒頭に描かれる数学の補習の場面、教師も生徒も全然やりたくないのに決まりだから仕方なく形だけ続けている感じが、妙にわかるなあと思った。ここでたぶん大方の共感を得られるので、いかにしてその状況を打破するかという話が(多少もたついても)肩入れできるものになっている。

「止め絵」を基調にした漫画っぽい演出には賛否がありそうだけど、この映画くらいだと僕の場合は許容範囲。[★★★]

2005-04-03 23:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ヒート』

amazon: ヒート

Heat / 1995年 / 米国 / 監督・脚本: マイケル・マン / 撮影: ダンテ・スピノッティ

『ゴッドファーザー Part II』では別々の時間軸にいたアル・パチーノとロバート・デ・ニーロがいまさら邂逅、ひたすら追いかけっこをする映画。警官と泥棒の対決の話で3時間近い(171分)のはやはり長すぎて途中でだれてしまうのは否めないのだけれど、市街地での銃撃戦などアクション場面の迫力と、オープニングからとりわけ夜の場面の映像が素晴らしいので、見どころは多い映画だと思う。主人公ふたり以外の登場人物を描く比重が多いのと、女がらみの停滞をある程度整理してくれたら相当な傑作になるんじゃないだろうか。

アル・パチーノとデ・ニーロは「本人を演じているだけ」のように見えるけれど、まあいまさら別人になられても観客には期待外れだから仕方ないのか。

『インファナル・アフェア』米国版リメイクはマーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオのコンビが手がけるそうだけれど、この映画を見ると、どちらかというと「男の対決」ということでマイケル・マン向きの題材だったんじゃないかという気がした。[★★★★]

2005-04-03 23:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-04-02

『電波男』と嫌よ嫌よも好きのうち

Beltorchicca4月1日付記事で、本田透『電波男』は『負け犬の遠吠え』の酒井順子先生への「壮大なラブレター」に違いないという説が提唱されていた(な、なんだってー!)。そもそも酒井氏の言動こそがツンデレ属性なのだとか。我々はいわゆる「嫌よ嫌よも好きのうち」を目にしていたわけですね……。

『電波男』[amazon]は一応目を通していて、そのうち感想も書こうかと思っていたのだけれど、これより面白い感想は到底書けそうにないな……。(ちなみに「ツンデレ」という言葉は実のところ『電波男』で初めて知りました)

2005-04-02 23:26 [topic] | Permanent link | Comments (0)

いまさら4月1日の総括

今年の4月1日も腕によりをかけた職人たちによるネタ合戦が繰り広げられたようだけど、もはや笑えるのかどうかもさっぱりわからないという点で、朝鮮日報の「韓日首脳が今日独島で極秘会合!!」が最強ではないだろうか。

2005-04-02 22:44 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『ローレライ』

2005年 / 日本 / 監督: 樋口真嗣

映画の日なので一応見てきたのだけど……これはもうだらだらと長いだけで全然面白くない。もっと徹底したオタク活劇なのかと期待していたら、単にフジテレビ得意のブラッカイマーごっこでしかなくてがっかりした。ジェリー・ブラッカイマー製作の潜水艦映画といえば同じく核兵器の使用を阻止しようとする『クリムゾン・タイド』があったし、敵国軍の描写が間抜けで怪しいとか、味方の登場人物が単なるドジによって犠牲になるのをむりやり音楽で盛り上げようとするとか、いかにもブラッカイマー映画を連想させる。

全体の筋書きは、日本政府に反乱を起こした軍人が東京を危機に陥れるという『機動警察パトレイバー2』のパターンを踏襲しているのだけれど、要は作者が勝手に仕掛けた無理筋の作戦計画を阻止するために登場人物が奔走するというマッチポンプ的なものなので、退屈でしかない。また、無粋なことを言うようだけれど我々は「東京に原爆が落ちなかった」歴史を知っているので、

  • 東京に原爆が投下されない → 史実に沿っているから当然の結果
  • 東京に原爆が投下される → 映画のなかだけの単なる絵空事

という感想になってしまい、どちらにしてもサスペンスが生まれない。

演説に時間を食われて戦闘描写が足りず、潜水艦戦闘が始まってもCGがしょぼいので爽快感に乏しい(秘密兵器「ローレライ」も、何がすごいのかろくに示されないまま話が進む)。どこを見ても漫画やアニメの別の作品のほうが面白そうだと思ってしまうので、映画でやる意味はあったんだろうかという気がする。(『ファイナルファンタジー』に出てきそうな格好のヒロインを実写で撮っているのがコスプレ的で面白いくらいだろうか……)

別にすごく嫌いな作品というわけではないし、わざわざ見に行った映画をけなすだけというのは芸がないから気が進まないのだけれど、これは本当に面白いところを見つけるのが困難な作品だった。昨年の『CASSHERN』や『デビルマン』は未見なのだけど、世間の評判からするとこれよりひどいのだろうか。日本の特撮系映画は当分見なくて良さそうだという気がしてきた。[★]

2005-04-02 12:42 [movie] | Permanent link | Comments (20)

2005-03-29

Googleの検索から外れていた件について

圏外からのひとこと(2005-03-28)で騒ぎになっていて気づいたのだけれど、このサイトの記事も現在Googleの検索対象から丸ごと外れているようだ(Google 検索: site:mezzanine.s60.xrea.comで1件もヒットしない)。道理で、右側のメニューにGoogleのサーチボックスを付けているのに何も出てこないと思った……。

しばらく様子を見て、回復しないようだったら不便なのでいっそのことはてな日記にでも退避しようかなあ。

2005-03-29 21:13 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-27

NHK-BSの放送予定メモ

BSアニメ夜話 第3弾(3月28日〜30日)は『新世紀エヴァンゲリオン』『映画クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲』『新造人間キャシャーン』。何だかんだ言って参考になる番組なので見るでしょう。

週刊ブックレビュー 次回(4月3日放送)の作家インタビューは『四十日と四十夜のメルヘン』の青木淳悟らしい。といっても僕は「クレーターのほとりで」しか読んでないけど。

2005-03-27 20:39 [topic] | Permanent link | Comments (2)

『サマリア』

Samaritan Girl / 2004年 / 韓国 / 監督・脚本: キム・ギドク

正直に言って、何だこりゃ……という感想。これだけとことん合わない映画も久しぶりだった。『悪い男』も何が良いのかよくわからなかったし、キム・ギドク監督の映画は苦手なのかもしれない。

登場人物の行動原理がものすごく観念的で、何だか俳優たちが奇人ごっこをやっているようにしか感じられない。これに説得力をもたせるには相当な演技力が要るんじゃないかと思うけれど、特に前半の女子高生コンビの会話はただ台詞を読まされているようにしか見えなかった(韓国語はわからないけれど)。後半に父親の視点から描かれるようになると多少安定感が出る。それにしても話の展開が「ある作戦の単調な繰り返し→偶然の事件が起きていきなり別の話に転換」というパターン以外になくて、少なくとも脚本は別の人が書いたほうがいいんじゃないだろうか……。音楽も変なところで情緒的に盛り上げていて気になった。

『春夏秋冬そして春』のキム・ギドク監督インタビューで監督がキリスト教徒なのを知って、合わない理由を少し納得した。援助交際程度の話で、罪は必ず浄められなければならないとか、すべての罪悪を引き受けて赦す「聖母」のような存在が願望されたりとか、宗教的な信念みたいな考え方が持ち出されてどうも大袈裟なんだよね。世界を善悪に色分けしないと済まないというか、とても息苦しい世界観のように感じてしまう。

主人公(といえるのか微妙?)の女子高生役、クァク・チミンとハン・ヨルムは初々しくて良いんじゃないだろうか。[★★]

2005-03-27 19:29 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-26

『アビエイター』

The Aviator / 2004年 / 米国・日本・ドイツ / 監督: マーティン・スコセッシ

長いうえに焦点が絞り込まれていなくて、散漫な伝記映画。とにかくハワード・ヒューズをどんな人物として描きたいのかがさっぱり伝わってこない。スコセッシ監督の前作『ギャング・オブ・ニューヨーク』のほうが、話の焦点は同じくばらけているにしてもまだ良かった。

冒頭の少年時代の場面で「石鹸」と"quarantine"(隔離)という言葉が出てきて、映画全体とハワード・ヒューズの人生に影を落とす。世界(大空)を制覇しようとするアメリカ的な野心家が内心に満たされない空虚さを抱えている……というのはこれもまた『市民ケーン』みたいだと思ったら、脚本のジョン・ローガンは以前に『ザ・ディレクター[市民ケーン]の真実』という『市民ケーン』の内幕再現映画の脚本も手がけているようで、よほど『市民ケーン』に愛着のある人なんだろうか。とりあえず、この人が過去に手がけた脚本作の経歴を見たら、『グラディエーター』とか『ラスト サムライ』とか、大味な印象の映画ばかりで、あまり良い脚本家のようには思えない。

この作品でも話の作りが良いとは思えなくて、「石鹸」と"quarantine"に象徴される神経症的な面をはじめから強調しすぎているせいで、そもそもハワード・ヒューズ本人が魅力的な人物に見えてこない。だから例えば、ケイト・ブランシェットのキャサリン・ヘップバーンが彼に好意を寄せるのが不思議に思えてしまう。少年時代の出来事をその後の人生に重ねていく趣向の伝記映画では、『レイ』のほうがずっと良かったと思う。

また、ハワード・ヒューズの極端に病的なひきこもり生活を描いたかと思ったら、次の場面では査問会で堂々と発言していたりして、一貫した人物像が見えてこない。単にハワード・ヒューズの人生の有名な場面を集めたダイジェストなのではないかと思える。

主演のレオナルド・ディカプリオは、「永遠の少年」という飛行機乗りの文脈では悪くないのかもしれないけれど、すでにイメージの固まった童顔の外見なので、特に女性との絡みの場面になると途端に説得力がなくなり、何かの真似事にしか見えなくなる。たぶんこの役に求められる、いかがわしさとか嫌らしさみたいなものが足りないと思う(例えば、少女を「買う」場面ではそういう感じが必要だろう)。結果として、ハワード・ヒューズの人物像をさらにわかりにくいものにしている。

俳優が「精神障害の有名人」を一生懸命に演じるために伝記映画を企画する……というのはそろそろ打ち止めにしたほうがいいんじゃないかと改めて思った作品。[★★]

2005-03-26 23:40 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-25

書店でロマンスの生まれる確率

映画『エターナル・サンシャイン』でひとつ印象的だったのが、主人公のジム・キャリーとケイト・ウィンスレットの出会いの場所として、ニューヨークの有名な書店「Barnes & Noble」の名前が出てくるところ。正確には、店員のウィンスレットを知っていたジム・キャリーが、別のパーティーか何かで再会して声をかける……という経緯だったか。

少し前、CNNの記事で「独身者が出会う「最高の場」は書店「Barnes & Noble」…NY世論調査」というアンケート結果の話題があり、書店が有力な出会いの場として認識されているらしいことを意外に思ったものだった。書店で生まれるロマンス……というと、想像力の乏しい僕には、残り1冊の同じ本に同時に手を伸ばして「どうぞ」と譲り合う……というベタな展開くらいしか思いつかない(参考文献: イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』)。まあ、時期からすると『エターナル・サンシャイン』の公開がこのアンケート結果に多少の影響を与えている可能性もあるけれど。

といってもアメリカの大型書店を日本の書店と同列に考えてはいけないようで、JDN /消費大国U.S.A. /06 書店 Barnes & Noble ─ 本を楽しむ場所 ─の紹介記事を見ると、本を買う場所というよりは豪華な図書館のように見える。

2005-03-25 21:36 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『回転する世界の静止点』 パトリシア・ハイスミス

bk1: 回転する世界の静止点

Posthumous Short Stories Volume 1: Early Years 1938-1949 / 宮脇孝雄訳 / 河出書房新社 / ISBN:4-309-20425-2 [amazon]

パトリシア・ハイスミスの死後に単行本未収録の短篇を集めた本が出版されたようで、これはその翻訳の一巻め。すでに続巻の『目には見えない何か』[amazon]の訳本も出ている。

未発表の作品も入っているとは思えない出来の良さで、なかなか堪能できた。なかには視点の取り方が読みにくいと感じる作品もあったけれど。(ハイスミスは登場人物に感情移入しない、客観的で突き放した書き方をするのでそうなりやすい)

ハイスミスはカミュの『異邦人』の視点を受け継いだ作家ではないかと僕は勝手に考えていて、実際に文字通りの「異邦人」を主人公にして、社会の風習に馴染めなかったり疎外されたりする様子を描いた作品が多い。この本では冒頭の作品、ニューヨークを離れて(逐われて?)田舎町で再出発しようとする男を描いた「素晴らしい朝」や、メキシコでの暮らしにどうしても馴染めない妻を描いた「自動車」など、その感じがわかりやすい。

ハイスミス自身はどうやら幼少期から家庭や土地を転々として、帰属する故郷や家を持たずに育った人らしいのだけれど(最終的には生まれた米国を離れてヨーロッパへ移住する)、作品にもそのあたりの経歴が反映されているのだろう。この短篇集の収録作の題名でいえば、おそらく「素晴らしい朝」や「ドアの鍵が開いていて、いつもあなたを歓迎してくれる場所」がいつまでも続くことを信じられない作家なのだ。そうした「異邦人の視点」で社会や人間関係を描写することで、ハイスミスの作品では日常生活のありふれた場面を描いても必ずどこか破局の予感が漂い、自分の居場所はここではないかもしれないという不安感が生まれる。

異邦人がそこで暮らしていこうとするためには、社会に合わせて自分でない者を演じなければならない。例えばハイスミスの代表作『太陽がいっぱい』(『リプリー』)のトム・リプリーはアメリカからヨーロッパへ渡って来た「異邦人」であり、ヨーロッパ人の身元を奪い、その身替りを演じようとする。そうした「演技」「偽物」の延長上におそらく「贋作」という主題が出てくるのだけれど、贋作の絵画ばかりを集める奇怪な蒐集家を描いた「カードの館」ではそれが全開になっていて(贋作だけを集めることで真の「偽物」に達しようとする、という倒錯した思想が語られる)、このあたりも面白かった。

収録作では、上に挙げた「素晴らしい朝」と「カードの館」がシンプルで好み。他の作品も面白く読めるものが多かった。

2005-03-25 00:51 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-24

『文學界』2005年4月号

村上春樹ロングインタビュー「『アフターダーク』をめぐって」と阿部和重・中原昌也の映画対談「シネマの記憶喪失」を拾い読み。

村上春樹は『アフターダーク』のような中篇作品は長篇を書く合間の準備体操として位置づけているようで、賛否両論になるのは覚悟の上らしい。冒頭のデニーズの場面のスケッチだけ以前からあって、そこから話を展開させていく書き方をしたというのは、読んだときの印象とも合致する。「誤解の集積が理解に近づく」ということが最近わかってきた、というような発言をしていたのが印象的。

