▼ Notes 2000.6
6/20 【現代米国文学の水先案内】
■柴田元幸『愛の見切り発車』(新潮文庫)は、いまや現代アメリカ文学の水先案内人といってもいいだろう翻訳家の書評集。今月の新刊です。
■実は訳書をそんなに読んでるわけではないのだけど、柴田元幸の翻訳は原文への敬意を大いに感じさせながら透明感があって読みやすい、つまりとても優秀という印象。この書評集もそんな印象を裏切らず、基本的に原書の紹介なので読者はこの場でしかその作品を知る機会がないかもしれない、という立場の紹介者としてふさわしい誠実さを感じとることができる(特にリチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』の紹介文はすばらしくて、心からこの本を読みたくなった)。
■解説の盛田隆二氏は翻訳家らしい「自己消去」のわざと評しているけれども、柴田元幸の翻訳が決して無個性ではないように、ここに収録されている紹介文も無個性なものではない、とは一応申し上げておきたい。特徴的なのがチャールズ・ブコウスキーやバリー・ユアグローの作品について語る章でとりわけ顕著な、テキストを「素直に読み」、書かれたそれ以上の意味を無理に見出そうとしない、という姿勢。
■ミステリ読みにもそれなりに関係ありそうなのは、アメリカ文学の流れを概観する「超簡易版二十世紀アメリカ文学史」だろうか。そう新しい指摘ではない気もするけど、わりとよくまとまってると思う。

アメリカの文学はすべて、何らかのかたちでアメリカを発見して終わる、あるいはアメリカに対し何らかの価値判断を下して終わる、とさえいっていいのではないかと思える。(p.139/140)

で、それはやはりアメリカそのものが「物語」であるゆえだろうと。これはなにも純文学だけでなくて、ミステリにも、ハリウッド映画にさえも(まあ、たぶん……)ある程度共通していえることだろう。逆にいえば、こういう論点を応用すれば何かそれっぽい評論めいたものを書きやすい、ということでもあるんだけど。
■もうひとつ、今年の超大作『ジョン・ランプリエールの辞書』(東京創元社)の紹介文から。謎はみんな解かれるけれども……

だがそれでも、すぐれた推理小説はみなそうなのだろうが、作者が世界にめいっぱいばらまいた不可解さと神秘の感覚は、決して完全に消え去りはしない。これだけの力業を読んだあと、世界は決してただの世界に戻りはしないのである。(p.332)

まったくそのとおりだと思います。いや、この『辞書』はまだ読んでないのだけど。


6/19 【小説世界のロビンソン】
■小林信彦『小説世界のロビンソン』(新潮文庫)を読む。「自伝的読書案内」というかエッセイ風の小説論集で、むかし興味深く読んだような気はするのだけど、内容はあまり憶えておらず。たぶん当時それほどのインパクトを受けなかったんだろうと思う。それは娯楽小説方面への言及が多くないのと、僕自身が先に瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』の洗礼を受けていた(これはかなり影響が大きかったと思う)からかもしれない。映画とのクロスオーバー的言及とかコメディ要素への深い理解といった点で、このふたりはかなり近い位置にいるような気がするので。
■そのあたりはともかく、改めて読んだらやはり興味深かった。正直いって古くさく感じる論点も少なくないのだけど、純文学/娯楽文学の区分けにこだわらないどころか、そもそも小説という表現形式じたいを特権視しない、という風通しのいいスタンスを貫いているせいか、いまでもわりとすなおに読むことができる。
■知識として興味深かったのは、「ピカレスク」物語の本来の定義とか(貧乏な青年を主人公とした反体制的スタンスの物語、という意味ならたしかに、ニール・ケアリー連作の作者が「現代のピカレスク・ロマン」をめざした、というのもうなずける)、日本のSF紹介草創期の状況とか(「SF」なんて呼ぶと偏見を招くので「ファンタジー」と言っておくことにしたらしい)。
■笠井潔が最近よく「19世紀的小説/20世紀的小説」という分類項を主張しているけれど、この本を読むとそれは人物描写がどうのというよりも、おもに物語の語り手がどこにいるかを意識しているか否かの問題に帰着するように思えた。たとえば『永遠の仔』なんかはそういう意味ではひどく「19世紀的」な小説かもしれない。(だから格が落ちる、という意味ではなく)


6/18 【EURO2000】
■なんだかフットボールの欧州選手権="EURO2000"をむしょうに観たい心境になってしまったので、少し遅れたけど思いきってWOWWOWを導入してみることにした。といってもただCATV局に電話一本かけるだけですぐさま映るようになったのだけど。こんなに簡単ならもっと早く手続きしとけば良かったかな。
■というわけでさっそくポルトガル×ルーマニアとドイツ×イングランドを観戦。フィーゴ&ルイコスタの超A級MFふたりを擁するポルトガルの魅惑の中盤にはかなり期待していたのだけど、この試合はルーマニアの老獪な対応にはめられたのか意欲が薄かったのかほとんど沈黙。点が入りそうな気もしたのははじめの10分くらいだけでした。ロスタイム終了直前のまぐれ得点はいつかのマンチェスター・ユナイテッドみたい。
■で次は、そのユナイテッドと見まがう赤いユニフォームで登場したイングランド代表と、雪辱を期するバイエルン勢の居ならぶドイツ代表。イングランドは噂通り中盤がすかすかだったけどセンターバックが活躍。得点もフリーキックからだったし、結局「戦術はベッカムだ」というかんじでしょうか。
■どちらの試合もいまひとつの展開で、熱戦だったらしい前節のイングランド×ポルトガルを見逃してしまったのは惜しかったかな。まあ今後に期待しときます。


6/3 【これが"Miller Time"ですか】
■NBAプレイオフの東地区決勝、インディアナ・ペイサーズ対ニューヨーク・ニックスの第6戦をTV観戦。インディアナが勝って初のファイナル出場を決めた(4勝2敗)試合で、なかなかの好ゲームだった。試合終了時点ではけっこう差がついてしまっていたので、最後の何秒かまで勝敗がどちらに転ぶかわからず……といった類の接戦ではなかったけれども、なんといってもペイサーズのエース・シューター、レジー・ミラーの豪胆な役者ぶりがすばらしい。前半リードされたニックスがディフェンスをやたら厳しくしてきた試合後半、ひとりだけさらに調子を上げて神がかったようにシュートを決めつづけた。特に第4Qはじめの連続3ポイントはほんと圧巻(結局、その第4Qだけで17点を挙げた)。あんなの守れるわけないっての。マディソン・スクウェア・ガーデン@NYの観客も最後には拍手で勝利を祝福した納得のプレイぶり。さすがの強心臓であります。いいもの見せてもらいました。
■ただしシリーズ全体としては、ペイサーズが力を見せつけたというよりニックスが漢らしくパトリック・ユーイングと心中したというのが大方の見解だろうし、僕もだいたいそう思うけど。