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探偵ニール・ケアリーとアメリカ的神話
あるいは、無駄に小難しい『ストリート・キッズ』論

■いまさら偉そうに指摘することでもないけれど、米国の作家が概してみずからの創る物語を通じて歴史を語りなおす手法をとりたがるのは、やはりアメリカという国そのものが一個の「物語」だからだろうか。純文学だけでなく娯楽文学の分野でも、そんな読みかたを許す余地のある物語が多い。というより何を書いても結局そこへ行き着いてしまうようなところもある。ドン・ウィンズロウのさわやかな佳作『ストリート・キッズ』も、実はその例外ではない。
■この小説は一応三人称をとっているものの、視点はほぼ主人公のニール・ケアリーに統一されている。文章のスタイル自体はいわゆるハードボイルドの話法に則ったものだ。斜に構えた視線で街を眺めつつ皮肉な論評を加え、口を開けばついて出るのはへらず口ばかり、とそんなかんじ。フィリップ・マーロウ以来のもはや古典的な既定路線だろう。けれども探偵役が人生に疲れぎみのおっさんではなく、まだ二十代前半の多感な青年に設定されているのがひと味違う。過剰に連発されるお定まりのひねくれたワイズクラックは、大人の世界で背伸びせざるをえない若者の口から放たれることで、新たにみずみずしく輝いて見える。
■従来のチャンドラー流私立探偵像は、元からふたつの構造的な弱点を抱えていたように思える。まずひとつ、魅力ある主人公なら「覗き屋」の探偵なんてけちな稼業にあえて拘る必要はあまりないといえばない。そしてもうひとつ、探偵の連発する痛快なへらず口も、見ようによっては幼稚との謗りを免れないだろう。ところが、学者になる夢と「父さん」との絆を断ち切れないニール・ケアリー青年に探偵もどきの仕事をはねつける選択の余地はなく(要は仕事だからやるしかない立場)、まだ若いその口から放たれる軽口は、むしろ「ナイーヴな心をへらず口に隠して」(これは名コピーだよねえ)というおもむきで、さわやかさを演出しつつきちんと必然性がある。この何気ない設定でドン・ウィンズロウとニール・ケアリーは、ふたつのハードルをあっさりと飛び越えてしまった。
■ニールは「現代のハックルベリ・フィン」じゃなかろうか、とは『本の雑誌』の穂井田直美氏の指摘だけれど、たしかに的確な論だと思う。米国文学には「自然」なるものに焦点を当てて文明社会を相対化しようとする物語の流れが伝統的に根強く、それはかつて先進の欧州に対する新興国アメリカの自画像を求めるアイデンティティ探究の試みでもあった、ということはよく指摘される。いわばそのひとつの象徴が、人種差別社会をこけにする自然児ハックルベリ・フィンだった。〈汚れた大人〉を批判する〈無垢な子供〉の物語。これは決して単なる過去の遺物ではなく、例えば少し前に米国で大当たりした映画『フォレスト・ガンプ』も知的障害の(要は文明社会からはじかれた)「自然人」が現代米国史を縦断する話で、きっちりとこの鉄則を踏んでいる。ある意味ではもはや伝統的に確立された「アメリカ的神話」なのだ。
■ウィンズロウもおそらくこの作品で、チャンドラー風私立探偵の〈孤高の騎士〉路線を応用して、この〈汚れた大人と無垢な子供〉の構図を甦らせようともくろんでいる。物語の筆致が一貫してファンタジーがかっているのは、これが「アメリカ的神話」のささやかな復活を狙ってるからともいえないだろうか。ニールの皮肉な軽口はもちろんハックの個性と通じるし、生まれは不遇ながらも機会を与えられて学者の道を目指すという経歴も、アメリカ的成功物語にひどく忠実に見える。また、時代設定を米国独立200年祭の1976年としているのも偶然ではないかもしれない(まあ、これは偶然かも)。そして物語のなかでいちばん悪者に描かれる〈汚れた大人〉は政治家なのだった。
■さらにいえば、大量消費社会への違和感を原点とする(と言い切るのは乱暴かもしれないけど)チャンドラー的なスタイルはもとからハックルベリ・フィン的〈無垢な子供〉の精神を内包していたといえるかもしれない。その意味では原点回帰の試みともいえるだろうか。青年探偵という設定そのものはさして珍しくないにしても、ここまで自覚的にそうした手法を採った小説はあまりないと思う(注)
■などと長々書いてはみたものの、『ストリート・キッズ』を読んでいちいちこんな小難しいことを考える必要は特にありません。そういうところが何よりもアメリカ的なわけで。ただ、シリーズの続編をざっと見てみても、中国行きの『仏陀の鏡への道』はいまいちよくわからなかったけれど、潜入工作から西部劇的展開へと至る『高く孤独な道を行け』にはやはり自分なりのアメリカ神話をつづっていこうとする作者の意志が明らかにうかがえた。
(1999.12.25)

(注)とは書いてみたものの、リチャード・バウカーの『約束の土地』(創元推理文庫/原題"Dover Beach")をご存じだろうか? 核戦争後の無秩序世界で私立探偵を志す青年を描いた風変わりでさわやかなSFミステリで、「若い私立探偵」という基本路線はほぼ同じ。ついでにこの主人公も調査のため英国へ行かされる。米国での刊行は『ストリート・キッズ』よりも早い1987年、なのだけど……

【ニール・ケアリー連作】
A Cool Breeze on the Underground(1991)『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)
The Trail to Buddha's Mirror(1992)『仏陀の鏡への道』(同)
Way Down on the High Lonely(1993)『高く孤独な道を行け』(同)
A Long Walk Up to the Water Slide(1994)
While Drowning in the Desert(1996)

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