「シネマの記憶喪失」は、文芸誌のなかでここだけ『映画秘宝』の放談企画をやっているみたいで面白い。『クライシス・オブ・アメリカ』と『エターナル・サンシャイン』をとりあげていて、どちらも酷評されていた。『エターナル・サンシャイン』はそれほど駄目な作品とは思わなかったけれど(『クライシス〜』は未見)、ここで言われている、日本の観客がいまさら目新しがるほどの内容じゃない、結局身の回りの「あるある」という共感を呼ぶ場面を集めているだけの作劇、という指摘はわりと同感。

『文學界』最新号

2005-03-24 23:00 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-22

『レッドロック/裏切りの銃弾』

Red Rock West / 1992年 / 米国 / 監督・共同脚本: ジョン・ダール

ジム・トンプスンの犯罪小説などを読むと、アメリカ中西部の田舎町といえば悪徳保安官が幅をきかせる無法地帯に違いない、という偏見を抱いてしまうのだけど、これもやはり中西部の寂れた田舎町「レッドロック」を舞台にして法規を守らない保安官が登場する犯罪映画。終盤に『現金に体を張れ』(トンプスンが脚本に参加した犯罪映画)を思わせる場面も出てくるので、ジム・トンプスン作品を連想するのは偶然ではないと思う。

主要人物の配役がニコラス・ケイジ(『ワイルド・アット・ハート』)、ララ・フリン・ボイル(『ツイン・ピークス』)、そしてデニス・ホッパー(『ブルー・ベルベット』) と、デイヴィッド・リンチの影響が丸わかりの人選で、殺しを請け負った男が任務を果たさずに事態をかき回していくという筋書きはコーエン兄弟の『ブラッド・シンプル』に通じる。リンチやコーエン兄弟以降のパルプ系犯罪映画の新しい波(「ネオ・ノワール」と呼ぶ人もいるようだ)のもとで作られた映画なのだろう。

前半からひねりのある筋書きで、好きなジャンルでもあるのでそれなりに面白く見られたのだけど、最終的に悪い女を蹴飛ばして終わるという「女嫌い」犯罪映画の定型になってしまうので、そこは物足りない。この手の話で過去作品の模倣に終わらない新味を出すのはなかなか難しいのかなと思った。(その意味で、リンチやコーエン兄弟はやはり独自の味を出していると思う)[★★★]

2005-03-22 08:08 [movie] | Permanent link | Comments (8)

2005-03-21

『永遠の語らい』

amazon: 永遠の語らい

Um Filme Falado / 2003年 / ポルトガル・フランス・イタリア / 監督・脚本: マノエル・デ・オリヴェイラ

オリヴェイラ作品は初見なのだけど、こんなに人を食った映画を撮る爺さんだったのか……。昨今の世界情勢を踏まえながら西洋文明の数千年の歴史を振り返るというやたら壮大な構想の作品で、その知的な題材の裏に一貫して「すまん、実は全部ネタじゃったよ」と言い出しかねない白々しさが漂っていて素晴らしい。さすが第一次世界大戦の前から生きている人はふてぶてしさが違う。

以下、ネタばれありなのでご承知を。

映画の展開は、東方へ向かう船旅での古代遺跡見学と西洋史講義(『世界ふしぎ発見!』モード)→船内ディナーでの多国籍・多言語討論(『魔の山』モード)→そして禁断の「9.11オチ」発動、という流れ。それぞれ内容はいたって真面目に吟味されているようなのだけれど、モードの転換が唐突、かつ形式的にギャグすれすれのおかしさもあって、これをどう展開させるんだろうかと先が読めない。

よその映画感想サイトで、船内での議論の中身が当たり前すぎてつまらないという話を見かけたのだけど、これはわざと空疎な議論を垂れ流して、そのお気楽な欧米中心主義を最後に中東のテロリストにぶち壊させるという趣向でしょう。例えばカトリーヌ・ドヌーヴ演じるフランスの実業家の口にする「女が政治を動かせば世界は平和になる」という言い分など、まともに伝えようとしているとはちょっと考えにくい。[★★★★]

2005-03-21 23:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『エターナル・サンシャイン』

Eternal Sunshine of the Spotless Mind / 2004年 / 米国 / 監督: ミシェル・ゴンドリー / 脚本: チャーリー・カウフマン

チャーリー・カウフマン脚本作品のなかではわりと破綻のない佳作だけれど、世間の評判ほど大した脚本家じゃないのでは……というこの人に対する印象は変わらず。

今回の話は『リプレイ』ならぬ『リセット』という感じのSF的設定のロマンスで、ある人物の内面や自己同一性に他人が介入できたらどうなるか、という発想を起点にするのは以前の『マルコヴィッチの穴』と同じ。『マルコヴィッチの穴』は導入部が面白いのに後付けの設定が次々と出てきて話が錯綜するのが気になったけれど、今回もそういうところがあって、主人公(ジム・キャリー)の脳内フラッシュバック映像の展開と「記憶操作から脱出する」という目的の成立条件がどう対応するのかがはっきりしないので、ただ思いつきのような映像を見せられるだけになってしまい場面にサスペンスが生まれない。ミュージックビデオ風の脳内映像の表現もどこかで見たような印象が拭えず、過去の似た作品、例えばエイドリアン・ライン監督の『ジェイコブス・ラダー』のほうが目新しく感じた。

上に書いたメインプロットへの不満を除くと、細部で面白かった点は結構ある(キルステン・ダンストの使い方とか)。映像は最近よく見かけるドキュメンタリー風の荒れた手持ちカメラ映像で、レトロSFの意匠を日常的な道具立てで語り直すという今回の題材とは意外に合っている気がした。

『サイドウェイ』とこの作品を合わせてみると、どちらも根暗でマイナス志向の男(主人公)がヒロインに出会って救済される……という話を身近なエピソードの積み重ねで描いた作品で、いまのアメリカではこういう内向きの話が受けるんだろうか。本屋でたまたま見かけた女の子と仲良くなるという展開も、いかにもオタク好みのような気がする。このあたりは日本の漫画やアニメなどでも数多く見てきたような展開で、殊更に海外産のものを有り難がらなくてもいいんじゃないかと個人的には感じる。実際、この映画でケイト・ウィンスレットの髪の色が赤や青といった派手な色になっているのは「使用前/使用後」の区別をわかりやすく示すためでもあるのだけれど、日本のオタク系アニメやゲームに類似しているようにも見える。(ちなみに、ウィンスレットのヘアメイクには日系のノリコ・ワタナベ氏が起用されているので、あながち外れではないかも)[★★★]

2005-03-21 21:16 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-18

2005年エドガー賞候補

昨年は桐野夏生の『OUT』が候補に入って日本でも注目を集めたけれど、今年は話題を聞かないな……と思って検索してみたら、いつのまにか2005年のエドガー賞(MWA賞)候補が発表されていた。

長篇候補のローラ・リップマン、T・ジェファーソン・パーカーとか、日本でも訳されている作家なので名前は知っているけれど読んだことがない。作品になじみがあるのは映画脚本部門くらいだ。候補作を邦題で書き出してみる。

  • 『ロング・エンゲージメント』(脚本ジャン=ピエール・ジュネ、原作セバスチアン・ジャプリゾ)
  • 『ボーン・スプレマシー』(脚本トニー・ギルロイ、原作ロバ−ト・ラドラム)
  • 『コラテラル』(脚本スチュアート・ビーティ)
  • 『ぼくは怖くない』(脚本フランチェスカ・マルチャーノ、原作ニコロ・アンマニーティ)
  • 『そして、ひと粒のひかり』(脚本ジョシュア・マーストン)

『コラテラル』はお世辞にも脚本が優れているとは言えないと思うので、僕が見ている範囲で推すとしたら『ボーン・スプレマシー』かなあ。『ボーン・スプレマシー』は、聞くところによるとノンクレジットでブライアン・ヘルゲランド(『L.A.コンフィデンシャル』『ミスティック・リバー』)も脚本に手を入れているらしい。

最近の受賞作を少し眺めてみたら、2000年にガイ・リッチーの『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』を選んでいるのがこの賞ならではという感じで嬉しかった。

2005-03-18 21:52 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-17

『最後の一壜』 スタンリイ・エリン

bk1: 最後の一壜

The Crime of Ezechiele Coen and other stories / 仁賀克雄・他訳 / 早川書房 / ISBN: 4-15-001765-4 [amazon]

スタンリイ・エリンの短篇集。少し前に文庫の出た『九時から五時までの男』[amazon]と比較すると内容の幅広さ・個々の短篇の切れ味ともに見劣りするのは否めないけれど、取り上げている題材と語り口はそれぞれ工夫されているので退屈はしない。ただ、結末から逆算してアイテムを配置しているのが途中で見えてしまう作品が多い気はした。

収録作のほとんどで殺人が遂行され、その犯人は捕まらずに終わる。つまり、作中でモラルと秩序が回復されない……というのが「奇妙な味」と言われる所以か。一見普通の人物が実は社会の良識から外れた価値観を持っていて、殺人を何のためらいもなく(大それたことではないかのように)あっさりと実行していくところが面白い。これは特に、隣人にどんな不気味な人物がいて、いつ敵になるかわからないという大都市ニューヨークの不安な生活感覚に根ざしているのではないかと思う。収録作では「天国の片隅で」がその感じを正面から描いていて気に入った。現役の作家でこの路線を受け継いでいるのが、同じくニューヨークを描く作家のローレンス・ブロックあたりだろう。

2005-03-17 21:15 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-16

The Political Compassをやってみた

The Political Compassと質問文の日本語訳「政治の羅針盤」訳文

判定結果は

Economic Left/Right: -2.88

Social Libertarian/Authoritarian: -4.82

と、判定結果グラフによると「リベラル+左派」の領域になったので、マーティン・リットやジョン・セイルズなどの「左巻き」と言われそうな映画を余裕で愉しめる者としてはだいたい予想通りか。アメリカの基準でいわゆる「宗教右派」を念頭に置いたと思しき設問がいくつかあるので(妊娠中絶や同性愛、宗教教育などへの態度を問うもの)、関係ない日本人がやると"Libertarian"寄り(グラフの下側)になりやすいのではないかと思う。

2005-03-16 22:27 [topic] | Permanent link | Comments (42)

2005-03-14

『評決』

The Verdict / 1982年 / 米国 / 監督: シドニー・ルメット

先日シドニー・ルメット監督がアカデミー名誉賞を受賞していたのを思い出して鑑賞。

ボストンの冬景色と室内場面を格調高く撮影した画面が素晴らしい。ポール・ニューマン演じる主人公の「落ちぶれた弁護士」ぶりも堂に入っているけれど、法廷ものとしてはいま見ると他愛のない筋書きで拍子抜けしてしまった。この当時は民事訴訟を取り上げるのが目新しかったのでこの程度の描き方で良かったのだろうか。

ポール・ニューマンは自分の過去を清算するために依頼人そっちのけで青臭い正義を主張して和解をはねつけ、そのわりに仕事の進め方は行き当たりばったりでとてもベストを尽くしているようには見えない(こういう、見通しが悪いのを薄々わかっていながらそこから目を逸らしていて、後でつけが回ってくることって誰でもあるだろうな……とは思うけれど)。さらにポール・ニューマンの駄目男演技に説得力があるので、こんな頼りない男のもとに事件を持ち込んでしまった依頼人の不運に同情を禁じ得なくなってしまう。演技力があるのも考えものだと思った。観客がここまで主人公に肩入れできなくなるのは単純にまずいだろう。

ただ、これ以降に小説・映画・ドラマでたびたび作られる法廷もの・弁護士ものの祖型という感じもあって面白くは見られる(落ちぶれた弁護士のリターンマッチというのはよく見かける物語形式だ)。さすが演出がうまいなと感心した場面も多かった。後は脚本がもう少ししっかりしていれば……という感想。[★★★]

2005-03-14 22:46 [movie] | Permanent link | Comments (1)

2005-03-13

『ロング・エンゲージメント』

Un long dimanche de fiancailles / 2004年 / フランス・米国 / 監督: ジャン=ピエール・ジュネ

場面ごとに見ると丁寧な絵作りをされているけれど、『アメリ』と同様にナレーションが多すぎて作品全体の語り口に疑問を感じる。

ジャン=ピエール・ジュネは閉じた箱庭的世界を描いてきた映画監督で、その作品世界ではすべてが作者の手で管理されている、予想外の出来事は起こらないという感じを受ける(そういう意味でアニメに近い実写映画だと思う)。ナレーション(=作者)が物語を説明して映像はただその通りに再現される、という語り口になるのはその必然の帰結なのだろう。これは『アメリ』でも特に前半部で気になって、このまま続けられたらどうしようか……と不安になったものだった。後半になるとようやく物語が動き出して何とか普通になるけれど。

今回の『ロング・エンゲージメント』はさらに長篇小説(セバスチアン・ジャプリゾ『長い日曜日』)の映画化で、過去の戦場での出来事を後から伝聞で再構成していく趣向なので、ナレーションによる説明と作為的な語り口が行き過ぎになりやすい。小説の映画化としては物語を映像的に消化しきれていない、ミステリー映画としては作者が情報を勝手に明かしていくだけのように見えかねない、という問題が目立つようになっていて、正直なところあまり誉められない。

そうはいっても、ジュネ監督らしい風変わりで凝ったキャラクター造型や絵作りは愉しめる。特に、足の不自由な主人公(オドレイ・トトゥ)を恋人が灯台の上まで背負って連れて行く回想場面が美しい。行ける世界を制限された彼女に、世界が広く見える場所を示すということだろう。[★★★]

2005-03-13 00:50 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-03-12

『セルラー』

Cellular / 2004年 / 米国 / 監督: デヴィッド・R・エリス

上映が終わりそうだったので慌てて鑑賞した。電話ボックスの次は携帯電話だ!ということで、『フォーン・ブース』の脚本家ラリー・コーエンの原案による「電話スリラー」第2弾。話の導入部は携帯電話を使う状況を無理やり作らないといけないので大変強引なのだけれど、「携帯電話フルコース」の注文をさばいていく脚本に洒落たところがあるのと、出演者のキャスティングが程良くてB級スリラーとしては愉しめる。

『フォーン・ブース』の二番煎じと言われないように、舞台は薄曇りのNYから陽光の降りそそぐLAに移されていて、電話ボックスに終始張りつけられる前作とは対照的に今度は携帯電話を手にした主人公(クリス・エヴァンス)があちこち動きまわる。監督は『デッド・コースター』(ファイナル・デスティネーション2 )で派手な交通事故を演出していたデヴィッド・R・エリスで(この監督は「第2弾企画」専門なんだろうか?)、前半はカーチェイスと自動車衝突の場面がやたら出てくる。このあたり、キム・ベイシンガー一家を救うために犠牲が多すぎやしないかと思わず不条理感におそわれてしまうのだけれど、映画はそんなことには構わず進んでいくのでたぶん深く考えてはいけない。

脚本はギャグすれすれの展開を半笑いでくぐり抜けて、日常会話のなかに埋め込んだ伏線をきちんと回収していて小気味良い。さすがにオチは絶対これで来るに違いないと読めてその通りになったけれど、それはそれで良いだろう。主人公に無名だけど善良で体力のありそうなクリス・エヴァンスを起用して、脇に顔の知られたキム・ベイシンガー、ウィリアム・H・メイシー、ジェイソン・ステイサムらを出演させている配役も適切。個人的にはキム・ベイシンガーはもうちょっと綺麗に見えるはずだったのではと予想するけれど、その他には違和感のある配役はなかった。特に『ファーゴ』など「何をやってもうまくいかない小市民」を演じることが多いウィリアム・H・メイシーが奮起して銃撃戦で活躍するところなんて感動もの。[★★★]

2005-03-12 06:46 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-09

『サイダーハウス・ルール』

amazon: サイダーハウス・ルール

The Cider House Rules / 1999年 / 米国 / 監督: ラッセ・ハルストレム / 脚本・原作: ジョン・アーヴィング

原作を未読なのである程度想像で書いてしまうのだけれど、これは長い物語を慌ただしいダイジェストにまとめているのが悪い方に出ているのではないだろうか(原作者アーヴィング自身が脚色を手がけているとはいえ)。映画を見たかぎりだと、主人公(トビー・マグワイア)が通りかかったヒロイン(シャーリーズ・セロン)の尻につられて「聖なる家」を出奔し、次々とご都合主義の出来事が起こって何となくまた家に舞い戻る、というような話にしか見えなかった。筋書きからすると、原作は時代錯誤の正統派ビルドゥングス・ロマンにあえて挑んだ作品なのだろうと思うのだけれど。

以前のジョン・アーヴィング作品の映画化、『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』は好きで、こちらもたしかに原作のエピソードを詰め込んだダイジェストといえばそうなのだけれど、どちらかといえば物語が特異なキャラクターに導かれていたので、起こる出来事がご都合主義という感じはしなかった。この『サイダーハウス・ルール』は題名の通り、人物よりも堕胎の是非についての「ルール」をめぐる話が先にあって、登場人物や舞台設定はそれに合わせて配置されている印象がある。そうすると、特に主人公が孤児院を後にしてから林檎農園で出会う人物や出来事は、ただ主人公に「教訓」を与えて成長させるために登場する薄っぺらい存在に見えてしまう。これはたぶん映画の展開が速いからそうなるので、長篇小説でじっくり物語世界を構築するのならまた話は違うかもしれない。

とはいえ、ラッセ・ハルストレムは「不幸な少年」と「聖なる家」を描いたら達者なので(『ギルバート・グレイプ』で主人公たちの家を遠景でとらえた絵葉書的なショットには惚れ惚れした)、この作品でも「孤児院」の描写を中心に端正な絵作りが決まっている。[★★★]

2005-03-09 00:11 [movie] | Permanent link | Comments (3)

2005-03-07

20世紀フォックスのキャンペーン

amazon: jacobs_ladder

ラインナップを眺めていたら、デイヴィッド・リンチの代表作『ブルー・ベルベット』[amazon]まで入っているのか。最近では『マルホランド・ドライブ』[amazon]のほうが人気が高いようだけれど、個人的にはリンチといえばやはり『ブルー・ベルベット』の印象が強い。いま見るとあるいはわかりやすすぎるように感じるかもしれないけれど。(ちなみにAmazon.co.jpだと別に2枚でなくても1枚=995円の扱いで買えるようです)

2005-03-07 23:27 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-06

『サイドウェイ』と生活感のある民家

amazon: 『CUT』03月号

『CUT』03月号に『サイドウェイ』のアレクサンダー・ペイン監督のインタビューが載っていた。それによるとペイン監督の映画では実際に人の住んでいる民家を撮影に使わせてもらうことが多いらしい。映画を見て、本当にこんな生活をしている人がいるんだろうな、と思わせるあの民家の生活感はそこから出ていたんだろうと納得する。理想と現実なら「現実」のほうを描く映画監督なのだ。これはそれほど珍しい撮り方ではなさそうだけれど(例えば最近見たエドワード・バーンズ監督の『サイドウォーク・オブ・ニューヨーク』でも、監督自身がDVDのコメンタリーで実際の民家を撮影に使うことの利点を説いていた)、アレクサンダー・ペインの映画ではとりわけその現実味のある民家の描写が映画全体の地に足のついた感じを支えていて印象深い。

2005-03-06 22:52 [topic] | Permanent link | Comments (0)

ウィンザー・マッケイの小さな王国

たけくまメモに『夢の国のリトル・ニモ』の作者にして最初期のアニメーション作家、ウィンザー・マッケイの記事が掲載されていることにいまさら気づいて、興味深く読んだ。マッケイ作のアニメーション作品の動画も見られるのでありがたい。

個人的にはミルハウザーの小説「J・フランクリン・ペインの小さな王国」(『三つの小さな王国』[amazon] 所収)のモデルとして名前に馴染みがあった。「リトル・ニモ」=「小さな王国」だろうか。

復刊ドットコムで『夢の国のリトル・ニモ』の復刊リクエスト投票というのもあった。(100票獲得済み)

2005-03-06 10:04 [topic] | Permanent link | Comments (191)

『サイドウェイ』

Sideways / 2004年 / 米国・ハンガリー / 監督・共同脚本: アレクサンダー・ペイン

主演のポール・ジアマッティの正体が何者かというと、要するに「眼鏡をかけてないウディ・アレン」だろう。小説家志望のしがない教師という役柄のジアマッティは、かつてのアレンのように情けない文系オタク男を戯画的に演じている。

彼と旅をともにするのが結婚を控えた俳優のトーマス・ヘイデン・チャーチで、身近な人物の結婚に取り残される孤独な男を描くのは『アバウト・シュミット』と共通する。陰気で内向的なジアマッティと陽気で外向的なチャーチはやることなすこと対照的で、ふたりの人物がたまたま反発し合うというよりは、むしろふたりでひとり、ある人物の二面性をふたつの人格に分割しているように見える。監督のアレクサンダー・ペインは本人の外見からするとトーマス・ヘイデン・チャーチに近そうなのだけれど、内面にはポール・ジアマッティのようないじいじした性格も飼っているということではないかと思う。トーマス・ヘイデン・チャーチは主人公の欲望を代行しながら、責任をすべて彼にかぶせて巻き込まれた主人公を免除するために都合良く造型されているところがある。この人物配置は正直なところ図式的で(『ファイト・クラブ』的というか)、さほど面白いとは感じられなかった。トーマス・ヘイデン・チャーチの軽薄で憎めない存在感は良いけれど。

あと、主人公たちが片方の結婚の予定を伏せながらその場しのぎで行動する、というのは映画全体を引っ張る趣向としては弱い。だからそれがばれたときもさほど物語が動いたような気がしない。

そんなわけで大筋ではいまひとつ乗れなかったのだけれど、アレクサンダー・ペインの映画は日常のどこにでもありそうな田舎の住宅を丁寧に描いて、そこをおかしなコメディやスリラーの場に変えてしまうところが面白い。これは『アバウト・シュミット』でもそうだった。コーエン兄弟の『ファーゴ』あたりの感覚にも近いかもしれない。この作品のクライマックスになるだろう「家宅侵入」の場面にもそのセンスが発揮されていて、場面ごとに見ていくと感心するところも多かった。

しかし『アバウト・シュミット』に続いて、この監督が映画の最後にえらく取ってつけたような救いを用意するのはどうしてだろう。お前ら(観客)のために一応安心できる結末を用意しておくけど本気じゃないから真に受けるなよ、ということだろうか。[★★★]

2005-03-06 08:28 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-03-04

『サイドウォーク・オブ・ニューヨーク』

amazon: サイドウォーク・オブ・ニューヨーク

Sidewalks of New York / 2001年 / 米国 / 監督・脚本: エドワード・バーンズ

インタビュー場面の挿入や手持ちカメラによる撮影など、疑似ドキュメンタリーの手法で撮られた恋愛劇。登場人物たちそれぞれの生活を「覗き見」するような撮り方が、何人もの人物が互いに関係し合って観客だけがすべてのつながりを知っている、という筋書きと合っていて面白く観られる。

出演者では歯医者のスタンリー・トゥッチ(『ターミナル』の空港管理官)と、不倫相手の若い娘を演じるブリタニー・マーフィーが役に似合っていて良い。特にブリタニー・マーフィーが可愛らしかった。このふたりの印象が強くて他の登場人物の影が薄いので、逆に群像劇としてはバランスが良くない気もする。

DVDに入っていたエドワード・バーンズ監督(出演もしている)の音声解説によると、スピルバーグの『プライベート・ライアン』に出演して、手持ちカメラと自然光を使った撮影なら早く撮れて予算のない映画に向いていることがわかったので、今回採用したらしい。他にも色々と映画製作の舞台裏を明かしていて面白かった(本編より面白いかも……)。ちなみに僕は映画用語にまったく疎いため、例えば「ジャンプカット」という言葉が何を指しているのか、これを見てようやく「ああ、あれのことか」とわかった。[★★★]

2005-03-04 23:24 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-03

『ヴァージン・フライト』

The Theory of Flight / 1998年 / 英国 / 監督: ポール・グリーングラス

ヘレナ・ボナム・カーターの演じる車椅子の女性の造形に、単なる綺麗事の善意でない障害者の問題を描こうという感じがあって好感を持てる。ただ、映画全体としては変わり者の主人公たちが単に周りの他人を困らせる迷惑な話に見えてしまうのが否めない。その一因として主人公ふたりの守ろうとする価値が、

  • 飛行機きちがいがドン・キホーテ的な夢を追って空を飛ぼうとする
  • 死期の近い病人の最期の願いを叶えようとする

と、いずれも映画のなかでは決まって擁護される類の、そのため借り物っぽい印象を与えるものだという点があると思う。類型を外そうとして別の類型に頼っているように見える。まあ、この手の話でほとんど極限まで行ってしまった『オアシス』をすでに見ているので物足りなく感じるせいもあるかもしれないけれど。[★★★]

2005-03-03 07:58 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-03-02

『Ray レイ』

Ray / 2004年 / 米国 / 監督: テイラー・ハックフォード

レイ・チャールズのことはよく知らず、この映画を見てもいくつかの曲に聞き覚えがある程度だったのだけど(評判のジェイミー・フォックスの演技が本当にそっくりなのかどうかすら判定できない)、思ったより愉しめた。前半、レイ・チャールズが音楽家として成していく業績の数々が、素人にもわかりやすい演出でテンポ良く見せられて、これだけでアメリカの音楽史の一面を覗いたような気になる。

主人公をはじめ当然アフリカ系の登場人物が多いのだけれど、深みのある色合いの画面に黒い肌が映えてとても魅力的に見える。撮影は『戦場のピアニスト』のパヴェル・エデルマンで、たしかに『戦場のピアニスト』の映像は良かったからこの作品の出来にも納得。(ピアノ弾きの伝記というのが一応の共通点か?)

ただし、製作当時はまだ存命だった有名人の伝記映画ということで、エピソードを盛り込みすぎて話を絞り込めていない感じはある。後半の薬物中毒との苦闘やジョージア州への帰還あたりの話は、どこかで見たような伝記映画の類型におさまってしまうのがちょっと物足りない。(最近の作品だと『ビューティフル・マインド』とか)

ことあるごとに母親と過ごした故郷の少年時代の光景がフラッシュバックする構成になっていて、アメリカの人はよほど『市民ケーン』のような、成功者の伝記と「失われた故郷」を結びつける趣向が好きなんだなと再認識する。この映画の場合は、主人公の目が見えたのが少年時代だけなので、必然的に映像として覚えている世界がそこだけだからさほど不自然ではないのだけれど。ただし、主人公に心の傷を残した過去の事件の話は、映画が強調しようとするわりにはきちんと物語に結びつけられていない気がした。[★★★★]

2005-03-02 23:33 [movie] | Permanent link | Comments (0)

今月のNHK-BS2

やはりこれがハイライトでしょうか。

3月11日 14:55〜16:27 クリント・イーストウッド自らを語る<前・後編> アクターズ・スタジオ・インタビュー

NHKはぬかりなくこんな保険もかけていたわけですけど。

3月4日 15:00〜15:58 監督マーティン・スコセッシのすべて

ところで来月の番組一覧を見ると、先頃亡くなったフィリップ・ド・ブロカ監督の『陽だまりの庭で』が放映されるので、未見の方がいたらお薦め。『ライフ・イズ・ビューティフル』的な戦時下のファンタスティックな美談と見せかけて、とてもひねくれた展開をしていく傑作。ちょっと『まぼろしの市街戦』に通じるところもある。

【追記】スコセッシ監督の番組は国会中継のため「3月28日 17:00〜17:58」に変更。

2005-03-02 00:06 [topic] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-28

第77回アカデミー賞発表

『ミリオンダラー・ベイビー』が作品・監督など4部門を受賞。有名人の伝記やノスタルジーの映画はもういいよと思っていたから、そうでなさそうな作品が獲ってくれて良かったかな。『許されざる者』は良かったのでこの作品の公開も楽しみ。(追記: と思ったら公開予定は6月らしい……)

それにしても編集や撮影など、周りのスタッフが次々と受賞して壇上で「マーティのおかげです」と感謝を捧げるなか、ひとり取り残され続けるスコセッシ監督の姿は気の毒すぎる。

2005-02-28 22:27 [topic] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-27

『ユリイカ』2004年12月臨時増刊号 総特集: 多和田葉子

ちょうど多和田葉子特集の号が出ていたので手に取る。実を言うと『ユリイカ』のこの手の特集は、作者インタビューの他はあまり面白い記事が見あたらないということが多い気がする。

この号も多和田葉子・管敬次郎・野崎歓の対談(「言葉を愉しむ悪魔」)は面白かった。特に多和田が、『旅をする裸の眼』はドイツ語版と日本語版を並行して書いたと明かしているのに驚く。

これは初めて並行して書いたんです。普通、並行して書くことはありえないでしょう。そうすると絶え間ない翻訳になるんです。(中略)ドイツ語で書いたことと同じことを日本語で書いてみると、どうもちょっとおかしい。それを直すと、ドイツ語と離れてしまうんで、ドイツ語の方を変えてみる。すると、そのすぐ前にあった文章との間に矛盾が出てくるので直す。元のテキストというものがないので、変化にきりがないんです。(p.143)

読んでいて、これはどの言語で書かれたものなんだろうと不思議な感じがして訝しんでいたのだけれど、そういうことだったのか。『旅をする裸の眼』の語り手はドイツ語も日本語もわからない人物だから、その言葉を日本語で読んでいるのはもともと「翻訳」を通しているという設定になる。それだけでなく、どこの言語にも属さない言葉をたまたま日本語で読んでいるかのような感じもあった。この小説で取り上げられるような映画が、台詞は別として「映像」そのものは翻訳がなくても国境を越えて通じてしまうのと似ている。

他の記事では、やはり多和田の発言(講演録)で、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を読み返してみたら、主人公のナオミへの執着に強烈な西洋コンプレックスがつきまとっているのが切なくて印象に残ったという話が面白かった。

2005-02-27 23:58 [topic] | Permanent link | Comments (32)

新世紀の『ある愛の詩』

関係ないけど、『くたばれ!ハリウッド』(文春文庫)[amazon]に書かれた『ある愛の詩』映画化の経緯を読んでいると、「歴史は繰り返す……」という言葉が頭に浮かんできて面白い。(むろん「セカチュー」のことです)

2005-02-27 22:06 [topic] | Permanent link | Comments (0)

ご批判について……

『ミステリマガジン』2005年4月号を拾い読みしていて驚いたのですが、「隔離戦線」の池上冬樹氏のコラムで、映画の話を書くなら原作くらい目を通しておきなさい、と名指しではないけれどこのウェブ日記の記述にお叱りを受けてしまったようです。

自分が物知らずなのを開き直るつもりはないですし、批判は真摯に受け止めたいのですが、今回指摘された論点そのものはちょっと首を傾げるものがあります。

まず、一般論から言って映画は映画で独立したものなので、映画作品を論じるのに原作を読んでいないといけないということはないでしょう(まして個人のウェブ日記においてをや、という話もあります)。もちろん、原作を知っていると新たな見方が生まれたりすることはあると思いますけれど。

また、問題の『くたばれ!ハリウッド』『ゴッドファーザー』に関して、実は私は特に記していませんがふたつの文章を書いたあいだに『くたばれ!ハリウッド』の原作本には目を通しているので、その内容と矛盾したことは書いていないはずです。

ちなみに、池上氏の記述では、

エヴァンズが芸術家かぶれのコッポラの映画に怒り、プロデューサー権限でばっさりと鋏を入れて短くした。その生々しい対決が本には書かれてある。

とありますが、『くたばれ!ハリウッド』(文春文庫)でのロバート・エヴァンズの言い分によると経緯は逆で、コッポラが最初に出してきた『ゴッドファーザー』は2時間程度に短く編集されたバージョンで、それに不満だったエヴァンズがこれは大河ドラマのダイジェストにすぎないからもっと長くしろと主張して、失われたシーンをつなぎ直して現在の3時間バージョンができたようです(文春文庫版: p.343-347)。つまりエヴァンズは映画を短くするのではなく「長くする」という異例の措置をしたわけです。

2005-02-27 21:54 [topic] | Permanent link | Comments (4)

2005-02-26

『太陽の中の対決』

amazon: 太陽の中の対決

Hombre / 1965年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

『ハッド』に続き、ポール・ニューマン演じる主人公の名前がそのまま題名(原題"Hombre")になっている西部劇。原作はエルモア・レナードの作品らしい。

主人公はインディアンに育てられた白人という設定で、つまりインディアン側の視点から西部劇、あるいはそれを支持してきたアメリカを問い直そうという問題作だと思う。左翼系の映画監督が西部劇を撮るとたしかにこうなるのだろう。ウェスタンの世界でのモラルや暴力をめぐるディスカッション映画というおもむきもあって、結構面白い。たださすがに主人公のポール・ニューマンを格好良く描きすぎていて、他の登場人物がどうでもいい駒のように見えてしまう。[★★★]

2005-02-26 00:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-25

『ハッド』

amazon: ハッド

Hud / 1963年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

狂牛病(ではないけど)に見舞われた酪農家一家の話。

物語の中心になる無軌道な息子(ポール・ニューマン)と謹厳な父親(メルヴィン・ダグラス)の不和というのが平板でぴんとこなかった。

白黒のシャープな画面が印象的(撮影: ジェームズ・ウォン・ハウ)。[★★★]

2005-02-25 23:36 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-24

『ユージニア』 恩田陸

bk1: ユージニア

角川書店 / ISBN:4-04-873573-X [amazon]

本を手に取ると一見して装丁と造本が凝っていて、今回の恩田陸は相当本気に違いない、という感じが伝わってくる(まあ、作者本人が装丁のデザインをするわけではないですが)。内容も期待に違わず、かなり良い出来だった。

恩田陸のデビュー作『六番目の小夜子』のクライマックスにあたる場面は、不在のヒロインの周りを多数の話者の声が取り巻いていくというものだったと記憶している。この作品にもやはりその構図は引き継がれていて、忘れかけられた昔の一家殺人事件と、その中心人物と目される「不在のヒロイン」をめぐって、複数の証言がばらばらに連ねられる。さらに、事件を取材して再構成した『忘れられた祝祭』という本がすでに書かれていて、その経緯を後から追う趣向が入ってくるのが面白い。読者は行く先々でこの幻の本の話を聞かされるにもかかわらず、内容を断片的にしか知ることができない。そうやって物語の「不在の中心」、そこにたどり着けそうでたどり着けないという地点が単純でなく幾重にも仕組まれていて、ミステリ的な緻密さとは別に、複数の証言が奥行きのある重なり方をするようになっている。

作中で映画『市民ケーン』への言及があるけれど、たしかに『市民ケーン』も不在の主人公(冒頭で死んでしまうので)を複数の証言で語っていく構成の物語だ。そこで「薔薇のつぼみ」にあたるのがこの本では巻頭の詩と「百日紅」といういうことになるのかな。

2005-02-24 01:05 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-22

『ザ・フロント』

The Front / 1976年 / 米国 / 監督: マーティン・リット / 脚本: ウォルター・バーンスタイン

1950年代の「赤狩り」でブラックリスト入りした監督・脚本家・俳優たちが集まり、ウディ・アレンを前面(フロント)に立てて当時の赤狩りの実態をコミカルに描く。映画の内容と製作の内幕が一致した作品。軽く見られて勉強にもなるけれど、さんざん引っ張ったはずの査問会の場面が全然盛り上がらないのは何をしたかったのか釈然としない。

ウディ・アレンはよく考えると、『ボギー!俺も男だ』とか『カメレオンマン』とか、他人の真似をしているだけの空っぽな人物というのを演じることが多い。その意味でこれもれっきとしたアレン映画という感じがする。[★★★]

2005-02-22 21:26 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-21

『マシニスト』

The Machinist / 2004年 / スペイン / 監督: ブラッド・アンダーソン

決して悪くない心理スリラーなのだけれど、宣伝でも引き合いに出されている『メメント』をはじめ、近頃似たパターンの作品が多かったので話の落としどころに既視感をおぼえてしまうのが惜しい。

最近見た同じ監督の『ハッピー・アクシデント』(2000年)とはやはり似たところがあって、明らかに頭のおかしな主人公の怪しい行動を綿密に描きながら、これをどうするのかと思ったらえらくありきたりな結末に収束してしまうので、すごく狭い世界の話だったように感じられる(結末に使われる題材が実はほとんど同じなのも気になった)。結局、物分かりの良すぎる『ロスト・ハイウェイ』みたいに見えてしまう。

ちなみに僕の場合は、主人公の読んでいる本の題名と、どう見ても『マトリックス』のモーフィアス氏のように見える登場人物が出てきた時点で、だいたいどんな話なのか見当がついた。

ただ、この映画はもともと結末で驚かせようと狙っているわけではなくて、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』や『テナント』のような「自分以外の周りの世界はすべて敵」という心理状態、憔悴した主人公が精神的に追い詰められていく過程を描きたいのだろう。主人公がいきなり仕事場で他人に怪我をさせてしまう展開なんかはあからさまに『反撥』を思わせる。そのあたりの演出は、最近流行りの詰まらないどんでん返し志向の映画とは一線を画していて好感を持てる。先に書いたように、それにしては物事が説明されすぎていて中途半端な感じではあるのだけれど。

クリスチャン・ベールは頑張っているけれど、この人はどうも作品の巡り合わせがいまひとつで入れ込んだ演技が報われていない。『アメリカン・サイコ』も見事な怪演ぶりだったのに「『ファイト・クラブ』の後にいまさらこれを映画化されても……」というのが否めなかったし、今回もちょっとそんな感じに見える。[★★★]

2005-02-21 21:50 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-20

『旅をする裸の眼』 多和田葉子

bk1: 旅をする裸の眼

講談社 / ISBN:4-06-212533-1 [amazon]

『反撥』からはじまって『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で終わる小説。多和田葉子の作品ははじめて読んだのだけど、これは面白かった。

冷戦終結前の1988年、社会主義政権下のヴェトナムから連れてこられた少女が、西側資本主義社会のドイツやフランスの各地を成り行きで転々とする。ある文明の外から来た異邦人がその社会を観察して自分なりに読み直していくというのは『ハックルベリ・フィンの冒険』に通じるところがあり、行く先々で偽の名前を名乗るところ、語り手が自分からはほとんど何もしない「見る」だけの人物なのも似ている。(この主人公はハックのように自発的に旅に出ているわけではないから、その点は違うけれど)

主人公が熱心に見続けるフランスの有名女優の出演映画がそれぞれ章のタイトルになり、映画の内容が主人公の現実と混ざり合っていく。根無し草の主人公は、スクリーンの向こうの女優のように、章が変わるたびに役を演じるようでもある。このあたり、下手するととても作為的になりそうな設定なのだけれど、読んでいてほとんどそういう感じはしない。よくこれだけ無理なく重ねられるなとそれだけでも感心した。実を言うと出てくる映画のなかで僕が見ていたのは奇遇にも最初と最後の作品、『反撥』と『ダンサー・イン・ザ・ダーク』だけなのだけれど、どちらも重要な意味を持っていて、しかも作品の勘所と思える点がうまく取り入れられている(両方とも好きな映画なので単純に嬉しかった)。例えば『反撥』の目を見開いたヒロインを知っていると、主人公が自分からは何もしない受け身の人物で、ただしその眼だけは外界からの刺激を敏感に受け止める、という感じはすぐに納得できる。

西側社会と東側社会、スクリーンの向こうとこちら、虚構と現実、あなたとわたし、それらの境界をつなぐのは言葉よりも主人公の「眼」だ。その境界は物語が進むにつれて曖昧になっていき、ひとつに合わさったときに物語の幕が下りる。

ウェブ上ですでに良い書評が出ていたので、リンクしておきます。

上の記事の方が書かれているように、僕も文章中に「あなた」が出てくると文末が「です・ます」調に変わる、というのを気にしながら読んでいた。それだけ「あなた」は特別な存在なのだ。そして主人公の語りかける相手は、現実の女優カトリーヌ・ドヌーヴその人というよりも、スクリーンの向こうで役を演じ続けて「名前を呼ぶと遠ざかってしまうような気がする」誰かなのだろう。

2005-02-20 23:34 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-19

『ブラディ・サンデー』

amazon: ブラディ・サンデー

Bloody Sunday / 2002年 / 英国・アイルランド / 監督・脚本: ポール・グリーングラス

『ボーン・スプレマシー』のポール・グリーングラス監督の前作。ベルリン映画祭で『千と千尋の神隠し』と金熊賞を同時受賞した作品なので題名くらいは知っていたのだけれど、いつのまにかDVDになっていたので見てみた。1972年、北アイルランドの町で起きた市民のデモと英国軍の衝突による惨劇を再構成した映画。

まず、カメラが揺れるのかどうかという点に興味があったのだけれど、やはり揺れに揺れている。町の様子を遠景でとらえる場面でさえも画面がゆらめいていた。仮に映画館で見ていたら僕の場合は手ぶれ酔いしていたかもしれない。さらに、何でもない場面でたまに映像がぶつ切れになったり、『ボーン・スプレマシー』と同じく切迫した場面になると錯綜して何が起きているのか把握しづらくなったりする。

この終始安定しないカメラワークが、まるで戦場のただなかにいるような臨場感をもたらしていて、ただごとでない迫力がある。少なくとも歴史的事件の単なる「再現映像」のようにはまったく感じられない。視野を広げてみると、北アイルランドの政治的な不安定さを映像として伝えるための手法でもあるのだろうと思う。

ただ、北アイルランド問題を取り上げた映画というのはどうしてこう決まって、英国政府を糾弾して被害者側の証言を一方的に連ねたような政治的アジテーション映画になってしまうんだろうか、という不満は残る。実話の冤罪事件を描いたジム・シェリダン監督の『父の祈りを』でも似たことを感じた。まあ、現実が悲惨だからと言われたら仕方ないのだけれど……。この映画では、現場の小隊長と兵士たちが暴走して殺戮を繰り広げたように描かれていたけれど、どうしてそこに至ったのか見ていても彼らの心理がよくわからない。結果として、この迫力のある映画のどこまでが事実に即したものなんだろうか、という疑念を拭い去ることができなかった。

映画のエンディングでは、スタッフロールが終わった後の暗闇の中でU2の曲「ブラッディ・サンデー」が響きわたる。思わず聴き入ってしまった。

『ボーン・スプレマシー』のジェイソン・ボーンはCIAの生み出した鬼っ子のような存在で、いわばアメリカの世界戦略に逆らう反グローバリズム的なヒーローということになる。その監督に、このアイリッシュ魂炸裂の映画を撮ったポール・グリーングラスが起用されたのは納得できる気もする。[★★★★]

2005-02-19 20:07 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-17

『妊娠カレンダー』 小川洋子

文春文庫 / ISBN:4-16-755701-0 [amazon]

収録作: 妊娠カレンダー / ドミトリイ / 夕暮れの給食室と雨のプール

芥川賞の「妊娠カレンダー」を含む3篇を収録した短篇集。

2編めの「ドミトリイ」で、両手片足のない登場人物の口にする台詞が印象に残る。

「わたしは誰かと初めて会う時、その人の身なりや人柄には全然神経が行き届かないのです。わたしがただ一つ興味を持つのは、器官としての身体です。あくまでも、器官としての」(p.110)

これを言うのは作品の舞台となる奇妙な学生寮の経営をしている人で、つまり作品世界そのものを成り立たせている人物でもある(この学生寮はほとんど異世界のような"どこでもない場所"として描かれる)。人間を"器官としての身体"として観察する視点は、「ドミトリイ」以外の収録作品にも共通する。「妊娠カレンダー」と「夕暮れの給食室と雨のプール」で食事や妊娠という生きることにつながる行為が醜く誇張されて描かれたり、あるいは登場人物にいつも名前が与えられないのは、人間を"器官としての身体"として解体する視点のためにそうなるのではないかと思う。実はチェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルの作品も、僕の見た範囲だと「人間と生を解体する」ことと「食事をグロテスクに誇張する」ことが結びついているものが多くて、その点は似ている。

「ドミトリイ」はそれ以外にも物語の構造が『沈黙博物館』に似ていたり、『博士の愛した数式』の「博士」の原型のような数学科の学生の話が語られたりと、 小川洋子の後の作品のもとになっているように思えて興味深い作品だった。表題作の「妊娠カレンダー」も物語が異様で悪くない。

2005-02-17 23:51 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-16

『ガキ帝国』

amazon: ガキ帝国

1981年 / 日本 / 監督: 井筒和幸

『パッチギ!』が良かったので井筒監督の旧作を見てみた。何も情報を知らずに見たので、島田紳助が主演なのに驚く。

1967年の大阪を舞台に不良少年たちの抗争を描く青春映画ということで、『パッチギ!』と取り上げている世界はそう変わらない。やはり在日朝鮮人の若者が出てきて、脇役は同じように安っぽく命を落とす。ただし娯楽映画としてこなれていた『パッチギ!』を見た後だとずいぶん見せ方が拙く見える。登場人物たちの紹介が不充分なうえ演じている役者がみんな素人くさいので、喧嘩の場面がたくさんあるわりに誰が何のために戦っているのかよくわからないことが多い。あと、映画では素手の殴り合いで拳が当たらないので、殴り合いのふりをしているようにしか見えず、誰が強いのか判然としないのも気になった。やくざ映画のプロットを不良少年の縄張り争いに適用するというワンアイディアで作られた映画なんじゃないだろうか。[★★]

2005-02-16 20:55 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-14

『誘惑の接吻』

amazon: 誘惑の接吻

Skipped Parts / 2000年 / 米国 / 監督: タムラ・デイヴィス

ずぼらで生活力のない母親(ジェニファー・ジェイソン・リー)に連れられて南部からワイオミング州の田舎町へやって来た少年。こんな田舎はうんざりだと思っていたら、隣の家には美少女ミーシャ・バートンが住んでいて……という青春妄想エロコメディ。ジェニファー・ジェイソン・リーは製作にも名を連ねていて、いいかげんだけど憎めない母親を楽しそうに演じている。

時代設定は1960年代で、父権主義から解放された新しい家族像を描いてこの時代の大らかさを懐かしむという感じがあるのだと思う。ただ特にミーシャ・バートンの行動を縛っているのが「妊娠中絶=罪悪」とみなされるだろうこの時代の田舎町の価値観だったりもするので、釈然としない。これはハッピーエンドといえるんだろうか、と全然共感できなかった。

ただ、いくつか面白い場面もあり、軽く見られる映画なので悪い感じはしない。アメリカの田舎町を好意的に描いている映画というのも実は珍しい気がする。

ミーシャ・バートンは可愛いけれど、この人は『キャメロット・ガーデンの少女』といいこの作品といい、大人たちの性的ファンタジーを一身に集めて大変だなと思う。[★★★]

2005-02-14 21:52 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-13

『男の闘い』

amazon: 男の闘い

The Molly Maguires / 1970年 / 米国 / 監督: マーティン・リット / 脚本: ウォルター・バーンスタイン

何もこんな暑苦しい邦題を付けなくても……。舞台は1870年代の米国ペンシルヴァニア州の炭鉱町で、アイルランド系労働者の過激派組織「モリー・マガイアズ」を潰すために、警察から捜査官(リチャード・ハリス)が派遣されて潜入捜査をしていく話。秘密組織のリーダー格を演じているのがショーン・コネリー 。ミステリ読者的には、コナン・ドイルの『恐怖の谷』後半部がこのあたりの話を描いていたのでなじみがある。これは当然スパイものということになるので、監督のマーティン・リットがジョン・ル・カレ原作の『寒い国から帰ったスパイ』(1965年)を撮っている人なのは納得できる。さらに監督のマーティン・リットと脚本のウォルター・バーンスタインはともに1950年代の「赤狩り」でブラックリスト入りした映画人なので、アメリカは過去にこんなひどいことをしていたと暴く反骨精神の映画でもあるのだろう(ロバート・アルドリッチ監督の『特攻大作戦』なんかもそんな感じがあった)。ただし、単純な悪役を出してそれを糾弾するというような安易なことはしていなくて、どちらの側でも正義は達成されないという冷徹で暗い世界観が描かれる。非情な任務をこなしながら人間性との葛藤を迫られる主人公の造型が、定番ながら魅力的。

題材は興味深いのだけれど、『ノーマ・レイ』に較べると古い作品のせいか舞台がいかにも作り物のセット風で、また室内場面が多いので炭坑町を描いているわりに話が狭く見える。場面のつなぎがぎこちなく感じられるのも気になった。ただ、古いビデオで鑑賞したので綺麗な映像で見たら評価も変わるかもしれない。ジョン・セイルズ監督の『メイトワン1920』あたりはこの作品の影響があるんじゃないかという気がする。[★★★]

2005-02-13 20:49 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ノーマ・レイ』

amazon: ノーマ・レイ

Norma Rae / 1979年 / 米国 / 監督: マーティン・リット

冒頭の場面で薄暗い工場の様子が映し出されるので、「これはプロレタリア映画ではないか」と気づく。その予想の通り、米国南部の紡績工場で働くシングル・マザー、ノーマ・レイ(サリー・フィールド)の前に労働組合の活動家が現れて、彼女は徐々に労働者の待遇改善運動に目覚めていく。最近これと似た映画を見た気がすると思ったら、「最後の左翼映画作家」ことケン・ローチ監督がヒスパニック系移民の労働運動を描いた『ブレッド&ローズ』(2000年)がそうだった。組合活動家がユダヤ系のインテリ青年という設定なのも同じ。

この筋書きだけ見ると、社会運動でウーマン・リブだという大して面白くなさそうな題材に思えるのだけれど、登場人物たちの造型と場面ごとの台詞が素晴らしくて、本当にこんな人たちが目の前にいるような気になる。例えば前半、男に殴られて怪我をしたヒロインが組合活動家に介抱されるときのやりとり、「南部の男はみんな(『風と共に去りぬ』の)アシュレーみたいな奴なのかと思ってた」「アシュレーはもういないのよ」。これは深刻な場面を気の利いたユーモアで和らげるだけでなく、映画の舞台設定やふたりの関係を少ない言葉で効率的に伝える台詞になっている。こんな感じの、なるほどこんなこと言うのかと唸らされる台詞がいくつも出てきて、良くできた脚本だと思う(脚本: アーヴィング・ラヴェッチ、ハリエット・フランクJr.)。

マーティン・リット監督は俳優出身で、経歴を調べるとアクターズ・スタジオで講師をしていたこともあるらしい。俳優の演出に長けているのだろう。この作品でも、主人公を演じるサリー・フィールド(アカデミー主演女優賞を獲得)をはじめ、俳優の演技が自然で説得力がある。他の作品も見てみようと思った。[★★★★]

2005-02-13 12:39 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-12

『ボーン・スプレマシー』

The Bourne Supremacy / 2004年 / 米国・ドイツ / 監督: ポール・グリーングラス

前作『ボーン・アイデンティティ』と同じく、『マトリックス』的なCG全開の荒唐無稽アクションを排して、ストイックで必然性のあるアクション描写が繰り広げられて好感を持てる。ただし今回はカメラを揺らしすぎるのが気になった。前半の静かな場面でも手持ちカメラ風の撮影で画面がかすかに揺れていて(ソダーバーグの『トラフィック』みたいな感じ)、アクションが発生すると画面が目まぐるしく切り換えられて何が起こっているのかわかりづらくなる。これは乱雑にやっているのではなく演出として計算されているのは見ればわかるのだけど、画面を揺らして観客を巻き込むよりもちゃんと格闘やカーチェイスなどの場面を見せてくれたほうが良いのにと思う。そこがちょっと物足りない。あと、記憶喪失の状態の「自分探し」から始まる前作と較べるとやはり物語の引きが弱い気がした。と、いくつか不満もあるけれど、地味系アクション映画の現在型として観て損はないと思う。

事件の背景にロシア・マフィアが絡んできて、モスクワが舞台になる。誰が見ても物騒で、いま悪役にしても政治的に問題がなさそうなのがロシア・マフィアということだろうか。政府と癒着して石油利権を手に入れるために反対派の議員を暗殺した話が出てきて、現在チェルシーのオーナーになっているロシアの大富豪、ロマン・アブラモヴィッチ氏の存在を思い浮かべたりした。[★★★★]

2005-02-12 22:17 [movie] | Permanent link | Comments (1)

2005-02-11

魅惑のウクライナ

ウクライナといえばサッカー選手のアンドリー・シェフチェンコ(ACミラン)くらいしか知らなかったのに、昨年から大統領選挙でのいんちき騒動、政敵に毒を盛った疑惑で世界の注視を浴びて、さらには史上初(?)の萌え首相が誕生。もはやウクライナは遅れているのか進みすぎているのかわからず、我々の想像を超えたワンダーランドに違いないという気がしてきた。

昨年訳されたウクライナの小説『ペンギンの憂鬱』[amazon]を読むと、「ウクライナではまだ生きている人の死亡記事を用意する」「マフィアの葬式にペンギンが雇われる」といった怪しい知識が得られるのでお薦め。でもああいった不条理な話が書かれる素地がきっとあるんだろうと思う。

2005-02-11 22:23 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『文學界』『群像』 阿部和重特集

『文學界』と『群像』の最新号はともに芥川賞受賞を記念して阿部和重特集。

『文學界』2005年3月号(特集: 阿部和重とこの時代)

蓮實重彦と阿部和重の対談「形式主義の強みと怖さをめぐって」は、何か親戚の叔父さんと甥が話しているような雰囲気。「グランド・フィナーレ」執筆中、『パンチドランク・ラブ』の色彩設計を取り入れようとしてDVDを流しながら書いていたらしい。たしかに『パンチドランク・ラブ』は色彩豊かな画面が良かった記憶がある。ただ「グランド・フィナーレ」を読んだとき、色彩のことは全然意識に浮かばなかったけれど。他の記事では、池上冬樹氏が阿部和重作品を「パルプ・ノワール」の文脈で評価する趣旨でかなり筆を割いているのが目に留まった。

新連載(というかこれまでの連載のリニューアル)として、阿部和重と中原昌也の対談映画評「シネマの記憶喪失」が始まっていた。初回のお題は青山真治監督の『レイクサイド・マーダーケース』などで、いきなり友達の映画かよ、という気もするけれど作品自体は良さそうに紹介されている。うまくいけば面白い企画かもしれないので注目したい。それにしても阿部和重は対談だと発言が優等生的でおとなしい気がする。

『群像』2005年3月号

佐々木敦氏による阿部和重インタビュー「ポスト・ネット時代の文学」が掲載。ネットは作品を書く調べものには不可欠になって、『ニッポニアニッポン』ではネットで調べた情報を写して作品に出してみたけれど、今回の「グランド・フィナーレ」ではもっとこなれた使い方をできるようになった、という発言があった。実は『ニッポニアニッポン』を気に入らなかったのはそのあたりもあったので、わりと頷ける。「グランド・フィナーレ」は、あえてオープン・エンディングにしてあるのに何か結末をどちらかに確定したがる批評が多いようで違和感があったのだけれど、そのあたりもフォローされていた。

2005-02-11 21:26 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-10

『世界文学を読みほどく』 池澤夏樹

bk1: 世界文学を読みほどく

新潮社 / ISBN:4-10-603544-8 [amazon]

2003年9月に行われた京都大学文学部での夏期講義録。実作者による文学講義というこの企画を進めたひとりは若島正氏(京大教授)なのだそうで、ナボコフの文学講義などを念頭に置いていたんだろうか。(と思ったら新潮社の『波』2005年2月号に若島正氏による「ライヴで聴いてみたかった」という書評が掲載されていて、やはりナボコフの名前が引き合いに出されていた)

副題に「スタンダールからピンチョンまで」とあるように、『カラマーゾフの兄弟』『白鯨』『ユリシーズ』『アブサロム、アブサロム!』『百年の孤独』など、19世紀・20世紀の名作とされる10の小説を実作者の視点から読み直していく。講義録なので話が脱線したりきれいにまとまらずに終わることもあるけれども、小説には世界を把握する/記述する方法が示される、という池澤氏の視点は一貫していて、その小説の読み方が自身の創作(長篇『静かな大地』)に適用されるところまで示される。実作者による文学講義・名作案内として面白く読めた。講義のなかに自身の海外体験などを織りまぜて、書物のなかで知っただけではない世界の見方が伝わってくるのも良い。もちろん、名作文学作品の読みどころが平易な言葉で解説されるので、原典を読まずに読んだ気になるツールとしても有用だろう。

スタンダールやトルストイの、作者が登場人物の内面まで把握できる「神の視点」からはじまって、鯨に関するあらゆる情報を詰め込んだ「データベース」を構築して世界を記述しようとした『白鯨』、逆にどこまで細かく多面的に描いても世界の全部をとらえきれないことを示した『ユリシーズ』など、小説がどのように世界を描こうとしてきたかの移り変わりが示される。一方で、小説は進化するのではなくその時代に合わせて「変化」してきただけだ、と語っているのもなるほどと思う。

この講義は最後にピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』を取り上げて終わる(日常世界の裏側にもうひとつのシステムがあるのではないかと疑うパラノイア的な志向は、現代アメリカの世界観を反映している、と論じられるのも興味深い)。それ以降に書かれた作品で、この講義の流れで論じると良さそうなのは何だろうかと考えたのだけれど、僕の読んでいる範囲でいえば、リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』とジェフリー・ユージェニデス『ミドルセックス』は取り上げると面白いかなと思った。パワーズはピンチョン、および池澤氏とも同じ理系学部出身で、やはり「世界を把握する/記述する方法」について書いている作家(だと思う)。ユージェニデスの『ミドルセックス』は主人公による「ホメロス風」の自在な語りで「神の視点」を新たに復活させた(個人の語りと「神の視点」を両立させた)作品なので。

2005-02-10 23:49 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-09

『サラミス』 佐藤哲也

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早川書房 / ISBN:4-15-208614-9 [amazon]

本の紹介文には、サラミスの海戦を写し取る「ディープな視覚小説」と書いてあって、どんな小説なのか見当がつかなかったのだけれど、読んでみたらギリシャ人たちが堂々巡りの議論を繰り広げて一向に埒が明かないという相変わらずの佐藤哲也ワールドだった。しかし「ギリシャ人が延々と議論する!」なんて書いても売れないか。

歴史上の有名な会戦を語り直すということで、佐藤哲也が得意とする「脱線」はほぼ禁じられる。指揮者として独自のアレンジを入れながらクラシックの名曲を演奏するとか、そんな感じに近いかな。もしくは有名な原作を請け負った映画監督か(ちょうど『トロイ』と『アレクサンダー』の間にあたる時代でもあるし)。まあ、あえてそうしたのはわかるのだけど、佐藤哲也の作品に強引な脱線や謎の概念(「意志の力」「民衆感覚」「不明省」など)が出てこないと、引き延ばされる会議のやりとりくらいしか愉しむところがなくなって、やはり物足りない。佐藤哲也の本のなかでは面白くない部類に入る。

ちなみに僕は佐藤哲也の最高傑作はいまだに『イラハイ』[amazon]だと思っている(これは『キャッチ=22』の出口のない循環問答を好きな者にはたまらない傑作)。『イラハイ』だとややふざけすぎで合わない人もいるだろうから、次点は『妻の帝国』[amazon]かな。

2005-02-09 22:36 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-07

『DEATH NOTE』(5) 大場つぐみ・小畑健

bk1: DEATH NOTE(5)

集英社 / ISBN:4-08-873774-1 [amazon]

実はもう前巻の展開を忘れかけていたのだけれど、要は夜神月と「L」の対決だけでは続かなくなってきたので、いったん設定をリセットしてしまうわけですね。まだ何とか読めるけれど、序盤の「倒叙」構成から離れたのでだんだん普通の推理もの少年漫画みたいになってきた。

ところでウェブのあちこちでは原作の「大場つぐみ=ガモウひろし」説というのが有力になっているようだ。その真偽は知らないけれど、仮に『DEATH NOTE』が小畑健の端正な絵でなく『ラッキーマン』のあの子供の落書きめいた絵柄で描かれていたとしたら、いい年した大人たちがまじめに読んで「これは新世紀の『罪と罰』だ!」とか騒ぐことはなかっただろう、などと考えると画力って偉大だなと思う。

2005-02-07 21:20 [comic] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-05

『夜のピクニック』 恩田陸

bk1: 夜のピクニック

新潮社 / ISBN:4-10-397105-3 [amazon]

高校生活の締めくくり、修学旅行のかわりに仲間たちとひたすら歩き続ける学校行事「歩行祭」、そのなかで描かれる青春群像劇……ということで、恩田版『スタンド・バイ・ミー』ですね(むしろ『死のロングウォーク』だという話もあるが)。恩田陸は人物の会話と状況設定だけで成立する、舞台劇やラジオドラマ向きの話をよく書く作家という印象があるのだけれど、これはその直球という感じの作品。実は登場人物はそれぞれ秘密を抱えていて、それが会話のなかで探求されてサスペンスを生んでいたり、また外部から別の事情で「探偵役」が介入してきて、玉突き的に何か新たな事実が明かされたりする。もっとも、みんな普通の高校生という設定なのでその秘密は「日常の謎」程度のものになる。そのあたり、ディスカッション・ミステリのような感じがあって面白い。

ただ、これが昨年度を代表するような傑作かと言われるとちょっと……。会話以外の地の文は人物の心理を説明しすぎていて面白味に欠けるし(脚本のト書きみたい?)、前半でサスペンスの柱のひとつになるかと思われた堕胎した女生徒の相手探しに決着がつけられないなど、話の運びに隙が多い。作者の代理人のような「便利な脇役」が介入してきて落ちをつけてしまうのも(前半から登場しているとはいえ)あまり巧い話のたたみかたとはいえないと思う。良くも悪くも、演劇のようなライブ感覚の進行を愉しむ話なんだろう。

NHK-FMの「青春アドベンチャー」にはうってつけの原作に思えるけれど、まだ取り上げられていないようだ。

2005-02-05 23:47 [book] | Permanent link | Comments (0)

『完璧な病室』 小川洋子

bk1: 完璧な病室

中公文庫 / ISBN: 4-12-204443-X [amazon]

収録作: 完璧な病室 / 揚羽蝶が壊れる時 / 冷めない紅茶 / ダイヴィング・プール

初期作品の4篇を収録して2004年11月に再刊された本。

どの作品も女性主人公の一人称語りで、食事や肉体、つまり生きること(あるいは「揚羽蝶が壊れる時」では妊娠も)の醜さと違和感が解剖的な細かさで描写される。そうした現実生活の汚らしさから離れた空間が、例えば死病に冒された弟を看護する"完璧な病室"であり、その生と死の狭間にある世界では、あれほど嫌悪された食事も「完璧な病室」で弟が口にする葡萄や「冷めない紅茶」の紅茶など、清潔で美しいものとして描かれることになる。

小川洋子は作家になる以前、医大秘書室に勤務していたそうで、もともとそういう志向があったのか勤務時代に培われたのかは知らないけれど(たぶん両方だろう)、病院を訪れたときに我々の受ける感覚を言語化しているという感じがする。病院はもちろん死と隣り合わせの場所だし、病院で診察を受けているとき、我々は自分を醜い肉の塊にすぎないと感じる瞬間があるのではないだろうか。

作品としては悪くはないのだけれど、神経質な女性の感覚を説明されているだけ、といった射程の狭い感じもある。なかでは一番物語の立ち上がる感じのある「冷めない紅茶」が良かった。"どこでもない場所"につながる図書館をめぐるエピソードの入れ方が面白く、後の作品の萌芽にもなっているのではないかと思う。また表題作の「完璧な病室」は、冒頭で弟がすでに亡くなっていることを宣言して死者の思い出を語るという、いかにもこの作家の原点のような作品。

2005-02-05 09:22 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-02-04

科学万博 / PLAYBOY

知ったかぶり週報(2月3日)で知った、『つくば科学万博クロニクル』(洋泉社)[amazon][bk1]。そう、我々R25世代(?)にとって、万博といえば大阪でなくつくばの科学万博なんですよね。しかし色々とパビリオンを見て回ったはずなのに、「コスモ星丸」の他には何も憶えていないのはなぜだろう。

『PLAYBOY』2005年3月号は韓国映画特集。さほど新しい切り口ではないだろうけどよくまとまっていて、他に姜尚中インタビューや、『パッチギ!』企画者のシネカノン李鳳宇氏のインタビュー記事など、読みでがあった。ただし、800円の値段のうち何割かを占めるだろう洋物グラビアの良さが僕にはよくわからんので、ちょっと高く思えるのは否めない。

2005-02-04 23:16 [topic] | Permanent link | Comments (1)

『赤い竪琴』 津原泰水

bk1: 赤い竪琴

集英社 / ISBN:4-08-774732-8 [amazon]

帯の文句を小川洋子が書いているのは伏線だったのだろうか……などと思いながら読了。普通に筋を追って読むと、題名の指す「赤い竪琴」と、ある登場人物の「病気」という、物語の鍵になりそうな要素がほとんど活用されないので、まとまりが悪いように感じる。何か読み逃しただろうか。主人公の淡々とした日常、特に仕事をこなしていく描写が細かくて良かった。

集英社の紹介ページ: 恋愛小説 『赤い竪琴』

2005-02-04 21:48 [book] | Permanent link | Comments (3)

2005-02-03

『ハッピー・アクシデント』

Happy Accidents / 2000年 / 米国 / 監督・脚本: ブラッド・アンダーソン

新作『マシニスト』が公開間近のブラッド・アンダーソン監督作品。日本未公開&DVD未発売ながら、NHK-BSで放送されたので観られた。

男運の悪いヒロイン(マリサ・トメイ)のもとに現れた新たな恋の相手、彼は優しいけれど時々おかしなことを口走る電波野郎だった……。という筋書きで、低予算のもと役者の演技だけで奇怪なラブストーリーを作り上げようとした感じの映画。相手役を演じるのは『フルメタル・ジャケット』の「微笑みデブ」でおなじみのヴィンセント・ドノフリオ(怪しすぎる)。ドノフリオがレストランで「時間理論」の講義をする場面などはあまりにも変で印象に残る。

冒頭からどこに向かうのかさっぱりわからない面白味はあるのだけど、終盤になるとどこかで見たようなありきたりの展開に収まってしまうのが残念。変な映画を作ろうとしているのが空回りしている感じがする。あと、主役ふたりの芝居が「カメラに映る自分」を意識したわざとらしいものに見えてしまう場面が多かった。途中、別の登場人物(ヒロインの両親など)が出てくる場面では劇中でもある程度芝居をしている設定になるので、そうすると気にならなくなるのだけれど。

主役がどちらも変人なので感情移入できない恋愛映画という点で、アンダーソンつながりじゃないけど『パンチドランク・ラブ』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)を思い出した。BGMも一部似ている箇所があった気がする。

ヒロインの周りで妄想のような話が本当に裏付けられてしまう展開は『ローズマリーの赤ちゃん』みたいで(あの人の正体が○○だった、とか)、これ以降、アンダーソン監督がラブコメからスリラーに作風を転換しているというのも納得、か?[★★★]

2005-02-03 20:52 [movie] | Permanent link | Comments (2)

2005-02-01

現代作家ガイド

『サロン・ドット・コム 現代英語作家ガイド』[amazon]の日本版を目指すということですかね。こういうのは当たり障りのない紹介よりも独断と偏見を貫いたほうが面白いと思うので、桐生祐狩の項なんて良いなと思います。

たぶん「似た作家」のリンクからすぐその作家のページを辿れるのが売りのひとつだろうから、海外の作家を挙げてしまうとあまり意味がないような。

2005-02-01 22:26 [topic] | Permanent link | Comments (1)

2005-01-31

山田宏一のなんでも映画誌: 第23回

冒頭で『スクール・オブ・ロック』が絶賛されているのがちょっと意外。好きな映画なので嬉しいけれど。紀伊國屋書店のDVDシリーズを紹介して、

ジャック・リヴェットが「まるでジャン・ルノワールの映画みたいだ」と称賛したフィリップ・ド・ブロカ監督の『まぼろしの市街戦』(1967)のすばらしさについては、いまさら言うまでもないだろう。

という記述があった。『まぼろしの市街戦』[amazon]はいわゆるヌーヴェルバーグの流れから無視された作品なのかと何となく思っていたのだけど、そうでもないのか。

2005-01-31 22:42 [topic] | Permanent link | Comments (22)

日陰者のOpera

Operaは、ある意味その名前にふさわしい壮大な悲喜劇の中で、『インターネット・エクスプローラ』(IE)の代役という日陰の存在としてほぼ10年を費やし、時折、場面転換のつなぎ程度にメディアから注目され、お世辞を言われる程度だったが、最近はその注目さえ新人スターのFirefoxに奪われている。

このあたり、いかにも欧米メディアの記事らしい遠慮のない嫌味でおかしい。

僕は数年来Opera一筋でやってきたので今のところ使いつづけるつもりだけど、たしかに最近Firefoxの話題ばかり見かけるので寂しいですね。

Operaに慣れきってしまったせいか、たまに他のブラウザを試してみると、リンクからタブを開く基本的な操作が微妙に違ったり遅かったりして、使いづらく感じる。まあ、他のブラウザに乗り換えないのは、以前ライセンス料金(無料版の広告が出ないようにする)を払ってしまったからというのもあるけれど。

ところで、Opera8.0のベータ版が出ているのでさっそく導入しているけれど、これだとなぜかbk1で買い物ができなくなってしまった。

2005-01-31 22:08 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-30

『エヴァとステファンとすてきな家族』

amazon: エヴァとステファンとすてきな家族

Tillsammans / 2000年 / スウェーデン / 監督・脚本: ルーカス・ムーディソン

『ショー・ミー・ラヴ』のルーカス・ムーディソン監督の第2作。今回は過去の1975年を舞台にして、ヒッピー・コミューンに集った人々を描く群像劇で、実はこの監督、「スウェーデンのケン・ローチ」みたいな人なのかもしれない。ただしケン・ローチと違うのは、結末がどんよりしたものではなくて明るく前向きになっているのと、コミューン生活の描写にいつもちょっと呆れたような醒めたユーモアが漂っているところ。『長靴下のピッピ』をめぐる政治的論争が始まるくだりなどは笑った。そのあたりの細かい会話がそれぞれ作劇上の意味を持ちながら気の利いたものになっていて、巧いなと思う。前作『ショー・ミー・ラヴ』と同じく、社会に溶け込めない人が仲間や居場所を見つけるにはどうするか、というようなテーマ設定があるようだ。

主人公格の姉と弟のうち、姉のエヴァ(エマ・サミュエルソン)は分厚い眼鏡をかけた少女で、個人的に好きな眼鏡ヒロインのひとり、『インテリア』(ウディ・アレン監督)のメアリ・ベス・ハートを少し思い出させる。近所に住むこちらも分厚い眼鏡をかけた少年と出会って、「僕、視力障害だから眼鏡の度数が4.5もあるんだ」「私も同じ」「同じ度数の子なんて初めて会ったよ」と心が通じ合うくだりは、眼鏡映画史に残る名場面だろう。[★★★★]

2005-01-30 23:33 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-29

『ショー・ミー・ラヴ』

amazon: ショー・ミー・ラヴ

Fucking Amal / 1998年 / スウェーデン・デンマーク / 監督・脚本: ルーカス・ムーディソン

スウェーデンの映画だけれど、どちらかといえば「ドグマ」風に撮られたアメリカ・インディーズ系青春映画という感じ。アイスホッケー部員の男子をまるきり愚鈍に描いていたり(米国ならアメフト部員か)、父親が「高校の同窓会に行ったら、当時の人気者たちはすっかり冴えなくなっていてね……」と主人公に慰めの言葉をかけるところなど、この監督はティム・バートンの弟子筋なのだろうか、などと思ってしまった。

同性愛者で根暗の主人公アグネス(レベッカ・リリエベリ)をめぐる孤独な高校生活の描写が痛々しく、トッド・ソロンズの『ウェルカム・ドールハウス』を思い出した(あそこまで悲惨ではないけれど)。対して人気者である金髪少女エリン(アレクサンドラ・ダールストレム)は、年齢設定の割に外見が派手めな気もするけれどまあ可愛い。

この少女ふたりの関係はたしかに魅力的に描かれているけれど、それ以外の田舎町の住人たちがあまりにも一面的に醜く描かれているのが気になった。これは枝葉末節の話ではなくて、ドキュメンタリー風の画面と人物造型の戯画化の程度が合っていないように思えるのと、エリンが主人公を相手に選ぶのが、熟慮の末の志向として決意したものというより、他に適当な相手がいなくて仕方なくそうしたふうに見えてしまう、という問題を生んでいると思う。[★★★]

2005-01-29 23:04 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『プリティ・イン・ピンク 恋人たちの街角』

amazon: プリティ・イン・ピンク

Pretty in Pink / 1986年 / 米国 / 監督: ハワード・ドイッチ / 脚本: ジョン・ヒューズ

モリー・リングウォルドが貧乏に負けない創意工夫のある服装で時代の寵児になったという映画。映像が意外にシャープで綺麗だと思ったら、撮影がタク・フジモト(『羊たちの沈黙』『シックス・センス』)だった。

地味で頑張り屋の主人公(モリー・リングウォルド)のもとに恋の相手として金持ちでハンサムな同級生(アンドリュー・マッカーシー)が現れるという、典型的な「白馬の王子様」少女漫画の話で、さすがに男の観客には愉しむ余地が少ない。脇役のダッキーが素晴らしくいい奴だというくらいか。ジョン・ヒューズ作品だと『ブレックファスト・クラブ』はいま見ても面白い名作といえるけれど、これは歴史の遺産という以上のものではないと思う。

それにしても、米国の高校はこんなに金持ちと貧乏人の経済格差による階級制度みたいなものがあるんだろうか。そのあたりもあまりぴんとこない。『ベイビー・イッツ・ユー』のジョン・セイルズ監督は「高校生活は民主主義の最後の砦だ」と発言していたそうだけれど、どちらが正しいんだろう。

モリー・リングウォルドは特に可愛いとは思えないけれど、赤毛と緑の瞳の取り合わせが『赤毛のアン』以来の少女小説の伝統に則っているのでヒロインとしては良いのだろう。

父親役のハリー・ディーン・スタントンが、出てきただけで生活能力のない駄目男だとわかるのでおかしかった。もちろん奥さんにはすでに逃げられている。『パリ、テキサス』と同じだ。[★★★]

2005-01-29 07:32 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『サード』

amazon: サード

1978年 / 日本 / 監督: 東陽一 / 脚本: 寺山修司

少年院と少女売春の閉塞した青春映画。「援助交際」ブームを20年先取りした作品?

冒頭の「番号で点呼するのを拒む」場面から始まって、少年院とそこに投げ込まれた主人公の描写は細かい積み重ねに説得力がある。ただし回想される「少女売春」の描写になると、主人公が道行く人に片端から「兄さん、女子高生どうですか?」みたいに声をかけたりと、そんなので成功するのだろうかという怪しげなものになって、緊張感が薄れてしまう。この当時は題材だけでも衝撃的だったということなのかな。あと森下愛子の台詞棒読みぶりにびっくりした。[★★★]

2005-01-29 06:29 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-28

『みなさん、さようなら。』

amazon: みなさん、さようなら

Les Invasions Barbares / 2003年 / カナダ・フランス/ 監督: ドゥニ・アルカン

昨年なぜか多かった、老いた親の死に目を子供が看取る映画のひとつ。かつてはマルクス主義者として鳴らしたらしいもと大学教授の父親が、これまで疎遠にしていた資本主義の申し子たる金満息子の手配で安楽な死を迎える。TVでは9.11の映像が時代の転換を告げている。つまり社会主義者の緩慢な死を描いた映画ということなんだろうけど、世代的な思い入れのある人ならともかく僕にはどうでもいい感傷としか思えず、ちっとも面白い題材には感じられない。唯一良いのは麻薬中毒の女を演じるマリ=ジョゼ・クローズが綺麗に撮られていることくらいだろう。この人ははじめて見た『渦』でもクローズアップされていたけれど、青い瞳が美しい。しかしどの映画でも、綺麗なんだけど生活が荒れていて付けいる隙があるという、似たような役を振られている気がする。[★★]

2005-01-28 22:36 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-27

読書関連メモ

SUBCONSCIOUS TUNNELS by JOHN UPDIKE(The New Yorker) ジョン・アップダイクによる村上春樹『海辺のカフカ』英訳版の書評(Vrai-Faux Passeport経由)。知られている日本作家の数が少ないせいもあるだろうけど、安部公房が引き合いに出されている。そう言われると意外と外れていないかも。

『ミステリマガジン』2005年3月号の年間回顧特集を拾い読み。早速『パズル』を挙げている物好きの人は福井健太、法月綸太郎両氏あたりか。法月氏の言及しているシオドア・スタージョンの「隔壁」が気になった(『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』創元SF文庫の上巻に収録)。

2005-01-27 00:31 [topic] | Permanent link | Comments (2)

2005-01-26

アカデミー賞候補発表

同じ作品から主演の男女ノミネートって最近あまり見なかった気がする。賞の行方には正直あまり興味ないのだけれど、候補作では『サイドウェイ』の公開が楽しみ。アレクサンダー・ペインはいつのまにかアメリカ新世代監督の出世頭みたいになったなあ。

2005-01-26 23:28 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-25

本日のリンク記事

アントワーヌ・ベロ『パズル』(密室系blog?) おお、絶賛されてます(笑) お薦めの本なので大変嬉しい。レムの架空書評は確かに引き合いに出されてもおかしくないでしょうね。

阿部和重『グランド・フィナーレ』発売へ 帯によると「文学が、ようやく阿部和重に追いついた」だそうで……。

2005-01-25 21:52 [topic] | Permanent link | Comments (0)

『三十九夜』

amazon: 三十九夜

The 39 Steps / 1935年 / 英国 / 監督: アルフレッド・ヒッチコック

ヒッチコック英国時代の作品。『プリーストリー氏の問題』の解説で類似が指摘されていたけれど、後半は本当に美女と手錠に繋がれて逃避行をする「手錠プレイ」の映画になる。靴下を脱ぐところをしつこく撮る場面など、いやらしい感じが出ていて良い。ただしこの映画の主人公は相当な色男なので、行く先々で女性に助けてもらえたり、「身を隠すため」と称していきなり通りすがりの女の唇を奪ったりするのだけれど。

主人公が無実の罪で追い回される典型的な巻き込まれ型スリラーで、列車が舞台になるところは『バルカン超特急』に通じる。この時期の作品はよく「国家機密」だとかが平気で題材になっていて、個人的にはいま見るとはったりにしてもちょっと大仰に感じてしまうところがある。場面ごとには面白いのだけれど、そのあたりの背景の古さがいくぶん乗りにくいのは否めない。第二次世界大戦の頃なので、当時はそれなりに説得力があったのかもしれないけれど。

劇場の見世物から始まって、また劇場で終わる。劇場は日常から非日常の世界への入口ということだろう。もちろん映画館も似たようなものだ。[★★★]

2005-01-25 20:56 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ブラフマンの埋葬』 小川洋子

bk1: ブラフマンの埋葬

講談社 / ISBN:4-06-212342-8 [amazon]

どことも知れない町の〈創作者の家〉で働いている「僕」はある日、森からやってきた「ブラフマン」と出会い、飼いはじめる。

例によって登場人物にも土地にも名前が付けられず、死と喪失の予感をたたえた閉じた世界が淡々とした語り口で描かれる。町には墓石を切り出す採石場があり、墓に銘文を刻む「碑文師」が住んでいて、題名にもあるように「ブラフマン」はやがて埋葬されるはずだ。

森の獣であるらしいこの「ブラフマン」がどんな動物なのかはっきりわからないまま進むのが特徴で(栗鼠の類のようにも思えるけれど、裏付けはない)、語り手がわざわざ観察記録のような記述を挟み込むにもかかわらず、その実体は一向に像を結ばない。ブラフマンは主人公の思い出のなかにのみ生きていて、我々にはその姿が見えない存在なのだ。ペットの思い出を語る話にもかかわらず、まったく感傷が入り込んでこないのはそのあたりのねじれた感じがあるからだと思う。

正体不明の動物を何事もなかったかのように描写していく語り口や、「僕」の受け答えの遣り取りなどが、いかにも村上春樹風に作っているようで今回はちょっと気になってしまった。まあ、小品としては面白いと思います。

2005-01-25 08:27 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-23

『パッチギ!』

2005年 / 日本 / 監督: 井筒和幸

井筒監督の作品はこれまで特に興味がなくて見ていないのだけど、この新作は予告編が良さそうだったので見に行ってみた。なかなか愉しめる娯楽映画で、前評判が良いらしいのも頷ける。

恋した娘が実は敵対する不良勢力を率いる番長の妹だったという、『ウエスト・サイド物語』の京都・在日朝鮮人版みたいな話で、時代設定を昔(1968年)にすることで堂々と古臭い青春メロドラマをやってしまおうという趣向。時宜を得た題材をあくまで泥臭くまとめて、間口の広い娯楽作品に仕立てていて良かった(学生運動時代を懐かしむ年配の観客から、不良漫画好きの中高生まで愉しめるのでは)。ところどころで「これはないだろう」というような綻びがあるのを、「イムジン河」の唄の力業で押し切った感じはあるけれど。終盤には複数のクライマックスが同時並行で描かれる『ゴッドファーザー』みたいな方式になって盛り上がる(もちろんスケールはずっと小さい)。多少むりやりにでも登場人物の「生死」をめぐる出来事が起こるのは、このあたりの感じを出すためもあるだろう。

出演者では、ヒロインの沢尻エリカが絵に描いたような美少女で可愛らしい(三つ編み姿が韓国映画『ラブストーリー』の主演女優に似ている気もする)。その他も主役級のキャラには無名の俳優がそれぞれはまっていて、映画の内容で勝負しようという感じなのが好感を持てた。[★★★★]

2005-01-23 23:10 [movie] | Permanent link | Comments (0)

『ジェイコブス・ラダー』

amazon: jacobs_ladder

Jacob's Ladder / 1990年 / 米国 / 監督: エイドリアン・ライン

印象としては『ジョニーは戦場へ行った』の「悲惨な兵士の夢想」に『ローズマリーの赤ちゃん』の陰謀論妄想を足したヴェトナム戦争版、という感じ。

物語の枠組みがどうこうよりも(題名からしてある程度結末の想像はつく)、悪夢と幻覚症状をいかに映像化するかということに焦点を絞った映画だろう。その意味では、地下鉄で亡霊を目にする場面なんかも不気味で迫力があるけれど、個人的にはダニー・アイエロの整体師の治療を受けていると光の加減で後光がかかって見えてしまう場面だとか、普通の日常生活に奇怪な違和感が忍び込んでくる、現実の足場がわからなくなる感じに独自性があると思った。幻覚症状をショック映像で描いた『レクイエム・フォー・ドリーム』あたりもこの映画の延長上にあると思う。

少し前の作品(1990年)のせいか、それ以降に作られた例えばデイヴィッド・リンチの諸作(『マルホランド・ドライブ』とか)に比べると説明がつきすぎているのが気になるけれど、なかなか先駆的な作品だったといえるんじゃないだろうか。『ジョニーは戦場へ行った』を見たとき、モノクロの現在パート(病室の場面)を抜いたらデイヴィッド・リンチの近作みたいになるんじゃないかと考えたことがあり、この作品はそれに近いことをやっている。[★★★★]

2005-01-23 09:44 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-22

ピーター・ウィアー DVD-BOX

ピーター・ウィアー監督のオーストラリア時代の初期4作品、『ピクニック at ハンギング・ロック』『キラーカーズ/パリを食べた車』『ザ・ラスト・ウェーブ』『ザ・プラマー/恐怖の訪問者』を収録。このなかでは唯一見たことのある『ピクニック at ハンギング・ロック』は、従来版より映像が綺麗になっているらしい。ちょっと気になるのだけれど、どのくらい需要があるんだろう……。個人的には『ザ・プラマー/恐怖の訪問者』[amazon]は前から探していた作品なので、見られるようになるのは嬉しい。

ピーター・ウィアー監督作品では、何度か書いているけどジェフ・ブリッジス主演の『フィアレス』[amazon]がとても好きです。主人公が最初から最後まで奇行を重ねて、それをひたすら淡々と撮りつづけるのでまったく感情移入できないという傑作。(褒めてます)

2005-01-22 19:11 [topic] | Permanent link | Comments (20)

「ブログ」の発音問題

NHKの番組は見逃してしまった。「ブログ」の発音の違いは「彼氏」と「カレシ」みたいなものですかね。リンク先の記事を見たらウェブでは「カレシ」発音が多数派のようで安心した。文字媒体で広まった言葉だから人によって読み方が違うかもしれない。

ところでこちらは多数派かどうか知らないけれど、昨今のブログ隆盛以前から個人ウェブサイトをやっていると、自分のウェブ日記を「ブログ」と自称するのには多少の抵抗を感じるものがあります(何かヒップホップ系の人が歌詞じゃなくて「リリック」と呼ぶような気恥ずかしさがある)。少なくとも「ブログ」と「エントリ」という言葉は自分のところではなるべく使いたくない。あくまで自分の範囲に限った話なので、他の人がそう自称したり呼び合ったりするのは別にかまわないけれど。

2005-01-22 13:15 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-21

『闘争領域の拡大』 ミシェル・ウエルベック

bk1: 闘争領域の拡大

Extension du domaine de la lutte (1994) / 中村佳子訳 / 角川書店 / ISBN:4-04-791487-8 [amazon]

「当代最強の鬱作家」((c)柳下毅一郎)ことウエルベックの第一作。何かものものしい題名だと思ったら、恋愛とセックスが自由市場になったいま、金銭の多寡とは別にそこでも勝者と敗者があらわれる、我々の「闘争領域」は広がっている、というようなことを示すらしい。

鬱気味プログラマの視点による身辺雑記の読み心地は悪くないけれど、社会や身の回りの出来事を厭世的に分析する、普段は包み隠すようなことでも容赦なく暴いてしまう、という種類のテキストはいまやウェブ上でよく目にするので、さほど新鮮味はないかなあ。

2005-01-21 20:29 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-20

本日のリンク記事

「萌える文学 Girl's Side」 福永武彦『草の花』の紹介がハイテンションで面白い。さらにAmazonの詳細ページを見たら、ユーズド価格「1円」で売られていたり(送料もかかります)、カスタマーレビューで「こんな不愉快な小説は見たことがない」とけなされていたりと、いろいろ大変。

手錠の鍵 〜「三十九夜」 「ヒッチコック + 手錠」で検索したら真っ先に出てきたページ。「私の興味は、手錠をかけられている状態からどのようなドラマが生まれるかということにあった。」って、いかにもアントニイ・バークリーの小説にでも出てきそうな台詞だ。『三十九夜』は1月24日にNHK-BS2で放送があるので見ておこうか。

池澤夏樹『世界文学を読みほどく』(読むまで死ねるかっ) 面白そうなんだけど、実は取り上げられている本をろくに読んでいないのが問題。『白鯨』はちょうど岩波文庫の新訳が出ているので、読み通そうかなあ。(というのが今年の読書の目標)

2005-01-20 22:41 [topic] | Permanent link | Comments (1)

2005-01-19

『博士の愛した数式』 小川洋子

bk1: 博士の愛した数式

新潮社 / ISBN:4-10-401303-X [amazon]

言うまでもなく大評判になった本ですが、いまさら読む。Amazonを見たらすごい数のカスタマーレビューが付いていて驚いた。(本日時点で153件)

話の骨組みは『沈黙博物館』とそう変わらない。主人公は現実離れした人物に雇われて、仕事をしながら何かを教えられていく。登場人物にはやはり名前が与えられず(母親が息子を呼ぶときも作中の綽名「ルート」を使うという徹底ぶり)、題名からして過去形の淡々とした語り口で、繰り返し失われていく「博士」の生の記憶と、数式の永遠の美しさが対比される。

この配置はたしかによくできているのだけれど、数学に関する「知識」の面白さに寄りかかった話なのが個人的にはいくぶん物足りなく感じるのと、先に書かれた北川歩実の『透明な一日』(1999年)と「記憶障害の元研究者」という設定が似通っているのが気になった(別に他意はなく、自分にとって題材の目新しさが薄れたということで)。『沈黙博物館』のゴシック的な不気味さのほうが好きではあった。その自閉的な感じがなくて、息子ルートの成長を配置して「開かれた」印象を与える作品になっているので、こちらのほうが一般受けするのは頷けるけれど。(誕生日を祝おうとしてトラブルが起こる場面などは、映画『ギルバート・グレイプ』みたいだ)

2005-01-19 22:52 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-18

『春、バーニーズで』 吉田修一

bk1

文藝春秋 / ISBN:4-16-323480-2 [amazon]

買い物の途中で昔の恋人と再会する。子供を連れた帰り道で若い女と知り合う。それだけだとよくある日常の風景のようなのだけれど、この作品では、その昔の恋人が「オカマ」である、子供は妻の連れ子である、といった設定でそれらが微妙にひねりのある場面になっていく。こういう「日常の亀裂」みたいな瞬間を描いて、人はそれぞれの役割を演じているにすぎない、という感じを浮かび上がらせるのはやはり吉田修一は巧いなあと思った。連作短篇集の形式が効いていて、後半の「夫婦の悪戯」「パーキングエリア」にある破局の予感のようなものが、前半の積み重ねによって面白くなるような構成になっているのもいい。

ただ、一冊の本としてはあまりに分量が少ない。新刊書店で見かけたときは、薄い本のうえに1ページあたりの文字数が極端に少ないので、正直なところ買うのを控えてしまった。(同じ文春から出ている『パーク・ライフ』もそういえばえらく中途半端な分量だった)

2005-01-18 23:10 [book] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-16

『聖なる怪物』 ドナルド・E・ウェストレイク

bk1: 聖なる怪物Sacred Monster (1989) / 木村二郎訳 / 文春文庫 / ISBN:4-16-766188-8 [amazon]

『斧』『鉤』のダーク・サスペンス路線の作品をもうひとつということで、未訳だった1989年の旧作を掘り出してきたとのこと(訳者あとがきより)。老いた映画俳優の経歴をインタビューしていく話。残念ながらこれまで訳されていなかったのはそれなりの理由があったようで、さほど良い出来の作品には思えなかった。老優が来し方を振り返る物語と裏に何か仕掛けがあるという趣向が合っていなくて、結局後半の展開からすると物語の多くの部分が単なる回り道になっているように見える。

主人公の回想に出てくるある人物が妄想上の人格なのかと疑っていたらそうではなかったのが最大の驚き。

2005-01-16 23:11 [book] | Permanent link | Comments (0)

『文学の徴候』 斎藤環

bk1: 文学の徴候文藝春秋 / ISBN:4-16-366450-5 [amazon]

舞城王太郎・佐藤友哉など最近の作家から大江健三郎・石原慎太郎などの大家まで、文学作品にあらわれる「精神病理」的な事象を読み解いていく評論集。読みづらい本だった。まず作者はその作家に関する先行の批評に言及しながら論を進めていくのだけれど、その部分が長い上にほとんど読者がその言及先を把握している前提で書かれているので、文脈を拾いにくい。『文學界』連載時ならこれでも通じたのかもしれないけれど、単独の著書として出すのならもっと整理してくれてもいいのではないかと思う。

また、それぞれの作家に精神医学の用語を当てはめていくのはいいけれど、それが個別の作品を面白く読める切り口になっているようには思えない。思うに、精神医学というのは症例をある程度パターンに分類していくものだろうから、その作品固有の面白さを見出すこととは相反することになるんじゃないだろうか。

ただ、各作家論を見ていくと面白い指摘も結構あって、個人的には小川洋子論(村上春樹との比較)と笙野頼子論(徹底したひきこもりが可能なのは男性より女性ではないかという仮説)、あと島田雅彦論(「島田は細心の注意を払って、〈下手な小説〉を書き続ける」(p.167))なんかは興味深く読めた。でも全体としてはあまりコストパフォーマンスが良いとはいえないと思う。

滝本竜彦・佐藤友哉の章で風野春樹さんの名前が出てきてちょっと驚いた(p.27)。ひきこもり系作家の旗手として滝本竜彦の存在を斎藤氏に教えたのだそう。

2005-01-16 20:00 [book] | Permanent link | Comments (2)

『ネバーランド』

Finding Neverland / 2004年 / 英国・米国 / 監督: マーク・フォースター

子供の国、ネバーランドとピーター・パンの誕生秘話。これはジョニー・デップつながりでギリアムやバートンみたいな強烈な夢想家が撮れば面白い題材なのかもしれないけど、普通の監督が撮ってもありきたりな「いい話」になるだけなんじゃないか……と適当に予想していたら、本当にその通りの映画だったので、特に書くことがない。とりあえずケイト・ウィンスレットの役は要らないんじゃないだろうか。「ウェンディ」に重ねているのはわかるにしても、病弱なはずの役なのに全然そう見えないのが困る。周りの子役の演技もわざとらしくて見ているのがつらかった。台詞で全部説明してしまう脚本もあまり上出来とはいえない。ミラマックス製作映画によくある欧州趣味のコスプレ時代劇という以上のものではないと思う。

『ゴスフォード・パーク』の新米メイド役が印象的だったケリー・マクドナルドが作中劇のピーター・パン役で出ていた。[★★]

2005-01-16 18:01 [movie] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-15

ミルハウザーの短篇小説が映画化?

【映画】エドワード・ノートンが「The Illusionist」に出演(見てから読む?映画の原作)の記事によると、 スティーヴン・ミルハウザーの短篇代表作のひとつ「幻影師、アイゼンハイム」(『バーナム博物館』収録)がエドワード・ノートン主演で映画化されるらしい。ミルハウザーの小説に映画化なんて話を聞くとは思わなかった。上の記事でも書かれているけど、クリストファー・プリーストの『奇術師』の映画化とかぶらないんですかね。

ところでエドワード・ノートンといえば、みずから監督・脚本・主演でジョナサン・レセム原作の『マザーレス・ブルックリン』を映画化する話があったけれど、IMDbによるといつのまにか"in production"(撮影中)になっている。これも本当に公開されるなら楽しみ。(字幕つけられるんだろうか)

2005-01-15 20:21 [topic] | Permanent link | Comments (2)

本日のサイトいじり

本文の背景色が濃いめの色だと読みにくい気がしてきたので、配色を変えてみた。

あとRSSから個別記事へのリンクがおかしかったので、直しています。

2005-01-15 08:11 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-14

『ハウルの動く城』関連記事

宮崎駿監督の海外でのインタビュー記事の翻訳など。いまさら読んだのだけど、今回、宮崎駿は日本国内での発言を自粛する方針のようなので、貴重な記事じゃないだろうか。

面白くないからこれはやめた、やめたってやってくうちに自分のスタッフも「よく分からん」という作品になってしまって、私はとても困ってるんです(笑)

なんて、えらく正直そうな発言もあった。

ベネチア映画祭関連記事集では、『リベラシオン』紙の批評の以下のくだりが面白い。

これは驚異的な映画のほんの出だしに過ぎず、語りと時代と場所の一貫性の要素を崩していくことにかけて宮崎はデビッド・リンチの『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の七日間』に匹敵する。

もはや褒めているのか貶しているのかわからないというか……。実は僕も『ハウルの動く城』を見たとき、登場人物の形状が定まらないので、リンチの『ロスト・ハイウェイ』みたいな映画だと思ったことがある。

2005-01-14 21:38 [topic] | Permanent link | Comments (0)

本日のリンク記事

「○○族」から「○○系」へサイコドクターぶらり旅より) これだけ突っ込みどころだらけの記事は久しぶりに見た気がする。歴史改変系? そもそも「○○系」が「○○族」の言い換えなのだとしたら、かの「太陽族」は「太陽系」になってしまうじゃないですか。

大藪春彦『暴力租界』はすごいらしい (アヌトパンナ・アニルッダ) 登場人物じゃなくて作者が『メメント』状態なわけですね……。しかも繰り返されるのが誰が女を犯すかの争いだというのが哀しい。ミステリ板@2chのこのスレッドを思い出したよ。(探してみたらまだあったのか)

2005-01-14 21:07 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-13

『マインド・ゲーム』

amazon: マインド・ゲームMind Game / 2004年 / 日本 / 監督: 湯浅政明

昨年評判の良かったアニメ映画だけれど、どうも良さがよくわからない。

臨死体験を経て日常生活の素晴らしさを肯定するに至る話なのだけど(些細なことから運命が分岐していく『偶然』『スライディング・ドア』『ラン・ローラ・ラン』の系譜も入っている)、情けない主人公がいきなり前向きになっていく過程が唐突なので、薬をやってトリップしているか宗教に目覚めてしまったか、そんな感じにしか見えない。この主人公も単に冴えない男としてしか描かれていないので、観客がどうしてこの人物に肩入れしないといけないのかもわからない。原作は「ロビン西」という人の漫画なのだそうで、つまりこの同じ名前の情けない主人公は自分だということなのだろうか。そうだとしたら「裸の自分」を描いたことにすればそれだけで許容されるという、何だか安易な考えのように思える。

全篇、関西弁で通しているのは珍しい感じで、そこは良かった。[★★]

2005-01-13 23:21 [movie] | Permanent link | Comments (3)

芥川賞に阿部和重「グランド・フィナーレ」

第132回芥川賞は阿部和重が受賞 これで芥川賞への長い旅もめでたくグランド・フィナーレ、ということで……。受賞作を読んでいたのは久しぶりの気がする(→感想)。もっと長く書けそうな題材をさらっと梗概程度にまとめた感じの作品だったので、芥川賞の枚数規定にでも合わせていたんだろうか。

2005-01-13 21:29 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-12

『アジアの岸辺』 トマス・M・ディッシュ

bk1: アジアの岸辺

The Asian Shore / 若島正編 / 国書刊行会 / ISBN:4-336-04569-0 [amazon]

SF作家としてのディッシュがどういう存在なのかよく知らないのだけれど、この作品集は黒に統一された装丁からして、ブラック・ユーモア選集・異色作家短篇集の流れに通じる内容になっていて、切れ味良く愉しめる。例えば収録作の「争いのホネ」は、イヴリン・ウォーの『囁きの霊園』あたりの黒い笑いに近いと思う。

男女関係から創作活動まで、あらゆる切り口から米国社会を諷刺する作品集。SFというのは現在とは異なる別の文明や社会を描くものだろうから、その外部の視点から現代社会を描けば諷刺することになるのも当然なのかな。イスタンブールを訪れたアメリカ人作家が外の文明との狭間で自分を見失ってしまう表題作「アジアの岸辺」も、その流れで読める。

徹底して現代社会を諷刺した作品集という意味で、内容的に近いと思うのがパトリシア・ハイスミスの『世界の終わりの物語』なのだけど、ハイスミスの作品のように「なぜそこまで」という俗世間への猛烈な嫌悪感がにじみ出ているわけではなくて、理知的に制御されている作品という感じを受ける。どんな題材をとりあげても切れ味が鈍らない万能ナイフのような小気味良い作風で、その器用さに感心するけれども、作者自身が何を描きたいのかというこだわりや執着みたいなものが全然見えてこないのが奇妙な感じもした。

よくできた作品が多かったけれど、個人的には「話にならない男」が面白かった。ひとつ前の作品「犯ルの惑星」(これは原題が"Planet of Rapes"で、絶対題名から思いついた話に違いない)と似た内容で、人間関係のすべてが社会システムに還元されてしまう世界の話。主人公の男は、人と会話をするライセンスを手に入れるために上級者に対して何か気の利いた会話をしなければならない。これは滑稽な話のようなんだけれど、一面では実際の人間関係でこういう「ポイントを稼ぐ」ための打算で背伸びをして話をする羽目になることってあるんじゃないか、とも思って身につまされる。いまだったら主人公を「大手サイト入りを目指す初級テキストサイトの管理人」(別に書評サイトでもブログでもいいですが)とかに読み替えてみてもいいかもしれない。

2005-01-12 22:37 [book] | Permanent link | Comments (1)

韓流ブームを検証する番組

ウェブで情報を公開している報道機関のサイトのなかでも、朝鮮日報(日本語版)は妙に面白い記事が多くて近頃愛読している。

最近の記事では、韓流ブ−ムの裏側に迫る番組放送へというのがあった。

 東南アジアや中国、日本で巻き起こっている韓流ブームに果たして明るい未来はあるのか。「ヨン様」や『冬のソナタ』に代表される韓流ブームの裏側に迫る。

(中略)

 しかし、韓流ブームに対する逆風も吹いている。制作陣は「日本は韓国に負けない、おばさんたちがどうかしてる、恥ずかしい」と言う17歳の日本の女子高生とのインタビューを通じて韓流ブームに隠された日本のまた別の面も共に紹介する。

こうなるとほとんどパロディ番組みたいだな……。どんな感じなのかちょっと気になるので、NHKあたりで放送してくれないかな。

2005-01-12 00:23 [topic] | Permanent link | Comments (0)

2005-01-11

『沈黙博物館』 小川洋子

bk1: 沈黙博物館

ちくま文庫 / ISBN:4-480-03963-5 [amazon]

小川洋子の作品ははじめて読んだのだけれど、これは好みの作風。他の作品も読んでおこうと思った。

村を訪れた博物館技師の「僕」が、死者の形見を収蔵する博物館を完成させるために雇われて、村に出た死者の形見を盗み集めていく。

どことも知れない場所で奇妙な仕事を遂行していく。村上春樹やポール・オースターの作品に通じる、ミステリ風の筋立てが入った寓話のような話で、題名を挙げると『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』と『ムーン・パレス』にそれぞれ近いところがある。実際、作者のインタビュー記事作家の読書道:第29回 小川洋子でも、両作家の名前が言及されていた。ただ、女性作家があえて男性一人称「僕」の文体を借りて語るという迂回があるためか、この主人公「僕」の周囲には性的なロマンスが発生しそうな気配がないのが新鮮だった。

この小説を読んですぐわかる特徴は、地名や人名などを示す固有名詞が一切出てこないこと、地の文の文末が過去形(〜だった)に統一されていること。このどちらの特徴も物語の内容と申し分なく合致している。名前のない世界だからこそある人物が生きていた証は「形見」しかないのだし、主人公たちはすでにこの世にない死者の人生を後から過去形で語り直すことしかできない(彼らは死者が出るのを押しとどめようともしない)。上記のインタビュー記事に「静謐」な世界という言葉が出ていて、たしかにその通りなのだけれど、その印象はこの淡々とした語り口によるものが大きいと思う。堀江敏幸の解説が言うように、「僕」はすでに死んでいてこれは幽霊の物語なのではないか、という不思議な感じもある。

この「博物館を作る」ことは小説(物語)を作ることに対応するのではないかと思いながら読んでいた(その人が生きていた証となる適切な「形見」を見つけることは、物語において人物を描くことにつながる)。なので、この博物館に対する登場人物それぞれの態度の違いが後でドラマを生むのではないかと予想していたのだけれど、あまりそういう展開にならなかった。個人的にはそこがちょっと物足りなくはあるものの、充分堪能できる小説だった。

ところでこの「博物館」のカタログを本当に描いてしまうと、エドワード・ケアリーの『望楼館追想』になるかもしれない。

2005-01-11 21:35 [book] | Permanent link | Comments (18)

2005-01-10

『世界の中心〜』と『ほしのこえ』の類似点

Beltorchicca(2005/01/03)で話題が出ているけれど、僕も『世界の中心で、愛をさけぶ』の映画版(→感想)を見たとき、『ほしのこえ』に似ていると感じた。

その印象が強かったのは、『ほしのこえ』では「携帯電話」、『世界の中心〜』では「ウォークマン」(カセットテープ)がそれぞれ交換日記ツールとして物語の前面に出てくるからだった(ヒロインからの「最後のメッセージ」が遅れて届くのも同じ)。ただ、『世界の中心で、愛をさけぶ』作品群の比較という記事を見ると、ウォークマンが物語の鍵になるのは映画オリジナルの脚色で(ドラマ版もこれを踏襲しているらしい)、小説版では普通の交換日記のようだけれど。でもウォークマンを登場させたのは昔の想い出との距離感を出していて、うまい脚色ではないかと思う。

このふたつの作品、全然マーケットが重なっていなそうなのに似通ってしまったようなのが面白いなと思った。片方を好きな人がもう片方の作品を見たらどう感じるんだろう。

2005-01-10 22:57 [topic] | Permanent link | Comments (0)

現時点での課題

試行錯誤の結果、とりあえず見られるようになったので公開してしまいますが、現時点でいくつか機能に不備があるのを確認しています。

  1. 右上"Search"ボックスのサイト内検索が、指定したキーワードによってはエラーになる。
  2. コメント投稿後、ブラウザをリロードすると二重投稿になる。

1.はblosxomのfindプラグインをそのまま使っているので、Shift_JISとの文字コード関係の問題かなあ?

2.はblosxomのwritebackプラグインの仕様のようで、対策を講じるのに手間がかかわりそうなのでしばらく放置しておきます。もし二重投稿のコメントを見つけたらこちらで削除しますので、特に告知しなくてもかまいません。

他にも直したほうが良さそうな点があるので、追い追い手をつけていきます。

2005-01-10 22:08 [topic] | Permanent link | Comments (0)

blosxomを導入しました

blosxomを導入して模様替えをしました。最新日記RSSのURLが変わります。今後はこちらで更新します。

過去日記はこのまま残しておきます→(旧)中二階日誌(2004年8月〜2005年1月)

2005-01-10 21:15 [topic] | Permanent link | Comments (0)